第八話 結界術師、冒険者ランクを上げる
序章
第八話 結界術師、冒険者ランクを上げる
カイとイラの二人とパーティーを組んでから二週間が経った。Fランクの討伐依頼はゴブリンやコボルト、オークといった魔物の討伐である。今では連携も上達しており、安全に討伐できるようになっていた。
本日もホブゴブリンの討伐へと神秘の森に来ていた。ホブゴブリンはゴブリンを成人男性ほどに成長させた見た目をしている。ゴブリンより少しスピードは落ちるが、力と耐久性は比較できないほど高い。またスピードの割に反射速度も速く、不意打ちで一撃といったこともできない。討伐難易度的にはオークと同程度である。
「そろそろかな?」
俺達は現在、ゴブリン六体の群れを尾行していた。ホブゴブリンは単体で動くことはない。必ず二体以上、またはゴブリンの群れのボスとして存在する。なので、ゴブリンの群れを追うことによってホブゴブリンを見つけようと考えていた。
「止まった」
狩人で一番視力がいいイラが先頭を務めていた。このため、離れた距離から安全に尾行ができている。隣からはカイの息遣いが聞こえてきた。
「残念。またはずれ」
ゴブリンの群れはその場で警戒を始めた。安全を確認した後、休息に入るのだろう。すでに何回も経験していることなので、俺達は警戒を緩めるまで攻撃しない。
「ちくしょう。これで三度目だぞ…」
カイが愚痴る。森に入ってこれで三回目のゴブリンの群れだが、どれもホブゴブリンがリーダーの群れではなかった。時間的にはまだ余裕があるが、魔力の残存量を考えると本日の討伐はここで終わりだろう。
「これが最後だ。イラ、頼むぞ」
「了解。曲射」
カイの声を聞き、彼女がスキルを使う。曲射を六回放つ。それぞれ放たれた矢が魔力を纏い、大きく曲線を描きながら進んでいく。曲射は彼女が最近新たに覚えたスキルで、矢に魔力を纏わせることで自由な軌道で放てるものだ。軌道は矢を放つ前に定めるため、距離が長ければ長いほど必要魔力も精密性も要求される。そのため連続で、それも周囲が木々に覆われているこの場所で曲線を描く矢を放つのは難しいはずなのだが…。
「ナイス!」
六体のゴブリンが同時に倒れる。それを確認してカイが声を上げた。俺も彼女に称賛を送る。彼女は少し照れたように顔を俯け、討伐部位を取りに行った。
「イラさんは休んでいてください」
言いながら彼女の後を追う。ゴブリンの体がようやく鮮明に見えたが、矢は全て頭部や胸部といった急所を貫いている。
「そうだぜ。六発も曲射使ったんだから、魔力殆ど残ってないだろ?」
彼女の魔力は多くないため、この戦闘以外では曲射は使っていなかった。しかし六発放ち、全て同時にゴブリンに当てるということは、それまでに放った矢をかなり遠くまで飛ばしてからゴブリンの下まで曲げたということだ。そこにはかなりの魔力と集中力を要しただろう。
彼女の技術力と計算能力の高さがあればこそできる技だ。他に曲射が使える者がいたとして、果たして何人の者が同じような真似ができるのか…。
「これは魔力を使わないから大丈夫。それよりも早く終わらせて帰ろう」
彼女の言葉に俺達は頷き返した。
「ゴブリン十六体ですね。討伐報酬の銀貨一枚と追加報酬の銀貨一枚、銅貨一枚となります。ホブゴブリンの討伐に難航しているようですね」
冒険者ギルドの受付嬢であるセラさんが、苦笑を浮かべながら報酬を差し出す。俺は報酬を受け取りながら、苦笑を返した。
ホブゴブリンの捜索は二日前から続けている。しかし今でも見つけられていない。一日目はゴブリンの討伐依頼を受けていなかったため、討伐したゴブリンは全て銅貨一枚となってしまった。そのため、昨日からはゴブリンの討伐依頼も同時に行うようにしている。
「くそ~。今日もホブゴブリンを狩れなかったか…」
「見つからないのであれば仕方がないですよ」
カイの愚痴に俺がフォローを入れる。そもそもホブゴブリンの討伐を目指しているのは、三日前にオークを討伐した後、そろそろランクアップしようと彼が言い出したのが始まりだ。
ランクアップをするには、いくつかの試験から一つ選んでクリアする必要があった。
ホブゴブリン以外の魔物は、青い光を放つ蝶であるフェアリーフライ、夜行性で黒い毛皮の狼であるブラックウルフ、植物に擬態した虫であるプラントバグがいた。
話し合った結果、ホブゴブリンが一番安全だと考えて選んだのだ。
フェアリーフライは戦闘能力がないため一番弱いが、そもそも神秘の森にしか存在せず目撃情報が殆ど出ないほどレアな魔物である。
ブラックウルフは隠密性に優れ、群れで行動するために後衛が多いこのパーティーでは危険だと判断した。
プラントバグは他の植物と見分けをつけることができず、状態異常攻撃が主攻撃となるために厄介だと判断した。
他の冒険者も同様の考えを抱いたようで、ホブゴブリンはランクアップするのに手頃な魔物と知られている。そのため、かなり討伐されているようでなかなか見つからないのだ。
「まあ見つからないのは仕方ないし、また明日頑張りましょ」
ゴブリン討伐に一番活躍しているイラに言われては、カイは文句が言えない。
「そうだ! 今日は一緒に夕食食いに行こうぜ」
彼がいいことを思いついたといった声で言った。イラが俺の方を向く。
「クロウ、大丈夫? 嫌なら断ってもいいのよ」
「おいおい、俺たちの仲だろ? 今更俺達といるのが嫌とか言われたら流石に傷つくぜ」
カイが苦笑気味に言う。彼女が言っているのはそういう意味ではなく、俺のお金の方を心配してくれているのだろう。その証拠に、彼の言葉を聞いて微妙な表情になっていた。
確かにお金はあまりないが、それでも夕食の誘いを断るほどではない。毎日となると流石に困るが、そこまで考えつかない人達ではないだろう。…もしカイが暴走してもイラが止めてくれるはずだ。
「一緒にご一緒していいですか?」
俺の言葉に二人は笑顔で頷いた。
「ここのお店美味しいですね」
「私達のお勧めのお店だからね」
二人が連れてきてくれたお店は、値段は少し高めだが味はかなりのものだった。神秘の森で採れた茸を使った料理に、野菜がたっぷり入ったスープ、トマトソースを絡めた麺の横には大きめの肉が用意されている。肉は臭みが抜かれており、獣臭さが一切しない。
中には神秘の森でしか採れない茸もあったが、とても美味しかった。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、こっちもいい気分転換になったからな」
「明日も皆で頑張ろ」
二人と別れて宿へ向かう。初めは少し迷ったりしたが、今となってはチナの地図は頭に入っている。二人に町を案内してもらったこともあった。
明日こそホブゴブリンを討伐しようと考えながら、宿への道を歩いた。
「それじゃあ行くか!」
カイの号令で町を出る。森の中からは俺が先頭だが、それまではカイが先頭を務めることが定例となっていた。ゴブリンを追う際はイラが先頭に立つ。
彼も昨夜の食事で気持ちが切り換えられたのか、ノリノリで先頭を歩いて行く。
「あそこにいた」
数分歩いたところでゴブリン三体の群れを見つけた。イラが先頭を歩き、俺達は慎重に彼女の後を追っていく。草を掻き分けながら進むと少し開けた場所があった。彼女が慌てて止まり、俺達に停止の指示を出す。
開けた場所にオークがやってきた。
「倒すか?」
「今戦い始めたら、ゴブリンに気付かれる。それより、迂回してしまいましょ」
カイの問いに彼女が答える。オークを迂回してゴブリンを追おうとするが、現在の位置的にかなりの迂回を強いられた。
「ごめんなさい。見失っちゃった」
彼女が謝罪し、カイが邪魔をしたオークを見た。
「そいつは放っておいて、まだ近くにいるはずだから進みましょう」
「っ! そうだな」
考えていることが当てられ、彼の肩がビクッと震える。幼馴染ならではの以心伝心。いや、彼の考えが分かり易いのだろう。
「ギャッ!」
「グルル」
少し歩くと、ゴブリンの声とコボルトの唸る声が聞こえてきた。慎重に声の方へと向かう。
「「「「ウオオォォン」」」」
視認できる位置まで来ると、丁度ゴブリンを倒し終えて遠吠えをしている四匹のコボルトがいた。
「ここまで近付いて大丈夫ですか?」
「血の臭いが充満しているから大丈夫よ」
俺の問いにイラが答える。普段ここまで近付くと、コボルトは鼻がいいので気付かれてしまう。現在はゴブリンの血で臭いが紛れているようだ。
「どうする?」
カイが倒すか尋ねるのと同時に、コボルトが突然そわそわし始めた。
「ばれたか?」
「待って」
カイが杖を構えようとしたところで、彼女が腕を伸ばして止める。そのまま眺めていると、突然茂みからゴブリンが五体現れてコボルトを襲い始めた。
いくら数が一体多いとはいえ、ゴブリンではコボルトには勝てないだろう。だが戦闘に集中できていないのか、コボルト達は苦戦していた。
「キュ!?」
茂み近くにいたコボルトが吹き飛ぶ。殴り飛ばされたのだ。茂みの奥にはホブゴブリンがいた。先ほどのゴブリン達はこいつの部下だったのだろう。
「ギャッギャッ」
あっという間にコボルトを倒し、ホブゴブリンが鳴き声を上げる。二体のゴブリンが犠牲となったが、コボルト四匹は全滅した。
「やっと現れたか」
「曲射」
カイが嬉しそうな声を上げ、イラが矢を四発放つ。
「ギャ!」
「何!?」
カイが驚愕の声を上げた。ホブゴブリンが咄嗟に腕を払い、三本の矢を弾いたからだ。
「一体だけしか仕留められませんでしたか…」
彼女が次の矢を番えながら悔しそうな顔をする。ホブゴブリンがこちらを見た。流石に気付いたようだ。俺が歩み出るとホブゴブリンの注意が俺へと向く。
「火の玉」
「そこ!」
「ギャギャ!?」
火の玉と矢がホブゴブリンへと向かう。しかし火の玉は右腕で、矢は左腕でガードした。だが、決して無傷ではない。右腕は火傷を負っているし、左腕には矢が刺さっている。
「ギャァァ!」
「結界」
ホブゴブリンがこちらへ殴りかかってきたので、結界で受け止める。それと同時に他のゴブリンは二人へと走っていく。
リーダーがいるため絶妙な連携だ。
「結界」
二人の目の前にも結界を張る。二人がゴブリンを倒してくれることを信じて、俺はホブゴブリンにだけ集中する。
「ギャギャギャ!」
右に左にと殴りつけてくる拳を、慎重に結界で受け止めていく。結界で閉じ込めないのは、こちらからも攻撃ができなくなってしまうからだ。攻撃の寸前に結界を解除できれば問題ないが、俺にはまだそこまでの技術も彼等との連携力もない。
自分の周囲に結界を張っているため安全なのだが、ホブゴブリンの一撃が速くてつい壊れてしまうのではと不安になってしまう。
「火の玉!」
やがて火の玉がホブゴブリンに向かい、殴るのに夢中になっていた奴の側頭部に命中した。いいダメージが入ったようでよろめく。そこへさらに胸へと矢が突き刺さる。二人は無事にゴブリンを倒せたようだ。
「ギャャャ!!」
ホブゴブリンが悲鳴を上げ、狂ったように腕を振るう。だが全て結界に阻まれ、俺の下には届かない。再び火の玉が飛んでくる。
奴の動きがついに止まった。
「曲射」
駄目押しとばかりに二本の矢が胸へと突き刺さり、後ろへと倒れる。
「やったぜ! 倒したぞ!」
カイが雄叫びのように声を上げ、イラも満面の笑みを浮かべていた。俺も気分が昂揚している。
「さっさと討伐部位を切り取って」
彼女の言葉で我に返った。今は魔物がいる森の中にいるのだ。帰ってから喜びを噛み締めるべきだろう。俺達は急いで討伐部位を取り、町へと戻った。
「おめでとうございます! これであなた達三人はEランクになりました」
セラさんが笑みを浮かべて告げる。それを聞き、今度こそ三人で喜びを分かち合った。いつもは誰か一人が依頼完了の報告をするのだが、今は三人一緒だ。セラさんも俺たちの喜びようを見て、自分のことのように喜んでくれた。
「それでは冒険者証をお願いします」
一しきり騒いだ後、セラさんの言葉に俺達は冒険者証を提出する。彼女がそれと入れ替えに、新たな冒険者証を差し出してきた。そこにはEランクと書かれている。
こうして俺達はEランクへとランクアップしたのだった。
「あ~。これなら昨日高い店に行かなければよかったな…」
「カイがあの店に行きたいって言ったのよ」
「ははは…」
俺達は一緒に食事をしていた。と言っても昨夜のような高めのお店ではなく、寂れた居酒屋のようなお店だ。いくらランクアップの祝いだと言っても、流石にあのようなお店に何度も行けるほどお金に余裕はない。
「ランクアップの目出度い時にこの店に来てくれたんだって? ならこいつをおまけしてやるよ」
店主が野菜と茸を炒めて作ったつまみを出してくれる。
「ありがとうございます!」
「本当に…」
今まで何度も溜息を吐いていたカイが笑顔を見せ、イラがそれを見て呆れた表情を浮かべた。それを見て、この三人とならまだまだ上のランクにいけるだろうと思った。