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第十八話 脱出劇。






「おお主殿! ふふそうかそうか我が居なくて寂しいのか苦しゅうない近う寄れ! ハリーハリー!!」


 反響する叫び。

 ラスボス(自称)の間。おそらくニヤついているであろう宇宙人面を視界に留めおきながら俺は沈鬱な表情で額を押さえた。


「……もう何だ、アレだ、俺の盛り上がったテンション返して下さい」


 ジタバタ! ジタバタ! 拘束された手足を駆使して奇異なる芋虫ダンスで大気をこねくり回す不思議生命体レティシア。

 奇怪なダンスは稀少部族が雨乞いをするが如く意味不明である。


「んは! ぬははははッ!」


 元気一杯だなお前。

 溜息を吐く。元気一杯にに振舞うレティシアを放ってもう帰りたい。

 ムチムチ溢れみなぎる精神破壊効果保有特殊筋肉で拘束を軽ぅく引きちぎって一人で帰って来れそうだ。



 意を決して突入したラスボス(自称)の間。やる気を挫くヒロインとの遣り取りである。










脱出劇









「……!」


 痛烈に目を灼く光。

 咄嗟に腕で目を庇うが一瞬遅く、何も見えない。


「ふははははははは」


 真っ白に眩んだ意識の中、耳に入るのは気に障る高笑い。

 それが響き終わると同時に強烈な光が唐突におさまる。


 ゆっくりと薄く目を開いていく。


「眩し……」


「はははははは、サーチライトの集中照射は効いたかね? ん? んん!?」


「……ハゲ頭の照り返しが」


「……サーチライトだ!」


 はん、馬鹿め。ぼやけてはいるものの、取り戻した視界の中心には宇宙人の顔したお面を被るスキンヘッドの姿。

 高級そうな黒革のソファに悠然と腰を下したその姿。依然厨二病全開の格好である。

 傍らに置かれた銀色にテカテカ輝くダンボール製の剣が笑いを誘う。

 真夏に黒コートとかどんだけ暑いの好きなんだお前。

 現実と鏡を見ろ。そして十年位後に黒歴史として今を振り返って悶え転がり恥死んでくれ。


「ゴホン……よくぞここまで来たな、三丈太郎……」


「うわぁ眩しい。照りかえって眩し過ぎて何言ってるか分んないね!」


「……ふふ、ふあははははははははは!」


 暫く黙り、突然哄笑を上げ始めるお面被った眩い頭。それを半ば引き気味の視線で見ながら、今居る部屋の中に注意を向ける。

 今まで通って来た部屋より少しだけ広い部屋。全体的にグレーで統一されている。床も天井もグレー。

 しかし、壁一面に掛かっている金の垂れ幕は悪趣味の一言に尽きる。


 視線を右に転じると、今は光が灯されていないがこちらに向けられた大型のライトが一つ。

 先程部屋に踏み入った時眩しかったのはこれのせいだろう。

 扉から見て正面に置かれたソファ以外には家具等は見当たらない。


 そして。

 俺は一つだけ異様に奇怪なモノがソファの後ろに鎮座していることに気付いた。

 何だろう、こう古き良き時代に生贄とかを捧げていそうな感じの祭壇がそこにある。


 俺は見る。


「ふはははははは! 俺の正体を知っても尚その余裕が保っていられるかな!? そう、俺は――」


「レティシアっ!」


 精神年齢が残念なことになっている奴が厳かに何か叫ぶが耳に入らない。

 男の後ろ、祭壇っぽいそこに広がる金色に俺の目は釘付けだ。

 声を張り上げよろよろと一歩二歩前に出る。


 歩みはすぐに駆け足になった。


「んん……むぅ……ぬぁ、あ、ある、ある……」


 眠っているのか眠らされているのか、祭壇の上に横たえられたレティシアから、目覚めを知らせるむずがる様な声が届く。


「女を誘拐し、お前たちを脅し、そうして様々な実験データを採取していた俺の名前は――!」


「そう、ある……の後は!? 俺を呼べよ、レティシア!」


「ある、ある……ある……あると思います!」


「ねぇよ!」


 全力でこけた。

 顔からスライディングで地面に倒れ込む。

 何だそれは。起きる時位普通に起きてくれシリアスを返せ。

 俺の叫びに反応してモゾモゾ動いていたレティシアは、ガバリ! と起き上がると同時にそう叫び腐りやがりました。


 祭壇まで後数メートルの所で這いつくばっている俺は一体何をしに来たのか。

 世の無情を儚みながら手をついて体を起こし、改めてレティシアの姿を見る。

 たった一日見ていないだけなのにひどく懐かしいその姿に思わず、笑みをこぼした。


「ぬ……ごふぁあぁぁぁぁぁ……良く寝た……ん!? これは……そうか、そうだったな……」


 乙女にあるまじき大欠伸を投下して目を擦ろうと腕をあげるレティシア。が、その手はがっちりと身動き出来ない様に革製の拘束具で拘束されている。

 ……ん?

 俺は目を擦った。


「――おい、お前。太郎。いいか? 聞いて驚け見て慄け、俺の正体とは……」


「おお! 主殿ではないか!」


 レティシアが俺を見つけ、嬉しそうな、それでいて驚いた声を上げる。




 そして冒頭の脱力系再開を繰り広げる訳だ、が。


 俺は、安堵で肩を落としながらもあることに違和感を覚えていた。


 正確には、レティシアの拘束された腕と、否その体。

 恐る恐る声を上げる。


 ない。

 ないのだ。


「レティシア……?」


「どうしたのだ主殿!? 腹痛ハライタか!?」


「そんな訳ありませんよおバカさんめ! ……お前、ほら、俺の気のせいなのかどうなのか、いや白昼夢か? とにかく無意味かつ無差別周囲攻撃力を持つ近距離パワー型みたいなあの恐ろしい筋肉の鎧、どうしたんだ……?」


 そう、ない。

 俺の中の、いや一度でも徘徊タイプの人型モンスターレティシアに遭遇した人間ならば形作るであろうレティシア象。

 その最たる分厚くて暑苦しく、地球温暖化に一役買っていそうな位アグレッシブな筋肉の鎧が見当たらないのである。


 祭壇の上で体を起こしているのは、ちんまりとした女性の姿。

 一昨日家を出た時と同じ、パッツンパッツンに張りつめていたショートパンツからはすらりと柔らかそうな白い脚が伸び。

 キモさ全開でピッチピチだった男物のタンクトップは緩々で何とか肩に引っかかっている状態。

 狂っているとしか思えない頭部とマッスルボディとのバランスも今はどこにいったものか。

 小さな頭に見合う、華奢そうなちっこい手足がくっついているのだ。


 ……い、一体どんな奇跡が!

 そんな風に怖れ慄く俺の耳に、暫しスルーしていたお面野郎の声が飛び込む。

 仮面越しに目を合わせた。


「……あぁ、彼女の筋肉は魔法だったからね。俺は科学も魔法も、両方調べているからねぇ……暴れられると面倒なので、特殊な薬を注射して魔法を使えない様にしたのだよ。過去に類を見ない、魔法と科学の合成によって俺が生み出した薬だから不完全で一時的にだが、ね。あぁそうだ、久美子女史にお礼を言っておいてくれないかね? 彼女との会話で得た知識がとても役に立ったよ!」


「お前……」


 余裕綽綽で人差し指を振る宇宙人。その後ろで身動きの取れないレティシアの姿は、いっそう小さく見えた。

 にへりと笑い崩れている整った顔からは、今彼女が何を考えているのか読み取れない。

 それが何故か、酷く悔しかった。


「主殿、済まぬな! これが二度の変身を経た我の最終形態なのだ! だから心配する必要はないぞ!? ぬん!」


「嘘吐けお前。どこの戦闘力五十三万だ」


 ここでは遠すぎる。

 だがこちらを安心させるように笑み、いつもの様に力瘤を作ろうと腕を曲げる彼女の頬が腫れているのに気付くには十分過ぎる距離だ。

 大方暴れた時に頬を張られたのか、殴られたのか。

 もしソレをされたのが筋肉を失った今の状態だったなら、どれだけ怖くて痛い思いをしたのだろう。

 今だって、目覚めてすぐに俺に心配するなど。状況も掴めていないだろうに、何を考えているのか。

 それを考えたら堪らなくなった。

 ぞぶり、と腹の底で何かが蠢く。


「ははは、元気な娘さんだ。手酷く暴れられたからねぇ、薬で眠らされるまでに、ちょっと躾はされたかもしれないねぇ」


 ほとんど脊髄反射だった。

 一も二もなく男に飛びかかる。


 憎い。

 こんなことに巻き込んだ目の前の男が憎い。こんなことに巻き込んでしまう原因となった、俺の魔法とやらも憎い。

 色んな事が憎くて憎くて腹が立って、感情が胸の中で渦巻いて外に飛び出しそうだ。


「貴、様ァァァァァァァァァッ!!」


「うお、おおっとーう! 君の力で殴られたら、いくら俺でも死んじゃうじゃん!?」


 男が座っていたソファは、感情に任せて叩き付けられた俺の右拳によって、あたかも巨大な鉄球で殴り付けたかの如く軽々と吹き飛ばされる。

 間一髪でソファから飛び退き距離を取った男の近くを、壁に激突して飛び散ったソファの破片が掠めて行った。


 荒く息を吐くままに男を見すえる。咄嗟の動きのせいか今まできっちりと被っていたお面が僅かにズレ、口元が露になっていた。


 濁流の如く荒れ狂う感情のままに、再度男に飛びかかろうと身構える。


 視界ガ、紅ク――


「主殿ッ!!」


 ぽす、と。

 背中に余りにも軽すぎる衝撃。

 赤く染まりつつある視界をそのままに軽く視線を振る。


「主殿……!」


 手足を拘束されているからか。

 体全体で体当たりするようにレティシアが俺にしがみついている。

 俯きぐりぐりと押しつけられる、今まで見上げる高さにあった金の頭は、今では俺の肩より低い位置。

 僅かに服を引っ張られる感触は、唯一自由になる指先で俺の服の裾を摘まんでいるからだろうか。


「……どうしたんですかレティシアさん」


 さぁっと、波が引く様に視界がクリアになっていく。


「……いかん。そんなことをしてはならんのだ!」


 腹の底から吹き上がる怒り、それを溜息に乗せて吐き出し頭を掻いた。

 泰然と身構えている男から注意を外さぬようにしつつ、振り返ってレティシアの小さな体を抱え込む。

 ぽむぽむと頭を撫で、手足の拘束具を引きちぎってやる。

 ちらと確認した所では、頬の他に怪我をしている様子は無い。


「怪我は?」


「む……特には……」


「頬っぺた腫れてんぞお前」


「ぬぅ……それ以外は。連れ去られる時何か嗅がされて、その時殴られた位で、我は今までずっと寝てたから……」


 鼻を啜る音は聞こえないことにする。彼女の体が震えているのも。

 なるべく事務的な口調になるよう心がけて、俺は再び口を開く。

 感情に身を任せてしまえば、俺は目の前の男に全力で――そう、後先考えずに全力で、拳をお見舞いしてしまうだろう。

 バカバカしい程人間の限界を越えた筋力で人を殴ったりしたらどうなるか、それは1+1より簡単な問題だ。


「じゃあ、帰って頬っぺた手当するぞ」


「う、む……うむ!」


 ぐしぐしと腕で目の辺りを擦り、笑顔で顔を上げたレティシアの頭をぐりぐり撫でる。

 しかし一つだけ言いたい。


「……おま、鼻垂れてる」


「ぬぅああ!!」


 素敵に垂れた鼻のせいで色々台無しである。


「……おぉ怖い怖い! 殺されるかと思ったじゃん、太郎!」


「おい素の口調出てんぞ。後ボイスチェンジャーでもお面に付けてたのか? ――バレバレだよ、ハゲ」


 おどけたように肩を竦める厨二病ハゲ。

 レティシアを背後に庇いながら指摘すると、ハゲはあちゃあと頭を掻いてお面を投げ捨てた。

 現れるのは見慣れた顔。大学の学友であり、ハゲであり、そしてムカつく誘拐犯一味のリーダーである男の顔だ。


 レティシアの無事を確認したことで何かが振りきれてしまった俺は、呆れや驚きも感じなかった。

 ハゲと呼び続けてきた友人は、元友人に、俺の敵になった。不思議とそれ以上の感慨は無い。

 ゆっくりと膝を撓め、いつでも飛びかかれるように意識を凝らす。

 精神力とでも言うべきだろうか、MPとやらがガリガリ削れるのに合わせて全身の骨格を支える筋肉が張りつめ漲る。


「言うべきことは何もないぞ」


「まぁまぁ、そう言うなよ? 短期は損気って、言うじゃん?」


 ハゲが片手をさっと上げる。垂れ幕の後ろに扉でも隠れていたのだろうか、幾人もの男達が手に手に拳銃を持って踊り出た。

 反射的にレティシアを抱きかかえる俺を余所に、男達は素早くハゲを囲み、俺とハゲとを隔てる壁となる。


「わぷ! あ、主殿!?」


「そうカリカリすんなってー。俺は、女には興味がないじゃん?」


「……お前、まさか俺の純ケツを……!」


 女に興味がない。そう言ったハゲの言葉に、俺は状況も忘れて青ざめた。レティシアを抱えたまま一歩後ずさる。


「ば……! アホじゃん太郎お前!? 俺はノーマルじゃん!?」


「知るかホモがぁ! あっち行け変態がうつるしっしっ! ハゲでガチでホモとかどんだけ最低なんだお前!」


 歯をむき出して威嚇。

 視界の片隅では、屈強そうな男達がじりじりと距離を取っている……ハゲから。


「ていうかお前らは信じんな! 俺が興味あるのは太郎、お前のその筋繊維じゃん!!」


 どっと汗が出た。無論のこと、俺の貞操が守られそうな安堵でだ。

 思わず毒づく。


「また筋繊維かよ……ほっといてくれ」


「俺は世界征服がしたい!」


 突然大声を上げるハゲ。護衛の男たちをわざわざ掻き分けて前に出、腕を振り上げ無い髪の毛を振り乱す様に頭を振る。


「俺は魔法使いじゃん! 俺の魔法はこの頭脳! 知識に関する図抜けた吸収力! もしも太郎の身体能力を持つ手下を量産出来れば、世界征服など簡単じゃん!? 怪しまれにくいヒト型で、かつ武器が無くともその力だけで兵器に近しい攻撃力を持つ! 俺はそれが欲しいんじゃん!」


 俺は突きつけられる銃口に体を強張らせつつもハゲの目を見た。


 そしてすぐに後悔する。

 道化の様に珍妙な動きで注目を集め、一人狂った様に喜色満面の笑みで声を上げるハゲの瞳は――酷く澱んでいるのだ。

 まるで、そう、底なし沼だ。絶望と悲哀と、それを凌駕する圧倒的な憎悪で構成された悪意の底なし沼。

 囚われそうになる心を、頭を強く振ることで保つ。腕の中に居るレティシアの顔を見、改めてここに来た目的を見詰め直す。

 この女を守る。そう思うだけで、薄れそうな意識がクリアになり、何とか二本の足で立って居られるのだ。


「……後学の為に聞いておきたいんだが、何故世界征服なんだよ? ファンキーな絵本でも読んで昼寝したのか?」


 理解出来ない物は単純に怖い。人間として当然の衝動に突き動かされた俺は、言葉を選びながらハゲに質問を飛ばす。

 俺の魔法とやらが他人に移植できるのかは分らない。

 しかし、目の前でケタケタと哄笑を響かせるハゲの姿を見ると、実際に出来そうだと思ってしまうのだ。


「簡単さぁ――復讐だよ!」


 ハゲは流れる様に過去を紡ぐ。


 年の離れた可愛い妹に仲の睦まじい両親。日本から遠い異国の地で幸せに暮らしていた家族四人。

 ある日何の理由も信条も必然も大儀も怨嗟も無く家族に振りかかった禍いが、兄一人を残して他全てを奪い去って行ったこと。

 目の前で残虐な方法で時間を掛けて殺された父。目の前で無残なやり口で犯され殺された母と妹。

 殺しても殺し切れない程憎い犯人はそいつらが敵対していた連中に目の前で一瞬にして始末され。

 数々の偶然が重なって生き延びた男が後に調べて分かったのは、その日襲われる筈だったのはとある政治家の家族だったこと。

 愛する家族を襲った連中は、間抜けにもターゲットを間違えて襲撃をしたこと。それを嗅ぎつけた政治家子飼いの連中が、犯人を始末したこと。

 そして、結局その政治家も既に別の陰謀に巻き込まれて殺されていること。

 家族を襲う様に指示した黒幕も、また別の襲撃によってこの世を去っていたこと。


 一体何がいけなかったのか? 敬虔なクリスチャンであった木訥なある家族には、神は何の救いも下さなかった。或いは罰も。

 下されたのは肥溜めに集る蛆虫より価値のない陰謀術数と鉛玉、それと下らない残りの人生だけ。

 復讐したいと身を焦がす情念も、相手が居なければどうしようもない。


 何の救いも持てず、狂い掛けた男を支えたのは発現したその魔法。

 そして男は考え付いた。復讐する相手が居ないのならば、いっそ世界に対して復讐してやればいい。


 一世一代をかけた最大の嫌がらせだ。

 十四の頃から路地裏で泥を啜りながら知識を齧り、ただただ世界に復讐する為に生き延びてきた男。

 ありとあらゆる手を駆使して人を集め武器を集め、潜伏先に平和ボケしている日本を選び。

 あらゆる工作を世界中で行いながら着々と力を蓄え続けて来たこと。



 平和な日本に居れば中々気付かないが、言葉で羅列してしまえば陳腐なストーリーだった。

 ただ、ソレを実際に体験した男に掛ける様な生半な慰めの言葉など俺が持ち合わせている筈もない。

 部屋の中に重苦しい沈黙が漂う。

 俺はハゲとその手下に悟られぬ様、慎重に後ずさりながら何か使えそうな物はないか視線を飛ばした。


 ハゲとは話し合いでどうにかなるとは思えない。

 俺はカリスマも、ご大層な人生経験も含蓄も持っていないのだ。

 ただ腕の中のレティシアのことを助けたいだけの俺に、憎悪にまみれ狂気に身をやつした男を改心させられる様な力は、どこにもない。


「だぁーかぁーらぁぁぁぁあ! 俺はお前の力が欲しいんじゃん! ここに来るまでの試練で、おおよそではあるがある程度の身体能力の数値は見当が付いた。だから俺はもっともっとお前が欲しい! 老いも若きも男も女も、富も貧も幸も不幸も等しくグチャグチャにしてやりたいッ! お前の力を俺のモノにして、この世界を滅茶苦茶にブチ壊してやりたいじゃぁぁぁぁん!?」


「狂っておる……」


 胸元から響く小さな呟きに、小さく頷くことで返事を返す。

 怖い。が、現金なものでぎゅうと服を握りしめてしがみ付いてくる少女が居るなら何とでもなりそうな気もする。

 そうだ、コイツは家に連れて帰る。

 その決心を静かに腹の底に沈めると、震えが治まった。


 ここに来てようやく俺は、撫子からの告白で判然としなかった自分の気持ちにはっきりと気付く。


「おい、ハゲ! 一つだけ言っておいてやる!」


 喉を震わせた声は、自分が思っていたよりずっとスムーズで張りがある。


「何だよ太郎? あ、命乞いかぁ? ダメダメダメじゃん!? 俺の目的の為に死ぬまで何度でも人体実験に付き合ってもらうじゃん!」


 はん、鼻で笑う。同時に大きく手を振るい、ゆっくりと後ずさり、近寄っていたソレをしっかと手に掴んだ。

 撃たれるより速く、引き金を引かれるより速く、スーツ姿の護衛達が反応するより速く。

 腕を鞭の如くしならせる。


「お前の事情なんぞ知るかボケェェェェェ!」


 勢い良く投げつけたソレ――大型のサーチ・ライトは直線の軌道を描いて男たちに向かって突っ込み、同時に俺達の姿を一瞬隠す。

 瞬間、転身。全身の筋肉が唸りを上げて人間の限界を突破し、投げつけたライトもかくやと言わんばかりのスピードで床を蹴り大地を踏み込んだ。

 ぐん、と体が加速する。

 瞬間的に発生した圧力によって床材が砕け、罅が入る音すら置き去りにしてやると言わんばかりに背後の部屋に飛び込んだ。


 守る。只一つ意思を込めて抱きかかえたレティシアの体を背で庇う。サーチライト一つ投げつけた位では相手全員の視界はカバー出来ない。

 一、二発の銃弾が肩と頬を掠めて行った。

 床に足を叩きつけ急停止。頑丈そうなガラクタの陰に転がり込む。


「レティシア、怪我はないか!?」


「う、うむ! 主殿は!?」


 やはり人間が行使出来る力じゃない。ほんの一瞬だけの全力ですら、筋肉はともかく骨や内臓に負担がかかり過ぎるようだ。

 チカチカと目が霞む。吐く息は荒く、刻む鼓動はエイトビート。体が軋む。

 簡単に言えば。


「動悸息切れ眩暈です。モーマンタイ」


 短く言い切り、散発的に銃弾が撃ち込まれる中にこそっと顔を出す。

 こちらの部屋とあちらの部屋を隔てる扉の所に人影を認め、取り敢えず旧式のテレビをプレゼントして差し上げた。

 直後に悲鳴と破壊音、銃声。ここは一体どこの国だ。掠めていった弾丸に肩を竦める。


「畜生! ボブがやられた!」


「俺から逃げられる訳ねぇじゃん太郎ぅ!? あははははは! 撃て撃て撃て撃て! 死ななければ良い!」


「あーらよ出前一丁!」


 も一つついでにガラクタを投げつけて置く。コンクリートブロックだが、膝の高さに放ったから死ぬことはないだろう。

 一時的に止んだ銃声の合間に位置を確認する。


 ……理想的なのはこのまま逃げ出して日本のおまわりさんに助けて貰うことだが。

 ここから一つ前の部屋に戻るには、一度何の遮蔽物もない開けた場所を通る必要がある。

 勿論相手からも丸見えだ。わざわざダックハントの的になってやる趣味は無い。


 ふと見れば、すぐ近くに先ほど昏倒させた男三人が転がっていた。


「いいこと思いついたぞなもし……」


 どれだけハイになっているのか。普段なら思いつかないようなことを思いついた。

 ふはは、俺は悪魔にでも成れるぜ。

 拳銃乱射男のベルトを掴み、せーの、で護衛の男達が居るであろう扉の方に投げつける。

 慌てたような声が響くのを聞き取って、ありったけのガラクタを放り投げてやった。

 これで、手の届く範囲にあるガラクタは今隠れている頑丈な金属製金庫だけだ。

 完全に銃撃音が途絶えたのを確認して、倒れているもう一人の男のベルトを掴んで持ち上げる。


 振りかぶって。


「……オマケだ馬鹿野郎ッ!」


 投げた。


「くおお……ボブに続いてボブまでも……おいボブしっかりしろ、ボォォォォォブ!」


「畜生手を貸せ! ボブ!? 鼻血出して蹲ってる場合じゃないぜ!」


 ボブ多すぎだろ! どれがどのボブなんだよ!? 心の中だけで突っ込み、最後に一人残った男を背に担ぐ。

 多少重いが、走れないことは無い。これで背後から撃たれてもちょっとだけ安心だ。


「主殿、無茶は……」


「うるせー黙ってろ舌噛むぞ! 囚われの姫様は黙って助け出されれば良いんだよ分ったか!? 恥ずかしいけどそれが俺のロマン!」


「……うむ! ……えへへ」


 しっかりと抱え直したレティシアと背負った男。両者を片腕ずつで支えながら一気に扉まで駆け抜ける。


「畜生逃がすかボブの敵だぜ! 追え! 追えー!」


「……お前も行けよ!」


「やだよお前から行けよあの野郎コンクリートブロックをベースボールみてぇに気軽に投げて来るんだぜ!?」


「俺だって嫌だよ!」


 背後から撃たれるということはない。幸いだ。

 扉を抜け背後に視線を送る。まだこちらに追いついてくる様子は無い。

 背負っている男を適当にその辺に放りだし、目線を前に。

 というか下に。そこにあるのは高さ五メートル程の切り立った断崖絶壁……ではなく壁だ。ただし、下方向に向かっての。

 行きは一息に飛び上がって来たが帰りは飛び降り自殺だ。行きは良い良い帰りは怖……こわ……マジ怖い何だこれ。


「……うぅむ」


「? どうしたのだ主殿」


「いや、ちょっと失敗したかな、と」


 良く良く考えたら、ラスボスの間かどこかに別口の通路がある筈なのだ。こんな障害物競走普通の人間じゃあ完走出来ない。

 不便すぎるし、一々地下に来るたびに非現実的なあの道を通るのは馬鹿らし過ぎる。わざわざ俺の能力を測る為に改装でもしたのだろうか。


 しかし迷っている暇は無い。意を決して俺は――


「……いいか、慎重にだ。こうやって手を掛けてぶら下がればその分下の床が近く……!」


「主殿、それはどうなのだ……」


 俺は、ゆっくりそぅっと飛び降りた。

 額に浮かんだ汗を拭って息を吐く。微妙な顔でこちらを見上げるレティシアを抱え直して駆けだした。

 何とでも言え。五メートル以上の高さとか飛び降りたらいくら何でも骨折するわ。

 高い所怖い。






「ふ、はーっ、あふっ、ぜい、ぜい……」


 流れる汗が目に入って沁みる。ごしごしと擦って大きく何度も息を吸い込んだ。

 あれから何分経ったのかは分らない。

 長い廊下や非人間的(身体能力的な意味で)ギミック満載の部屋を潜り抜け、最初のアドバンテージのお陰でさしたる怪我もなくここまで戻って来れた。

 今居るのは最初の最初、怪し過ぎる地下道入り口である。

 一体どんな手段で追いかけているのか分からないが、耳を澄ませば微かに連なる足音が聞こえる。

 梯子を見上げた。問題はあの大男だ。連絡してないとは考えにくい。

 間抜けに梯子を上がった所で、大男に冷蔵庫の野菜室思い切り開き殺されでもしたら末代までの恥である。それでなくとも今代で終わりそうだが。


 それにしても体中が痛くて堪らない。アドレナリンの出血サービスは終わってしまったようだ。

 完全に息も上がっている。

 指の先が冷えて来ていて、上手く思考が纏まらない。


「主殿……! 奴らが追い付いてくる!」


「お、おうともさー」


 酸素が足らないせいで目が霞む。しかし切羽詰った声を上げる元筋肉姫を負ぶって梯子に手を掛けた。

 男には張るべき見栄がある。


「はいよいしょこらぁ!」


 疲れ切った体でも不思議と筋肉は良く動く。無意識化しつつある意識の集中で、俺とレティシアの体はずんずん上に上がっていく。

 すぐに一番上まで辿り着いた。下を見る。遠い地面と、追いついて来た男たちの姿。


「……ええい、ままよ!」


 振りきるように頭を振り右掌を入口と思しき場所に押しあてた。

 上腕と下腕、肩口と背中の筋肉群がほんの一瞬隆起して爆発的に収縮、そして膨張。

 手応えは異様に軽い。


「……それにしてもえらく簡単に空いたな、主殿」


「ぬぅあああ、鍵とか重石とか置いてないのか恥ずかしいぞ俺の馬鹿ぁー!」


 地下道に叫びだけを残し、素早く体を引き上げた。白色の光で照らされるキッチンの流し台には大男。


「……何だ、飛び出すなスパイスの調合が狂う」


 咄嗟に身がまえた俺に微塵の動揺も見せない男の声。


 むしろ俺の方が今動揺している。

 大男はスーツの上からひよこのエプロンを身につけ、サングラスのまま真剣な表情で各種赤々しい香辛料その他諸々を混ぜ合わせているのだ。

 中々驚きの格好になっているであろう俺の姿に興味も示さない。

 男の姿が一番不自然だよもう。


「あの……」


 首に齧り付くが如くしがみついていたレティシアがずり落ちるのが分かる。カパン、という間抜けな音と共に地下への扉が閉じられた。

 警戒は解かない様にしつつ大男に声を掛ける。


「何だ」


「いやお前さん、ハゲの……手下とかじゃないのか」


「ハゲ?」


 首ブリッジで容易に全体重を支えれそうな屈強な首を捻り、ようやく大男は俺を見る。


「ハゲ。痛い感じの……あぁそう、リーダーとか言う奴」


「あぁ……俺は三ヶ月契約で雇われたメイドだから良く知らん。仕事はこの家の一、二階の維持と家事だ」


 メイド! その図体でメイドと言いますか貴方!

 恐怖に慄く俺を余所に、何に感銘を受けたのか、レティシアがちょこちょこ前に出た。

 慌てて制そうとする俺の腕をすり抜け、大男に駆け寄る。


「……ぬぅ……ぬ、は!」


「は?」


 そして突然マッシブポーズをキメた。

 いつもの、あの恐ろ頼もしい弾ける筋肉バディなら格好も付き過ぎるくらい付くだろうが、今は華奢な女の子だ。

 正直に言おう。アホの子にしか見えない。


 大男は俺の視線の先でついっとスパイスを置き、指先でサングラスを押し上げる。

 そしてやおら――


「むぬん……!」


 雄々しく荒ぶるポーズを取る。一体何言語だマッスリンガル(バイリンガルの筋肉語→日本語版。特許出願中)を寄越せ。

 胡乱な目つきで2人を見る俺を放置プレイ、ノットマッスルレティシアとゴリマッチョ系大男はがっしりと握手を交わした。訳が分からん。

 俺に背を向けていたレティシアが、髪を勢い良く翻し振り返る。浮かべるのは妙に額がテカテカ光る男臭い笑み。


「主殿……今のは筋肉を愛する者に全国、否全世界共通の挨拶なのだ! 今、我とコヤツはマジカル・マッスラーズの一員として通じ合った! 妬くでないぞ!?」


「もうどこから突っ込めば良いんだお前と言う奴は! その嘘設定生きてたのかよ! えい! ええいもう!」


「わひゃ!? 主殿!?」


 地団太を踏み、謎の達成感を放出しながら汗を飛ばすレティシアを荷物の様に肩に担ぎあげた。

 お前はもう米俵だ。異論は認めねぇ。


 ペースを乱されっぱなしで忘れがちだが、さっき閉めた床下収納がガンガン叩かれているのだ。

 今は俺が重石代わりに上に乗っているので開いていないが、その内鉛玉が飛び出してくるかもしれない。

 もう本日何回目になるか分からない溜息を吐きながら、俺はキッチンから飛び出した。

 三十六計逃げるに如かず。昔の人は良いことを言いました。


「ジタバタするな走りづらいだろ」


「うわああああ揺れる揺れる揺れるぞ主殿!? わわわ我は縦揺れに……! 揺れ……!」


「早く逃げ出して警察に電話を――って、俺携帯持ってたよ!」


 おっちょこちょいか! 舌打ちし、すっかり汚れてしまった丈夫なジーンズのポケットを漁る。

 立ち止まった。

 愕然とし、がさごそとポケットを漁る。


 ない。


「……携帯が御座いませんっていうかもう来た! もう来た!」


「待てやコラお前! フルマラソンで俺から逃げ切れると思うなよキッズ!? 趣味はトライアスロンだぜ!」


 数人掛けのソファを男たちの方に蹴り出して走りだす。

 携帯が無い。

 そういえば、あれだけ派手に思いっきり転がったりしているのだから、ポケットから携帯電話がまろび出ても気付かないのは当然か。

 俺の馬鹿め。

 舌打ちを漏らしつつ、リビングの中ほどを一息に駆け抜け廊下に飛び出した所で。


「やぁ太郎! 俺からは逃げられないって言ったじゃん!? 面白いな何でだろうな!? あはははは!」


 悠然とニヤリ笑いを浮かべるハゲの姿。その手には黒光りする一丁の拳銃。


 一気に脳に叩き込まれた情報がパンクし、一瞬が引き伸ばされスローになる。

 駄目だ。背後には護衛の男達。前には拳銃の狙いを付けたハゲ。

 身動きの取れない狭い廊下でかわすことなど出来るはずもなく、何とかレティシアを突き飛ばそうとする俺に向け。


 ハゲは、冷静に引き金を――


「ぬるいわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ぐ!」


 引けなかった。目の前、絶対的有利を手にして緩めていた頬に突き刺さる巨大な拳。

 切り揉みしながら壁に激突し、その壁を突き破ってリビングへと消えて行くハゲ。

 俺は見ていた。

 やけにゆっくりと動く世界の中、最後まで俺から目を離さなかったハゲの狂った瞳を。

 吹き飛びながらも俺を射抜き続ける常軌を逸したその視線を。


「おあ……?」


 何が何だか分からない。

 コマ送りの世界が一瞬で元のスピードに戻る。

 それを契機に、俺はようやくマトモに目の前の出来事に対面した。

 壁をブチ抜いて現れるという世紀末覇王クラスの存在感たっぷりな登場を果たした男。


 熊。いや人間だ。

 もうもうと立つ埃の中はためく赤マント。白い短髪。岩石を掘り出したかの様な厳めしい顔つきをした巨躯の老人である。

 その身に纏うはピチピチの真っ黒ボディスーツ、それを内側から引き裂かんばかりに押し上げる筋肉の隆起はレティシアを越えるクラスの爆発筋肉。

 歯を剥き出し、悪鬼もかくやという表情を浮かべた謎の老人は俺の横を擦りぬけ、背後に迫っていた男たちに一瞬で迫る。

 俺はつられる様にその姿を追う。


「仙人かよクソ! 負け」


「遅いわ小童が!」


「ぅぶは!」


 叩き込まれる右ストレート。


「ちょま」


「逃がさぬ!!」


「んげふ!」


 竜巻の如く繰り出される豪速のフック。


「おいボブ」


「ソラソラソラソラソラ!」


「……ひでぶ!」


 時とか止められそうな感じに残像を残す猛ラッシュ。


「ぬはぁぁぁぁぁぁぁ!! 無事かレティシア!!」


 危機が去るまでたったの五秒も掛かっていない。昨今話題のアクションヒーローだって、ここまで鮮やかに事態を解決しないだろう。


 本当に何が何だか分からない。俺は生まれてこの方、ここまでアグレッシブかつマッシブでクレイジーなじいさんと知り合った覚えはない。

 というか普通、拳銃持った大の男数人を数秒で黙らせるとか人間には出来ません。


「お、おじい様!」


「馬鹿者! 外ではマジカル☆だんでぃ★師匠と呼べといつも言っているだろう孫娘よ!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ねぇよ! ね・え・よ!

 孫て御爺ちゃんて魔法って師匠てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?


「お兄さま! 助けに参りましたわ!」


「太郎! 筋肉娘! 無事!?」


 バムバタン! と玄関を開け放して現れたのは撫子と久美子。

 次々に展開する事態に付いていけず、混乱した取り敢えず俺は一番大事なことを叫んだ。


「レティシア……怪我は!?」


 マジカル☆だんでぃ★師匠に抱き付いていたレティシアがこちらを振り返る。


 満面の笑顔でVサインを寄越すその姿を見て、ひとまず常識や経緯や理解等々全て放り投げても良い気がした。

 レティシアが無事ならひとまず問題無い。

 安堵を感じるのが先か。崩れ落ちる様に膝を落とすのが先か。


 網膜の裏に百点満点なレティシアの笑顔だけを張り付けて、限界を超えていた俺の意識は急速に暗転していった。


「っ!? あ、主殿!?」




 慌てた様なレティシアの声を最後に断線。






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