第十一話 結界術師、後始末をする
一章 エルフの里
第十一話 結界術師、後始末をする
町を出る前に旅の準備を始めた。結界術師の俺は攻撃系のスキルを持っていないため、武器で攻撃力不足を補う必要がある。
神秘の森を抜けるのも何日かかるかわからないので、保存食等も多めに持っていきたい。
「鍛冶屋はここか…」
店内に入ると、店の奥から熱気が吹き付けてきた。カンカンと金属を叩く音が響く。
「誰か来たのか?」
店の奥からスキンヘッドの男が現れた。彼がここの店主なのだろう。手には金槌を持っており、先ほどまで鍛冶仕事をしていたのがわかる。
「武器を探しに来たんだけど」
「武器選びは初めてか?」
「ああ」
「どれでも手に取ってみるがいい。命を預ける物だから、慎重に自分に合ったものを探せよ」
ぶっきらぼうな物言いだが、彼なりに俺のことを案じてくれているのだろう。俺は剣や斧、大槌や槍など店内にあるもの手に持って振るってみる。
結界のことを考え、取り回しが利き易いものの方がいい。
「本当にそれでいいのか?」
俺が選んだのは軽めの剣だった。他の片手剣と比べて刃が短く、振り回し易かった。強化魔法で身体強化ができない俺では、動きが阻害され難い装備の方がいいと考えたのだ。
強力な魔物を大量に倒したおかげでかなりレベルが上がり、そこらの強化魔法を使った前衛の職業よりも力や速度は上だろう。だが、職業によるスキルの恩恵は大きい。一定以上の力を持つ冒険者には、レベルによる能力だけでは勝てないだろう。
代金を支払い、鍛冶屋を出る。剣を買ったついでにサーシャの防具も揃えた。子供なので鉄等の装備は重くてできなかったが、薄めの革の服を着てもらった。少し心許ないがないよりはましだろう。
「私にこんなもの…いいのですか?」
彼女が自分の着ている服を触りながら尋ねる。まだ会って間もないので、俺との距離を掴めていないのだろう。捨てられまいと俺の様子を伺い、何かと遠慮している節があった。
「いいに決まっているだろう。その代わり、荷物持ちは頼むぞ」
期待していると伝えた。期待に応えようとして命懸けで荷物を守られると困るが、彼女の不安を払拭するには価値があると伝えてあげるのが一番だと思う。
それを聞き、彼女のふさふさとした尻尾が左右に揺れる。
「うぅ…」
俺が彼女の頭を撫でると、恥ずかしそうに俯きながらもさらに尻尾の動きを早くさせた。
食料等の調達をしに、町の広場までやってきた。ここでは冒険者相手に商売をするために、沢山の露店が密集して存在している。中には、旅が少し楽になる程度の小物もあった。
「クロウさん、すみません。少しいいですか?」
俺達が露店を物色していると、突然後ろから声がかかる。そちらを見ると、ギルドの受付嬢が立っていた。まだ昼だ。仕事をしなくてもいいのだろうか…。
目が合ったとみるや、俺が何かを言う前に話始める。
「昨日の件で、現在戦闘系冒険者がこの町にはいないのです。申し訳ないのですが、魔物討伐の依頼を受けていただけないでしょうか…」
この町は近くに神秘の森があるため、森から魔物が現れることがある。神秘の森は他の森と違い、強い魔物はあまりいない。だがゴブリンやコボルトより上の魔物は、非戦闘系冒険者には脅威であろう。
しかし俺はこの町を出て、ウェンデルト王国へ行くと決めているのだ。ここでいつまでも魔物の討伐をしている訳にはいかない…。
「もちろん、少しの間だけで構いません。近くの町から冒険者の方が応援に来てくれることになっていますから。それまではよろしくお願いします」
俺の渋い表情を見て、彼女は必死にそう告げて頭を下げた。その程度なら構わないだろう。俺としても、よくしてくれたセラさんの帰る場所は守りたいと思う。
了承の旨を伝えると、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「私も頑張ります!」
「ああ。よろしく頼む」
俺の言葉が嬉しかったのだろう。サーシャが握り拳を作り、気合の入った表情を浮かべる。俺達は彼女へと微笑ましい視線を向けるのだった。
「はぁ…。オークにホブゴブリン。レッドリザードまであるのか…」
ギルドで依頼を確認すると、つい溜息が漏れてしまった。三十五人近くの冒険者が一斉にいなくなってしまったので、依頼はより取り見取りである。
俺はEランクなので、DランクやCランクの依頼は受けることができない。それを差し引いてもかなりの数の依頼があった。
「採集の仕事もあるのか…。ついでだから受けるか」
討伐依頼や採集依頼を纏めて受ける。見つけた魔物を片っ端から倒していけば、依頼は自然と達成できるだろう。
採集の依頼も受けることによって荷物が増えてしまうが、サーシャがいるので問題はないだろう。彼女が無理をしないように注意深く見ることにしよう。
役に立てたと実感できたら、少しは自信を持てるようになるだろう。依頼を一緒にこなすことによって、俺に慣れてくれる可能性もある。
少しの打算も含みながら、依頼をこなすために神秘の森へと向かった。
「魔物があまりいないです」
周囲を警戒しながらサーシャが言う。二日前までは、冒険者が魔物の討伐に赴いていたのだ。ゴブリン等の小型ならいいが、ホブゴブリンといった魔物がすぐに増えると流石に困ってしまう。
それでも、十分ほど前に一体のオークと出会っている。彼女が必要以上に警戒しているのも、初めて見るオークを恐れて動けなくなっていたからだ。
次は少しでも活躍できるようにと己を奮い立たせている。
「俺ももう少し練習しないとな」
一人呟きながら、先ほどのオークとの戦闘を思い出す。
オークの攻撃は空間認識のおかげで一切受けることはなかった。だが、こちらもダメージを与えるのに苦労したのだ。
今の俺は能力だけを見ると、筋力強化を使ってオークを切り伏せていたダウさんよりも上だろう。しかし、彼のように斬ることはおろか、剣を当てることすらも難しかった。当てようと意識をするとできるのだが、斬ること等を意識すると途端に難しくなるのだ。
結局力で強引に切断したため、無駄に体力を消費することとなった。オークの死体には無数の切り傷が付いているが、どれも浅く掠ったようなもの。
身体能力は足りているが、圧倒的に剣を扱う技術が足りていなかった。森を抜けようとする前に依頼を受けておいてよかったと思う。今の技術で森の奥に踏み込んだ場合、かなり魔物の対処に苦戦したことだろう。
オークとの戦闘で少しは剣の扱いに慣れたが、まだまだ実践レベルとは言えない。高いレベルがなければ、攻撃を当てることすらできないだろう。
「魔力草見つけました」
サーシャが地面に生えていた魔力草を見つけて引っこ抜く。彼女は冒険者見習いの知識をある程度叩き込まれているようで、採集依頼の草等を見つけては背負っている大きな鞄に仕舞っていた。
雑用を任されていたため討伐部位の回収にも慣れているようで、俺が倒した魔物からテキパキと切り取っていく。
「サーシャ、俺の後ろに」
俺の指示を聞き、確認をすることもなくすぐに後ろへと下がる。オークを倒す姿を見て以降、彼女は俺のことを少しは信用してくれているように思う。
横の茂みからレッドリザードが現れる。レッドリザードは名前の通り赤い蜥蜴だ。ただ大きさは鰐程あり、口には小さな牙が沢山生えている。こいつらは肉食で、硬い鱗も持っていることからEランクの魔物に分類されている。
俺達三人がEランクに上がって初めて受けたEランクの依頼がこいつの討伐だった。
「剣の練習相手になってもらうか」
レッドリザードは再生能力が高く、軽く切った程度ではすぐに元通りになってしまう。そのため、再生される前に一定以上のダメージを与えないといけないのだ。
「ガラララ」
レッドリザードが俺に牙を向けて突進を繰り出す。それを横に躱し、通り過ぎていく体に向かって剣を振り下ろす。動きが遅かったようで、剣は何も斬ることなく地面に突き刺さった。
奴は俺に回避されたと思うや否や、背後にいたサーシャへと勢いを落とさずに突っ込んでいく。
「きゃっ!」
彼女の小さな悲鳴と共に、頭から結界にぶつかったレッドリザードが動きを止める。サーシャには勿論結界を張ってある。
何度か結界を突破しようと試みていたが、無理だと悟ったのかこちらを向いた。サーシャに攻撃する力があったなら、今は攻撃をする絶好の機会だろう。
「ガアアッ!」
レッドリザードは体が蜥蜴なので体は長く足は短い。そのため、向きを変えるのは苦手なようだ。つい無防備な背中に剣を突き入れてしまった。
剣の特訓をしようとしているのに、隙だらけの魔物を攻撃しても意味がない。反省しなければ…。
「再生が速いな」
全快とまでとはいかないが、すでに流れ出ていた血は止まっている。瞳に怒りの感情を滲ませ、奴は再び突進をしてきた。今度は躱しざまに剣を振るう。
「あー…。微妙だな」
躱しざまだと態勢が悪く、上手く力を入れて斬ることができなかった。鱗が硬いということもあり、浅い切り傷が付いていただけだった。
それもすぐに再生する。
「もっと来い!」
「グアアア!!!」
俺の言葉に呼応するように、レッドリザードは怒りの咆哮を上げながら牙を覗かせた。
「サーシャ。そろそろ起きろ」
二時間くらい経っただろうか…。戦闘中にコボルトが血の臭いに誘われて近付いてきたが、レッドリザードの咆哮を聞くと逃げてしまった。コボルトやゴブリンといった小型の魔物にとっては天敵なのだろう。 レッドリザードを倒し終えた俺が辺りを見ると、彼女はすやすやと丸くなって眠っていた。俺と初めての依頼なので、緊張して疲れていたのかもしれない。声をかけても小さな耳をピクピクと動かすだけで、目を覚ますことはない。
俺が結界を張っているとはいえ、魔物と戦っている横で無防備過ぎないだろうか…。彼女は案外大物なかもしれない。俺のことを信頼してくれているとも言えるので嬉しいことでもあるのだが…。
日が傾き始め、そろそろ森を出ないと夜になってしまう。体を揺すると、彼女がようやく目を開く。
「むぅ…、ん? すみません! すみません!」
目を開けた後も眠たそうに目を擦り寝ぼけていたが、やがて覚醒したのか跳ね起きた。何度も謝罪してくる彼女を宥め、森を出るために歩き始めた。
一度町に帰り、サーシャを宿で寝かしつけた後に森へと戻る。これからナイトウルフの討伐だ。彼女を置いてきたのは眠たそうにしていたのもあるが、安全を考えてのことだった。
彼女に傷一つ付けさせるつもりはないが、相手は隠密性に優れたナイトウルフだ。群れで行動するということもあり、何があるかわからない。
そのため、俺一人で討伐に来ている。
「ガルルル」
森に入って少し歩くと早速現れた。唸り声は聞こえるが姿は視認できない。と言っても、空間認識を持っている俺にとっては位置も数もバレバレなのだが。
「三匹か…」
一番近くに潜んでいたナイトウルフが俺に向かって跳び掛かってくる。それに合わせて他の二匹も動き出していた。
「まずは一匹」
爪の一撃を回避しながら、剣を刃を水平にして胴体を薙ぐ。レッドリザード相手に二時間近く特訓したのだ。回避と同時に放たれた俺の一撃は、胴体を上下に分断することに成功する。
「二匹」
背後から噛みつこうとしていた奴に剣を横薙ぎに振った。
「キャン!?」
「あれ?」
ナイトウルフの悲鳴と俺の疑問の声が重なる。奴が噛みつこうとしていたところに剣を振るったので、牙に当たって弾かれてしまった。牙が数本折れたナイトウルフが距離を取る。
剣が弾かれて体勢を崩した俺へと、最後のナイトウルフが牙を向ける。だが、俺へと届く前に結界によって阻まれる。
神殿跡地で魔物に襲われた時、勝手に結界が展開された。それを思い出してレッドリザードとの特訓の際についでに練習したのだが、司教と同じ省略を使えるようになった。
空間認識との相性は最高で、敵が攻撃してきたと認識した時には結界をその場に張ることができる。
一人で夜の森に迷いもなく入れるのも、省略と空間認識を使えることが大きい。この二つがあれば、不意打ちを受けることもないだろう。
「「グルルルル」」
俺の前後でナイトウルフが唸り声を上げる。次にくる攻撃に備えて剣を構えた。
足元には腹に穴が開いたナイトウルフの死体が転がっている。牙が数本折れてあった。あの時、俺は頭部を分断したと思って剣を振った。二匹とか言いながら牙に弾かれるとは…。思い出してしまい恥ずかしくなる。
「誰も見てなくてよかった…」
サーシャがこの場にいたなら、恥ずかしさのあまり結界に閉じ篭っていたかもしれない。改めて彼女を置いてきてよかったと思ったのだった。
第十話のタイトルを変更しました。
よろしくお願いします。




