第三十話 結界術師、ユーリアへ
第二章 商人の町ユーリア
第三十話 結界術師、ユーリアへ
「すぅ」
馬車に揺られてユーリアへ向かう。俺の右側では、俺にもたれ掛かってサーシャが気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「ふにゅ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに笑みを零す。向かいから視線を感じた。そちらを見ると、カリアが羨ましそうな目をこちらへと向けている。
彼女はサーシャを本当の母親のように育てているため、サーシャにもたれ掛かられている俺が羨ましいのだろう。
「気持ちよく寝ていますね」
「彼女が町を守ったなんて、誰が思うのでしょうね?」
馬車の左右から、護衛のシャーレアとフライが話しかけてくる。確かに、彼女を見て魔物の群れに立ち向かった者だとは誰も思わないだろう。ソルトに住んでいるはずの馬車の御者人ですら、シャーレア達から話を聞いても半信半疑だった。
信じてくれない御者人に頬を膨らませていたサーシャは、自分の力を見せるために現れた魔物に向かっていこうとした。流石に俺達が止めたが…。
シャーレア達も飛び出していこうとする彼女に困惑していた。護衛である二人の仕事なのだから、二人のためにも任せるべきである。
「グアアア」
カリアから視線を逸らすように空を見ながらそんなことを考えていると、茂みの奥から低い声が聞こえてきた。
すぐにシャーレア達が臨戦態勢に入る。
「見えないわね」
「声からするとワイルドボアですね」
長年ソルトで冒険者をやっている二人は、少しのヒントだけですぐに魔物の種類を言い当てた。姿が見えないのは、茂みで隠れる大きさだったからだ。ワイルドボアは凄く凶暴な魔物である。猪のような見た目で、大きさもそれほどだが立派な角が三本ある。その角を武器に突進してくるのだ。この角が猪ではなく魔物であるという証だ。ランクはEランクの魔物である。Dランクの冒険者である彼女達ならば余裕だろう。
「「筋力強化」」
二人は油断なく武器を構えている。倒すことならば余裕であるが、今回二人は護衛である。そこまで強くない魔物とはいえ、その角による一撃は侮れない。特に一般人である御者人のおじさんが受ければ致命傷になりかねなかった。
それにしても懐かしい。最近他の冒険者と共に戦うことがなかったため、すっかり忘れていた。低ランクの冒険者は低級の強化魔法をかけるのだ。フスト王国の王都で出会った高ランク冒険者のサラが、ベテラン冒険者は低級の強化魔法は何があってもいいように常にかけてあると言っていた。
カリアが低級の強化魔法を使っているところを見たことがない。魔法戦士という上級職にまで上り詰めた存在であるため、やはり彼女も常に自身にかけているのだろう。
「右からくるぞ」
俺の言葉に、二人は即座に反応する。
「魔力の鎧」
シャーレアが魔力の鎧を纏って、自身の防御力を上げる。さらに手甲を付けた腕を交差させ、ワイルドボアの角を受け止めた。
彼女はどうやら軽装の盾役らしい。軽装の利点である速度を生かしつつ、足りない防御力を魔力の鎧で補っているのだろう。
二人パーティーならば、盾役は軽装の方がよい。重装だと動きが遅くなるため、咄嗟の時に仲間を守りに行けなくなる可能性があるからだ。スキルで補うこともできるが、軽装ならば攻撃にも回ることができる。
実際彼女は、武器に短剣を二本携えている。動きながら攻撃して、自身の体で防御していく戦い方だ。
「パワースラッシュ!」
フライが上段に構えた長剣を振り下ろす。スキルの恩恵を受けた一撃が、ワイルドボアの角を砕きながら体を切り裂いた。
返すように剣を振り、さらに一撃を加える。深く斬られた個所から、血が一気に溢れ出す。ワイルドボアの体が横向きに倒れた。口からも血を吹き出し、瞳から光が消える。鮮やかな連携だった。冒険者として二人でやっていくのならば、連携は必須だ。
「やはり二人の連携は凄いな」
「カリアさん達の方が凄いではないですか」
「いや、連携力だけで言えば二人の方が素晴らしい」
カリアが二人を褒める。俺達は出会った時期を考えれば連携が強い。だが、それでも彼女達には遠く及ばないだろう。あの一瞬の戦闘でも、それがわかるほどのものであった。
二人がワイルドボアの討伐部位を剥ぐのを待ってから、馬車が再び動き出す。二時間程度でユーリアに着くだろう。
すでに山賊が出ると噂されている通りも抜けた後だ。その辺りは警戒してゆっくり進んでいたが、今では速度を戻している。
山賊を退治すれば、ユーリアで多額の報奨金をもらえた。俺達がいれば楽に退治できるだろうと思っていたシャーレア達は、山賊が出なかったことに本気でがっかりしていた。
二人は俺達の護衛なのだから、出ない方が安全に進めてよかったと思うべきではないのだろうか?
「証明書を見せてもらおうか」
ユーリアへ着くと、そう言って兵士が近付いてきた。まだ夕刻前なので、冒険者証で町の中へと入ることができる。俺達は冒険者証を見せ、サーシャが見習い用の、仮の冒険者証を取り出す。
兵士はさっと確認した後、俺達を通してくれた。
ユーリアは商人の町と呼ばれるだけあって、道を沢山の馬車が行き交っている。その殆どの者が商人であろう。この町で商人達が売買を繰り返し、周辺の地域から持ち込んだものを手に入れる。そして、それぞれの町に再び売りに向かう。
つまり、ここは商人にとって物々交換の場なのだ。皆ができるだけ高く売り、安く買おうとしている。全員商人なので、そこまでの値引きはできないだろう。だが、それでも利益を得るために頑張る。そして、希少な品を求めていた。
凄く賑やかな町だ。熱気や騒がしさはフスト王国の王都以上だろう。商人が多くて目立っていないが、冒険者もそれなりの数がいる。
中には大商人お抱えの、ランクの高い優秀な冒険者もいるだろう。
「お勧めの宿は何処にある?」
「宿をお探しなら町の東にある大きな宿がいいですよ」
馬車の御者のおじさんと別れる前に、お勧めの宿を聞いておく。フスト王国の王都で宿探しに散々苦労した。その経験がここで生きてくる。
シャーレア達も、今日はユーリアに泊まるようだ。彼女達は馬車の護衛で来ているため、御者のおじさんと同じ宿に泊まるらしい。馬車を置いておける宿に泊まるため、俺達とはここでお別れとなる。
「それじゃあな」
「ええ、またいつか。お元気で」
三人と別れる。俺達は、おじさんがお勧めとして教えてくれた宿へと向かう。
夕刻前だということもあり、殆どの部屋が埋まっていた。二人用の部屋か、四人用の部屋しかない。二人用の部屋は一つ空いており、四人用の部屋は二つ空いている。
二人用の部屋を二つ用意してもらおうと思ったのだが、値段が高いということでサーシャに断られてしまった。
四人用の部屋を頼む。宿の主人には訝しげな視線を向けられた。人間の男にエルフの女性、犬獣人の女の子が同じ部屋に泊まるのだ。俺から見てもよくわからない組み合わせである。
荷物を部屋に置き、町へと出向く。今日は冒険者ギルドへは寄らない。旅の疲労を取ることも考えて、町を一通り見て回るだけだ。
「活気がいい町だな」
「お店が沢山あります」
カリアが周りの人達の様子を窺い、サーシャが周囲の建物を見る。疲労を取るついでに町の散策へ出て来たのだが、周囲に飛び交う熱気を帯びた声に当てられて疲れてしまった。
宿の近くにある店で簡単に夕食を取り、すぐにベッドへと向かう。
明日はギルドへ赴いて中を見るつもりだ。ギルド内を見れば、町の冒険者の様子がわかる。依頼内容の確認もしないといけないため、意外とやることが多い。依頼内容によっては、明日の内に依頼を受けられるかすらわからない。
内容によっては用意が必要な場合もあるからだ。
「お部屋が広くて、里の家を思い出します」
ベッドの上で眠たそうにしながら、サーシャが呟く。彼女が言っているのは、エルフの里で滞在する際に使っていた家のことだ。この部屋はあの家まで大きくはないが、四人用の部屋なのでスペースに余裕がある。
またお勧めの宿だけあって、今まで泊まってきた宿の部屋よりも単純に大きい。
俺がどうでもいい考え事をしていると、隣から寝息が聞こえてくる。いつの間にかサーシャが眠っていた。
俺もそろそろ寝ることにしよう。目を閉じて考え事を止めると同時に、睡魔が襲ってきた。




