南の森
南の森
翌朝、冒険者組合で仕事の依頼を受ける。
「おはよう!タクミ君、おもちちゃんにおはぎちゃん!」
すでにカンナさんは僕と妹たちの顔と名前を覚えたらしい。受付のお姉さんって凄いな。
「タクミ君は採取の技能持ちだし、妹さんたちも連れて行くのよね。それだと危険性が少ない、薬草採取あたりから初めるのがおすすめかな?」
書類を見ながらカンナさんは
「それと・・・ここの町長が染め物で町おこしを出来ないかと考えていて、染料の素材収集の依頼が多く出ているのよね。そちらも探してみる?薬草と染料素材は現在常時収集依頼だから、状態が良ければ採れただけ買い取るけど、どうかな?」
新米冒険者に親切なカンナさん。
「最後に、これから行く南の森は危険性が少ないと言われているけれど、皆無というわけではないの。体技と理法の技能持ちとはいえ、小さな妹さんたちを連れているんだから、危険だと思ったらすぐに引き返すのよ。タクミ君!分かったかな?」
そう言ってカンナさんは、笑顔で僕たちを送り出してくれた。
妹二人を連れて南の森へと続く道を歩く。おもちは嬉しそうに前を飛び跳ねている。
「おもちー!あんまり前に出ちゃ駄目だぞ!」と声をかけると、
「にぃにわかったー!」と返事が帰ってくる。
するとおはぎがそっとそばへ近寄ってきて、
「にいさま、気がついていますか?」とヒソヒソ声で話しかけてくる。
「ああ、なんかつけられているみたいだな」
さっきからかなり後ろからではあるが、ガッチリとした体つきで髭面のオッサンが、後をつけてきていた。
「やばいな・・・昨日の件、根に持たれたかな。まぁいざという時はコレで」
と鳥の神様の迷宮で手に入れた鳥の杖を取り出す。
「にいさま、その杖はどんな効果があるんですか?」
「おはぎの銀のリングに近いかな、理力を強化してくれるみたいだ。他に杖を手に入れてから、使うことの出来る理法が増えたみたいだね」
などと話していたら、目的の南の森に到着した。
指で四角を描いて「小地図」と唱え窓を開く。
続いて鑑定の付加技能である「百科事典」を開いて地図と連動。
検索で「薬草」を指定すると、地図に薬草が生えている場所が表示される。
「こりゃ便利だな。それじゃ検索条件に「染料素材」を追加っと」
地図がマーカーだらけになってしまった。
だめだこりゃ。確かに草木染めの材料は、無数と言っていいくらい種類があるからなぁ。
検索条件から「染料素材」を外して、代わりに「アカネ」「アイ」「ウメ」を追加すると、今度は使い物になる地図となった。
「それじゃおはぎに、集める素材を表示した百科事典の窓を複写して渡すから、おもちと二人で薬草と染色素材を集めてくれないか?僕は周囲の警戒と、地図で見つけた素材の場所を教えるから」
「はい」「おもちがんばる!」元気に二人が答えた。
「にぃに、やくそうみつけた!」すぐにおもちが声を上げる。
「薬草は根を残さないと次に生えなくなるから、引き抜かないでちゃんとハサミで切らないとダメよ」百科事典を見つめるおはぎも、真剣な眼差しだ。
二人とも嬉しそうに、次々と薬草や染料になる植物を集めていく。
集めた素材は鳥の神様にもらったリュックサックに詰めていく。鳥の神様にもらった、容量拡張がついているこのリュックは本当に便利だ。
続けて地図を見ていると「おすすめ」という、ちょっと変わった表示があらわれた。
表示された場所に行くと、低い木にびっしりと濃い青の実がなっていた。
鑑定で調べると、
【アイスベリー:熟すと美味。あまり自生していない。染め物の原料】
だそうだ。地図と百科事典の技能優秀すぎる。
「にぃに!この実すごく甘くておいしいよ!」
おもちの口の周りが青くなっている。
「おもちちゃん、それは素材だからそんなにいっぱい食べちゃ駄目!」
そういうおはぎの口の周りも青くなっていた。
僕たち三人は一生懸命アイスベリーの実を集めた。
夢中になって実を集めていると「ガサッ!」と物音がした。草むらからウサギが三匹顔を出している。
一見普通のウサギだが、額に一本鋭い角が生えている。
【イッカクウサギ:普段はおとなしい獣だが、群れの縄張りに入り込んだ相手に集団で襲いかかることがある。鋭い角を持っていて、突進されると非常に危険】
気がついたら周囲を、イッカクウサギに囲まれていた。
どうやらアイスベリーの実に夢中になって、イッカクウサギの縄張りに入り込んでしまったらしい。周囲の警戒を怠った僕の失敗だ!
イッカクウサギの群れは、今にも僕らに突進して来そうだ。
「にいさま、どうします?私の理法を使いますか?」
「この数じゃおはぎの理法でもきついかな。僕の理法を使ってみる」
僕は鳥の杖を構えて理法を唱える。
「黒理法!睡眠」
イッカクウサギが次々と眠りに落ちる。
「おもちとおはぎは、理法が効かなかったウサギを倒してくれ!」
まだ飛び回っているイッカクウサギが、数匹いるようだ。
「らじゃー!」と、おもちは飛び蹴りを放つ。
「風理法!風刃」おはぎは理法を使い、イッカクウサギを倒す。
これで片付いたかと安心した、その時だった。
「おもちちゃん、危ない!」
と、おはぎが叫ぶ。
一匹のイッカクウサギが、おもちの死角から突進してくる。間に合わない・・・と思った次の瞬間!
「ピシッ!」と音がした。
「ギャ!」と叫びながら、イッカクウサギが怯む。
「馬鹿野郎!ぼけっとしてないで早く止めを刺すんだ!」
声がした先には、コガンのオッサンが立っていた。
間髪逃さず、おもちが回し蹴りでウサギを蹴り飛ばす。
この時仕留めたイッカクウサギは四匹。目覚めたウサギは、一目散に逃げていった。
木の根元に穴を掘り、その上に張り出した木の枝に、止めを刺したイッカクウサギを頭を下にして吊るしていく。
素材となる角を切り落とし、首を切って血抜きをする。
それが終わったら皮を剥いで肉にしていく。内蔵を取り出して穴に捨て埋める。
コガンのオッサ・・・コガンさんが黙々と作業をしているのを、僕たちはおとなしく見ていた。
本職は猟師というだけあって、なれた手付きで獲物を捌いていった。
「角と皮は冒険者組合で買い取ってくれる。肉も買い取ってくれるが、宿屋に持っていけば料理をしてくれる」
「悪いが晩飯用に肉を一つもらっていくぞ。後はお前たちが持っていけ」
「助けてもらった上に解体までやってもらって、肉一つというのは申し訳ない気がするのですが」
そう僕が言うと、
「俺は大したことはしていない。気にするな」
ボソリとコガンさんはつぶやいた。
「ところでタクミだったか、なぜ妹たちを危険に晒したか分かっているか?」
真剣な表情で、僕の顔を睨んでくるコガンさん。
「僕が・・・周囲の警戒を怠ったからです・・・」
「それが分かっているのならいい。ただ、たった一度の失敗が取り返しのつかないことになることがある。その事を忘れるな」
そう話すコガンさんの横顔は、なぜか寂しそうに見えた。
そこにおもちがひょこっと顔を出す。
「ねぇねぇおじちゃん!さっきの「ピシッ!」というのはどうやったの?」
一瞬驚いたような顔をしたコガンさんだったが、おもち相手に話を始めた。
「アレはな、指弾と言うんだ」
「しだん?」
「こうやって手の中に石を仕込んでおいてだな・・・」
おもち相手に説明をしながら、コガンさんは嬉しそうに見えた。
「コガンのおじちゃんバイバイ!こんどしだんのやりかたおしえてね!」
おもちはコガンさんに懐いたようだ。去っていくコガンさん。
僕たちも町へ戻って、冒険者組合に納品にいかなくては。
本当はコガンさんって、いい人なのでは無いかと思った。