第十三話 結界術師、エルフの里へ
第一章 エルフの里
第十三話 結界術師、エルフの里へ
神秘の森で迷い、洞窟へと辿り着いた。基本的に洞窟にはいいものがあるが、魔物も強く数もいることが多い。そのため、ベテラン冒険者等が一攫千金の夢を見て命を賭けて挑むといったものだ。俺達にはウェンデルト王国へ行くという目的があるため、この洞窟に入る必要がない。
実際今までワーウルフのような強い魔物は見なかったので、洞窟から溢れてきた魔物にだろう。ならばこの洞窟の中はかなり危険だということになる。
急いで離れようとしたところで、洞窟内から足音が聞こえた。こちらに近付いてきている。
「静かにしろよ」
俺の言葉に、すぐ横でサーシャがこくこくと頷く。近くの茂みに隠れ、様子を窺った。
「先ほどの音はなんだ…」
「っ!?」
驚いて声を上げようとした彼女の口を慌てて塞ぐ。中からは大きな鎧が出てきた。首から上がないので、中には誰もいないのだろう。
だが、俺達が驚いた部分は別にある。奴は言葉を発したのだ。魔族ならば言葉を操るが、魔物が言葉を使うなど聞いたこともない。
魔物の正体はわかっている。死者の鎧だ。鎧と一つになって初めて生まれる魔物で、その鎧によって強さが変わると言われている。最低でもBランクはある強力な魔物だ。
本体は魂のような存在だが、死者の鎧となった時点で鎧と完全に同化しているため、鎧に致命的なダメージを与えれば倒せるはず。
「そこにいるのはわかっている。さっさと出てこい!」
鎧から圧が放たれる。流石に気付かれたか…。
顔がないからわからないが、恐らくこちらを見ているのだろう。奴は背負っている大剣に手をかけた。仕方がないか…。
「何故お前は言葉を話せる?」
サーシャを結界で囲み、茂みから出る。すでに見つかっているのなら、少しでも対話を試みた方がいいと判断した。素直に出ていくと、大剣を掴んでいた手が下された。
「矮小な人間か…。言葉遣いがなっていないようだがまあいい。俺様の恐ろしさを貴様にも教えてやろう。俺様は魔王軍幹部のスラウだ。幹部クラスともなると色々な魔物を指揮する必要があるからな。言葉を話すことができるのは当然だ」
自分のことを話すのが気持ちいいようで、かなりご機嫌な様子で教えてくれる。魔王軍の幹部クラスが言葉を扱うなど聞いたことがない。
勇者パーティーが秘密にしているのか、国が秘密にしているのか。どうせ魔物は倒すからとわざわざ公表されていないだけの可能性もあるか…。
だがこれは重要な情報だ。自分にとってはどれだけ不要な情報でも、これ一つで立てられる作戦が増える可能性だってある。自分が有効な使い方を思いつかなくとも、他の者が思い付く可能性だってあるのだ。
「どうだ、これで俺様の凄さがわかっただろう」
途中から幹部に抜擢された時等の自分語りを始めたので聞いていなかったが、どうやらようやく終わったらしい。奴が再び大剣に手を伸ばすのを見てこちらも剣を抜く。
「ほう…。今のを聞いても剣を向けるか。よかろう、俺様の強さに恐怖しながら死ね!」
剣を構える暇もなく、振り下ろされた大剣の一撃を咄嗟に横へ飛んで回避する。
「なっ!」
地面へと衝突する寸前に剣が跳ね上がり、こちらへと軌道を変える。回避行動を取る余裕なんてない。大剣と結界が激突し、その衝撃で空気が震える。
「ほう。今のを初見で防ぐとは。人間にしてはなかなかやるではないか」
「おいおい、嘘だろ…」
今の一撃で結界が軋んだ。絶対的な防御力を誇る結界だと思っていたが、あと数回同じくらいの威力で攻撃されたら壊れるだろう。
「衝撃剣!!」
大きく振り被った一撃が結界に叩き付けられた。斬るというより、叩き壊すような一撃だ。威力も先ほどより高く、結界にヒビが入っている。
俺は冷静に対処する。壊れそうならば結界を張り直せばいいだけだ。
「連撃」
次で確実に壊せると思ったのだろう。速さを重視したスキルで大剣が振るわれる。だが連続攻撃の一撃目で奴の剣は弾かれた。スキルが途中で無理やり止められ、態勢が大きく崩れる。
「そこだぁぁ!」
鎧のがら空きになった横腹へと、剣を全力で振った。
「…甘いな」
奴の声と甲高い金属音が鳴り響くのはほぼ同時だった。鎧に弾かれ、刃が根元付近から折れる。
「貴様の防御も凄いようだが、俺様のこの鎧を舐めてもらっては困る」
剣が折れてからは防御に専念する。攻撃手段がないため、逆に反撃を考える必要がない。
「おい。そろそろお互い止めないか? 無意味な気がするのだが…」
「ふむ。それならさっさと攻撃を受けるがいい!」
「誰が食らうか!」
「俺様から攻撃を止める気はないぞ!」
俺は鎧を傷つける攻撃力がない、奴は俺の下まで攻撃を届ける手段がなかった。泥沼の展開に辟易する。だが、奴の言うことを聞いて攻撃を食らう訳にはいかない。こっちは一撃でも生身にもらったら死んでしまう。
「「「爆炎」」」
炎系の上級魔法が突如奴の足元に振り注いだ。地面が抉られ、砂煙で視界が遮られる。
「こっちだ! 急げ!」
視界が遮られ声の主は確認できないが、すでに空間認識で把握していた。
「行くぞ!」
「きゃっ!?」
走りながらサーシャを回収し、声の主を追う。死者の鎧は俺達を見失ったのか、魔法を警戒したのか追い打ちをかけてくる気配はなかった。
だが、上級魔法を受けて傷一つ負っている様子はない。奴の鎧は魔法耐性も高いようだ。ある程度離れたところで、声の主の足が止まる。
「大丈夫か?」
「ああ」
追いつくとそこにはエルフの女性がいた。美麗な顔つきをしており、長耳と長い金髪にシュッとした身体つき。典型的なエルフの容姿をしていた。
「…人間?」
彼女はこちらが人間と思っていなかったようだ。俺を視認すると同時に微妙な表情を浮かべた。その時、周囲に他のエルフが現れる。
「その者は人間ではないか…」
「即刻この森から追い出せ!」
二人のエルフがこちらに敵意を向けてくる。元々森林伐採を行って木材を確保する人間は、自然と共に生きるエルフから嫌われていた。
「お主、何故ここにいる。基本的に人間はこの森の奥には来ない。何か目的があるのであろう?」
この場で一番偉いのだろう。男性のエルフが、煩い二人を黙らせて尋ねてくる。
「ウェンデルト王国へと行きたいだけだ。この森を抜けるのが一番早い」
本当は国境を越えるのは国同士で色々手続きがあって面倒だから森を抜けようとしているのだが、そこまで細かく説明する必要はない。
「ふむ…。人間をここから先に進ませる訳にはいかん。引き返すがよい」
「無理だな」
俺の言葉に二人がさらに敵意を強める。だが、こちらとしてもここで引き下がる訳にはいかない。
「お主のためでもあるのだよ。このまま進んでも、森の者がいなければさ迷い歩くことになるだけだ。我等の里の周りには認識疎外の魔法がかかっているからな」
面倒だな…。それでは本当に進むことができない。
「待ってくれ」
そこで、俺達をここまで案内してくれた女性が声を上げる。
「長老…この者はあの鎧と戦って生き残っていました」
「ふむ。戦力になるということか…。しかし…」
このエルフは長老だったのか。それより、戦力になるとか面倒な方向に話が進み始めたな…。
「ふざけるな! 人間などの力を借りるなど…」
「私達だけで何とかする」
「お前たちは黙っていろ!!」
長老の一喝に二人は口を閉じた。流石長老だけあって、かなりの迫力がある。サーシャが怖がっているので止めてほしいのだが…。
「私が責任を持って面倒を見る。人間と知らなかったとはいえ、元々この者たちを助けようといったのは私だからな」
「お主がそこまで言うならいいだろう」
「長老!」
「だが、里には入れぬぞ。勿論お主も外で生活してもらうことになる」
「構わない」
勝手に話が進んでいく。
「ちょっと待て。俺は戦うとは言ってないぞ」
「頼む」
女性が頭を下げる。
「私達の里を助けてくれ。それが片付いた後、私が責任をもってこの森の出口へ案内しよう」
そう言われては無下に断れない。こちらも案内役はほしいのだ。それに彼女のおかげで助かったのも事実だ。
煩かった二人が嫌な顔をしているが、それでも口を挿むことはない。彼女も上の立場の者なのかもしれない。
「案内は任せる」
「承知した」
彼女は安堵を含ませた笑顔をこちらに向けてきた。




