第七十五話 結界術師、仇を取る
第四章 桜花
第七十五話 結界術師、仇を取る
デルダの連打が続く。俺達は、完全に防戦一方となっていた。奴のスキル、暴虐の一撃が雅の近くに落ちる。
床にヒビが入り、衝撃で彼の体が宙を舞う。彼が受け身を取ってすぐに立ち上がる。だが、その間も奴の連打は止まらない。
雅が立ち上がるまでの間、俺が結界で全ての攻撃を止める。スキル後に一瞬の硬直はあるが、その時彼は戦闘態勢ではない。居合切りを放とうとはしているのだが、構えている余裕すらないのだ。
デルダは普通の攻撃の中に、スキルを混ぜて攻撃してくる。スキル硬直時に狙われないよう、それは的確に隙を突いてくるのだ。主に、雅が拳を回避した直後に放ってくる。それは俺が止めているのだが、先ほどとは違って三本の腕を巧みに使っていた。
回避したと同時に別の腕で放ってくるので、反撃のタイミングを掴めない。また、俺は何度もデルダのスキルを止めることになる。奴のスキルは簡単に止められるものではない。そのため、何処かで攻撃に対応できなくなってしまうのだ。
雅が自分で拳を回避して補ってくれていたのだが、そのタイミングに奴はスキルを合わせてくるようになった。
いくら雅でも、流石に居合の構えを維持したまま回避することは難しいようだ。彼はデルダのスキルを、ほぼダメージを受けずに躱し続けている。それだけが、唯一の救いであった。
俺の魔力が先に尽きるのが先か…奴が隙を見せるのが先か。本当に難しい勝負である。スキルを使う回数が増えたことにより、俺が強化した結界を張らないといけない頻度も増えた。一度の暴虐の一撃で、四枚の強化した結界を張らなければならないのだ。
いくら消費魔力が少ないとしても、これはかなりの消耗である。できるだけ魔力消費を抑えようとはしているが、そのようなことを簡単に許してくれる敵ではない。
先ほどの余裕を見せた状況とは違い、今の奴はこの戦いに集中している。持久戦になれば、こちらが不利なことは目に見えていた。
「どうやら、ここまでのようだな」
雅がそう言って、不敵に笑う。言葉は明らかに諦めの言葉なのだが、その表情には一切諦めた様子はない。だが、実際にどうしようもないのは事実だ。俺達にこの状況を覆す力はない。
「いい表情をしているな。さらなる絶望を見せてやろう」
雅の表情を見たデルダが、そう言って拳を構える。今までに見たことがない構えだ。先ほどの言葉といい、新しいスキルだろう。
「流星拳」
構えられたデルダの拳が、高速で雅へと繰り出される。二枚展開した強化した結界が、一度の拳で破られた。しかし、それ以上拳が突き出されることはない。二枚の結界で、何とか威力を殺せているようだ。次々と拳が繰り出される。
まだ奴のスキルは続いていた。何度も何度も、高速の拳が繰り出される。破られる度に何度も結界を張り直すが、奴のスキルが終わることはない。
二枚で止めることができるので、暴虐の一撃よりは拳を止めることは容易い。だが全ての腕を使ったスキルは、その攻撃速度が危険なようだ。
暴虐の一撃よりは弱いと言っても、強化した二枚の結界を破るくらいの威力は持っている。それを、三本ある腕をフル活用して連打してくるのだ。それも、普通の一撃よりも速い速度で。
空間認識のおかげで、次の攻撃がどこに来るかは分かる。なので、一撃一撃を防ぐことは可能だ。
「流石に不味いか」
雅が鞘から刀を抜く。彼はすでに気付いているようだ。数秒の内に何度も二枚の結界を展開し続けるのは、かなり負担が大きい。このままでは、俺の展開速度が追い付かなくなってしまう。
俺が捌けなくなった拳を、雅が回避する。一瞬刀で防ごうとしたのだが、諦めたようだ。奴の流星拳の一撃も、結構威力が高い。防ごうとしたのを見る限り、防げない訳ではないのだろう。しかし止めることができたとしても、スムーズに次の行動へ移れなくなってしまう。
このスキルはいつ終わるか分からないのだ。次の攻撃に対応するために、彼は回避することを選んだのだろう。
「クッ!!」
デルダの表情が、僅かにだが歪む。彼の拳に集中していて気付かなかったが、彼の周囲には大量の血が飛び散っていた。ずっと普通に戦っていたが、彼はすでに三本の腕を斬り落とされている。そして、治療せずに戦い続けているのだ。
魔物や魔族は基本的に、人間よりも回復速度が上である。種類にもよるが、回復速度が速すぎて不死身と言われている、ヴァンパイアという魔族も昔はいたほどだ。
奴はそれほど回復速度は高くないようだが、それでも腕を斬り落とされて出血死しない程度にはある。だが、無尽蔵に回復できるという訳でもない。回復速度は一定であるため、それ以上のダメージを与えればいいだけの話だ。
そして奴は、今辛そうにしている。俺の結界のダメージもあるだろうが、腕からの出血が先ほどよりも多い。少しずつではあるが、出血によるダメージが回復量を越えているようだ。スキルを維持するために体力を消費し続けているのだろう。
これで、ほんの少しだが勝機は見えた。
奴の流星拳は終わらない。永遠と思われるほど長いと感じるが、まだ数分も経っていないだろう。しかし、すでに何百という数の拳が雅へと繰り出されていた。
結界二枚を簡単に破る威力の拳。直撃すれば、ほぼ即死の攻撃だ。それを雅は避け続けている。四分の三近くは俺の結界で防いでいるが、それ以外は彼が自力で躱していた。即死の攻撃を何度も回避し続けるのは、精神的なダメージはかなり大きいだろう。
豪胆だと思っていた彼が、だんだんと荒い息を吐き始める。精神的疲労と肉体的疲労、その両方が彼を蝕んでいく。
いつになれば奴が倒れるのかが分からない。それも疲労を蓄積する要因となる。
「体が重い…」
雅が苦しそうに声を上げる。拳を回避しているのは四発に一回とはいえ、かなりの速度で動く必要がある。元々速度重視でない彼は、重い鎧を着ていた。そろそろ体が限界に近いのだろう。
俺の魔力も残りが危うい。結界術師という職業上、長期戦になることは多い。しかしフスト王国との戦争ですら、これほど残存魔力量に危機感を感じることはなかった。
話している余裕はない。雅の動きを見ながら、回避不可と思える攻撃を防ぐ。負担は大きくなるが、こちらの方がまだ安全である。
「そろそろ限界のようだな」
そう言って、デルダが不敵に笑った。だが奴も限界に近付いているのだろう。スキルは終わっていないが、攻撃速度が僅かに低下している。
ここからは我慢比べだ。先に限界が来て倒れた方が負けになる。しかし、こちらが少し有利だ。倒せなかったとしても、まだ俺の後ろには六助や黒がいる。彼等もかなりボロボロではあるが、俺らで奴を限界まで追い詰めることができれば、勝てる可能性があるだろう。
デルダはかなりの脅威だ。彼等がいても、絶対に勝てるとは言えない。カリア達がこの場にいればよかったのに…と思ってしまう。だが彼女達はまだ、誰もこの場に来ていない。向こうも苦戦しているのだろう。
彼女達がいても苦戦するということは、幹部がいたということだ。そちらの様子も気になるが、まずは目の前の敵を倒す必要がある。
「しまった!」
拳を回避しようとしていた雅が、足を滑らせてしまう。彼の足元には、デルダの血で水溜りができている。血で滑りやすく、足の疲労で踏ん張りが効かなかったのだろう。
彼の体が、奴の繰り出す拳へと倒れ込んでいく。俺は彼が回避すると思っていたため、次の拳に結界を張っている。今からでは援護が間に合わない。その時、彼がこちらへと振り返り、目配せをする。
「がはっ!!」
一瞬のアイコンタクトの後、彼の腹部から背中にかけて、デルダの拳が貫通した。
「何!?」
彼が貫通した腕を掴み、奴の移動を封じる。さらに次に突き出された拳が、すでに用意しておいた結界に阻まれる。
俺はすでに剣を構え、奴の下へと駆けていた。距離はそれほど遠くない。だが俺が近付くよりも、奴の三つ目の拳が繰り出される方が早い。
「これで終わりだ!」
奴の拳が俺の脇腹へ向かう。
「させるか!!!」
雅が力を振り絞り、掴んだ腕を思い切り引っ張る。
「!?」
僅かに奴の体勢がずれ、拳の軌道が変わった。奴の拳は俺の横を通り過ぎる。空を切ったとはいえ、奴の拳には衝撃が伴う。
「かはっ!」
当たっていないはずなのに、脇腹に衝撃が走る。それでも俺の体が吹き飛ぶことはない。奴が弱っていたおかげで、何とか踏ん張ることができた。体勢が変わり、直前にスキルがキャンセルされたのも要因だろう。
「終わりだ!!」
結界を纏った剣で、奴の傷付いた胸を抉る。
「まだだ!」
「ガアァァ!!!」
胸を突いた状態で、剣に纏わせた結界を前方へ伸ばす。カリアが使う聖槍剣を真似たものだ。
結界を纏った剣は刃部分が太くなり、鋭さが減少するので切れ味が落ちる。だが貫通力が落ちる訳ではない。
伸ばした結界の剣が、デルダの背中を貫通した。




