染め物工房
染め物工房
「ごめんくださーい!」と店の前で声をかける。
「くだちゃーい!」真似っ子するおもち。
店の中には桶が多数あり、中には様々な色の液体が入っていた。そして色とりどりの布が棚に並んでいる。奥にはたくさんの布が、ロープに吊るして干してあった。
看板には「ダカシ染め物工房」と書いてあるので、ここで間違いないだろう。
「は、はーい!」と女の人の声がする。
出てきたのは僕より少し年上と思われる、エプロン姿で、萌黄色の髪をみつあみにした、そばかすのあるメガネを掛けた女の人。
この人がカンナさんがいっていた『アズサちゃん』だろうか?
「えーと・・・な、何か御用ですかぁ?」
なんか気の弱そうなお姉さんだなぁ・・・。
「冒険者組合のカンナさんに頼まれてきました。アズサさんですか?」
「は、はい。アズサは私で間違いありませんよ」引きつった顔で微笑むアズサさん。
「染色用の素材を納品に来ました」
「そ、それではこちらに来てもらえますかぁ?」と、工房の裏手に案内された。
僕は机の上に、リュックサックから取り出した染色用の素材を並べていく。
アズサさんは嬉しそうにそれを手に取る。
「アカネにアイにウメの枝に・・・アイスベリーまである!コレなかなか手に入らないから助かるわ!え、これあなた達が採取してきたの?お願いだからもっと採ってきてくれないかなぁ?」
テンションが一気に上がったアズサさんに詰め寄られる。
「ええ・・・まぁ頑張ってみます」
アイスベリーの件では色々とあったからな・・・。
「えーと、こ、工房の見学がしたいの?」
キョトンとした顔のアズサさん。前世で学生の頃、草木染めは少しやったことがある。
「そ、そういっても正直うまく行っていないんですよね、この工房」
とちょっと困った顔をした。
「じ、実は私、染め物職人じゃないんです。ほ、本当は町役場の職員なんですが、町長が染め物で町おこしと言い出した際に、役場のみんなからこの役を押し付けられてしまいまして・・・」
アズサさん、気が弱そうな雰囲気だもんなぁ・・・。よく見ると目の下に隈ができてるし。
「わ、私としても色々試してみたのですが、他の町で染めている布みたいに、こ、濃くて鮮やかな色がどうしても出なくて・・・し、しかも色落ちするし」
「こ、このままだとどうも私クビになりそうで・・・な、何かいいアイデアありませんかぁ?タクミさん」
と泣き出しそうな顔をした。
なんか自分自身の前世と重なって、複雑な気分になった。僕も無理な仕事を押し付けられることが多かったからだ。挙句の果てが過労死だったからな。
どうも話が気まずくなってきたので、工房から引き上げて帰ることにした。
宿屋「銀鱗亭」はダカシの町にある、冒険者組合御用達の宿の一つだ。
おかみさんにイッカクウサギの肉を渡して、何か作ってくれるよう頼み込む。
晩飯にはまだ時間があるということなので、おかみさんに場所を教えてもらい、銭湯に行くことにした。
もちろんおはぎとおもちも一緒だ。
宿屋の紹介ということで、割引があるとのこと。
歩いて銭湯の近くまで来たのだが・・・。
「にぃに・・・なにかくさったようなにおいがするよ・・・」
硫黄の匂いだ。そういえばこの町の名物は温泉だという話だったな。
銭湯の入り口で三人分お金を払い、中に入る。
そこでちょっとしたトラブルが・・・。
「おもち、にぃにといっしょにおふろにはいる!」
おもちが僕の足にしがみつく。
「駄目よ。おもちちゃんは女の子だから私と一緒!」
おはぎがおもちを足から引き剥がし、女湯に引っ張っていく。
「にぃにといっしょがいい!にぃにといっしょがいいの!」
おもちはまだごねているようだ。
家族風呂ならともかく銭湯だからなぁ・・・仕方ないか。もっともおもちはともかく、おはぎは微妙な年頃だからとか考えながら、男湯ののれんをくぐる。
そこは天然岩風呂源泉かけ流しの露天風呂だった。なかなか豪華だ。
かけ湯をしてから温泉に浸かる。体から一気に疲れが抜けるようだ。こっちに来てから色々あったからなぁ・・・。
すると隣の女湯から声が聞こえる。
「おもち、かみあらうのキライ!めがいたくなるの」
「女の子なんだから、綺麗にしないとにいさまに嫌われますよ」
「にぃに、きたないおんなのこはキライ?」
「そうです!」
「ぶぅ・・・それじゃがまんするから、おはぎねぇねあらって?」
なんか微笑ましくなった。
それにしても・・・アズサさんの染め物、何とかならないだろうか?あの状態のアズサさんを放置するのは、ちょっと心配だ。
確か草木染めでは媒染剤を使うんだったよな。アレがあればもう少し何とかなりそうだけど、この世界でどうすれば手に入るかな・・・。
そこまで考えてふと気づく。
そうか、温泉があるじゃないか!
宿に戻ったら晩飯が出来ていた。
「おおーっ!」
おもちが目を丸くしている。
テーブルの上に乗っているのは、塩とスパイスを全身にまぶして擦り込み、お腹に野菜と香草を詰め込んで丸焼きにしたイッカクウサギの肉。
他にはイッカクウサギの煮込みと串焼きにサラダと、イッカクウサギづくしだった。
宿のおやじさんが、厨房で頑張ってくれたらしい。感謝!
イッカクウサギの丸焼きを切り分けて、おはぎとおもちの前にだしてやる。
よく考えたらこの二人は、文鳥から人化したばかりで、肉の塊なんか初めて食べるんだよな。食べられるかどうかちょっと心配だ。
フォークに刺した肉のかけらを、おもちが大きな口を開けてパクリ!
「にぃにコレすごくおいしい!」と夢中になってパクつき始めた。
「本当においしいです。柔らかくて中から肉汁っていうんですか?が溢れてきて」
おはぎも喜んで食べている。
どうやら杞憂だったようだ。三人で晩飯を堪能して、その夜はぐっすりと眠った。