第七話 結界術師、パーティーを組む
序章
第七話 結界術師、パーティーを組む
「それでは、一泊食事付きで銅貨六枚となります」
「わかりました」
革袋から銅貨を六枚出し、宿の主人に渡す。
ここは王都から南へと行った場所にあるチナという町。その中にある一つの宿屋にいる。
王都からの旅は順調に進んだ。休憩を挿みながら夕方まで歩き、日が沈む前に野営の準備をした。俺は結界術師なので、結界を張れるおかげで夜襲の心配をしなくていい。そのため、一人旅だが夜はぐっすりと眠ることができた。翌日は早朝から歩いたため、現在はまだ昼になったばかりである。
「はぁ…」
部屋に着いてすぐ革袋の中身を確認し、溜息が出てしまう。残りの銅貨は八枚。もう一泊できるが、それ以降は野宿となってしまう。早く冒険者になって依頼をこなさなければならない。そうと決まれば早速ギルドへ。
宿から少し歩いたところにギルドはある。元々王都と比べるとかなり小さい町だ。ギルドの中に入ると、人は少ないが独特の騒がしさはあった。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
俺がきょろきょろと周囲を確認していると、受付嬢の一人が気付いて声をかけてくれた。受付嬢の方へ向かう。
彼女は長い銀髪に細い眼鏡を掛け、柔らかい笑みの中に芯のようなものを感じさせる女性だった。いかにも仕事を完璧にこなすといった印象を受ける。
「冒険者の登録をしたいのですが…」
「かしこまりました。冒険者の登録ですね。非戦闘冒険者と戦闘冒険者、どちらの登録ですか?」
「えっと…それの違いは?」
「そんなことも知らねえのか?」
ギルド内にいた冒険者から野次が飛ぶ。冒険者に二種類存在するとは知らなかったが、どうやら知ってて当たり前ことだったらしい。傍から見ると、皆同じ冒険者に見えるからだ。俺が尋ねると、彼女は嫌な顔一つせず懇切丁寧に説明をしてくれる。
「非戦闘冒険者とは、主に手伝いやお遣いといった比較的戦闘が起きない依頼をしたい人のことを言います。反対に、戦闘冒険者は討伐や素材の採取といった、戦闘メインの依頼を受ける人のことを言います」
なるほど、つまりは冒険者それぞれの意思表示といったところだろう。確かに、これならば依頼も振り分け易い。俺の表情を見て話しを理解したことを確認した後、彼女はさらに続ける。
「どちらを選んでも、ランクが難易度に達していれば依頼は受けることができます。そこは個人の自己判断ということですね。まあ、殆どの非戦闘冒険者は討伐依頼等は受けませんが…。一番の違いは、ランクアップの際に与えられる課題ですね」
課題は当然別のものになるだろう。非戦闘冒険者にいきなり魔物の討伐などを命じれば、ランクアップの課題で何人死ぬかわかったものじゃない。
「また、非戦闘冒険者はEランクまでしか昇格できません。Cランクからはどうしても危険が付き纏うので、ランクアップには指定の魔物を討伐しなければならないからです」
以上、と彼女の説明が終わった。俺はどちらを選ぶかすでに決めていた。勇者パーティーには入ることができなかったが、以前ダウさんに言われた、結界術師は仲間を守ることができるという言葉がずっと胸の中にあるからだ。
「戦闘冒険者でお願いします」
「わかりました。しかし魔物を倒すのが難しいと感じた場合、非戦闘系の依頼も受けられますので無理はなさらないように」
言いながら彼女は軽くウインクをする。女性にあまり慣れていない俺は、目を合わせることができず、俯いてはいと言うことしかできなかった。
「すぐに依頼を受けますか?」
どうしようか…。非戦闘系の依頼なら兎も角、戦闘系の依頼は俺一人ではできない。結界術師の俺は守ることはできても、攻撃することができないからだ。
「えーと…」
「あんたも依頼受けるの? それなら俺達とパーティー組まない?」
悩んでいると、後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、そこには俺と同じくらいのと年齢に見える男女がいた。
「俺達は魔法使いと狩人だから、前衛が一人はほしいんだよね。あ、俺はカイっていうんだ」
カイはそう言って俺を誘ってくるが、そもそも彼は俺の職業を知らないだろう。
彼は黒いローブのような薄布を纏っており、腰には杖をぶら下げている。魔法使いは彼なのだろう。顔に笑みを浮かべ、こちらに手を伸ばしている。
「ちょっとカイ、急に失礼でしょ。私はカイの幼馴染のイラです。カイが突然ごめんなさい」
「俺はクロウです」
彼らは幼馴染だったようだ。イラは肘当てや肩当、胸当てを付けており、鎧などは着ていなかった。背中には矢筒と少し小さめの弓、ショートボウというのだろうか? を背負っている。
「俺は結界術師だけど大丈夫ですか?」
俺の言葉に結界術師? と二人は首を傾げた。ざっと結界術師の特徴を説明する。
「ん? つまりどういうことだ?」
「ああ、なるほど。特殊職なんですね。前衛が務まるか不安ということですか?」
カイはイマイチ理解できていないようだったが、イラは俺の言いたいことまでしっかりと理解できたようだ。彼女はカイの疑問を一切無視して話を続ける。
「それなら仮でパーティーを組んで、一度簡単な依頼で試してみましょう」
彼女の提案に了承の旨を伝える。
「結局のところどうなったんだ?」
「はぁ…。取り敢えず仮のパーティーで依頼を受けるのよ」
どうやら、まだ話についてこれていなかったようだ。彼が再び疑問を唱え、彼女が溜息交じりに説明を加えた。
「なるほど。よろしくな!」
彼が快活な笑顔を浮かべ、再び手を差し出してくる。俺は今度こそ彼の手を握り返した。
「それでは、こちらのゴブリン退治がお勧めとなりますが」
話を聞いていた受付嬢さんが一枚の依頼書を持って来た。確かに、ゴブリン程度なら危なくなっても逃げ切れるだろう。
「セラさん、ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
イラの言葉に俺達も続く。
受付嬢はセラさんというらしい。彼女の言葉で今初めて知った。
「それじゃあまた後で」
一旦準備をしてくるということで、一時間後に集合ということになった。
昼食を済ませ、携行食料と水を用意して集合場所へと向かう。簡単に済ませたので、二十分前には着いてしまった。まだまだ時間はあるが、何もやることがないので地面に腰を下ろして待つことにした。
「おう! 早いな!」
「すみません。待たせてしまいましたか?」
十分前には彼等も集合場所へとやって来た。俺が早く来すぎただけなので、謝られると申し訳ない気持ちになってしまう。
「いや、まだ時間になってないから問題ないよ」
「そうか。よし、行くか」
カイが先頭を歩きだす。その後ろに俺達も着いて行った。彼がどんどん先を行くが、俺が前衛だったのではなかったか…?
「私なら兎も角、魔法使いのカイが先頭を歩いてどうするの?」
「あ…やべ」
彼がすぐに後ろへ下がって来た。どうやら、何も考えずに先頭を歩いていたらしい。
言っては悪いが、カイが考えなしの阿保で突っ走り、イラが彼を止めるブレーキの役を担っているのがこの短時間でわかってしまった。
町の南、フスト王国とウェンデルト王国を南北に分断する国境とも呼べる大森林、神秘の森でゴブリンを五体討伐するのが本日受けた依頼だ。依頼達成報酬は銀貨一枚。さらに、一体増えるごとに銅貨一枚の追加報酬をもらえる。
討伐の証には魔物の部位を切り取ったものを使う。ギルドには必ず一人鑑定士の天職を持った者がいるため、偽装などはできないようになっている。
「ここが神秘の森か…」
目の前には広大な森が広がっており、微かに神秘的な力を感じる。昔からこの森には精霊が住んでいると言われており、それが神秘的な力を感じる原因だと言われていた。この力は魔物たちにも影響しており、この森に集まってくる魔物はあまり強いものがいない。強力な魔物はこの力を嫌がるからだ。ただ、森に入れないわけではないので、時々迷い込んでくる強力な魔物がいるのだとか。
チナはそのおかげで弱い魔物の討伐依頼しかないため、低ランクの冒険者にも比較的安全に依頼がこなせる。その代わり、チナの冒険者はCランク冒険者が一番高ランクとなっている。
森の中に入ると早速ゴブリンを一体見つけた。ゴブリンは基本的に群れで行動するため、こいつははぐれ個体だと思われる。
「…そこ」
一本の矢が俺の背後から飛んで行き、気付かれることもなくゴブリンの側頭部に吸い込まれた。音もなく倒れるゴブリン。
「どうだ。俺たちにかかれば一体だけなら余裕だ!」
イラが矢を放ったはずなのに、カイが誇らし気に叫ぶ。
「ゴブリン一体倒したくらいで、何で誇らしげなの?」
彼女が疑問の表情を浮かべるが、彼は一切気にすることもなく歩み進める。俺は、彼女がゴブリンの右耳を切り取り終えるのを待ってから彼を追いかけた。
「おい、あそこに五体のゴブリンがいるぞ!」
三十分ほど歩き、少し奥の方まで来たところでカイがゴブリンの小さい群れを見つけた。
「ちょっと、静かにしなさいよ。気付かれるでしょ」
「ごめんなさい」
弓を構えたイラに怒られ、しゅんとなりながらカイが謝る。
「ギャッ!?」
ゴブリンの頭部に矢が突き刺さり、一体が倒れる。俺達に気付いた残りのゴブリンが姿勢を低くして走って来る。
「もう一発」
「火の玉」
「「ギャギャッ!」」
二人がそれぞれ矢と火の玉を放つ。火の玉を回避しようとゴブリンは動くが、回避しきれずに右半身に当たった。そこからさらに燃え広がり、地面を転げ回っていたゴブリンはやがて動かなくなる。イラが放った矢は頭部を狙って放たれていたが、回避行動をとったゴブリンの右肩に突き刺さった。
俺が前に出ると、ゴブリンは俺の下へと走って来た。
「結界」
「「ギッ」」
目の前に結界を張ると、二体のゴブリンが激突して悲鳴をあげた。カイの放った火の玉がゴブリンを燃やし、イラの放った矢がゴブリンの胸に突き刺さる。残りのゴブリンは右肩を負傷した一体だ。
「えっ!?」
ゴブリンは俺を迂回し、矢を放ったばかりのイラへと走る。
「結界」
咄嗟に張った結界が間に合い、彼女へと飛び掛かったゴブリンが空中で弾かれる。そこへ火の玉が飛んで行き、最後のゴブリンが倒された。
「ありがとう」
安堵の表情を浮かべた彼女が、胸を撫で下ろして言う。俺は頷き返して、討伐部位の回収に向かった。二人もすぐに回収を始める。すぐにその場を離れないと、魔物が戦闘の音や血の臭いに誘われてやって来るかもしれないからだ。
「もう少しで夕暮れだし、後ちょっと歩いたら帰りましょうか」
二人から反対意見は出なかった。流石に夜の森は、真っ暗で木々が視界を遮るために危険だからだ。
「それでは確認いたします」
あれから少し歩いてゴブリン二体、帰りに三体を見つけて討伐した。
「おめでとうございます! 無事に初の依頼をクリアされたのですね」
「はい!」
俺の表情を見て、セラさんが満面の笑みを浮かべて祝福してくれる。
「はい、ゴブリン十一体ですね。こちらが報酬の銀貨一枚と銅貨六枚になります」
「ありがとうございました」
報酬を受け取り、二人が待っている場所へと向かう。
報酬は山分けという話だったが、割り切れないために俺が銅貨一枚多めにもらうこととなった。最初は銭貨単位で分けようと提案したのだが、そこまでお金に困っているわけでもないと断られてしまった。
二人も初心者のはずなので、お金に関しては贅沢に使えるほど持っていないと思う。二人の気持ちに感謝しながら、俺は銅貨一枚多くもらった。
「それで、パーティーの件はどうする?」
「私としてはクロウと一緒に組みたいかな」
カイがそう切り出し、イラが笑みを浮かべて言った。
「これからもよろしくお願いします」
「よっしゃ!」
「よろしくね」
俺が両手を差し出すと、二人がそれぞれの手を握ってくれる。
やはり、王都を出てチナへ来てよかったと思う。こうして俺は最高の仲間を見つけたのだった。