第四話 結界術師、手伝いをする
序章
第四話 結界術師、手伝いをする
「え…えっと」
声をかけられて振り向いた先には、一人の女性がいた。長い赤髪、切れ長の目をしてるが別段怖いといった印象は受けない。背は俺より小さいのに、クールなお姉さんといった感じだ。すらっとした体格で、腰の辺りから髪と同色の赤い尻尾が見えている。よく見ると、耳も尖っている。
「ん? どうしたの?」
「いえ、別に」
またやってしまった。今まで亜人を見たことがなかったので、珍しくてついじろじろと見てしまう。亜人以前に女性をじろじろと見る時点で失礼な気もするが…。
「もしかして、胸がないとか思ってる? 誰が壁よ!」
「それは誤解です!」
まさかの勘違いをされた。慌てて訂正したが、じろじろと見ていたのは本当なので何とも言えない。確かに、妹のウリィと同じような大きさをしているが…。いや、これ以上はやめておこう。女性からの圧が徐々に強くなっている気がする。
「それで、俺に何か用ですか?」
いい言葉が浮かばず、強引に話を戻すことにした。少し訝しげな視線を向けられたが、まあいいかといった風に話し始める。
「ああ、実は仕事を引き受けてくれる人を探していてね」
「仕事ですか?」
仕事なら冒険者に頼めばいい。わざわざ俺に頼むということは、冒険者には頼めないことなのか? 単純に俺が冒険者だと思われているのかもしれないが…。どっちにしろ、厄介事ならば引き受けたくはない。
「心配しないで。仕事と言ってもただの手伝いよ」
そう言って、彼女はふっと微笑む。俺の態度が前向きに考えていると受け取られたのだろうか?
「ギルドで頼めばいいのでは? 俺は冒険者ではないですよ」
ギルドで依頼を出せば、誰かが受けてくれるだろう。お手伝い程度のことであればなおさらだ。俺の言葉に、彼女は嫌そうな表情をする。
「この時間に依頼を出しても受けてくれるのは明日になる。殆どの者は朝の内に依頼を見に来るからね。私は今手伝ってほしいのよ。それに…」
「それに?」
今までズバズバと言っていた彼女が言葉を止めた。言い難いことなのだろうか?
「私は見ての通り亜人よ。ここでは亜人も暮らせているけど、全員が快く思っているわけではない。特に手伝い程度の仕事を受けるような者は、上位冒険者に亜人がいるということ自体快く思っていないの」
なるほど…。自分が亜人より下ということが耐えられないのだろう。ただの妬みではあるが、そういった者達は亜人というだけで依頼を引き受けないということもあるだろう。このような事情を聞いてしまっては断り辛い。俺がそう考えている間に、まあ一部の人間だが…と、彼女は話を続けていた。
「だから個人に頼んでいるのよ」
「何故俺なんですか? 俺は王都の外から来た人間ですよ?」
個人に依頼すると言っても、王都内の人間に頼んだ方がいいだろう。王都の外では未だに亜人の立場は低いのだから。攻撃的なのは一部の人間だが、殆どの者が無関心なのだ。亜人が攻撃されていても助ける人間が果たして何人いるのか…。
「兄さんは猫獣人の女性を珍しそうに見ていただろう? そこに侮蔑の感情はなかった。私はこれでも人を見る目はあるんだよ」
そう言って笑った。見た目はクールな女性なのに、笑う彼女には親しみやすさが滲み出ていた。事情も聞いてしまったし、あんなことを言われては断れない。俺は彼女の手伝いをすることに決めた。了承しようとした時、彼女の名前すら知らないことに気づいた。
「わかりました手伝います。俺はクロウです」
「ありがとう。私は砂蜥蜴族のサラよ」
そう言って手をこちらに差し出してきた。俺もそれに応じる。水辺を好む蜥蜴族とは違い、彼女の手に水かきはついていなかった。これが蜥蜴族との一番の違いだろう。
「それじゃあ行こうか」
握手が終わると、彼女はすぐに踵を返した。手伝いだとは言われたが、何をするのかは一切聞いていない。すでに、俺の中で彼女は悪い人ではなくなっていた。後で聞けばいいか、と思いながら彼女に着いていくことにした。ダウさんの時といい、誰かの後ろに着いて行くばかりだな…。
互いに話すこともなく、無言で歩き続ける。周囲の人達がこちらを遠巻きに見ていた。中には明らかにこちらを凝視している者もいる。暗黙のルールがあるとはいえ、やはり住みやすいというわけではないのだろう。サラさんと一緒にいるので、俺にも視線が向く。亜人の人達は毎日このような気持ちで過ごしているのだろうか?
前方を見る。サラさんもこの視線には気付いているのだろうが、一切気にせず歩いていた。ただこの日常に慣れてしまっただけかもしれないが…。
「何も聞かないの?」
俺が周囲の視線に委縮していると、前方から声がかけられた。タイミング的に、俺を気遣ってくれているのだろうか。
「俺は何をすればいいのですか?」
その問いに彼女は微妙な顔をする。
「その口調、少し他人行儀すぎじゃない? 距離を感じるのだけど…」
「すみません。普段からこうなんです。故郷でも、家族以外とはこの口調で話していました」
「そう…まあ仕方がないわね」
俺がこのような話し方になったのは、しょうもないことが原因だ。子供の頃、村で大人達が敬語で話しているのを見て格好いいと思った。それ以降、真似してずっとこの口調なのだ。今ではこちらの方が落ち着く。
家族には普通に話しているというのも、まだ幼かった妹が俺の敬語を聞いて泣いたからである。妹はその時、兄ちゃんの頭が壊れたと泣きながら言っていた。結界術師になったと言った時も同じようなことを言われたな。家に帰る機会があれば一度話し合わないといけないようだ。
「着いたよ」
サラさんが突然歩みを止める。そこには一軒の家があった。彼女はそのまま家の中に入っていく。ここが彼女の家なのだろう。
「お邪魔します」
恐る恐る中へと入る。中は至ってシンプルだった。強いて言うなら家具が少し少ないくらい。
「ここで待っていて」
そう言って彼女は椅子を引いた。座って待てということか。彼女が奥の部屋へと入っていくのを確認しながら、俺は椅子に座って周囲を見回す。壁に立てかけてあるものに目が留まった。
そこには一本の剣と鎧があった。剣は普通のものとは大きく異なり、かなり刀身が細い。鎧も軽鎧で、動き易さ重視のものとなっている。
剣や鎧が置いてあるということは彼女も冒険者なのだろうか。
「これを運んでもらう」
そう言って持って来たのはかなり大きな袋だった。中には果物や保存食等の沢山の食料が入っている。さらに続けて二袋持って来た。合計で三袋ある。一袋持ってみるとかなりの重量があった。二袋持てないということはないが、さすがに一人で三袋は無理だ。これは確かに手伝いが必要だな…。
「私が二袋持つから、クロウは残りを持ってついてきて」
サラさんが袋を持って家を出るので、俺もついていく。
「悪いわね。分けて持っていければよかったんだけど、この後依頼で別の町に行かないといけなくて…」
「大丈夫ですよ?」
少し申し訳なさそうな顔をする彼女に笑って見せる。
「クロウはこの先に行ったことはある?」
「いえ、今日初めて王都に来たので…」
「そう…。なら、城の近くの区画にはあまり長いしないほうがいいよ。あそこは貴族が集まる区画だからね」
苦笑気味に彼女は言った。貴族にいいイメージがないのだろう。勇者パーティーと会うのは城なので、その区画は気を付けようと思った。
城の近く、それもかなり隅まで歩いた。そこにはポツンとみすぼらしい家が一軒だけ建っている。
「ここが目的地よ。どうもありがとう」
「おや、いつもありがとね」
丁度よいタイミングで家の中からおばあさんが出てきた。彼女が此処の住人のようだ。いつもということは、定期的に食料を運んでいるのだろう。彼女は俺に視線を移すと頭を下げる。俺も返しておく。
「今日は多くないかい?」
「実は仕事で他の町に行かないといけなくなって、しばらく来れないの」
「そうなのかい…」
「いつ帰って来られるかわからないから。日持ちがするように保存食を多めにしておいたわ」
サラさんとおばあさんが親しげに話していると、家の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
「お姉ちゃんが来た!」
「おかえり!」
「お兄ちゃん誰?」
出てきたのは子供達だ。皆種族が異なり、それぞれ犬や兎の獣人、ドワーフだった。おばあさんは人間なので、家族構成がよくわからないことになっている。
「ここは行き場のない亜人が集められた孤児院なのよ」
ポカンと呆けていた俺におばあさんが説明してくれた。
「実は私もここの出身なの」
サラさんが言う。彼女の言葉で、食料を運んでいる理由もおばあさんとかなり親し気な理由もわかった。人間であっても、こうやって亜人に親切にする人がいるのだと感心する。ここに来てから、亜人は暮らし難そうとばかり思っていたので少し嬉しくなる。それがたとえ、辺鄙な場所にポツンとあるとしてもだ。
「ねえねえ、あのお兄ちゃん誰?」
ドワーフの男の子がサラさんに尋ねる。皆彼女の後ろに隠れ、こちらの方を興味深げに見ていた。他の人間が来るのは珍しいのだろう。
「彼はクロウといって私の友達。安全だから心配するないわ」
彼女がそう言うと、子供達がこちらに群がってきた。
「いくら私が大丈夫だと言ったからって…。他の人間には不用意に近づかないのよ!」
子供達はわかっているのかいないのか、はあいと答えて俺へと矢継ぎ早に質問を繰り返す。三人同時に質問してくるため、全く聞き取れない。サラさんは仕方ないといった表情をしていた。今言っても無駄だと悟って諦めたらしい。
サラさんの表情は常に優しげである。此処に来る途中、何度も俺に笑顔を見せてくれたがここまでの表情はなかった。それだけこの場所が安心できるということだろう。珍し表情を見ることができた。それだけで、こうして子供達にもみくちゃにされる価値はあるというものだ。
その後家の中からおばあさんの、食事の用意ができたという声が届くまでこの騒乱は続いた。




