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第五話 結界術師、Aランク冒険者の力を見る

                                 序章

                      第五話 結界術師、Aランク冒険者の力を見る



「気を付けていってらっしゃいね」

「「「またね!」」」

「ええ!」

「皆元気で」


 夕食ができたと言うので、俺たちはお暇することにした。おばあさんは一緒にと誘ってくれたが、宿も探さないといけないので断った。時間はまだ早く、夕日が町並みの上から覗いている。これから宿を探さないといけない。サラさんは家に泊まればいいと言ってくれたが、家主が留守なのに泊まるわけにはいかない。いや、いたとしても男女二人が一つ屋根の下というのは不味いだろう。もちろん丁重に断らせていただいた。


「こっちだ」


 彼女は自分の依頼に付き合ってもらったからということで、律儀にも宿探しに協力してくれるようだ。急いでいると言っていたので申し訳ないと思いながらも、知らない町でこんな時間から宿を探すのは不安だったのでかなり心強い。

 もちろんお金もある。彼女の依頼を達成したことにより、報酬として銀貨三枚をもらった。緊急かつ個人への依頼だということで、かなり多めに渡してくれた。普通なら銅貨二枚がせいぜいだろう。贅沢はできないが、普通の宿なら銀貨一枚で泊まれるようだ。サラさんのお勧めの宿は食事なしで銅貨六枚だとか。俺は勿論、そちらへ泊まろうと思っている。

 宿に辿り着く間にも沢山の店が並んでいる。門の近くだということで城下町の中央を通っているが、ヨースとは比べものにならないほどの活気だ。冒険者もかなり多いようで、そこら中から酔っ払いの笑い声や客引きの声が聞こえる。

 時々、怒声や罵声なようなものも混じっていた。男が暴れ、すぐに取り押さえられる。よくあることなのか、一瞬は静まり返った店内がすぐに喧騒に包まれる。


「冒険者同士の諍いでしょ。よくあることだよ」


 彼はすぐに駆け付けた兵士に連行された。よく見ると、昼間よりかなり警邏している兵士の数が増えている。

 人込みの中を歩くが、やはり皆が俺たちに視線を向けてくる。だが殆どの者は酒盛りに夢中であり、人が多い割には視線の数は少ない。それが救いだった。

 これだけ早い時間から酒盛りが行われているとは…。ナディス村では明るい内は皆労働に出かけていた。暗くなると外は真っ暗となるので、誰も外に出ない。そのため、酒場などは存在しなかった。


 中央から離れるにつれて人が減っていく。だからと言って、喧騒が止むことはない。中央は冒険者や商人が多いため売店や酒場などが多かった。こちらは住宅街なので、定食屋等といった店がある。また中央とは違った温かさに包まれており、家の中からは家族の団欒が聞こえてきた。

 一つの店の前で止まる。そこでは一人の亜人の女の子が他のウエイトレスと一緒に働いていた。女の子は一生懸命働いており、顔には笑顔が浮かんでいた。どうやら、いい職場に恵まれているようだ。

 女の子と俺の視線が合う。彼女はポカンとした表情を浮かべていたが、自分が持っている料理の乗った皿に気付きすぐに仕事に戻った。

 そこで現状に気付く。店の外から窓越しに女の子を見つめている男…。傍から見れば不審者以外の何者でもない。


「どうかした?」


 サラさんの声が近くから聞こえる。ギョッとして振り向くと真横に彼女がいた。どうやら、立ち止まっている俺に気付いて戻ってようだ。


「いや、別に大丈夫です! なんでもありません!」


 早口に捲し立てる。心臓の鼓動が早い。静まるのを待ってから彼女の顔を見る。少し不審気だったが、何も言わずに歩きだした。俺はホッとして彼女に着いて行く。悪いことは何もしてないのだが少し冷汗が流れた。


「もうすぐ着くよ」


 門が見えるところまで来たところで彼女は言った。本当に門のすぐ近くのようだ。昼間は門の近くでも人通りが多かったが、今はかなり疎らとなっている。この時間なると王都に来る者たちが減るのだろう。帰って来たのであろう冒険者が、時々門の方からやって来るくらいだ。


「こんなところにあるんですか?」


 サラさんに着いて行くのはいいのだが、奥まったところへと入って行く。安い宿だと聞いていたので立地が悪いのだろうかとか色々と考えていたが、ここまでの場所だと人が来ないのではないかと思ってしまう。俺一人だと、宿の場所を聞いても辿り着けなかっただろう。細道に入る前のところに看板があった。一応といった感じでさり気なく置いてある。殆どの人が気付かずに素通りしてしまうだろう。

 看板には宿屋メルクハムルと書いてあった。そして、名前の下には料金割安と書いてある。

 サラさんの後に続いて細道に入ると、少し先に建物が見えた。


「ふざけんじゃねえ!! こんな宿泊まるかよ!」


 俺たちが入り口の近くまで来たところで、店内から怒声が聞こえてきた。そして、バンと乱暴に扉が開かれる。中から出て来たのは冒険者のような身形をした男性だった。


「こんな宿止めておいた方がいいぜ」


 男性は扉の前にいる俺に気付くと、嫌な笑みを浮かべながらそう言った。しかしサラさんを見るとチッと露骨に舌打ちをし、眉を吊り上げる。


「邪魔だ!」

「うわっ!?」


 そのまま俺を押しのけるようにして歩いて行った。思い切り肩をぶつけられ、転倒しそうになる。サラさんが咄嗟に俺を受け止めてくれる。


「大丈夫?」


 彼女に上から覗かれ、そう尋ねられる。長い赤髪が俺の頬を撫で少しこそばゆい。さらに言うと、かなり顔が近かった。


「だ、大丈夫です! ありがとうございます」


 俺が言うと、彼女は微笑んだ。慌てて立ち上がる。


「ごめんね。クッションがないから衝撃を吸収できなくて」


 彼女が冗談交じりにそう言った。最初は何の事だか分らなかったが、意味が分かり視線が彼女の胸に向いてしまう。そしてすぐに目を逸らした。だが、今の俺は顔が赤くなっているだろう。

 彼女が面白そうなものをみつけたといった目で見てきた。


「大丈夫かい? あの男に何かされなかったかい?」


 扉の方から声が聞こえた。そちらを見ると、犬獣人のふくよかなおばさんがいた。優しげで気の弱そうな顔に心配の表情を浮かべている。恰好からしてこの宿の者だろう。視線はサラさんの方へと向いていた。


「ごめんなさいね。亜人のいる宿に泊まれるかって突然怒り出しちゃって」


 彼女が申し訳なさそうな顔をする。なるほど、それでサラさんを一番に心配したのか。先ほどの男性が怒り出したのも、砂蜥蜴族である彼女を見たからに違いない。途中で装備を取りに寄ったので、彼女は軽鎧を着て腰に剣を携えていた。装備が何もなければ襲われていた可能性もある。王都でもやはりこういった差別はあるのだろう。

 そこで、先ほど店で元気に働いていた亜人の女の子がいたことを思い出した。亜人のことをどう思っているかはともかく、あそこまではっきりと差別している者は少数なのだろう。そう思うことにした。


「宿泊ですか?」


 こちらに怪我がないことを確認した後、おばさんが言った。


「はい。一人食事なしでお願いします」

「あたしは亜人だけどいいのかい?」


 おばさんが尋ねてきた。先ほどのあのようなことがあったばかりなので、一応確認したのだろう。


「俺は問題ないですよ」

「そうかい。それじゃあ一泊銅貨五枚だよ」

「えっ?」


 聞いていた値段より銅貨一枚分安い。俺が驚いていると、


「迷惑をかけてしまったからね。サービスだよ」


 彼女はそう言って笑った。俺はありがたく銅貨五枚を渡す。


「それじゃあ、今から部屋へ案内するよ」

「いえ…先に食事にしたいから後にしてもらっていい?」


 おばさんの言葉をサラさんが遮った。俺は彼女に目を向ける。食事の約束等はしていなかったはずだが…。


「そうかい。わかったよ」

「それじゃあ行くよ」


 サラさんがおばさんに頭を下げて出て行く。俺もそれに続いた。


「大丈夫なんですか?」


 俺が心配したのは時間だ。彼女は急いでいたはずである。


「私と一緒は嫌?」

「いえ、そういうわけでは…」


 そこで彼女はフフッと笑う。


「冗談だよ。それに、クロウはこの辺りのこともわからないでしょう?」


 そう言われてはお手上げである。実際、おばさんにこの辺りで食事ができる店を尋ねようと思っていたくらいだ。


「私お勧めの場所に連れて行ってあげる。その店は肉料理が美味しいんだよ」

「うっ」

 

 美味しい肉料理と聞いて俺の腹が鳴る。村では殆ど食べられなかったので、ヨースで食べた肉料理は特別美味しく感じた。それを思い出してしまったのだ。危うく涎まで出そうになったが、それは何とか我慢した。

 腹の音を聞き、笑いながらも彼女は少し足を速めてくれた。


「ちょっと待て」


 店へ向かって歩いていると、目の前に一人の男性が立ち塞がった。彼の背後には取り巻きだろうか、少し離れて三人いた。


「何?」


 サラさんの切れ長の目がさらに細くなる。纏う雰囲気が一気に変わった。四人の男性は彼女の雰囲気に気圧され、無意識に少し後ずさる。


「てめえ! この状況がわからねえのか!」


 奮い起こすように先頭の男が声を荒げると、それに呼応して後ろの三人が彼女を囲むように移動した。俺のことなど眼中にないようで、すっかり蚊帳の外である。囲まれてもなお、彼女は余裕な態度を崩さない。


「俺はCランク冒険者のジア様だ。後ろの奴らも全員Dランク。いくらお前でもただじゃすまないだろ」


 どうやらサラさんのことを知っているみたいだ。女性一人を四人で囲み、全員が武器を構え始める。ジアと名乗った人物は、背も高く筋肉質で威圧感があった。Cランクと言えば、冒険者の中でもベテランと呼ばれる実力者だ。ランクは下からF, E, D, C, B, A, Sとなっている。Cランクからベテランと呼ばれ、Aランクともなれば大陸でも数人しかいない。Sランク冒険者は自由奔放な者が多く、所在も掴めないために伝説の存在のように扱われている。


「いくぜっ!」


 ジアが槍を構え、彼女を貫かんと引き絞る。そして槍が突き出される直前、彼女の姿がブレ、一瞬にしてジアとの距離を詰めていた。

 すでに彼女の持つ剣が首筋に宛がわれている。結界で彼女を守ろうと思っていたが、発動する暇さえないくらいの早業だった。


「あっ…あ…」


 ジアが尻もちをつき、呆然としている。


「うわあああ!?」


 取り巻きの者たちは、サラさんが一睨みすると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ジア一人が取り残される。


「こ…これがAランク冒険者、疾風のサラの力…」


 ジアがうわごとのように呟く。

 って、Aランク冒険者!? サラさんが大陸に数人しかいないとされるAランク…。実力は今見た通りで疑いようもない。先ほどまで普通に話していたのが恐ろしく感じる。


「この程度でAランク冒険者をどうにかできるとでも? Cランクに上がったばかりというところかな。ベテランと呼ぶのもおこがましいね。そもそも、本当の一流冒険者は常に万全の状態でいるのが大事なの。戦闘時に強化魔法を使っている時点で二流よ」


 彼女が発する圧に、俺もジアも動けずにいた。やがて警邏をしていた兵士が駆けつけ、ジアを連れて行った。この後、彼の取り巻きも捜索するようだ。


「サラさんはAランクの凄い人だったんですね…」

「私としては、さっきまでと同じように接してほしいんだけど」


 彼女が悲しそうにそう呟く。いつもの彼女に戻っていた。極力表に出さないようにしたのだが、緊張で声が震えていたのでばれてしまった。一度深呼吸をする。


「わかりました。早くお勧めのお店に連れていってください」


 俺の声はまだ少し硬かったが、彼女は笑みを浮かべ、うんと頷いてくれた。


「それじゃあ元気で。また会おうね!」

「ええ、サラさんこそ」


 食事を終え、店の前で彼女と別れる。お勧めの店というのは本当に美味しかった。店内もカジュアルな雰囲気で静かに食事ができた。俺は門まで送りますと言ったのだが、彼女は遠慮した。なのでここでお別れとなる。

 突然の依頼から始まり一緒にいた時間は短かったが、別れとなると感慨深くなってしまう。


「絶対にまた会いましょう!」


 感慨深い気持ちを断ち切るように叫び、宿への道を歩き始める。背後から、忘れないでね! と彼女の声が聞こえた。

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