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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
16/45

第1部・15

奈々の心臓の鼓動はどんどん早くなっていった。

絶望感だけが心を覆っていく。

目の前にはナイフを構えた栄恋がいて、後ろでは慎が銃を構えているとなると逃げることなんてできるわけがない。

冷や汗だけが頬をつたっていく。気味が悪いくらい静かだった。

そして、慎が引き金を引こうとした。


その時、急に栄恋の目が大きく見開いたかと思うと、慎に手で合図を送った。

そして慎がしゃがみこむのと同時に発砲音が三回響き渡った。

慎の真上を三発の銃弾が通り過ぎたかと思うと、同時に誰かが慎に向かって走ってきた。

それを見た栄恋がすかさず駆け出し、その人物に向かっていく。

そして、カチンと冷たい金属音が鳴り響いた。

自由になった奈々はすぐに後ろを向いた。

そこで見たものは、栄恋の二本のナイフを日本刀で受け止めている鏡の姿だった。


「…鏡!」


だが鏡は奈々の声に答える余裕はないようだった。

二人とも一歩も引く様子はない。

日本刀とナイフがぶつかり合い、せめぎ合い、どちらが押し負けるか全く想像がつかなかった。

栄恋は相手は男だというのにこれっぽっちも力負けしている様子はない。

一方鏡も譲る様子はなく、勝負はほぼ互角だった。

その時、慎が立ち上がり、銃で鏡の頭を狙うのが見えた。


「危ないっ!」


奈々はとっさに慎の腕を掴み、銃を奪おうとした。

だがさすがに力で慎には勝てず、慎は奈々の手を振り払うと奈々を突き飛ばし、再び奈々に銃を向けようとする。


それを見た鏡が一歩後ろに引き、栄恋との勝負を放棄して慎に向かって走り出した。

それを栄恋が黙って見過ごすはずもなく、栄恋は鏡の後ろからナイフで切りつけようとした。

その時、再び発砲音が二発鳴った。

銃弾は固い音と共に栄恋の足下のコンクリートをえぐった。

栄恋は動きを止めて足下の銃弾を見ると、顔を上げて銃を撃った人物の顔を見据えた。


「やめな、栄恋。」


霧也は静かな声でそう言った。

右目のスコープアイで栄恋にしっかりと狙いをつけて銃を構えている。

栄恋は静かに霧也を睨んだ。

その目は、慎の邪魔をするなら相手が霧也でも切ると無言で語っていた。


一方、慎に突き飛ばされた奈々はその衝撃で勢いよくコンクリートに叩きつけられた。

擦りむいた腕や膝から血が滲む。

チクチクとした痛みが体中に染み渡った。

奈々はすぐに体勢を立て直して慎の方を見る。

慎は銃を構えてこちらを見ていた。

冷たくて鋭く、感情を感じさせない目だった。

奈々の体がビクリと震える。

怖い。怖くて怖くて仕方がなかった。

けれど、同時に思ったことがある。

死にたくない、と。

そう思った奈々の手にはいつの間にか赤いチェーンソーが握られていた。

奈々は震えながらチェーンソーを構えた。

慎が引き金に手をかける。

だが、すぐに飛び出すことは奈々にはなかった。

怖さと同時に、慎と戦いたくないという思いが奈々を引き止める。

けれど、ここでむざむざ死にたくはなかった。

その時、慎が突然後ろを向いて銃を構えた。

そこには、銀色に輝く日本刀を慎に突きつけている鏡がいた。

鏡は今まで見たこともないくらい怖い顔で慎を睨みつけていた。

慎が冷たい声で言った。


「何だ、そんなに死にたいか?」


「…あんた、見損なったよ。

 前はそんな奴じゃなかったのに。」


鏡が怒りの混じった声でそう言うと、慎はため息をついた。


「仕方がないだろ。状況が状況だからな。」


「…どういうことだ?

 お前が『魔王』だからか?」


鏡が聞き返すと慎は急に黙って鏡の方を見た。

奈々の肩が急に固くなった。

奈々がまだ鏡に言っていないあることを思い出した。


「お前、まさか知らないのか?」


「…何をだ。」


「だったら想像以上の馬鹿だな。」


すると、慎は銃を下ろし、奈々の方にやってきた。

奈々の心臓の鼓動がまた早くなる。

そして、慎は鏡に言った。


「こいつが『主人公』だからだよ。

 そして俺は『魔王』だ。俺が生き残るにはこいつを殺すしかない。

 信じられないなら、こいつの右手の入れ墨を確認すればいい。」


そう言って慎は奈々を睨みつけた。

きっとここで入れ墨を鏡に見せなければすぐさま手に持った銃で奈々を撃つだろう。

奈々はおそるおそる右手の袖を捲り、手の甲にある剣の入れ墨を鏡に見せた。

それは間違いなく奈々が『主人公』であり、この世界にいる全ての人々にとっての『標的』である証拠だった。

それを見た鏡の目が一瞬大きく見開き、ぽかんとした表情になった。

それを見た奈々の心がチクリと痛んだ。


「ごめん…黙ってて。」


奈々はそれしか言うことができなかった。

そしてさらに奈々の背筋は震えた。

このことを知った鏡はどうするだろうか。

鏡はここに来てからずっと奈々の味方でいてくれた。

けれど、奈々が殺すべき『主人公』だとしたらどうだろうか。

奈々は不安な表情で鏡を見つめた。

鏡はゆっくりと奈々から慎の方へと視線を向けた。


「だから、殺すのか?」


「ああ。」


慎がそう言うと鏡は下を向いた。

しばらく沈黙が流れた。

奈々は不安になった。

鏡はどうするだろうか。

やがて、鏡は舌打ちして言った。


「チッ…どいつもこいつも狂ってやがる。

 『主人公』だから殺す?自分の妹を?

 お前らそんなに人殺しになりたいか?」


「仕方のないことだ。

 そうでもしなければ他の参加者に殺されるかケモノに喰われる。」


鏡はそれを黙って聞いていたが、やがて大きく舌打ちして慎を睨みつけた。

そして苛立っている様子でこちら側まで歩いてくる。

そして慎と奈々の間に入ると、慎に刀を突きつけた。


「最低だな。

 どいつもこいつも、何が仕方がないだ。

 諦めたようなこと言うくらいなら誰も殺さずここを抜ける方法を考えやがれ。」


「奇麗事だな。

 そんな戯れ言に付き合っていられない。」


そう言うと、慎は銃を鏡に突きつけた。

そして冷たい目で鏡を睨みながら言った。


「退け。」


「誰が退くかよバーカ。

 奈々には指一本触れさせねえ。」


そう言って鏡は刀を慎に向かって構えた。

そして不安そうな表情をしている奈々に言った。


「そんな顔すんなよ。

 『主人公』だからどうした。

 お前が殺される理由なんてどこにもねえよ。俺が保証する。」


嬉しかった。

とてもとても嬉しかった。

それしか奈々には言い表せない。

目の前で刀を構える鏡の姿がなぜかとてもたくましく見えた。



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