第二十三話 結界術師、神秘の森を抜ける
第二章 商人の町ユーリア
第二十三話 結界術師、神秘の森を抜ける
「危ねぇ!?」
首を捻ってビームを躱し、人形の頭へと拳を振るう。回避し損ねた人形の横顔を掠めた。だが、魔力でできた人形にただの傷では意味がない。すぐに魔力で再生する。
次は初めて見せる技だ。
「食らえ!」
力を込めて剣を振るう。剣には結界が纏っており、さらに結界を細長くすることによって長剣程の長さになっている。
人形は切り裂かれ、首と胴体がわかれた。
「まだだ!!」
前回の戦いでこれだけでは倒せないことはわかっている。頭を半分にし、念のために胸を貫通させておく。
「流石に、そこまでされると再生はできません…」
俺の戦いを見守っていた精霊が呟く。
「まさか、結界で刃を伸ばすとは思いませんでした」
感嘆した様子で言ってくるが、そこまで便利なものではない。刃の上から結界を纏わせているため、どうしても刃よりも結界は太くなってしまう。魔力でできた人形だったために今回は斬れたが、刺すか叩くことしかできないのだ。
「私の魔力で作った魔法人形を倒せたということは、そろそろ行ってしまわれるのですか?」
「ああ。元々修行のために里にいただけだからな。いつまでもエルフの里にいるつもりはない」
「そうですか…。私のダンジョンに住んでもいいですよ? 特別です」
「ササリアと同じことを言うんだな…。すまないが、俺達はウェンデルト王国へ行くんだ」
「すでに誘われていましたか。あなたに目を付けるとはその方はいい目をしていますね」
残念そうな表情を浮かべながらも、精霊は仕方がないといった様子だった。初めから、引き止めることができないのはわかっていたのだろう。
「またな」
「ええ。それではまた会いましょう」
俺がダンジョンを抜けるために踵を返した時、彼女が少し悪そうな笑みを浮かべているのが一瞬見えた気がした。
精霊のダンジョンを抜けて里へと戻る。里ではサーシャがカリアと共に武器を振るっていた。今日はササリアが里を見回っているようで、彼女の姿はない。
二人は汗だくになりながらも懸命に訓練をしていた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「お疲れ」
俺が声をかけると、二人も手を止めて返す。サーシャは短槍を地面に投げ捨てて、こちらへと走って来る。
「今日も頑張ったのです」
彼女が距離が縮まったところで跳ぶ。俺の胸へと跳び込んできたきた彼女を受け止めた。
「サーシャちゃん…短槍を放り投げるのは危ないといつも言ってるのだが」
「ごめんなさい…」
カリアが地面に落ちた短槍を拾い、こちらへと近付いてくる。最近よく見る光景だ。サーシャは俺が精霊の下へ特訓に行くようになってから、毎日こうして出迎えてくれるようになった。
俺が長時間いないことが寂しいのかと思ったが、精霊の匂いが付いていることが気に入らないらしい。かわいい嫉妬である。
「明後日ここを出ようと思うけど、大丈夫か?」
「大丈夫です! 明日準備を終わらせます」
「長老達には私の方から伝えておこう」
「それは助かる」
俺も少ないとはいえ、旅立つ準備をしなければならない。彼女が皆に伝えて回ってくれるなら、準備に集中できる。
別れの挨拶を自分でしないのは少し薄情だとは思うが、そこは時間がないので許してもらおう。
「そうか。いなくなってしまうのか…」
「ありがとう。また、いつか必ず会いに来る」
翌日、カリアから聞いた里の者が数人旅の餞別にと作った保存食を持って来てくれた。ありがたく受け取っておく。会いに来た全員と別れの挨拶を交わし、旅の準備を終えるとすでに辺りは暗くなっていた。
思っていたよりも時間がかかってしまった。自分で挨拶回りに行っていたら、明日までに準備を終えることができなかっただろう。
「うぅ…終わらないです!!」
「だから、先に準備をしろって言っただろ」
ササリアに槍の扱い方を教えてもらっていたサーシャは、他の里の者達にも色々と世話をしてもらっていたようだ。彼女は俺が準備をしている間に挨拶回りをしていたようで、殆ど家にいなかった。そのため、今こうして苦労している訳だ。
「ごめんなさい」
彼女もそれがわかっているようで、涙目になりながらも必死に一人で頑張っている。時折こちらを見てくるのは、手伝ってほしいからなのだろう。
「仕方がない…手伝ってやる」
「ありがとうございます!」
「手を動かさないと終わらないぞ」
「わかっているのです」
目を輝かせてこちらへ抱き着いて来ようとするサーシャを止め、俺は彼女の荷造りを手伝う。荷物持ちとして大きな鞄を持っている彼女は、必要なもの以外にも沢山の荷物を持っていた。
使えるかもしれないと言う彼女はそれらを捨てようとせず、かなり大荷物となる。結果、二人がかりで進めた作業は夜遅くまで終わらなかった。
明日は寝不足だな…。そう思いながら眠りについた。
「ふわぁ~。眠いです」
サーシャが眠そうに目を擦りながら鞄を背負う。彼女が家を出た後、俺は忘れ物がないのを確認して出て行く。一週間近く過ごした家だ。少しは感慨深いものがある。
里の入り口でカリアを待ってると、里の皆が集まってきた。昨日挨拶した者からそうでない者まで。その者達には今の内に挨拶をしておく。
その中にはパウの姿もあったが、彼は挨拶をすることなく離れてこちらを見ている。
「すまない。待たせたな」
そうこうしているとカリアがやってきた。彼女も結構な荷物を持っている。森を抜けるのにそこまで時間がかかるのだろうか…。もしかすると、俺達の準備は不十分だったのかもしれない。
食料は保存食を沢山持っているので大丈夫だと思うが、足りなければ森の中で狩りをすればいいだろう。
「ではそろそろ行くか」
案内であるカリアを追いかける。里の皆に見送られるこの状況は、里に来た頃には想像もできなかったことだ。
「おお!! そんな!」
「まさか!」
「間に合いましたか」
歩いていると、背後から騒がしい声が聞こえ始めた。何かあったのだろうか、と後ろを見る。
「何でここにいるんだ」
「精霊様!?」
「…??」
そこにいたのはダンジョンにいるはずの精霊だった。カリアも驚いている。サーシャだけが彼女に会ったことがないので、不思議そうな表情で彼女を見ていた。
「私が直々に見送りに来てあげました。特別ですよ」
そう言って、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。サプライズが成功して相当嬉しいのだろう。今まで見た中で一番の笑みだ。
「皆の者! 静まれ!」
「精霊様がどうして…」
長老が騒ぐ皆を諫めようとするが、流石に精霊には勝てないのだろう。誰も彼の話を聞こうとしない。その中で彼女が口を開く。
「私がダンジョンに常にいる必要はないのです。と言っても、この体は私の魔力で作った分身体なのですが…」
「なるほど、わざわざ見送りに来てくれたのか。ありがとう」
「いえいえ」
分身体ということは、ダンジョン内で見たあの小さな精霊と同じものなのだろう。今回は本体と同じ姿のため、前回以上の魔力を使っているはずだ。見送るためだけにそのような分身体を作ってくれるとは。俺達の驚いた顔が見たかっただけの可能性もあるが…。
「私達の見送りに来たのでは…」
カリアが小さな声で呟く。
俺達が里を出る時には、全ての視線が精霊に向いていた。誰も俺達が出て行ったことに気付いていないだろう。
里を出てから三時間位経っただろうか。ホブゴブリンを相手にサーシャが奮闘していた。
周りには三体のゴブリンが死体となっている。これはカリアが戦闘開始と共に倒した。現在もすぐに助けに入れる位置に彼女はいる。
「やあっ!」
サーシャが突き出した短槍が回避し損ねたホブゴブリンの横腹を掠めた。だが、奴は意に介さず拳を振るう。
「きゃぁ!!」
短槍で拳を受け止めようとした彼女だが、力に押されて体が宙に舞った。地面を転がり、すぐに起き上がる。
ホブゴブリンは近くにいるカリアが気になるようで、迂闊に追撃してこない。
「真正面から受けるのではなく、力を受け流す感じで防御した方がいい」
カリアの言葉を受け、彼女は再び短槍を構える。大きく動いて攻撃を回避しながら、二度三度と短槍を突き入れていく。
ゴブリン程度の小型なら兎も角、ホブゴブリン相手では彼女だと力が足りない。あまりダメージにならないため、手数でカバーしなければならなかった。
「グギャァァ!」
短槍を引き戻したタイミングで、奴が蹴りを入れる。
「うっ」
彼女は槍で防御しながら咄嗟に後ろに跳んだ。体は飛ばされるが、ダメージはない。
「その調子だ」
カリアの言葉に尻尾を振って応えた。次にきた拳を半身になって短槍で受け止め、力の一部を受け流しながら止める。
短槍で刺し、回避や防御でダメージを受けるのを避ける。何回も同じ状況が続いた。
「最後です!!」
「ガギャ…」
ふらついているホブゴブリンの腹を短槍が貫通する。奴が大量の血を流して倒れた。
「やったな」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
カリアの存在に気圧されて力を出し切れてなかったとはいえ、ホブゴブリンを一人で倒したのだ。すでに一人前の冒険者と言ってもいいだろう。
彼女がてくてくと目の前までやってきた。俺は彼女に鞄を渡してやる。
彼女がホブゴブリンと戦ってみたいと言ってから、ずっと俺が彼女の大きな鞄を持っていたのだ。
カリアの話ではもうすぐ森を抜けるとのことだったが、まだ一泊しかしていない。里を出たのが昼前だったため、まだ一日しか経っていない計算になる。
一日で森を抜けることになるとは…。入った時はエルフの里に着くのに数日かかったというのに。来る時は迷っていたことを除いても、カリアが最短距離で案内してくれているのが大きいのだろう。
「やっと森を抜けました!!」
サーシャが体を大きく広げて喜んでいる。神秘の森を抜けると開けた場所に出た。先ほどまで周囲を木々に囲まれていたため、俺も広い場所に出て開放感を感じていた。
「案内ありがとうな」
カリアにそう告げると、彼女は微笑んで頷いた。
「約束したのだから当たり前だ」
そう。俺達は里を救う代わりに、森を出るまでの案内をしてもらう関係だったのだ。
「約束はここまでだったな。里に戻っていいぞ」
少し寂しい気持ちを顔に出さず、隠したまま彼女に告げる。
「「???」」
カリアとサーシャが同時に首を傾げた。




