第百五話 結界術師、二体の幹部
第六章 新たな災厄
第百五話 結界術師、二体の幹部
「完全に凍ったな」
人型の魔物から氷属性の魔法を何度も受け、遂に俺の足が地面に縫い付けられた。何度も積もった氷は思っていたよりも分厚く、俺の脚力では剥がすことができない。剣で氷を砕こうと試みるが、それも困難だった。足が動かないので体勢を変えることができず、一撃に力が入らないのだ。
幸い結界で足を覆っていたので、氷の冷たさなどは一切感じない。素足のまま凍っていた場合、致命傷になっていた可能性がある。
向こうの攻撃もこちらに届いてる訳ではなかった。氷魔法を受け続けるとさらに凍ってしまいそうだが、体に結界を纏っていればダメージを負うことはない。
こちらは、サーシャ達が猿の魔物を倒すまでの時間を稼げばいいのだ。互いにダメージを与えていない状況で、有利なのはこちら側だった。
向こうの戦闘は、徐々に猿がサーシャを押し始めていた。理由は簡単だ。彼女の動きが、少しずつ奴に読まれ始めているからである。
奴の攻撃を防ぎながら、隙を見て反撃を試みる。だが、それは回避されてしまう。彼女も頑張ってはいるが、まだ上級職にすらなっていないのだ。下級職では使えるスキルがかなり少ないため、どうしても攻撃パターンが同じようなものになってしまう。
反対に奴は縦横無尽に鞭のような攻撃を繰り出してくるため、攻撃が読み難い。時間を掛ければ時間を掛けるほど、サーシャが不利になっていく。
「まだまだ負けません」
彼女はスキルを使うと見せかけ、頭部へ回し蹴りを放っていた。先ほどまでは使っていなかったフェイント織り交ぜ、さらにはスキルに頼ることなく戦い始める。これで彼女の攻撃パターンはかなり増えた。戦いの中でも、彼女は少しずつ成長しているようだ。
「全く…面倒な奴だ」
「それはこちらのセリフですよ」
押され気味だったサーシャが巻き返し始める。彼女の攻撃パターンが読み辛くなったことにより、意識を防御に割かなければいけなくなったからだ。
「連撃!」
「甘いな!!」
彼女の連撃を華麗に避け、腕を斜めに振り上げる。
「うぁっ!!」
伸ばした腕を咄嗟に戻し、槍で防ぐことには成功したようだ。しかし勢いまでは殺しきれなかったようで、彼女の小さな体が空中へ飛ばされる。
「兜割り!」
「想定内だ」
空中では思うように身動きが取れない。なので、彼女はスキルを使って強引に自身の体を動かす。だが、兜割りは彼女がすでに猿の魔物へ使用したスキルだ。
奴は真上に飛ばせば兜割りを使用してくるだろうと読んでいたようで、両手を交差して構えている。兜割りはかなり重い一撃なので、しっかりと受け止めてから反撃するつもりだろう。その一撃を受け止められると、彼女は自由落下していくのに身を任せるしかない。
「これで終わりだ」
「そうですね。僕達の勝ちです」
「なっ!?」
サーシャの一撃を受け止め、反撃しようとした猿の首が空中を舞う。フランの背後からの一撃が、完全に奴の首を捉えたのだ。
奴は斬られる直前にフランの存在に気付いたようだが、兜割りを受け止めていた腕は戻すことができない。完璧なタイミングで放った一撃だった。
初めからサーシャは一人で戦っている訳ではなかった。彼女が参戦したと同時に、フランはスキルを使って存在を薄めていたのだ。
猿はそんな彼の存在に、最初は気付いていただろう。暗殺者のスキルは姿を消したりできる訳ではないので、認知されている状況では効果が薄いからだ。
だが、奴はサーシャと戦っている内に彼の存在を忘れていた。フランはスキルを使って以降、一度も奴に攻撃していない。
傍から見ても一対一で戦っているように見えた。彼女が一人で頑張っていたため、成功した作戦だと言える。
これで後は、人型の魔物を倒すだけだ。奴の魔法は俺の結界で防げるため、容易に援護はできる。倒すのはそう難しくはないだろう。
「これは!?」
驚愕の声を上げたのは、人型の魔物ではなくフランの方だった。俺へと集中していた魔物が、背後から迫っていたフランに気付かず首を切り裂かれた。
だが頭部が落ちても、奴は一切動じることはない。そして、背後にいる彼に向かって氷の槍を放つ。手応えに違和感を覚えた彼が咄嗟に距離を取ろうとしていなければ、今頃は槍に体を貫かれていた頃だろう。
勘のよさと判断の速さは、片腕になった今でも衰えていないようだ。
落ちた頭部が溶けるように変形し、自身の体へと戻っていく。そして、体へと到着した頭は体に吸収される。
人型の魔物は、どうやらスライムだったようだ。魔法の使えるスライム。希少種のマジックスライムだろう。
スライムはとても厄介な魔物だ。体が粘着性のある液体でできているので、物理攻撃が効かない。さらにどれだけ小さくとも、一部を残してしまえば時間をかけて再生することができる。完全に消滅させないと倒せない魔物だ。
その中でも、マジックスライムは特に厄介である。一属性の魔法しか使えないが、魔力を持っているため魔法に対する耐性もあるのだ。
「これは僕ではどうにもならないですね」
「そうだな。カリア!」
「仕方がないな。炎付与」
彼女は自身の持っている剣に炎を纏わせる。そのまま一気にスライムとの距離を詰める。奴もただ見ている訳ではない。近付かれまいと氷魔法を放つが、それは俺が結界で全て止める。
「面倒な!?」
魔法による遠距離攻撃を止め、奴は自信を守るためだけに魔法を使い始める。地面から飛び出た氷の棘がカリアの進行を妨げ、氷の壁がスライムの姿を隠す。
その全てを炎の剣で焼き払うが、距離が縮まることはない。さらに焼き払った氷が水蒸気となり、彼女の周囲を白く染めていく。視界を奪われるのは彼女だけではなく、外からも彼女達の姿が見えなくなる。
「一度下がれ!」
「分かった」
俺の言葉を聞き、カリアが水蒸気の外側に出てきた。今の俺は足を氷漬けにされているので、彼女達との距離を縮めることができない。そのため空間認識が届かず、視界を遮られると結界による援護ができないのだ。
「俺を動けるようにしてくれ」
「全く…世話が焼けるな」
そう言いながら、彼女はしっかりと氷をその炎で溶かしてくれる。これで俺も動けるようになった。魔法による遠距離攻撃を警戒しつつ、少しずつ水蒸気の塊へ近付いていく。そして、空間認識が奴の位置を捉える。
相手は思っていたよりも頭が切れるようだ。水蒸気の中に、三体の魔物を認識した。奴が自身の体を分け、水蒸気の中に隠れ潜んでいるのだ。
どれか一つでも残っていれば、奴は再生することができる。もしもカリアがやみくもに突っ込んでいれば、残った体から反撃を受けることになっただろう。
俺は、水蒸気の中にいる奴の状況を伝える。
「全くもって面倒な奴だな。魔力を消費すれば、水蒸気ごと奴を焼き尽くすことはできるぞ」
「やめておこう。クルトで何があるか分からないからな。最悪の場合、ヌルと戦闘になるかもしれない。魔力は温存するべきだ」
攻撃して来ないことから、奴自身も俺らの位置が分かっていないようだ。突然近付かれたので、急遽考えた防衛手段なのだろう。しかし、防衛しながらも反撃策を用意するとは…。流石はヌルの部下という所だろう。
「…これでいくぞ」
「分かった」
思い付いた作戦をカリアに伝える。そして、俺は水蒸気の塊へと近付いていく。水蒸気はすでに少し薄れてきており、そろそろ晴れる頃だ。
「氷柱!」
「聖槍剣!」
水蒸気が晴れて姿を見せることを嫌がった奴は、俺の足音を聞いて魔法を放ってきた。だが、攻撃してくることはこちらも承知の上だ。
奴の放った氷柱を結界で止め、外からカリアが音を頼りに炎を纏った聖槍剣を放つ。炎が氷柱を溶かし、そのまま魔法を放った一体を捉えた。
体に穴が開いた体は燃え、そのまま崩れ落ちていく。その際にも奴は氷魔法を使い、水蒸気を再び濃くしていった。
「今の内だな」
「ああ」
俺達はその水蒸気の塊から離れていく。
奴は今頃、何処から来るか分からない敵に備えている頃だろう。自身も水蒸気で周囲が見えていないため、俺達がすでにいないことに気付いていないのだ。
奴はすぐに防衛に徹することができるほど守り重視の性格だ。体の一つを消滅させられたため、大胆な行動も起こせないだろう。
「行くぞ」
俺達は別に、奴等を全滅させることが目的ではない。俺達のことを見失っている間に、クルトへと向かわせてもらうことにした。




