第20話「錠剤」
パーティーは解散となり、割れた食器や床に落ちた食事を小人が率先して片付ける。
私はこの先どうしようか、と割れたティーカップの美しい彫物を手に取って、思い悩んだ。
床に散らばった食事を片付けていた、目の前のロラスに声をかける。
「ロラスは知ってたの?…公爵令嬢が本物の人間なこと」
しゃがんだまま、辺りの様子が映り込むぐらい美しく磨きあげられたロラスの革靴を見つめる。血がついていた。
「薄々は気づいていたよ。でも変化する理由とか、何で変わってしまうのかは知らない」
顔を上げても目は合わず、ロラスは遠くへ視線を向けていた。
「そうなのね…変わっちゃった理由が分かれば、まだ対処の方法もあるのだけど…」
西アコウ城周辺で私が消してしまった公爵令嬢を思い出す。あの公爵令嬢も元は人間か…気分が悪くなる。
「マスカット大丈夫?」
お手洗いへ駆け込むため、俯いて走り出した私に対し、私を心配するロラスの声が遠くで聞こえた。
お手洗いは、私以外誰もおらずシンっと静まり返っている。
洗面台に設置された鏡は、私が両手を広げてようやく右端と左端を触れるぐらい大きく、後ろにも同じ洗面台と鏡が用意され、合わせ鏡になっていた。
ふぅ…と一息ついて俯いていた顔を少し上げ、鏡を見る。
私の隣に切れ長の目をした女、レオナが映っていた。
「うわ…!」
横を見てもレオナはいない。突如現れた鏡の中のレオナに頭がついていかない。
「気づいちゃったのね?」
レオナは血のように真っ赤な布、金色の鳳凰が丁寧に縫い込まれた豪華な着物を羽織っていた。
「公爵令嬢…本物の人間だったんですね」
「自分がやったこと、後悔してる?」
「そりゃ…もちろん…元は人間、私達が命を消し去っていいわけが無い…」
「でも、それがあなた達のこの世界での役割。それは申し訳ないけど覆らない。元の世界の価値観のままだと、今後も苦しむわよ」
無表情のレオナに伝えられる。
身体が熱くなり憤りを感じる。そもそも私は別に公爵令嬢狩りになりたかったんじゃない。公爵令嬢になりたかった。
思わず言ってしまいそうだった。
あなたが転生魔法を間違えたのに今更何だと。
私が黙りこくっていると、レオナは口を開いた。
「思ってることは…分かるわ。公爵令嬢狩りにしたのは私だったものね…」
「そもそも…なぜ公爵令嬢がモンスターになってしまうの?」
「彼女達は罪を償わないとならないの。私達も悪いんだけどね…」
含みのある言い方をされても何が何だか分からない。なぜこの人はハッキリ伝えてくれないのか。
「罪?盗みとか?」
ロラスが消し去った若い令嬢が指輪を盗んでいたことを思い出す。
「許されないことをしてしまったのよ。それを見て」
レオナが洗面台にいつの間にか現れた拳大ぐらいの円形の缶を指さす。
手に取り、蓋を左に回して缶を開けると、中には、直径1センチほどの丸い錠剤がぎっしり入っていた。
「これは?」
「この錠剤を飲むとね、公爵令嬢の爵位が上がるの。要は、溢れかえっている公爵令嬢達の中でもヒエラルキーが高くなるのよ」
「公爵令嬢が溢れかえってる?」
「そう、転生魔法で公爵令嬢が選ばれすぎて、この世界には公爵令嬢が沢山いるのよ。基本、公爵令嬢って爵位の中でもトップでしょ?」
「そうなんだ…」
正直よく知らなかったが、貴族制度では公爵がトップでその下に侯爵、伯爵などと続くそうだ。
「だから、公爵令嬢になってもトップにはなれなくて、公爵令嬢の中でもヒエラルキー争いが勃発しているのよ」
「公爵令嬢のインフレってこと?でもそれがモンスター化の何と関係あるの?」
「1回だけならまだしも、錠剤の常習使用者になってしまうと、副作用で最終的にモンスター化してしまうのよね。だから錠剤の使用自体を禁止しているの。でも彼女達は欲に負けて手を出してしまったってこと」
「モンスター化を治す方法はない?」
「ない…って言われてるわ」
「モンスター化しても助からないし、それなら狩る名目で公爵令嬢を間引いてるってこと…?」
「言い方が悪いけど…そうよ」
なんてことだ。この人が公爵令嬢を増やしたばっかりに、ヒエラルキーを上げようと錠剤に手を出した公爵令嬢は狩られる運命…。
「私の転生はわざとね?」
レオナは小さく頷いて肯定した。
「ごめんなさい、本当に」
「もう狩るしかないってことか…」
「そう。腹を括ってほしいの。すぐには難しいかもしれないけど。しばらく令嬢狩りの指示お休みさせるから、その間に覚悟を決めてちょうだい」
そろそろお別れの時間だから、と私の返事を待たずレオナは一瞬にして鏡から消えた。
錠剤を作ってる人もいるなら、その人達を止めれば、モンスター化は防げるのではと思ったけど、手がかりも何もない。
やはりこのまま狩るしかこの世界で生きる術はないのだろうか…。
インフレとデフレってどっちがどっちだっけって調べました(笑)
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