遭難
遭難
ダカシ染め物工房に人を増やして、染め物を量産することになったのだが、現状媒染剤用の明礬の精錬が出来るのが僕しかいないため、一人で明礬の量産をしなければならなくなってしまった。
おもちとおはぎも手伝うと言ってくれたのだが、今回はひたすら理法陣に精錬の理力を流し込むという単純作業が主だったため、集中力を必要とするということと、何よりおもちが飽きそうだったので、サーヤおばさんに二人を預かってもらっていた。
量産するには地面に描いた理法陣では心もとなかったため、大きな板を用意して「分離」と「結晶化」の理法陣を焼き付けた。これで何度でも使いまわしが出来る。
理法陣の中心に、桶に入れた温泉のお湯を設置して、触媒としてトレントの枝を焼いて作った灰を入れる。
そして理法陣に手を添えて精錬の理力を流し込む。
理法陣が光って、桶の底に明礬の結晶が出来上がる。後はこれを取り出して、乾燥させれば完成だ。
これを延々とエンドレスで繰り返していく。ひょっとしてブラックな仕事になってないか、コレ?
そう言えば理法でアイの発酵も頼まれていたな。アイは一旦発酵させないと染料として使えない。注文が多すぎて、通常の発酵を待っていては追いつかないらしい。
「お疲れ様、ひ、一休みしませんか、タクミ君」
そう言ってアズサさんが、お茶とお茶菓子を持ってきてくれたので、一休みすることにする。
「そう言えばアズサさんには、町役場の観光物産課の主任になって、栄転という話があったんじゃないですか?」
そう尋ねると、アズサさんは苦笑いをしながら、
「じ、実は染め物の仕事が楽しくなってきてしまいまして・・・ここに残ることにしたんです」
そう言って上を見上げると、
「つ、つい先日まではこの仕事を、辞めたくて辞めたくて仕方なかったんですが、か、体の弱い母と二人暮らしなので・・・わ、私がココ辞めちゃうと、生活が出来なくなるという事情もありまして」
それで辞めるに辞められなかったということか。
「あ、あのままこの仕事を続けていたら、果たしてどうなっていたかな・・・で、でもタクミ君が助けてくれたから、今もこうしてここにいる。あ、ありがとう、タクミ君」
そう言ってアズサさんは、目の下に隈のない、きれいな笑顔を見せてくれた。
媒染剤用の明礬を作り始めてから数日後、おはぎに手を引かれて、泣きべそをかいたおもちが作業現場にやってきた。
「どうした、誰かにいじめられたのか?」
僕はおもちに駆け寄り頭をなでながら、しゃがんでおもちの顔を見る。
「にぃに、サーヤおばちゃんが泣いてるの」
「コガンししょーがかえってこないんだって。どうすればいいの・・・」
涙でグシャグシャの顔で、僕にしがみついてくる。
どういう事かおはぎに尋ねてみた。
「この間クマの討伐依頼で、コガンさんが出かけましたよね」
おはぎの話によると、クマを追って猟師仲間で山に入ったが、コガンさんだけ山から帰ってこないのだという。
それを聞いて急いで冒険者組合に行ったところ、今現在猟師仲間で山を捜索中だということだった。
僕たちも捜索に参加させて欲しいと、受付のカンナさんにお願いしたのだが、
「あの辺りは危険なところなの。冒険初心者で、討伐系の技能がないタクミ君が行ってもどうにもならないわ。ここでコガンさんの無事を祈って」と諌められてしまった。
「にぃに・・・」涙目で僕を見上げるおもち。
僕たちに出来ることは無いのか・・・いやあるはずだ。
幸いなことに僕には地図と百科事典の検索の技能がある。それと、人化を解いて文鳥に戻ったおもちとおはぎに上空から探してもらえば、地上を徒歩で探すよりは、高い確率でコガンさんを見つけることが出来るはずだ。
そうと決まれば、現場近くの村まで行ってみよう。
確か西門から出て半日くらい歩いたところにある、クロボとか言う村だったな。
まず二人に人化を解いて文鳥に戻ってもらい、僕の懐に入ってもらう。
次に僕自身を理法で強化する。
「白理法:身体強化、高速化」
更におはぎに風魔法で高速化の支援をしてもらう。
『風理法:風加速』
理法の追い風に乗って、一気にクロボ村まで駆けていく。
『にいさま、あまり無理はしないでください』と、おはぎが念話で心配そうに話しかけてきた。
二時間後、何とか無事にクロボ村までたどり着いた。
指で四角を描いて「中地図」と唱え窓を開く。
続いて鑑定の付加技能である「百科事典」を開いて地図と連動。
検索でコガンさんを指定したのだが・・・特定個人を検索対象には出来ないらしい。
仕方が無いので検索対象を「人間」に指定すると、複数のマーカーが現れた。どうやらコガンさんと捜索している猟師の人たちが反応しているらしい。これ全部調べるとなると一手間だ。
待てよ・・・コガンさんは怪我をして動けない可能性が高い。それなら移動していないマーカーがコガンさんじゃないか?ということでマーカーをじっくり見ていると、一つだけ動かないマーカーがあった。
検索対象に「文鳥」を追加してから、おもちとおはぎに地図を複製して渡す。
「この動かないマーカーのあたりを探してくれ!」
「「ピィ!」」
二羽の文鳥は、空高く羽ばたいた。
しばらくすると、おもちたちからの念話が届く。
『コガンししょーみつけた』
『にいさま、崖下にある川の近くに倒れています』