第十二話 結界術師、森の中で迷う
第一章 エルフの里
第十二話 結界術師、森の中で迷う
「ギャギャッ」
最後のゴブリンが飛び込んできたので、袈裟懸けに剣を振るう。斬られた傷から血が噴き出し動かなくなった。他には四体の死体とホブゴブリンの死体が一つ。
昨日、他の町や村からチナに冒険者が辿り着いた。これで俺が魔物を討伐する必要がなくなったため、明日の朝ウェンデルト王国へと向けて出発しようと思う。
「そろそろ帰ろう」
眠たいようで、サーシャが欠伸をしながら言った。ずっと一緒にいたので、彼女の俺に対する遠慮が大分なくなったように感じる。そのおかげか、笑顔等の表情もより表に出るようになった。
ギルドに戻り、受付嬢の下へと行く。いつもセラさんがいたカウンターには、新人の受付嬢がいる。俺は勿論そこへ向かった。
「クロウさん、本日もお疲れ様です。おかげで助かっています」
横のカウンターから、ポーラさんが言う。ポーラさんは俺が診療所まで運んだ受付嬢である。新人が来るまでは彼女にお世話になっていた。
「将来優秀なDランク冒険者のクロウさんには、この町にいていただきたいのですが…」
また始まったか…。彼女はことあるごとに俺をこの町に留まらせようとする。ランクアップの際にもお世話になったが、今では彼女に対する心証はただ面倒だ。
俺がランクアップできたのは本当に偶然だった。チナの近くでオーガが発見されたのだ。戦闘系冒険者がいないので、俺に討伐の依頼が回ってきたのだ。オーガは丁度Dランクに上がるための討伐対象だったため、自然とランクアップしたのである。
オーガはダウさんと共闘した思い出の魔物だ。あの頃は二人で何とか倒せたが、今回は一人で倒してしまった。
俺がそんなことを思い出していると、他のギルド職員が周囲に集まって来る。
「「「「ありがとうございました!!」」」」
職員全員が一斉に頭を下げた。大きな声にギルド内にいた他の冒険者達が一斉にこちらを見る。
「おいちょっと、止めてくれよ!」
かなり恥ずかしい。新人の受付嬢も状況は聞いて知っているが当時の大変さを知らないので、ついていけていないのか目を丸くしていた。
「クロウは凄いです!!」
サーシャが満面の笑みを浮かべて胸を張る。まるで自分が褒められているかのようだ。
ギルド内は頭を下げる職員、その中心にいる俺達を興味深そうに眺める冒険者達、俺にキラキラした目を向けてはしゃぐサーシャ、一人困惑している受付嬢とかなり混沌と化してしまった。
「はぁ、疲れた…」
「楽しかったです!」
ギルドから帰って来て宿に着くと、そのままベッドに倒れる。神秘の森では眠たそうにしていたサーシャだが、先ほどの喧騒で目が覚めたようだ。元気そうで何より…。
「明日は朝早いからもう寝るぞ」
「はぁ~い!」
わかっているのかいないのか、彼女は俺の言葉に元気に返事をしたのだった。
「どれも美味しそうです!」
俺達は結界の中で安全に昼食を取っていた。
森の入り口の方は冒険者が魔物を狩っており、殆ど戦闘を行うことなく進めた。だが、奥に行くにつれて冒険者も入らない未開の地となっている。そのため、どのような魔物がどれだけいるのかわからない。
昼食は比較的安全な今の内に取っておく方がよいと考えた。結界を張って安全地帯の確保をするため、どこでも変わらない気がするが…。
俺が思ったことを何となく言うと、サーシャは頬を膨らませた。
「魔物に囲まれての昼食だと、美味しくないのです!」
「確かにそうだな…」
魔物に囲まれながら昼食を取っている場面を想像し、苦笑してしまう。かなりシュールな光景だ。同意を受けてドヤ顔になった彼女の頭を撫でる。
彼女は尻尾をパタパタとさせながら微笑んだ。
昼食を食べ終え、休憩をしてから歩き始める。荷物持ちとして張り切っているサーシャは、背負っている鞄に沢山のものを入れていた。まだ子供の彼女に無理をさせる訳にはいかないので、定期的に休憩を挿むようにしている。
急ぎの旅ではないし食料も沢山持っているため、彼女の体調を一番に考えていた。
「今日はここで野宿だな」
夕暮れになる前に寝床を確保する。ライト等の明かりをつける魔法が使えないので、夜は完全な暗闇になるからだ。俺だけならば空間認識で何とかなるが、サーシャは何も見えなくなってしまう。
結界を張り、寝袋を準備する。夕食は朝に買っておいたパンと卵焼き。明日からは保存食になることを考えると、これでもマシな食事といえる。
「パンが硬いです…」
サーシャが呟く。文句を言っているのかと思ったが、少し嬉しそうな顔をしていた。犬獣人である彼女にとっては、ある程度硬い食べ物の方が嬉しいのかもしれない。
「硬いのが好きなのか?」
「うん!」
尋ねるとすぐに返事が返って来た。パンはふわふわの焼き立てが美味しいと思うのだが…。
「柔らかいのも好き!」
どっちも好きなようだ。
夜が近付くにつれて、ナイトウルフ等の夜型の魔物が活発に行動を始める。
「ウオォォォォォン」
「!?」
遠から遠吠えが聞こえ、驚いたのかサーシャの耳が高速でピクピクと動く。
寝袋に入ったはいいが、周囲が煩くてなかなか寝付けない。時折魔物の悲鳴が聞こえてくる。奴等も弱肉強食の世界で苦労しているのだろう。
しばらくすると先ほどの喧騒が嘘のように周囲が静かになった。お腹一杯になって満足したのか、狩場を変えたのだろう。これで気持ちよく眠ることができる。
「おやすみ」
「…おやすみ」
寝ているかなと思いながら声をかけると、眠そうな声が返ってきた。
「フガッ! フゴォォ!」
「何だ?」
魔物の鳴き声で目が覚める。意識がはっきりしてくると、オークがこちらを見ているのに気付いた。結界に阻まれて来れないようで、結界の近くで困惑している。
「ん? 何か温かいな…」
寝袋を捲るとサーシャが丸くなっていた。…別々の寝袋で寝ていたはずだが。暗闇で一人眠るのが怖かったのだろうか? 寂しかったという可能性もあるか。
彼女の毛がふさふさで、撫でると温かくてとても気持ちいい。
「おい、ちょっと待て!」
撫でられたのが気になったのか、彼女が寝返りを打って俺の腕を掴んだ。そのまま抱き枕みたいに俺の腕へと抱きついてきた。
「…ふふっ」
幸せそうな寝顔をしている。いい夢でも見ているのだろうか…。起こすのも悪いな、と思いながら彼女の寝顔を見る。
「フガッ! フガッ!」
「うるせえ! サーシャが起きるだろ!」
いつまでも無視されていたオークが、怒りながら結界を殴り始めた。サーシャは煩そうに顔を歪めながらも、俺の体へと顔を埋めた。耳もペタンと閉じている。
俺が体を離すまで、彼女は眠り続けていたのだった。
「そこだ!」
俺の剣がオークの首を捉え、その首を刈り取った。俺が剣に付いた血を拭っていると、サーシャがテキパキと討伐部位を切り取っている。
「依頼じゃないから、それはいらないぞ」
俺の言葉にはっとした表情になった。
「…つい癖で」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら手を止める。少しでも役に立とうと頑張ってくれているのがわかる。俯いた彼女にありがとうとお礼を言いながら歩き始めた。
神秘の森はフスト王国とウェンデルト王国を南北に分断しているため、南に真っ直ぐ歩き続ければ到着するはずだ。…そのはずだった。
「ここ、先ほども通りました」
サーシャが立ち止まって言う。
「そうか? 森だからどこも木だらけで、似た風景なだけだろう?」
俺がそう言うと、彼女は頬を膨らませて反論する。
「違います! ここにある赤色の二つの茸は先ほども見ました。周囲の様子を見ても間違いないです!」
どうやら周囲の状況から判断したらしい。そのようなことは気にしていなかったので、俺には全くわからなかった。
「こっちです!」
そう言って彼女に案内された場所には、オークの死体があった。死体の首が取れている。恐らく、俺が先ほど倒したオークだろう。
グルグルと回ってきてしまったようだ。真っ直ぐ進んでいるつもりでも、魔物と戦ったり障害物等を迂回している間に方向感覚が狂ったのだろう。
森の中を甘く見ていたという他ない。
保存食は沢山持って来ているが、いつまでもなくならない訳ではない。このまま何も考えずに進むのは不味いだろう。
解決策を考えていると、サーシャが木の枝を拾ってきた。
「目印を書くのです!」
木の枝を聖剣のように掲げた彼女が言う。その案を採用して俺達は再び森の中を歩き始める。木の枝で線を書いて進んでいるので進行速度は落ちたが、おかげで方向感覚が狂うことはなかった。
「サーシャ下がれ!」
かなりの速度で突っ込んできた魔物の一撃を結界で止める。彼女を結界で囲みながら、魔物の姿を見る。
「ワーウルフか」
ワーウルフは二足歩行の狼だ。筋肉もがっしりとしており、オーガにも匹敵する程の力を有している。スピードも二足歩行のくせにナイトウルフよりも早い。
Cランクの魔物であり、トップスピードからの一撃は盾役を簡単に吹き飛ばすほどの威力を秘めている。また、体つきから普通のワーウルフよりも格上の個体なのがわかる。
「グルルゥ」
両拳を次々と繰り出してきた。空間認識で次にどのような攻撃がくるのかわかるはずなのに、攻撃を躱すので精一杯だ。剣を繰り出す暇がない。
俺は魔術師系の職業だ。レベルが高いので速度についていけているが、体力は戦士系の職業と比べると少ない。そのため、いつまでも躱し続けているだけではこちらが不利になるだけだ。
回避だけではなく、結界も織り交ぜながら反撃の機会を窺う。
「ここだ!!」
腕を振り下ろす途中で結界に止められたワーウルフへ剣を振るう。胸へと吸い込まれた全力の一撃は、体を深く抉ったが途中で筋肉に止められてしまった。
「くそっ!」
「ガウ! ウォン!」
俺の攻撃に怯みもせず、さらに攻撃を繰り出してくる。至近距離過ぎて結界を上手く張れなかったため、首を思い切り捻って躱した。
「ぐあっ!?」
完全には躱しきれなかったようで、衝撃で体が吹き飛んだ。掠っただけなのに首が飛んだかと思った。一旦態勢を整えるために、距離が開くと同時に結界を展開する。
間一髪だった。結界が展開されると同時に、ワーウルフの爪が結界を叩く。少しでも遅れていたら体が引き裂かれていただろう。
二手三手と拳を突き出してくるが、それは結界を使わずに回避していく。
全く動きが鈍っていないのが凄い。俺の一撃は確かに肉を裂き、胸からは血が噴出している。それなのに、血を辺りに撒き散らしながらも動きを止めることがない。敵ながら天晴と言うしかないだろう…。
「今度こそ!!」
肉薄して拳を繰り出そうとするワーウルフの顔の付近に結界を張る。
「ガッ」
顔面を強打してたたらを踏む。その隙にもう一度剣を胸へと振るった。以前ダウさんが見せた、同じ個所を二度斬る技だ。彼の場合は連撃を使っていたため、厳密には四回なのだが…。
技量が足りなかったようで、俺の一撃は僅かに傷口から逸れる。
「はあああああ!!!」
肉を切り裂きながら強引に軌道を修正していく。
やがて傷口へと到達し、さらに深く抉っていった。
「グウゥゥ…」
力なく呻き、まだこちらへと手を伸ばしていた体が横向きに倒れる。それでもなお立ち上がろうとしていたが、すでに力が入らないのか失敗していた。
ワーウルフの体が血の池に沈んだ頃、ようやく完全に動かなくなる。何度も立ち上がろうとする姿は、凄まじい迫力を伴っていた。
離れた結界の中にいたサーシャでさえも震えていた程である。
他のワーウルフと邂逅すると面倒なので、すぐにこの場を離れることにする。
そうして草を掻き分けて進んだ先。
「これは…洞窟か?」
「不気味です…」
俺達を食べようとするかのように、大きな口を開けた洞窟がそこにはあった。




