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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
13/45

第1部・12

「奈々、大丈夫か?」


鏡が心配そうに奈々に言った。

奈々はまだチェーンソーの赤い柄の部分を握ったまま震えていた。

ぴちゃりぴちゃりと血が滴り落ちるたびに奈々は締め付けられるような思いがした。

罪悪感は膨れ上がって奈々の心を埋め尽くしていく。

わざとではなかったし、わざとでなくてもそうするしかなかったとはいえ、自分が他人の腕を斬りつけてしまったことが怖くて仕方がなかった。

これからまた、さっきの二人のように奈々たちに攻撃してくる人が現れるのだろうか。

そして、そのたびに奈々はこうしてこのチェーンソーで人を斬りつけ、時には殺していくしかないのだろうか。

奈々は震える声で言った。


「どうしよう…あの人の腕切っちゃった…どうしよう…」


怖くてチェーンソーの赤い柄を持つ手が震えた。

その時、鏡が奈々の頭を撫でながら、唇をきゅっと噛んで言った。


「悪い…俺がもっと後ろに注意してたら…こんな思いさせなかったのに…」


「注意してなかったのは僕もだよ。…ごめん。」


霧也もうつむいてそう言った。

奈々は首を振った。


「ううん、二人のせいじゃないよ。私も注意が足りなかったし。」


そう言った時、奈々はあることを思い出した。

霧也に刺された人はどうなったのだろう。

奈々はすぐに振り向いてその人の方を見た。

その人は胸にナイフを突き立てられた状態で地面に横たわっていて、刺された箇所からは鮮やかな赤色の血がだらだらと流れ出ていて灰色のコンクリートを染めていた。

奈々はその人の手に触れてみた。

もう手は冷たくて、息もしていなかった。


「…ごめん。」


霧也がそう言った。

男はもう死んでいた。もう喋ることも包丁を振り上げてくることもなく、ただそこに横たわっていた。

奈々は急に悲しくなった。奈々たちに銃を突きつけてきた男とはいえ、辛かった。


「…これからも…こんなことして…そうしないといけないのかな…?」


奈々は静かにそう呟いた。

沈黙が流れた。赤い月がただ奈々たちを見つめていた。

何分経ったかもうわからない。

ようやく霧也が答えた。


「そうするかしないかは、本人の自由じゃないかな。

 …けどそうでもしないと生きていけないって僕は思う。」


霧也は悲しそうに、けどはっきりとそう言った。

奈々と鏡は同時に霧也の方を向いた。

複雑な気持ちだったが否定することなんてできなかった。

霧也は急に立ち上がってどこかへ歩き出した。


「行こう。だいぶ歩いたし、どこかで一度休もうよ。」


霧也の言葉に奈々と鏡もうなずいた。

奈々は立ち上がって、一度後ろにいるもう死んでしまった人の顔を見た。

きっと死にたくはなかっただろう。

複雑な気持ちを抱えたまま奈々は歩き出した。鏡も霧也も奈々に続いた。

そしてさびれた遊園地を三人はまた歩き始めた。



◇ ◇ ◇



奈々たちがたどり着いたのはちょうどお化け屋敷のあたりだった。

建物はもう壁のところがあちこち剥がれ落ちていて、かなり古い建物であることがよくわかった。

建物の中は真っ暗で何が出てくるかわかりそうにもなく、まさにお化け屋敷といった感じだった。

お化け屋敷の建物の裏の方は薄暗くてじめじめしているが、人やケモノから気づかれにくいし誰かが近づいてきてもわかりやすい場所となっていた。

お化け屋敷の中と裏を見比べた後、霧也が言った。


「中と裏、どっちがいい?」


「中と裏ってな…第一何でよりによってお化け屋敷なんだよ…」


「竹内君、お化けなら竹内君が天に召されてから十分見られるから別のところで休もうよ…」


鏡と奈々は不満そうに言った。

霧也は困った様子で言った。


「えー、じゃあコーヒーカップのとこにする?

 コーヒーカップだとケモノとか人から見つかりやすいよ?

 360度全方向警戒しなきゃいけないし。」


奈々と鏡は何も言えなかった。

確かに霧也の言うとおりだ。できる限り危険は避けたいに決まっている。

全方向警戒しないと攻撃される危険があるというのは確かに厄介だ。

二人はしぶしぶ答えた。


「しょうがねえなぁ…」


「不注意で襲われて血まみれスプラッタは嫌だしね…

 お化けの方がただの迷信な分だけマシかなぁ…」


「じゃあ中と裏どっちがいい?」


「…お化け屋敷の中で休憩する奇人がいると思う?」


奈々はため息をついた。

三人はお化け屋敷の裏へと歩いていった。

裏は薄暗くて狭い路地になっていて他のアトラクションのところへの近道にもなっていた。

これなら警戒するのは前後の二方向ですむ。

居心地がいいとは言えないけれども今は状況が状況だから仕方がない。

奈々が適当なところに座ろうとした時、靴の先に何かが何かが当たった。

奈々が足下を見ると、そこにはナイフが一本鋭く光っていた。

奈々は危ないなと思ってそれを拾い上げた。

危うく座った時に怪我をするところだった。

すると霧也が言った。


「あ、ナイフ落ちてたんだ。

 それ持っておいた方がいいよ。武器は貴重だからさ。

 それにナイフは弾数も関係ないし使い捨てでもないしね。」


「ここってこんな危険物がごろごろ転がってるとこなの?」


奈々は不思議に思って霧也に聞いた。

普通なら道端にナイフなんて落ちているわけがない。

霧也は苦笑して言った。


「別にごろごろってほどはないけど…

 普通なら落ちてないものが落ちていることはよくあるよ。

 ナイフだけじゃなくて銃とか手榴弾も落ちていたりするし。

 僕のこの銃も拾い物だしね。」


奈々はナイフの先をハンカチで覆って鞄の中に入れておいた。

こんな物を持ち歩かなくてはいけなくなったのかと思うと悲しかった。

奈々たちはその場に座り込んで少し休憩した。

ここに来てから歩いてばかりいたのでへとへとだった。

けれどここでそう何十分も休憩しているわけにもいかないのだろう。

そうこうしていればまたケモノに見つかるのだろう。

一体何時間歩いたのだろう。空はずっと鮮やかな赤のままで、月が動かないので今が何時だか全くわからない。

いつまで体力がもつかなと奈々は思った。

すると、不意に鏡が言った。


「霧也…お前なんであいつ殺した?」


霧也は表情が曇った。「あいつ」とは多分先ほど奈々に包丁を向けて突進してきた男のことだろう。

霧也は下を向いた。霧也は悲しそうに悔しそうに歯を食いしばっていた。


「ここじゃ、仕方ないことなんだよ…」


「…仕方ないって何だよ。お前な…」


「ああでもしなかったら川崎さんが死んでたよ?」


鏡はぐっと言葉に詰まった。

霧也はため息をついて「鏡は甘いよ。」と呟いた。

奈々は二人の顔を交互に見たが何も言うことができなかった。

しばらくして、霧也がまた口を開いた。


「僕が、栄恋を探して見つからなかった日の帰りにバスに乗ってここに来たってこと言ったよね。

 あの時、本当は一人でここに来たわけじゃなかったんだ。栄恋が入院していた病院の看護婦さんが二人僕と一緒にここに来たんだよ。」


「…何で黙ってたの?

 その人たちは今どこにいるの?」


奈々がそう言うと、霧也の表情が更に暗くなり、下を向いた。

しばらく霧也は何も言わなかったがやがて低い声で言った。


「死んだよ。」


「どうして?」


「一人はケモノに喉元咬まれて死んだ。

 もう一人は……」


霧也はそこから先をなかなか言おうとしなかった。

奈々が言った。


「…もう一人は?」


霧也は奈々から目をそらして言った。


「川崎慎に殺された。…その時に栄恋を見かけたんだよ。」


奈々も鏡も驚いて思わず大声を出した。

ショックだった。霧也の口からそんな言葉が出ると思っていなかったし、慎がそんなことをしたなんて信じたくなかったから。


「その人は食糧も無くてケモノから逃げ続ける日々にうんざりしていたんだ。

 そしたら、ある日左手に大蛇の入れ墨がある男を見つけたんだ。…それが川崎慎だったんだ。

 …川崎さん、辛いかもしれないけど、『魔王』は川崎さんのお兄さんだよ。」


奈々の表情が凍り付いた。指先が震えて動かない。

よりによって自分が『主人公』で慎が『魔王』だなんて。

奈々の表情が一気に青ざめた。

深い悲しみと絶望感が奈々を襲った。

霧也は話を続けた。

「その人はその入れ墨を見るなり川崎慎を殺そうとした。

 …きっともうこんな生活に耐えられなかったんだろうね。

 そしたら返り討ちにされちゃったってわけさ。

 …正直あの人を殺した相手を川崎さんが『お兄ちゃん』って呼んだときは驚いたよ。

 だから余計に言えなかった。

 ごめん…」


奈々は霧也を責めなかった。責めてる場合ではなかった。

まさか慎が『魔王』だったなんて。

奈々はそのことしか頭になかった。

『魔王』がこのゲームを制するには『主人公』を殺すしかない。

つまり奈々を殺さなければならない。

奈々はあの時の慎の冷たい目を思い出した。

やはり慎は奈々を殺すつもりなのだろうか。慎はもう昔とは変わってしまったのだろうか。

不安と悲しみはやがて疑いと恐怖に変わっていった。



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