第九話 結界術師、全滅する
序章
第九話 結界術師、全滅する
「そっちは頼むぞ! 氷の棘」
「わかってるわよ!」
俺の結界を殴り続けていたオークの一体に、氷でできた拳大の棘が突き刺さる。それは肉を破り、体の奥にまで潜り込んでいく。
「フグゥ」
オークは重傷を負わされながらもカイの方を見る。しかし、動きがかなり鈍っていた。カイは距離を保ちながら火の玉を放ち、難なくオークを倒す。
「曲射」
「フガッ!?」
もう一体のオークにイラが三発の曲射を放つ。顔へと迫って来た矢を腕でガードしたオークだったが、それにより視界が塞がれ、残りの二発の矢が無防備となった胸に突き刺さった。そこでオークが倒れ、こちらも討伐完了となる。
「よし、オークの討伐完了だな!」
「まあ、今回はFランクの依頼ですから」
Eランクへとランクアップしてから一か月、俺達は依頼をこなしながら着実に成長していた。レベルも7まで上がり、村を出た当初のダウさんのレベルへと近付いている。
ダウさんは今頃どうしているだろうか? なんて考えながらも、討伐部位を回収する手は止めない。初めは回収に苦労したり、イラに回収しろと言われるまで戦闘の余韻に浸っていたりしていたが、今では戦闘終了と同時に自然と体が動く。慣れとは怖いものだ…。
「それじゃあ帰るか」
カイの言葉に反対意見は出てこなかった。
魔物を討伐すると追加報酬を得られるため、帰る際にも余裕があれば魔物を討伐する。本日は一体も出会わなかったが…。
「後は頼むわね」
家の手伝いがあるとかで、町へ帰って来るなりイラと別れた。彼女の分の報酬はカイに渡すことになっている。彼らはいつも二人一緒にいるので、何気にカイと二人になるのは初めてだ。
「あいつは幼馴染だからって、俺の扱い雑すぎないか? そもそもさ…」
彼の快活な性格故か俺とカイの仲がよくなったからか、二人きりになっても会話が途切れることはない。二か月近く一緒なのだから、ここまで仲がよくなるのも納得だ。
俺が王都を離れてから二か月経つ。勇者パーティーに拒否された時は絶望的な心情だったが、今では懐かしく思うのだから不思議だ。この町でここまでやってこれたのも、偏に応援して送り出してくれたテスラさん達やダウさん、パーティーに誘ってくれたカイ達のおかげだろう。
「オーク討伐の確認完了しました。こちらが報酬になります」
セラさんが依頼の報酬を渡してくれる。受付嬢は他にもいるのだが、最初に説明を受けた縁で、いつも依頼を受ける度に彼女の元へと訪れている。
「依頼を毎日安定してこなされて凄いですね。今ではこの町の期待のルーキーですよ」
彼女が笑みを浮かべて言う。俺は褒められ、気恥ずかしくなってしまった。彼女と一言二言交わし、カイが待っているので受付を後にする。
カイに二人分の報酬を渡した後、宿へと戻った。チナに着いた頃は安宿へ泊っていたのだが、Eランクになってからは収入が安定し始めたのでほんの少しいい宿に泊まっている。と言っても、安宿より少しいい程度なのだが…。
「え~。これだけしかないのかよ…」
カイが依頼を見て愚痴を漏らす。だが、今回ばかりはイラも同意見だとばかりに頷いている。そして、カイを睨み付けた。
「カイがしょうもないことしたせいよ。わかってるの?」
「わるかったよ」
イラに怒られ、彼がしゅんとなる。
「まさかこんなことになるなんて思わなくて…」
実は、俺が昨日彼に二人分の報酬を渡した後、金額の確認もせずに革袋へとしまったのだ。そのためイラへの分配が上手く行えず、集合までに一悶着あった。さらに集合した後、俺が金額を教えて部jに分配が完了したのだが、彼がそうだっけ? と言い始める始末。
俺のことを疑っているというよりはただ疑問に思ったことを口にしただけのようなのだが、念のためにとセラさんに確認を取っていたのだ。おかげでかなり出遅れてしまい、よさそうな依頼は殆ど取られてしまっていた。
戦闘系の依頼で今俺達が受けられるのは一つだけ、ゴブリンの討伐依頼である。この依頼は簡単な代わりにあまりお金にならない。なので二人も渋っているのだろう。しかし初めの頃はよくゴブリン狩りをしていた。また、ランクアップのためにホブゴブリンを探していた時なんてゴブリンを追いかけ回していたのだ。なんだか懐かしく感じる。
「なんだか懐かしく感じるな」
「そうね…」
二人も俺と同じ気持ちになったのか、感慨深そうな表情をする。
「でもそれとこれとは話が別よ」
「だから悪かったって…」
再び彼女がカイを睨み付けた。だが、本気で怒っている訳ではないのはわかる。これが幼馴染特有の二人の馴れ合いなのだろう。
「これ受けていいですか?」
俺が尋ねると、二人は仲良く揃って頷き返した。
「流石にゴブリンだと簡単ですね」
ゴブリン討伐は何事もなく終わった。初めての依頼でお勧めされる難易度なのだ。今の俺達にとっては造作もないことである。イラの連続曲射だけで片が付いてしまうのだ。俺たちの出る幕はなかった。
報告をするためにギルドへと向かうと、中がいつもより騒がしかった。ギルドの周りに冒険者が集まっている。
「何だ? 行ってみようぜ」
カイがそう言って人込みを掻き分けて行くので、俺達も後に続く。
「これは依頼ではなく、戦える者としての義務ですよ」
「しかし…」
そこにいたのは困った顔の受付嬢と、銀髪の爽やかイケメン、勇者ミカエルであった。後ろには薄い青を基調としたドレスを着用した賢者フレアもいる。勇者と受付嬢の会話は続く。
「相手は四天王の一柱、破壊のデルダです。俺達は幹部を何人も倒してきたが、やはり魔王に近付くためには四天王を倒さなければならない。何故力を貸してくれないのですか。魔王討伐に近付くということは、世界の平和に貢献できるということなのですよ」
「いえ、そういうわけでは…。しかし、四天王を相手に危険すぎます」
「何を言っているのです。四天王は俺達が倒します。あなた達は、俺達がデルダに集中できるよう梅雨払いをしてくれればいいのです」
「今この町にはCランク冒険者までしかいません」
「チナの近くに現れたのだから仕方ないでしょう。いつ移動するかわからない以上、悠長にしていられないのです」
「それはわかりますが…」
受付嬢が渋っていると、ミカエルの顔つきが変わった。
「俺達は人類の平和のために魔王退治をしているのです。手を貸さないのであれば、反逆者として国王に報告します」
「それは困ります」
彼はついに受付嬢を脅し始める。かなりの横暴だが、勇者という肩書だけでそれが罷り通る可能性を否定しきれない。それだけ人類にとって、勇者という存在は大きいのだ。
「皆さんも聞いていたでしょう。明日の朝、ギルド前に集合してもらいます。俺達がデルダを倒し終えるまで、他の雑魚を近付けないでください」
よろしくお願いしますと言いながら、彼はギルドから出て行った。フレアもそれに続く。
「まじかよ…」
皆の気持ちを代弁するかのように、どこからかそのような呟きが聞こえてきた。
翌朝、ギルド前に行くと人だかりができていた。集まった冒険者は全部で三十七人。恐らくこの町の戦闘系冒険者全員が集まったのだろう。
「それじゃあ付いてきてください」
勇者ミカエル、賢者フレア、強化術師ヨセフ、盾騎士フォルスが先頭を歩き、俺達冒険者がそれに続く。
四天王デルダがいるのは町から西に行ったところにある神殿跡地である。道中の魔物は勇者パーティーが狩りながら進んだため、あっという間に到達した。
そもそも勇者パーティーは魔王領で戦っている者達である。全員がレベル30を超え、実力はそれに見合ったものだ。幹部を討伐した実績というのは相当なものなのだ。
そんな勇者パーティーの戦いを見て、冒険者達は彼らなら四天王の討伐も可能であると思い始めていた。誰もがやる気を見せ始め、士気はかなり高い。かという俺も元々は勇者に憧れていたため、四天王討伐の手伝いができると、体に自然と力が入る。
「ふむ。勇者か」
神殿跡地に着いた途端、突然声が響いた。
「四天王、破壊のデルダ…」
ミカエルが声を上げる。そこには三メートル近くある巨体があった。牛のような顔をしており一瞬ミノタウロスかとも思ったが、腕が六本あった。魔族である。
魔族は古の魔物と呼ばれ、現在発見されている魔物のどれとも違う容姿をしている。また、一部似ているところがあるため、魔物は彼等の子孫なのではないかと言われていた。これが古の魔物と呼ばれる理由でもある。
魔族は昔から魔物とは比べ物にならないほどの力を持っているとされ、討伐する際はAランク冒険者が集められると言われている。
デルダの背後には魔物が集まっていた。どれもBランクの依頼で書かれているような魔物である。俺達が相手にできるようなものではなかった。俺達が尻込みしているのを見て、ミカエルとフォルスが前へ出る。
「全能力強化」
「勇者の証」
ヨセフがミカエルとフォルスに強化魔法をかけ、さらにミカエルは勇者専用の強化魔法を使う。
「勇者の力を見よ! そして恐れることなく俺に続け!」
二人がデルダに向かって走り出す。自分達なら勝てるというところを見せ、動けなくなっている俺達の戦意を奮い立たせるつもりなのだろう。
「ハハハハハ。暴虐の一撃!」
「ミカエル!? 大防御!」
ミカエルに破壊の力を纏ったデルダの拳が振り下ろされる。フォルスが咄嗟にミカエルの前に出てスキルを発動した。彼の巨大な盾がさらに巨大化する。
「ぐはっ!」
「なっ!?」
たったの一撃でフォルスがミカエルごと吹き飛ばされる。彼が持っていた盾がひしゃげ、両腕もあらぬ方向に曲がっていた。俺の隣にまで飛ばされ、苦しそうに呻いている。ミカエルにもダメージがあったようで、口元から血が滴っている。
「嘘でしょ…」
「…」
魔法を発動させようとデルダに杖を向けていたフレアが動きを止め、俺達も一瞬の出来事に呆然としてしまった。
「はぁ、呆気ないな。お前たち殺せ」
デルダが告げると、魔物が一斉にこちらへと向かってきた。
「くそが!」
「ぐっ!?」
ミカエルが近くにいた俺の背中を蹴り飛ばす。体が空中に浮く中振り向くと、彼はフレアとヨセフを連れて神殿跡から抜け出そうと走り出していた。
「かはっ!!」
地面に体が激突し、肺から空気が漏れる。
「クロウ大丈夫か!」
「早く立って!」
後ろからカイとイラの焦った声が聞こえる。さらにその後ろからは冒険者達の喧騒も聞こえていた。俺が顔を上げると、魔物達はすでに目の前まで迫っていた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
咄嗟に目を瞑ってしまう。だが、いつまで経っても何も起きない。周囲の喧騒ばかりが響く中、恐る恐る目を開けると魔物の大群が目の前で止まっている。いや、正確には結界で阻まれていた。咄嗟に結界を張っていたようだ。見回すが、数が多すぎてどこを見ても魔物しか見えない。完全に囲まれていた。
「ガァァァァ」
「ギュルルル」
巨大な狼の魔物が牙を立て、大型犬くらいの芋虫が毒液をまき散らしながら突進してくる。さらに後ろからは炎が吐かれ、突進してきた魔物によって前にいた魔物が結界と挟まれる。
今結界を解いたら、結界が解けたら確実に一瞬で死ぬ。魔物達の叫び声の中、俺は結界に全力で集中する。
どれだけ経っただろうか、気付けば周囲の魔物はかなり減っていた。後ろからの攻撃で、同士討ちをしていたのだろう。結界の周囲には夥しいほどの死体がある。
「くっ!」
強烈な眩暈が襲う。理由はわかっている。恐らく、周囲で魔物が死んだことによって急激なレベルアップが起こったのだ。空間認識のレベルが上がり、結界の周囲で攻撃を続けている魔物の一挙手一投足が全て手に取るようにわかる。急に脳の負担が増えたため、気分が悪くなったのだ。
しばらくすると、空間認識の負担にも脳が慣れてきた。意識すると筋肉の動きまでわかるため、魔物が次にどのような動きをするのかまでわかる。まるで未来予知をしているみたいだ。
目の前で一体の魔物が倒れる。攻撃をし続けて力尽きたようだ。
「こいつらは命令されたことしか頭にないのか?」
今思えばおかしな点はいくつもあった。前にいた魔物が死んでもお構いなしに突っ込んできたり、背後の魔物から攻撃されてもこちらを攻撃し続けたり…。結界で体力が削れていたために俺にも経験値が入ったのか。
そんなことを考えていたら殆どの魔物が死んでいた。魔物に任せてどこかへ行ってしまったようでデルダもいない。周囲には魔物や冒険者の死体が転がり、血溜まりとなっている。冒険者…?
「カイ! イラ!」
残った魔物の中を掻い潜りながら彼らを探す。辺りには生きていそうな者がいない。彼等なら大丈夫だ。きっと神殿跡から逃げ延びて安全な場所にいるのだろう。
淡い期待を抱きながらも念入りに探す。
魔物が襲ってくるが関係ない。結界を張り、時には攻撃を掻い潜りながら探し続ける。空間認識を完全にコントロールできている俺にはこれくらい造作もない。今の俺は半径四メートル位の空間を把握できている。不意打ちだろうと関係ない。
流石は勇者パーティーの盾、頑丈だな。何とか判別できる位には残ったフォルスの死体があった。どうやら彼は置いて行かれたようだ。最後に見たミカエルは出口近くまで進んでいた。彼等は無事に脱出しただろう。
最後までしつこく残っていた羽の生えた蛇の魔物が動きを止める。
俺の足元、そこに誰か判別できないほど潰された肉塊があった。そこには血に塗れた二枚のカードがある。
よく見れば、俺が魔物に囲まれていた場所の近くだ。
「カイ…イラ…」
涙が零れそうになるがぐっとこらえる。俺に二人を思って泣く権利はない。
「俺は…自分だけ安全な結界の中に引き籠って…二人を見殺しにした」
二人は最後、俺に向かって叫んでいた。この場所に冒険者証が落ちているということも考えて、絶対に勝てないような魔物達に向かっていったのだろう。俺を助けるために…。
一人で安全な空間に隠れていた俺なんかを助けるために。
「絶対に許さねえ」
皆を無理やり連れて来て、仲間を置いて逃げ出した勇者に怒りを覚える。町の皆を、カイとイラを殺したデルダにも怒りを覚えた。だが、一番怒りを覚えたのは…
「俺は結界術師だろうがっ! 仲間を守るのが仕事だ! なんで俺だけ生きてんだよ!」
右拳を強く握る。爪が食い込み血が滲むが関係ない。あいつらの苦しみはこんなもんじゃなかったはずだ!
「弱い俺を一番許さねえ! 誰も守れない結界術師を許さねえ!!」
目を閉じ、一度深呼吸をする。弱い自分を捨てる。…いや弱い自分を殺す。
「ミカエル! デルダ! お前らは俺がこの手で…」
次話で序章最後です。
ようやく話が始まったといった感じです。
よろしくお願いします。