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打ち上げ花火

作者: 純な峠
掲載日:2022/10/05

 みつこは今、いわゆる「いじめ」というものを受けている。


 みつこ、というのは私のクラスメイトであり、友達である。幼稚園の頃からの付き合いだ。どのように友達になったのかは覚えていないけれど、気付けばいつも一緒にいた気がする。思えば幼稚園の先生や幼稚園に子供を迎えに来たお母さん達からも「二人はいつも一緒にいるわよね。本当に仲がいいのねえ」とよく言われていた。小学校の時も何故か6年間クラスが一緒で(先生方の配慮な気もする)、ずっと一緒にいた。

 残念ながら中学校は別々になってしまったが、定期的に二人で会って遊んでいた。お互いの家に行って話し込んだり、ショッピングをしたり……みつことは驚くほど趣味も好みも合って、二人でいて凄く居心地が良かった。みつこ以外の友達といると、ああ、みつこは本当に良い友達なのだなあ、と改めて感じる。別に他の友達が悪いというわけではない。私にとって、みつこがずば抜けて良かったのだ。


 そのみつこが、高校に入ってすぐに、一部の女子からいじめられるようになった。

 みつこにこれといった原因があるわけではない。ただ、もしかしたらみつこはいじめやすい存在だったのかもしれない、と何となく思う。みつこは優しくて、何か言われても言い返せないような、そんな子だからだ。

 暴力を振るわれたり物的被害を受けたりするようなことは無いものの、毎日のように酷い言葉を浴びせられ、罵倒される。私の目の前で、みつこは全否定された。みつこはそれに笑いながら耐えていた。それを見たいじめっ子が「へらへらしてんじゃねえよ、笑顔が気持ち悪いんですけど!」と言ったけれど、それでもみつこは笑った。

 けれど、私には分かった。みつこはだんだんと限界に近付いている。笑って平気なふりをしているけれど、その裏でみつこは泣いている。私には、笑っているみつこに、泣いているみつこが見える。みつこは人一倍優しくて、傷つきやすい。

 私は、だんだんとみつこから距離を置くようになっていった。そんなみつこが見ていられなくなったのだ。泣くなら素直に泣けばいいのに、何で笑うの? と。自分の前ですら「平気」と笑うみつこを見るのが、耐えられなかった。


+++


 ある日私がいつものように学校に行くと、いつものようにみつこはいじめられていた。出来ることなら助けてあげたかったけれど、私には勇気が無かった。私はとんでもなく弱虫で、非情で、自分勝手な奴だった。みつこがいじめられるのを見るのは嫌だったけれど、自分に標的がうつるのも怖かったのだ。

 笑っているみつこを見るのも苦痛で、私はみつこから目を背けた。ごめんなさいごめんなさい、けれど私は弱くて、どうしようもなくて!

 今の私はみつこに責められて傷つけられて当たり前で、みつこが私にそれをしないことが不思議だ、と思った。


 目を背けていても、いじめっ子がみつこを罵倒する声が聞こえる。それは本当に酷くて醜い言葉で、何も出来ないどうしようも無い自分にますます嫌悪した。せめてこの醜い言葉を耳を塞がず聞こう、そう思った。みつこの苦しみを、ほんの少しでも、と。

 そして、いじめっ子が言葉を発す。


「そういえばさあ、お前、万引きしたことあるんだろ? あは、泥棒じゃーん! 警察呼んじゃおっかー?」


 ……万引き!

 私ははっとした。彼女らはあることないこと並べ立てているだけで本当にやったとは思っていないのだろうが、それはみつこが最も気にしていたことだった。




 中学の時、いつものように私がみつこの家に行き他愛の無い話をしていると、みつこが突然真面目な顔になり、あのね、と切り出した。そして、急に謝り始めた。ごめんなさい、ごめんなさい……と。焦った私がどどどどうしたの、とどもりながら聞くと、泣きそうな顔でこう言った。


「私、万引きしたことがあるの。ずっと言ってなかった。怖くて、隠してた。ごめんなさい……」


 私は驚いた。大人しくて優しいみつこが、私の知らないところでそんなことをしていたのかと。けれど、事情を聞けば何ということは無い、勘違いだったのだ。小さい頃、無料だと思っていたシールを持って帰ったら、それが1枚10円という値段がついているものだった、というだけの話。それを物凄く悪いことのように感じてしまっていたらしく、彼女はまたごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返した。だから私は本当は悪者で、あなたと一緒にいる資格は無いの、と。

 私は「何処が悪者なの」と返した。勘違いは誰にでもあることだし、悪気が無くてやったんだからしょうがない。第一無料だと思わせるような置き方するお店もどうなんだろうね、と笑った。「これからもみつこと一緒にいたいよ」それは私の心からの言葉だった。

 みつこは遂に泣き出した。今度は「ありがとう」と繰り返した。ずっとそのことが心に重くのしかかっていたらしい。私の言葉でそれが取り払われた、と言ってみつこは笑った。そのみつこの笑顔は、本当の笑顔だった。




 いじめっ子は今、私が取り払ったものを、また戻してきたのだ。

 私が勇気を出してみつこの方を見ると、みつこは、いつものように笑っていた。

 少し安心すると同時に、違和感を覚えた。笑っているみつこの中に、()()()()()()()()が見当たらない。

 この時、卑怯者の私は、その違和感から目を背けた。


+++


「遂にこの日が来たね! ワクワクするう」


 友達がウキウキした口調で言った。

 私は今、友達数人と地元の花火大会に来ている。地元では一番大きな花火大会らしい。それもあってか、私達が現地についた時は、もう人がごった返して何が何だか分からない状況になっていた。

「友達数人」の中に、みつこはいない。最近は私がみつこを避けるようになり、喋ることも少なくなってしまった。


「こ、混んでるね……」

「当たり前だよそりゃあ」

「でもこれは混みすぎじゃ……違う場所行こうよ」


 友達の意見に同意すると、私達は人込みからやっとのことで抜け出し、空いている場所を探した。最終的に行き着いたのは、空いてはいるが、花火大会の会場からかなり遠く離れた場所だった。


「これじゃ見えないよー」

「いや、見えないことは……ないと思うよ?」

「ああんもう、人込みに負けなければ良かったあ」


 友達が愚痴っている間に花火大会が始まったようだ。どん、ばぱぱぱ……という音が聞こえる。


「小さっ!」

「遠っ!」


 友達が口々に言う。確かに遠くて小さくしか見えない。けれど、次々に打ちあがっていく花火はとても綺麗だった。友達も次第に愚痴らなくなり、花火に見入り始めた。

 私は花火を見ながら、ふとみつこのことを思い出した。みつこは今、私がこうして友達と花火を見て楽しんでいるこの時間、何をしているんだろうか……。

 私がぼんやりとそんなことを考えていると、不意に友達がぽつりと言った。


「この花火、打ちあがってから音が鳴るまでの時間が長くて、何か不思議だよね。遠いからだろうけど」


 うんうん、と皆が同意する。私もそう思った。

 花火は破裂し、花開いて、散っていく。しかし、どん、と破裂する音が聞こえるのはもうとっくに花開いている頃だし、ばぱぱぱ……というの音が聞こえるのは、花火が散り始めて暫くした頃だ。

 私達は花火大会の間、花火の美しさと、音と光の時差の両方を楽しんだ。


+++


 翌日、私がいつものように自分の部屋でごろごろしていると、自宅に電話がかかってきた。両親は丁度買い物に出かけていて、家には自分一人。面倒だな……と思いながら、電話を取った。

 相手はみつこのお母さんだった。

 みつこのお母さんは、みつこがくるったの、みつこが、みつこがおかしくなった、とひたすら泣きじゃくっていた。とにかくみつこが尋常で無い状態であることが分かった私は、すぐに行きます、と言って電話を切り、みつこの家に走った。

 みつこ、と叫びながらみつこの部屋の扉を開けると、みつこの部屋はぐちゃぐちゃになっていた。机は倒れ、窓ガラスは割れ、紙は破れ、壁は穴があき……とにかく何もかもが粉々だった。その部屋の真ん中で、みつこは血まみれで倒れていた。みつこの首にはロープがあり、おもいっきり絞めた跡が残っていた。


 私は何が起こっているのか分からず、ただ呆然とその光景を見つめていた。ふわふわとした頭の中に浮かんだのは、あの時見たみつこの笑顔と、昨日見た、遠くで打ちあがる花火だった。それは破裂し、少しの時間を置いて、どん、ばぱぱぱ……と音をさせた。

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