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第五十七話 西の戦い

                             第三章 歪んだ国

                            第五十七話 西の戦い


 俺の目の前に、勇者ミカエル・アダマウスが倒れている。戦争を有利に進めるため、見せしめとなってもらった。一応死んではいない。勇者は魔王を倒すための人類の希望である。俺が勝手に殺す訳にはいかない。捕虜としてウェンデルト王国へ送り届けるが、どうするかは王次第だ。

 カイとイラの敵の一人である勇者を俺が倒したのだ。後は魔王軍四天王の一人、破壊のデルダを倒すだけである。


「こっちは殆ど片付きましたね」


 フランが余裕の表情で俺へと言う。彼は俺と話してはいるが、兵士三人を同時に相手していた。それぞれ個人によって差はあるが、兵士の訓練方法は皆同じである。そのため、慣れてしまえば簡単に剣筋を読むことが可能となるのだ。

 彼の腕ならば、話しながらでも相手できるレベルなのだろう。兵士達は撤退の殿を務める者達だ。自分達が勝てないということが分かっているので、命を懸けて戦っている。時間稼ぎをするように戦い、そのためだけに決死の表情を浮かべていた。

 フランもそれが分かっているのだろう。あまり本気で相手をしている様子はない。俺達はフスト王国の軍を全滅させることが目的ではないため、追撃を本気で行ってはいない。勇者の敗北を見て撤退していったとはいえ、未だにフスト王国側の方が人数が多いのだ。

 罠を張っていて、深追いして来た者が囲まれる可能性がある。こちらは殆どが後衛職なので、待ち構えられていたら一気に形成を逆転されかねない。

 現在は、遠距離から魔法を撃って追撃をしている。数が少し減るだけだろうが、再侵攻を防ぐ目的としては理に適っていた。敵に利口な者がいれば、こちらは反撃を警戒して動いていると考えてくれるだろう。

 今回の戦いは、かなり激闘となった。勇者を倒すのに時間がかかったおかげで、前衛の二人にかなりの負担がかかった。元々ギリギリの戦いを予想していたが、それを上回ってきた形である。人数が違い過ぎたことと、サラの存在が原因だ。

 特にサラはAランクの冒険者で、足の速さが特徴的な人物である。俺達の作戦において、彼女は相性が悪い存在だった。こちらの最高戦力であったAランク冒険者のベラルが彼女の相手をしたが、魔力をかなり消耗して足止めをするのが精一杯だったのだ。

 彼が魔力切れを起こす前に勇者を倒す必要があった。現在サラは軍の中で最も足が速いということで、王都へ報告に走っている。軍馬で報告に行かず彼女に頼むのは、それだけ彼女が速いということだ。知り合いである彼女と話したかったが、敵同士だったので仕方がないだろう。

 また会おう、と言って別れておきながらこのような結果になるとは…。神殿跡地の事件といい、運命とは残酷なものだ。

 彼女と殺し合いにならなかったことが、唯一の救いだろう。俺は結界を張ることができるが、素早い彼女を捉えることができない。空間認識で捕捉はできても、体がついていかないからだ。フランならば彼女の速度についていけるかもしれないが、勝てるかどうかはまた別の話だ。

 少し離れた位置では、カトレアが座り込んでいる。流石の彼女でも、今回ばかりは疲労の色を隠せないようだ。ベラルと並び、今回の戦争では二人も功労者である。

 東側は俺達が戦っている中で狼煙が上がっていたが、西側からは未だに狼煙が上がっていない。中央と東側は敵との戦力差が大きかったため、特殊な者達を集めて作戦で勝利してきた。しかし西側は、普通の冒険者と兵士ばかりである。

 他の場所とは違い、西側は単純な力比べとなる。ちょっとした作戦は立てるだろうが、特殊な能力に特化した職業の者がいないのだ。

 恐らく乱戦となっているため、決着が付くのが遅いのだろう。


「ふう…。魔力が回復できたわ」


 少し顔色をよくしたカトレアが呟く。ベラル達と話し合った結果、俺達は西側へ援軍として行くこととなった。ある程度回復したから、そろそろ出発しようということだろう。

 最前線で戦い続けていたフランの方を見る。


「僕も大丈夫ですよ」

「それならば早く行くぞ」


 彼も問題ないようなので、この地を離れることにした。


 西側では予想通り、ウェンデルト王国の軍とフスト王国の軍が乱戦となっている。前衛の者達が敵味方の区別が付かない程集まっているため、後衛は後衛同士で撃ち合いをしていた。前衛に向けて魔法や矢を放てば、同士討ちになる恐れがあるからだ。

 前衛が横に広がって戦う中、後衛や最前線に行けない前衛が後ろにいるため、後方の軍は敵味方の区別が付くようになっている。


「あそこから襲うぞ」

「それが最善でしょうね」

「敵を混乱されるのね? 私に任せて」


 俺達は横から奇襲をかけることにした。今ならば敵は前方の者達に注意を向けているため、少しは近付き易いだろう。

 このまま見つからずに奇襲をかけられればいいが、流石にそこまで甘くはない。俺達がある程度近付いたところで、周囲を警戒していた冒険者が気付き始めた。後衛の者達は撃ち合いをしているため、前線からあぶれた者達が俺達の迎撃に向かってくる。


「奴等は俺達が止めるから、フランはそのまま突き進んでくれ」

「成程。後衛を先に潰していくのですね」


 彼が楽しそうに笑いながら言う。カトレアも存分に暴れられるのが嬉しいようだ。二人は同じ表情を浮かべていた。


「私が一番よ!!」


 彼女が目の前の冒険者を薙ぎ倒す。さらに近くの冒険者も片っ端から吹き飛ばし、フランが通れる隙間を作る。


「では…行きます」


 隙間を埋めるように兵士や冒険者が集まってくるが、冒険者達の隙間を縫って進んでいく。すでに回転を始めており、通り抜ける際に斬っていた。彼はなかなか抜け目がない。


「抜けたぞ!」

「気を付けろ!!」

「ぐっ」

「無暗に撃つな!!」


 後衛の魔術師や狩人達を奇襲し、フスト王国の軍が少しずつ崩壊していく。前方だけでなく側面も警戒しないといけないため、後衛部隊が前方だけに集中できなくなった。

 狩人も魔術師もフランの速度に対応できないため、簡単に倒されていく。反撃するようにフランへと攻撃するが、彼に全て躱されてしまう。さらに彼が集団の中で暴れているため、その流れ弾で周囲の者達がダメージを負っていく。

 それを見た彼等は、攻撃に躊躇いを覚える。前衛の者達が彼を止めようと割って入るが、少数で来た程度では彼を止めることができない。纏まって彼を囲んだならば可能性はあるが、俺とカトレアがそれを阻止する。


「その程度では、僕は止まりませんよ」


 結界のサポートを受けた彼は、誰にも囲まれることなく進んでいく。カトレアの回復魔法が入り、スタミナと体の傷が回復していった。回復魔法のおかげで、中央でも数時間戦い続けることができていた。こちらには味方の軍にも回復魔法使いはいる。

 止められる者がいなければ、彼はフスト王国の軍を全滅させるまで暴れ続けることができるだろう。今回は少人数且つ皆近くで戦っているため、最小限の結界で済んでいる。その分俺も、攻撃に回ることができた。


「こいつから先にやるぞ!」

「サポートしてる奴を潰せ!!」


 フランがサポートを受けて囲めないことに気付いた者達が、その近くの俺を囲もうとしてくる。だが、空間認識を持っている俺に死角はない。


「何だと!?」

「全て躱された…」


 囲んで色々な方向から仕掛けてくる攻撃を全て躱し、反撃を加えていく。囲んでいる敵を片っ端から倒していった。俺にとっては、近くから攻撃してくれる方が有難いというものだ。こうして、俺達の西側の戦いは順調に進んでいった。

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