第八十七話 結界術師、撤退する
第五章 過去の遺物
第八十七話 結界術師、撤退する
この部屋は大部屋のため、空間認識の範囲では殆ど把握できない。なので、分断するための結界を張るには視認する必要があった。駆け下りていては、魔物に気付かれて先に攻撃されてしまう。
俺が部屋の様子を見れる場所へ来て結界を張ろうとした時、空間認識で遠距離攻撃が飛んできていることに気付いた。
確認するより早く、咄嗟に目の前に結界を展開する。
「下がれ!」
隣にいたフランへと叫び、部屋の方を見る。攻撃を視認できた時には、かなり近くまで迫っていた。
俺の張った結界が、全ての攻撃を防ぐ。目の前ではなく部屋の中に結界を張っていた場合、俺達に沢山の毒液や魔法が降り注いだことだろう。
「助かったか…」
攻撃を防げたのを見た後、フランと共に階段を上り始める。流石に今のは少し肝が冷えた。まさか、すでに攻撃されているとは思わなかったのだ。油断していたら間に合わなかったかもしれない。
攻撃自体はそれほど強くないのだが、かなり数が多い。フランも言っていたが、あれだけの攻撃をまともに受けたら、ひとたまりもないだろう。
「何故なのでしょう?」
フランが呟く。確かに、何故ばれているか分からない。あれほど近くまで接近していたのだ。俺が視界に捉える前に、すでに攻撃されていたのは間違いない。近くに魔物がいれば気づかれるだろうが、魔物の姿はなかった。近くにいれば、隠れていたとしても空間認識で見つけることができる。
ならば何故か…。俺達は階段を慎重に下りていた。その間は音もできるだけ消している。こちらには職業暗殺者のフランがいるのだ。音で気付かれたという可能性はないだろう。
臭いという線もない。俺達は魔物を倒しながら進んできた。そのため、魔物の臭いがこびり付いている。魔物が沢山いるこの状況では、どれだけ優秀な嗅覚を持っていようと嗅ぎ分けることはできないだろう。
蛇のような魔物もいるので、熱感知の可能性も考えた。だが距離が離れている状況で、壁越しに俺達を認識することは難しいだろう。
「…そういうことだったか」
「? どうしましたか?」
色々と考えていたことで階段を殆ど上っていなかった俺は、目の前の状況を見て理由が分かった。俺の視界には現在、フランの足だけが映っている。それを認識したと同時に、俺達が不利な場所にいることに気付いた。
「なるほど。そういうことでしたか」
俺の説明に、彼も納得がいったようだ。階段の天井が平行になっているため、開けている下まで行かないと部屋の中は見えない。階段の下は見えるが、天井が邪魔して前が見えないのだ。それは向こうも同様で、こちらの姿は壁に邪魔されて見えないだろう。
しかし、決定的に違う点が一つある。俺達は目が壁より下に来なければ見えないが、魔物達は俺達の足が見えているのだ。単純に、先に視認されていたということだ。
そして俺達が階段の上にいる以上、確実に魔物に視認される方が早い。普通攻撃する場合、高い位置にいる方が優位になる。上から攻撃する方が狙いやすく、逆に射ち上げる際には威力が減少するからだ。まさか、これほど不利な状況になってるとは思っていなかった。
こちらとの視認速度の差を埋めるためには、一気に駆け下りるしかない。だがそれでは、聴覚のいい魔物に音で気付かれてしまうだろう。フラン一人ならば兎も角、俺は足音を消しながら階段を駆け下りるなんて真似はできない。
先ほど攻撃されたので、今もかなりこちらを警戒されているだろう。警戒されているということは、次はさらに速く攻撃されるということだ。たった一瞬で、圧倒的に不利になってしまった。
今までダンジョンや遺跡といった場所を殆ど攻略して来なかった。それが今、こうして経験不足となって枷となっている。開けた場所で戦うのと、狭い建物内で戦うのはこうも違ってくるのか。今更遅いが、勉強不足ということが身に染みる。
この状況でどうやって攻略したらいいのか。いい案が思いつかず、最適解が全く分からない。
「もう一度行きましょうか」
「何か対策しないと一緒だろ」
「僕に任せてください」
どうやら、フランに考えがあるようだ。遠距離攻撃への対応は彼に任せ、俺は結界を張ることに集中する。
「行くぞ」
そろそろ俺達の足が下から見える頃だろう。遠くにいるのですぐに攻撃が届く訳ではないが、視界に捉える頃には近くまで来ているはずだ。
俺が足を踏み出す前に、無言でフランが跳んだ。部屋の中を視界に捉え、俺はすぐに結界を張る。部屋を横切るように展開した結界は、壁のようになり無事に魔物達を分断することに成功した。だが、すでに飛んできていた遠距離攻撃は防ぐことができない。
遠距離攻撃は、先に階段を下りていたフランへと殺到していた。彼はそれを全て回避していく。直撃は免れているようだが、流石に衝撃まで回避できている訳ではないようだ。数が多いので、少しずつダメージを受けるというレベルではない。
回避しているのにも関わらず、彼の体は一瞬でボロボロになった。任せろと言っていたが、かなり体を張った無茶な作戦だったようだ。
全ての視線を一身に集めた彼は、遠距離攻撃が全て終えて以降も他の魔物に狙われていた。
「早く戻ってこい!」
俺はそこまで攻撃力が高い訳ではない。自分で近付いて来てくれなければ、魔物の多いこの状況では彼まですぐに辿り着くことはできない。
彼も魔物の処理を頑張っているようだが、減っているようには思えなかった。すでに彼の体はボロボロなので、魔物を倒す力も残っていないのだろう。
結界で彼と魔物を分断できればいいのだが、距離が離れすぎている。空間認識でも確認できないうえに、魔物が邪魔で視認することもできない。
さらに大部屋の分断をしている壁はかなり大きく、今も降り注ぐ遠距離攻撃を防いでいるので厚くしている。そちらにも力を使っているので、あまり無茶な結界を張ることができないのだ。
「治癒」
階段の方からカトレアの言葉が響き渡り、フランの下へ光が降り注ぐ。さらにカリアとサーシャが飛び出し、前方の魔物を倒していった。彼の傷が癒えていき、魔物を倒しながらこちらへと突き進んで来る。
「ふう。何とかなりましたね」
「私が来ていなければ、危なかったわね」
俺はかなりハラハラしていたが、彼等は平然としていた。まるで、彼女が来て回復してくれるのが分かっていたかのようだ。
「下から音が聞こえてすぐ、カトレアが階段を下りて行ったからな」
「はい! 私達は追いかけてきました」
結界で防げなかったことで、階段上まで音が聞こえていたらしい。その音を聞いてすぐに、彼女はこちらへ向かっていたようだ。
「もうすぐ終わりそうだな」
フランが回復し、カトレア達が合流したことによって一気に魔物の討伐が進む。特に遠距離攻撃をしてくる魔物がいないので、とても戦い易い。
結界に降り注ぐ遠距離攻撃が止むことはない。そのため、結界を解く隙が見つからなかった。ここまではいい感じに攻略できたのだが、流石に今結界を解く訳にはいかない。
「流石にこれは不味いですね」
「さらに奥から魔物が来ていますよ」
カトレア達の後から来ていた研究者達が、ようやく追いついてきた。彼の言う通り、奥からさらに魔物が迫って来ている。
流石に、今の俺達ではこの攻撃を捌くことができない。
「一度撤退するか」
結界を維持して時間を稼ぎながら、俺達は大部屋を後にする。
こうして俺達は、撤退を余儀なくされたのだった。




