ひもじい弁当
昼ごはんの時間がやってきた。
……今日のメニューは、ごはんとチキンハンバーグ。
小さなお弁当箱に、ぎゅっと詰まった白い米粒とオレンジ色の肉の塊。
お値段、およそ98円。
ふたを開けて食べ終わるまでの時間、およそ4分。
「質素なお弁当食べてるねえ……」
「そう?」
私は弁当箱のふたを閉め…、歯磨きをするため従業員用トイレに向かった。
昼ごはんの時間がやってきた。
……今日のメニューは、冷えたタコ焼き。
銀紙に包まれた、しわしわのタコなしのタコ焼き。
お値段、およそ36円。
ラップを剥がして食べ終わるまでの時間、およそ5分。
「ナニ、食べてるの……?」
「昨日家で作ったタコ焼きの残り」
私は銀紙をぐしゃりと丸めてゴミ箱に捨て…、歯磨きをするため従業員用トイレに向かった。
昼ごはんの時間がやってきた。
……今日のメニューは、納豆と、絹ごし豆腐。
三つセットで販売している、パックに入った、納豆と豆腐をひとつずつ。
お値段、およそ62円。
パックを開けて、納豆を練って、食べ終わるまでの時間、およそ5分。
「健康的だね」
「臭くてごめんね」
私はパックを二つ重ねてゴミ箱に捨て…、歯磨きをするため従業員用トイレに向かった。
昼ごはんの時間がやってきた。
……今日のメニューは、マーガリンを塗った、食パン。
ラップに包まれた、二つ折りの食パン。
お値段、およそ18円。
ラップを剥がして食べ終わるまでの時間、およそ3分。
「それだけで足りるの?」
「うん」
私はラップをぐしゃりと丸めてゴミ箱に捨て…、歯磨きをするため従業員用トイレに向かった。
昼ごはんの時間がやってきた。
……今日のメニューは、海苔と醤油のおにぎり。
ラップに包まれた、丸っこくて茶色くて黒いコメの塊。
お値段、およそ43円。
ラップを剥がして食べ終わるまでの時間、およそ6分。
「おにぎり、美味しいよね~」
「これが一番おいしいんだ」
私はラップをぐしゃりと丸めてゴミ箱に捨て…、食後の一服をするために喫煙室に向かった。
「……めっちゃケチだよね」
「いつもマズそうなもん食ってんなあ」
「あれだけしか食べてないのにデブなんだよね」
「俺あんな飯渡されたら発狂する自信あるわ」
「料理しない人なんじゃない?」
「ひもじい弁当だよ、ホント」
「あんなん堂々と食べてる気が知れない……」
うちの会社の喫煙室は、事務所兼食堂の真横にある。
設備に金をかけない主義の企業に設けられた喫煙所ってのは、そりゃあもう仕切りの壁が薄くてね。
通常、立って喫煙する人が多いので、しゃがんでタバコを吸っていると…誰もいないと思われがちなんだよね。
元気いっぱいの若者や、自分の意見は遠慮なしに撒き散らすと決めてかかる中年の声ってのは、ぺらっぺらの壁を容易に越えてそりゃあもうはっきりくっきり耳に届くんだよね。
ちなみに従業員用トイレは喫煙室の反対側の壁の向こう側にあって、そこもおとなしく歯を磨いているとよく聞こえるんだよ、悪口ってのがさ。
悪意ってのは、薄っぺらい障壁なんかじゃ防げないんだなあってね、しみじみ思う訳なのさ。
なんでか、うちの会社は、人の弁当を気にする人が多い。
人の手元を覗き込んでは、弁当を見て笑うのだ。
人の弁当を見ては、あれこれと詮索して盛り上がるのだ。
弁当など、消費したカロリーを補給するためだけの、ただの作業に過ぎない。
自分一人が腹を満たすためだけのものに、労力を使う気はしない。
見せるためのお弁当なら、魅せたい時に作るもんでしょう。
料理自慢に、健康自慢に、金持ち自慢に、常識を語りたくてたまらない奴ら。
アンタらにみせるメシなんか、これで十分なんだよ。
私は、ヤニで黄色く染まった壁にもたれかかりながら、スマホで自分のお料理ブログのページを開いた。
……うっ、昨日の晩御飯の秋の味覚グラタンのコメント、めっちゃきてる!!
ヤバイ、休憩時間内にコメント返し終わるかな……。
タバコをポッケにしまい込み。
スマホを握りしめ。
小刻みに指先を動かし。
外野の音をシャットダウンして、手元に集中……。
ピ、ピピピッ!
…ああ、もうこんな時間か。
いただいた賛美の言葉に感謝をお返ししていたら、いつの間にか昼の休憩時間が終わってしまったよ。
私はノソノソと、立ち上がり。
午後からの仕事をするために、自分の持ち場へと、向かった。