第二話 結界術師、冒険者を助ける
序章
第二話 結界術師、冒険者を助ける
「馬車を預けたいのなら、町の中央にある宿屋に行くといい。この町で一番大きな宿屋だし、ギルドの近くだからすぐに分かると思う」
「ありがとうございます」
無事ヨースに辿り着いた俺達は、町の入り口にいた兵に宿屋を尋ねていた。ダウさん曰く、宿によっては馬車を置くスペースがないところもあるのだとか。まあ、俺の村は宿屋すらなかったが…。時々村を訪れる者がいたが、空き家がいくつかあるのでそちらに泊まっていた。田舎は過疎化が進み、空き家が沢山あるのだ。この町にもナディス村出身の者がいるかもしれない。
そんなことを思いながら町に入る。大陸でも小さい方の町だと聞いていたのだが、綺麗に居住区が分けられ、道が整備されている。石でできた家が多く、村とは大違いだ。
ナディス村は道もなければ、家も木造でまばらに建っていた。この様に綺麗に並んでいると壮大だな…。
「ここからは歩きます」
俺が町並みを眺めていると、ダウさんが御者台から降りて言う。
「わかりました」
中央に行くにつれて人が増えるため、馬車に乗ったままだと危ないらしい。返事をしながら、荷台から飛び降りる。そして、馬を操っている彼の隣に並んだ。
そのまま道を真っすぐ進む。確かに、中央の方が圧倒的に人が多い。食べ物を売っている店や鍛冶屋、小物を売っている店も比例するように増えた。道を沢山の人が行き来しているため、手綱を握る彼の表情は真剣だ。
「馬車を預けた後は、食事をしにこの辺りまで来ようか?」
ダウさんが優しい笑みを浮かべながら尋ねてくる。どうやら、美味しそうだと店を見ていたことがばれたいたようだ。
「いえ。宿屋の食事で大丈夫です」
恥ずかしさもあり、咄嗟に口から出た。だが、実際に宿屋の食事というものにも興味がある。俺は咄嗟のセリフに後悔などしていない。…やはり少し気になるな。
「ここの宿屋だな」
「おおお!!」
俺がどうでもいい葛藤をしていると、隣から声がした。ダウさんが見ている方を向くと、そこには一層大きな建物があった。かなり大きいうえに、人がかなり出入りしてる。驚きで声が出てしまった。周囲の人がこちらを見る。
「ちょっと待ってください」
視線に耐えられなくなった俺が足早に建物に入ろうとすると、彼に止められた。
「どうしたんですか?」
「ごめんごめん。宿屋はあっち」
彼が苦笑しながら指をさす。その先には、一回り小さい建物があった。小さいと言ってもこちらの建物と比べてであり、かなり大きな建物だ。
こっちが宿屋だとしたら、あの大きな建物は何だ?
「あっちはギルドだよ」
俺の疑問に答えるかのようにダウさんが言う。ギルド…聞いたことがある、冒険者ギルドだ。冒険者とは、本当にただ世界を冒険する者やダンジョン等から宝を見つける者、定職に就きたくない者等様々な者の総称である。そんな冒険者達の管理を行っているのが冒険者ギルドである。
定職に就いていない者の殆どが冒険者として登録していると聞く。理由は単純で、冒険者として登録すると冒険者証がもらえ、それが身分を証明するものとなるからである。
また、ギルドではクエストという形で冒険者に仕事を提供している。仕事の幅も魔物退治からお使い、店の手伝いのようなものまで存在し、無職の人でもできる仕事があるということも大きい。
「馬車はそこの敷地に置いておくれ。すぐにこちらで登録するよ」
「助かります」
宿屋に入ると、すでにダウさんが宿屋の主人と話を進めていた。仕事の早い人である。どうして、ナディス村のような片田舎に来たのだろうと思ってしまう。町で一番大きくギルドの近くというだけあり、かなりしっかりとした宿屋のようだ。その分代金は高く、二人部屋一泊食事付きで銀貨五枚もした。また、馬車は別途一銀貨取られるようだ。
お金は銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨とあり、銭貨十枚で銅貨一枚といった具合になっている。十枚ずつと分けられているのは、何枚も持ち歩くと重いからである。ギルド周りの店の食事は、殆どが銅貨一枚もあれば食べられるものとなっていた。
俺の村では銀貨すら殆ど見かけなかったが…。銭貨四枚もあれば食事にありつけた。そのことを思うと、町全体でナディス村より物価が高いのだろう。俺が今持っているのは銅貨が五枚だ。これでも父が多めに持たせてくれたのだが、一人だと野宿となっていたであろう。
「本当に二人部屋でよかったのですか? 部屋を二つ借りてもよかったのですよ?」
「いえ、本当に…」
ダウさんはそう言ってくれるが、部屋をもう一つ借りるとなるとプラス一銀貨かかった。さすがにこれ以上お金を使うのは、俺の精神衛生上よろしくない。勇者パーティーに入るのなら、いずれその辺りも慣れないといけないのであろうが…。
「まあ、あの村では殆どお金を使う必要がなかったですからね」
俺の心情を察してダウさんが言った。その彼は剣や鎧を磨いている。さすがはベテランの兵士である。装備の整備に余念がなかった。
「あの、俺なんかに魔物が倒せますかね…」
ついそのような質問をしてしまう。勇者と共に冒険すると意気込んでおきながら、彼がオークと戦っている姿を見て、どうしても自分では無理だと思ってしまうのだ。
「あなたなら大丈夫ですよ」
「はは…」
彼はそう言ってくれるが、苦笑しか返せない。そんな俺を見て、彼は少し微笑む。そして、そうですね…と言いながら彼は話し始めた。
「私だって、初めて魔物と戦うときは腰が引けましたよ。それも、兵士として半年訓練したのにも関わらずです」
「え!? ダウさんでもですか?」
ダウさんの独白に、咄嗟に声をあげてしまう。彼は俺の反応に少し苦笑を浮かべる。
「はい。最初の内は魔物と対峙するだけで怖かったです。つまり慣れですよ。それに…」
そこで一度、彼は言葉を止める。そして、一拍置いて再び話し始める。
「あなたは結界術師です。戦いの際は味方を守るのが仕事ですよ」
「それは…。そうですね!」
彼の言葉を受け、思い出す。俺は結界術師なのだ。結界を張り、味方を守るのが仕事であり、魔物を倒すのが仕事ではない。どうやら俺は、舞い上がって大きな勘違いをしていたようだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、解決できたのならよかったです」
礼を述べると、ダウさんは何でもないといった風に笑顔を見せた。
「ふう…」
早朝、宿から出た俺は目を覚ますように軽く伸びをした。馬車の準備があるからと、ダウさんは先に宿を出ている。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます。早いですね」
俺が挨拶すると、彼も返してくれた。すでに用意は終わっているようで、荷物を荷台に積み込んでいた。
「手伝います」
そう言って荷台に荷物を積み込んでいく。町を出てから馬車に乗り込む。ここからはずっと道沿いを通っていく。右に広大な森があった。森自体にも魔物がいるが、奥にはダンジョンがあり、かなりの冒険者が挑戦しているようだ。しかし、難易度の高いダンジョンのようで、未だに最奥に辿り着いた者はいないらしい。
休憩を挿みながら王都を目指していく。時折、冒険者が魔物を狩っている姿を見かける。森の手前で、魔物が出て来たところ狙っているようだ。冒険者は森の奥を目指すので、この辺りにいる冒険者は初心者であろう。出てくる魔物もゴブリン等の小物である。冒険者が魔物を狩ってくれているおかげで、襲われることもなく順調に進んだ。
「うわあああああ!!!」
馬車を進め、王都までもう少しという所で、森の中から悲鳴が聞こえてきた。
「気を付けてください!」
ダウさんが御者台から剣を持って飛び降りると共に、森の中から何かが飛んできてぐしゃっと音を立てて近くに落ちる。それは肉と言ってもいい程ぐちゃぐちゃになった人だった。顔が潰れ、手足が色々な方向に曲がり、切り取られたように脇腹の一部がなくなっていた。
ダウさんが剣を構え、森を凝視する。数秒後、そこから冒険者らしき二人組が出て来た。
「あんた達! 早く逃げろ!」
飛び出してきた男性が、俺達を見てそう叫ぶ。彼も息絶え絶えで、やっとの思いで森から出て来たのがわかる。もう一人の女性は地面にへたり込んでおり、すでに体力が限界だとわかった。杖を持っているので、魔法使い系の職業なのだろう。
「ガアアアアッ!!」
「ひっ!?」
森の奥から雄叫びが聞こえ、女性が悲鳴を上げる。森の中から二メートルを超える巨体が現れた。角があり、強面の顔つき、腕や足もがっしりとしており、オークよりも力が強いことがわかる。
「オーガですか…」
ダウさんですら、剣を構えながら苦笑を浮かべていた。冒険者の男性も逃げられないと悟ったのか、持っていた斧を構える。小型の斧で、ハンドアクスと呼ばれる取り回しの利きやすい斧だ。
「グラアアア!」
「くっ! 筋力強化」
オーガが突進してきた。巨体のわりに動きが早く、ダウさんは回避を諦めて眼前に剣を構える。
「がっ!」
オーガの突進を受け止めきれず、彼の体が吹き飛んだ。オークの拳を易々と受け止めた彼が簡単に吹き飛ばされたのを見て、唖然としてしまう。
「この野郎!! 筋力強化!!」
ダウさんを吹き飛ばした直後を狙い、冒険者の男性が斧を振りかぶる。
「ガアア!」
「ぐっ!」
咄嗟にオーガが腕を振るった。その一撃で斧が弾かれ、男性が吹き飛ぶ。一瞬で二人がやられ、俺と女性は共に動けない。オーガは次の獲物を見つけた、とばかりにこちらを振り向く。
「まだです」
ダウさんが剣を地面に刺して、よろよろと立ち上がる。頭から血が滴っており、無事ではないのが一目でわかる。彼の声に、オーガが嫌そうに向き直る。
「俺もだ…」
冒険者の男性も立ち上がった。咄嗟にガードしたのであろう左腕があらぬ方向に曲がっており、こちらも軽傷ではないのがわかる。
「テスラ何してる! さっさと魔法を使え!」
テスラと呼ばれた女性は、その声にはっとして立ち上がり、すぐに杖を構えた。
「炎の矢」
「ガアアッ!?」
彼女の杖から炎の矢が飛び出し、オーガの背中に突き刺さる。少しはダメージがあったのか、怒りを露わに振り返る。
「おらよ!」
そこへ斧が突き刺さり、
「私も行きます。連撃」
ダウさんの剣がオーガの首を行き来する。
「ガアッ!」
背中と首から鮮血が飛び散るが、これでもなお致命傷にはならない。
「くそがっ!」
「硬いですね」
二人が苦い表情を見せ、距離を取って武器を構え直す。
「炎のッ!?」
「ガグァァ!!」
再び魔法唱えようとしたテスラへと、突然咆哮を上げながら向かって来た。咄嗟のことで、魔法を中断してしまう。
「ダウさん! 結界!」
ダウさんに合図を送り、テスラさんの前に結界を張る。
「グガッ!?」
ドンという衝突音と共に、オーガの動きが止まる。勢いよく正面から結界にぶつかったオーガは、頭を押さえてふらついていた。
「連撃!」
ダウさんが先ほど斬りつけた箇所に、再び連撃を浴びせる。今度は大量の血が噴き出した。
「ググゥ…」
弱々しい声を上げながら、オーガが倒れる。
「やったぜ!!」
「ありがとうございました!」
冒険者の男性が叫び、テスラがこちらに頭を下げる。ダウさんもこちらに笑みを向けてきた。
「やりましたね」
オーガを倒したこと以外に、結界術師として人を守れたことを言っているのだろう。俺は彼の言葉に、笑顔で頷いて答えた。
その後、俺達は王都へ向けて馬車を進めていた。最初に飛んできた死体は彼らの仲間だったようで、形見となるものを回収してから丁重に埋葬するようだ。そのため、二人とはその場で別れる形となった。
「見てください、あれが王都です」
言葉を受け、遠くに視線を移す。そこには、高い外壁に囲まれた立派な城があった。