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第六話 迫る肉、そして筋肉。




「待てぇい! 主殿の筋繊維は我が守り抜くッ! 我こそがマジ狩る魔法☆少女、レティ」


「はん、うるさいのよアンタ。ムキムキムキムキ気持ち悪いわねっ!!」


「わ、我の口上を遮ったな!? 不届き者!」


 白衣に真赤なピンヒール。豊満な肢体を締め付ける、ちょっとドキドキする際どいボンテージ。肩口で揃えられた亜麻色の髪が風に踊り、翻る。

 御堂久美子二十九歳独身。付き合っている男性なし。職業町医者。特徴毒舌。


「……何だろう、コスチューム的にはエロで嬉しい新キャラなのに、何だろう……」


 俺の視線の先で、巨躯の筋肉姫とSM的衣装の女王様が向かい合っている。それも、俺のことで争っている。

 男なら誰でも一度は妄想するシチュエーションだ。

 しかし。

 俺が断固! やり直しを要求するのは口角から泡を飛ばし暑苦しい舌戦を繰り広げる両者の姿。

 片や、鉄筋コンクリート製のビルが如く頑丈な顔以外超絶筋肉姫。

 片や、白衣の下に赤のエロコスチュームを颯爽と着こなし、腹と言わず二の腕と言わず顎と言わず、もっちり柔らかな贅肉を揺らす肥満クイーン。

 マッチョとデブ。


「……普通の女の人、居ないのかなぁ……」


 俺の切実な願いは青空に吸い込まれて消えてゆく。





 これは、筋肉から逃亡を果たした先でのイベントである。












俺に迫る、肉と筋肉











「あーらら、ネタ的な勢いに任せてここまで逃げてきたは良いものの、どうすべか」


 俺は手で汗を拭いながら呟く。レティシアに会ってから一日も経っていないのに、俺を包むこの圧倒的な自由感はどうだ。素晴らしい。


「ま、はぐれたけど家の場所は知ってるし……っていうかレティシア家近いらしいし大丈夫だよな……」


 あの筋肉の鎧があればどんな暴漢も尻ごみするだろう。SPを付けるより確実だ。

 駅前から走って二十分。俺は今自分の家とは違う方向へと歩いている。

 知らない道。知らない場所。雑然としたビルが延々と連なり、道を歩く人影もない。

 どんな町なのだろう。雑居ビルの窓を見上げても、どこにも電気が点いている様子はない。寂れた風が吹き、汗で濡れた俺の体から僅かに体温を奪う。


「あっつー……流石に汗かくと暑い暑い! アイス食べたいよね……」


「おーほほほほほほ」


 日差しは暖かく、風は比べて少し温度が低い。汗さえ引けば気分良く散歩出来るだろう。

 足の向くまま気の向くまま、当て所もなくただ歩き続ける。


「迷子の迷子の〜」


「ほほほ。おっほほほほほ」


 道は分からないが、障りはない。どこかしら人が居るだろうし、案内板だって探せばある。そもそも携帯で地図検索できるし。


「あ、猫だ。……ほれ……ほれほれ……ほれほれほれ……! ……ニャンコめ、何と愛い奴だのぅ……!」


「……おーーーーっほほほほほほ!」


 道の端で微睡む猫を見つけ、そろりそろりと近寄った。幸い人慣れしているようで、為すがままに撫でさせてくれる。至福。猫は世界の宝。

 喉を鳴らした猫が俺の手に頭を擦りつけてくる。


「はー、癒されるわ。昨日からこっち、見た物と言えば……」


「ほーほほほ……うえっほん! えほん! ごふごふん! ちょっと!」


 アンチ癒し系リバース和み系の最先端を行く筋肉塊を脳裏に浮かべる。無理だ。いくら顔が可愛くても、少しも得した気分にならない。

 某県の新マスコット並に詐欺だ。


「ちょっとアンタ蛆虫! 聞いてないの!?」


 肩を叩かれる感触に猫との触れ合いの時間を邪魔され、俺は夜叉の顔をイメージしつつ振り返る。

 一瞬で引き攣った。


「何ですか人のことウジとか言ってぎゃああああああ!? 脂肪!!」


「あんですってぇ!? アンタ食ってやろうかぁ!!」


「ひぃぃぃぃぃぃ! ……あ、久美子先生だ」


 大声に驚いた猫が毛を逆立て、機敏な動きで路地へと逃げ去って行く。

 その姿を視界の端に捉えながら、俺はベクトルの違うアンチ癒し系の生命体を前に言葉も無く硬直していた。

 目に入るのは鮮烈な白。そして毒々しい赤。


「ひさしぶりねぇ太郎。変わりはない? ま、あんたの体調なんて宇宙の神秘よりどうでも良いけど」


「結構扱い大きいですね。先生俺のこと好きなの?」


「アホおっしゃい。限りなく無限大にどうでも良いって意味よ。それより、どうこの衣装! どうどう!? 興奮する!?」


「……」


 くっ。もうお気づきだとは思うが、彼女が御堂久美子(29)独身「独身は余計よ!」である。

 まさに絶世の美人。滴るような女の色気が噴き上がる美貌の持ち主だ。ただし後十……いや三十キロ程スリムな体付きだったならば。

 以前デジカメで撮った写真をパソコンで徹底的にダイエットさせた所、そうなったから間違いない。

 その顔写真を使って彼女の経営する個人病院をPRした時は、来客数が四倍になった。男で。

 診療室に入った途端全員完治するというミラクルが起きたが。


 何はともあれ、完璧に体調管理出来ていない弾けるままに放置プレイなその豊満な肢体に目を瞑れば、腕の良い医者である。


「は、白衣をぴらぴら捲らないで……!!」


「あら何、恥ずかしいの?」


 あえて何も言うまい。どいつ(筋肉)もこいつ(脂肪)もキャラが濃すぎるのだ。

 俺如きモブキャラでは対応できない。


「そんなことは良いのよこのグズ。いーい? 私はね、あんたの筋繊維に興味がある訳。だから――大人しく、解剖させなさい!!」


「ええい、またソレでござる! 意味わからんし勘弁して!」


「お黙りチェリーボーイ。全ては私のダイエットの為! 脱・デブ!! その良質な筋繊維を解明して、永遠にスリムなバディを手に入れるわ!」


 まさかの超展開。言い放ち、見る者に恐怖を与えるボンレスハムは白衣の袖口からメスとハンカチを取り出した。

 磨き抜かれたメスの刃は、短いながらも鋭く陽光を反射している。切れ味は申し分ないだろう。

 ハンカチには大方クロロフォルムでも付けているのだろうか。咄嗟に辺りに視線をやるが、依然として人通りは全くない。

 シュタタタ! 異様な輝きを目に滾らせた二重あごは体に似合わぬ軽いフットワーク。瞬く間に俺を壁際に追い詰める。

 昨日の犬モドキなどより、余程分かりやすくてリアルな死の恐怖が俺の足を竦ませる。

 音を立てて血の気が引いていくのが分かった。


「……!」


「そうそう、イイ子ね。大人しくしてなきゃお仕置きしちゃうぞ♪」


「おえー……」


 つい言ってしまった。正直早くも後悔している。

 顔中に鮮血を滴らせる様な怒りの血管をムチムチと浮き上がらせたキングスライムが、殊更ゆっくりと腕を振り上げる。

 俺の視覚イメージの中で、たっぷり豊かなスライムボディがたゆんと弾む。


「正直な俺の馬鹿ーーー!」


 固く目を瞑る。訪れるであろう痛みと衝撃に備えて、反射的に体を強張らせた。

 そして地響き。同時に着弾音。いつまで待ってもやってこない痛みに困惑して、恐る恐る目を開く。


「間に・合ったァーーーーー!! 我が主殿に肥満ぶくぶく肉将軍が何をするッ!!」


「お、おお……?」


 目を開いたその先、聞きなれた声が俺を包む。頑健な筋肉を身に纏い、アスファルトにひび割れを入れつつ着弾したレティシアの姿。

 長い髪が翻り、俺の鼻先をくすぐって行った。朝感じたのと同じ、シャンプーの匂い。

 何となく最初の出会いを彷彿とさせるシーンである。


 そんな風に呆けた俺を余所に、冒頭の遣り取りを挟みつつ事態が進行していく。

 相性が悪いのか何なのか、2人の口論は激化の一途を辿っているのだ。

 もう少し盛り上がれば、ムキムキと筋肉が唸り脂肪がプルプル揺れる大惨事になることは必至。


 ずびし! レティシアが芋虫、否否、人差し指を突きつけ叫ぶ。


「我はッ! ご主人とッ! デートをしておるのだッ! 何人足りとも、我が初☆でぇとの邪魔はさせぬぃ!!」


「そうだ久美子さん(29)、俺、俺達はでぇ……はいダウトーーーーーー!! 行き成り何言ってますか!?」


「「……」」


「あ、あれ?」


「……太郎アンタ、それはないわー」


「……主殿、普通男女が二人きりで歩くのが……でぇとでは無かったのかっ……我は間違っているのか……?」


 おわ何だこの濃厚な負け感。さっきまでいがみ合っていた二人が見事にがっちり手を組んでる。

 戦車位なら凹ませられそうな両の手拳鎚が、レティシアの胸元までせりあがり、その瞳には薄く涙の膜。

 タイミング悪く通りに現れたおばちゃん連中が「ちょっとやあねぇあの子」「遊んで捨てるのかしら!?」「どれどれお相手は……うぉ!」

 潜まないひそひそ話を始めた。丸聞こえだ。


「太郎……」


「主殿……」


「……」


 ぬぅ! 

 右を見る。


「お仕置きかしら……」


 怒る肉。

 左を見る。


「ぬぅ……むぅぅ……ひぐ……」


 泣く筋肉。

 ズズイ! と詰め寄って来た2人の迫力に、再び俺の足が震えだす。耐えがたい圧倒的迫力。

 だが。


「……ご、ごめん、レティシア」


 潔く頭を下げた。背筋は伸ばし、手は腰の横、顎は引いて深く深く斜め六十度。いや八十度。

 今出来る精一杯の謝罪だ。

 いくらレティシアが本名佐藤・レティシアだろうとガチでムチなマッスルボディの持ち主であろうと、生物学的に顔は女の子。

 泣き顔を見るのは辛い。首から下的にも。社会的にも。


 そして俺の、ちっぽけな良心的にも。


「主殿……」


 下げた目線の先、足元に女の子らしいサンダルが入りこむ。ていうかあったんだそのサイズ。

 ガシ、と肩を掴まれ顔を起こされた。薄く涙を刷いた瞳に、情けない俺の顔が映っているのが見えた。


「許そう、主殿。我も早まったのだ。まずは……」


「いや、ほんと申し訳ない!」


「まずは……結婚を前提にしたお付き合いからだったなッ!!!」


「凄いこと言ったねあーた! それとこれとは話が別ですぅぅぅぅぅ!!」


 寂れた風が吹き抜け、俺の叫びは空へと舞い上がっていく。


「……何、この私の空気感。スカスカだわ……」


 崖っぷち独身(29)の呟きも舞い上がって行く。




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