第七十三話 開戦
第四章 桜花
第七十三話 開戦
三つの部隊に分かれて、魔王領へ進軍を開始する。こちらは人数が少ないので、隠密性が高い。そのため、できるだけ見つからないように慎重に進んでいく。
砦を攻める時に、時間をかけてはならないのだ。なので見つからないように砦に向かい、同時に攻める必要がある。境界を越えると、魔物の気配が一気に濃くなった。外には一切魔物がいない。
魔王領の魔物は、基本的には町に住んでいる。そのため、他の国のように外に魔物はいないのだ。いるとすれば、警戒して周囲を捜索している者だろう。
俺達が向かうのは、町ではなく砦だ。町の周囲ならばそのような者もいるだろうが、流石に砦にはいないだろう。精々、砦を警戒しているものくらいだ。
「さて、何処にいるだろうな」
三部隊が集落を出発した後を追いかけている俺達は、かなり暢気な会話を繰り広げていた。魔物が出る訳でもないので、接敵するまで俺達は何もすることがないのだ。俺達はデルダの討伐を目的としているので、見つかる訳にはいかない。他の魔物に邪魔されては困るからだ。
デルダに外で待ち伏せされていたとしても、桜花の兵士は優秀な者ばかりだ。集落にいた者は皆前線で戦うために、索敵や銃の扱いに長けた者が集められていた。早期に発見することで、四天王からも逃げることが可能だろう。
砦は北、南、中央と位置しており、それぞれカリア達、フラン達、六助達が対応することになっていた。
順調に進んでいき、砦の近くにまで進軍する。そろそろ、前を進軍していた者達が砦へと到着するだろう。集落からは中央が距離的に一番近くなるため、彼等は近くですでに身を潜めているはずだ。そして太陽が完全に頭上に昇り、決めた時間が訪れる。
どの部隊にも、時間までに到着するように伝えてある。時間は、桜花の兵士が地図を見て割り出したものだ。恐らく一番遠いであろう、北の砦まで到着できる時間に設定されていた。さらにそこから、三十分の猶予を見る。
敵に見つかってしまった場合は、赤い狼煙を上げる手筈となっていた。時間になるか、その狼煙が開戦の合図となる。どうやら見つかることなく、計画が進められたようだ。
三十分が経ち、中央から青い狼煙が上がる。
「どうやら、中央みたいだな」
「お前達! 行くぞ!!」
「「「おう!」」」
雅の声に、この場にいる桜花の兵士が応じる。青い狼煙は、デルダを発見した合図だ。俺も馬に乗り、中央へと急いで向かう。
これは時間との勝負だ。中央にいるのはデルダだけではないだろう。他の魔物もいるはずなので、デルダだけに集中できない。ただでさえ、奴は魔王軍四天王と呼ばれるくらい強いのだ。ゆっくりとしていては、中央に向かった軍は全滅してしまうだろう。
「撃て!」
兵士の合図で、銃を一斉に発砲する。彼等は距離を開け、できるだけ魔物達を近付かせないようにしているようだ。デルダの相手は六助と黒が務めている。身軽な黒が動き回り、デルダを翻弄しようとしていた。
しかし、思うように上手くいっていないようだ。デルダは近接戦闘が得意なタイプである。そのため、彼等は銃で戦っていた。目的は、俺達が来るまでの時間稼ぎだ。
距離を詰められた黒が、二本の腕を回避する。しかし、三本目の腕が彼女を襲う。彼女が奴の拳を回避し損ねる。
「うっ!」
体を捻って直撃こそしなかったものの、その細身の体が吹き飛ばされた。カバーするように六助が奴に近付き、至近距離から大きな銃を発砲する。
放たれた弾は、速度が他の銃に比べて少し遅い。しかしかなり大きく、明らかに攻撃力が高そうだ。
「暴虐の一撃」
「ぐっ!!」
デルダの拳が、一撃で弾を粉砕する。勇者のパーティーであった盾騎士のフォルスを、一撃で瀕死に追い込んだ攻撃だ。奴の攻撃の余波に耐え切れず、六助の体が後退させられる。彼は黒のように、身軽な装備をしていない。
すでにその重厚な鎧はボロボロになっており、どう見ても満身創痍だった。
体をフラフラと揺らす六助を無視して、デルダが黒へと接近する。
「むっ!?」
彼の拳は咄嗟に張った俺の結界を破壊し、そこでピタリと止まった。そしてこちらを見る。結界を張れる範囲に入ってすぐに展開したが、何とか間に合ったようだ。しかしスキルを使っていない拳に、俺の結界が破壊されてしまった。
現在は、二枚目の結界で止まっている。だが、二枚目の結界もミシミシと嫌な音を立てていた。彼の腕は六本あり、結界を二枚使ってその内の一本しか止められないのだ。奴は本当に馬鹿げた能力をしている。これが魔族という種族の強さというものなのだろう。
「ほう…俺の拳を止めるとは」
奴が雅を見て、面白そうに目を細める。
「また来たのか」
「ああ。仲間の仇は取らせてもらう」
そう言って、雅が右目に手をやる。そこには、デルダに負わされた大きな傷があった。彼は背負っている大きな刀を抜かずに手に持ち、奴へ構える。
桜花の兵士は、侍という特殊な職業に就く者が多いと聞いた。これは桜花に存在しない職業のようだ。そして彼等は刀という独自の武器を好み、中でも居合切りという特殊な技を好むらしい。居合切りは納刀したまま構え、そこから必殺の一撃を放つというものだ。
鋭い踏み込みから放つ一撃はとても速く、刀とは思えない重さを伴う。彼も居合切りをしようとしているようだが、かなり独特な構えとなっている。彼の刀は、背負わないといけない程に大きなものだ。そのため、普通の構えでは居合切りができないのだろう。
「…」
「…」
「…」
辺りが静寂に包まれる。すでに黒はここにはおらず、満身創痍の六助に肩を貸して移動していた。彼女達は俺達の邪魔をしないように、他の魔物の討伐へと向かったのだ。まだ中央の砦に、魔王軍幹部が残っている可能性もある。
彼女達は幹部クラスの魔物に対抗できる存在なので、ゆっくりと休んでいる場合ではないのだ。
静寂を破り、最初に動いたのはデルダだった。拳を振り上げながら、雅へと向かって走る。そして距離が近付いたところで、今まで動いていなかった雅が動く。
「はあっ!!」
彼の踏み込みはとても力強く、大きな刀を持っているというのに、その一瞬だけならば黒の走る速度よりも速い。目ではまともに捉えきれず、空間認識が彼の動きを教えてくれる。気合の籠った彼の一撃が、デルダに向かって振り抜かれる。
しかし、奴も雅の速度に反応した。流石は四天王だ。一瞬で加速した彼の動きは、普通は中々に反応し辛いものである。それなのに、一瞬で距離を詰めた彼に反応したのだ。
雅の刀が奴の腕を捉え、その一本を切り落とす。
「まさか、そのような技を持っているとはな…。流石に驚いたぞ」
そう言うデルダの表情には、未だに余裕が残っている。必殺の一撃を用いて、ようやく腕一本を切り落とせたのだ。
「俺は首を切り落とすつもりだったんだがな…」
腕一本しか切り落とせなかったことに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして刀を鞘に納めて、もう一度構え直す。
「はあっ!!」
「もう効かん」
今度の一撃は、奴に防がれてしまった。奴は初見の一撃に反応したのだ。同じ攻撃をしても、やはり今度は防がれてしまうらしい。
だが、完全に防がれた訳ではない。居合切りを受け止めた奴の手の平からは、少し血が滲んでいる。まだ対応が少し遅れているということだ。
握られた刀を、無理矢理雅が引き抜く。
「ふん!」
彼が刀を引き抜くと同時に、デルダの拳が頭上から落ちる。彼は黒と違って、速度重視のタイプではない。そのため、このまま行けば直撃してしまうだろう。
だが彼は冷静に後退して、態勢を整えようとしている。俺に奴の攻撃を止めろ、と言っているということだ。




