第十話 結界術師、決意する
序章
第十話 結界術師、決意する
神殿跡を隅々まで探し、遺品となるようなものや使えそうなものを拾っていく。
「よし、これで全部だな」
一通り集め終え、神殿跡を後にする。チナまでそう時間はかからないのだが、念のために寄り道しながら歩いた。どこかに生き残りの者がいるかもしれないからだ。カイやイラも冒険者証を逃げる途中で落としただけかもしれない。
帰り道には魔物が一体もいなかった。朝の時点で神殿跡に向かう途中に勇者パーティーが全滅させているからだ。
町に着いたが、一人も生き残りの冒険者は見なかった。
まだ可能性はある。町まで逃げ帰ってきた者がいるかもしれないからだ。
「いや、それはないか」
町の様子を見て、今考えた可能性を即座に否定する。
あれだけの人が死んだというのに、町の中は静かなものだ。生き残りが帰ってきていたら、もっと大騒ぎになっていただろう。デルダがどこかへと行ってしまったのが救いか…。この町へと来ていたら、戦える者がいないため誰も助からなかった。
「あっ!? クロウさん!」
ギルドへ入ると、セラさんが俺を見て立ち上がる。いつもは受付越しに話すのだが、今日は俺の元までやってきた。そして辺りをきょろきょろと見渡し、ギルドの外へと視線を向ける。
「クロウさんだけですか?」
「ああ。戻ってきたのは俺だけだ」
その言葉で全てを察したのか、彼女は途端に辛そうな表情になった。
「お疲れ様です」
そっと手を伸ばし、俺の頭を抱き寄せる。
「すみません。辛いかもしれませんが、中で状況を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
彼女の言葉に俺はそっと頷く。
連れて来られたのは応接間のような小さな部屋だった。取りあえずと紅茶を勧められ、一息つく。そこで緊張の糸が切れたのか、体の力が急に抜けた。彼女に悟られないよう、気合を入れ直す。
「それではお願いします」
「神殿跡地に行くと…」
俺は神殿跡地に着いてからのことを詳細に伝えた。彼女は俺の話を遮らないように一切言葉を発しなかったが、デルダにミカエルとフォルスがやられた辺りから表情を青褪めさせていく。
「少し休憩するか?」
俺の提案に、彼女は横に首を振る。大丈夫なようには見えないが、それでも最後まで聞くつもりらしい。ここからが本当の地獄なので倒れなければいいのだが…。
「ミカエルがやられた後…」
自分の視点で話すことになってしまうが、見てきたことを全て話した。もちろん俺が皆を見殺しにしたことも含めてだ。
「そう…ですか」
彼女の表情は、今や青を超えて真っ白になっている。
「ふう…」
深呼吸をすると、少し血の気が戻っていく。
「あなたは皆を見殺しにした訳ではありません。その状況では、助ける意思があってもどうにもできなかったでしょう。下手をするとあなたも死んでいたかもしれません」
彼女が俺を励まそうと言葉を紡ぐ。それは非常にありがたいのだが、これは俺の罪だ。自分で一生背負って生きていくと決めたのだ。今更こんなところで投げ出すつもりはない。
「忘れるところだった。何とか回収できた遺品だ」
俺が持って帰ってきた遺品を取り出すと、彼女は血で手が汚れるのも気にせずに大事そうに受け取った。
「これは必ず遺族の下に届けます。それがギルドの務めですから」
真剣な表情で彼女は言った。俺が渡して回るより、ギルド側から遺族に渡すのが正しいだろう。冒険者をしている以上死んでも自業自得なのだが、ギルド側にも立場というものがある。ギルドが悪いという訳ではないが、誠意を見せるべきだ。
「…私のせいだ」
か細い、消え入りそうな声が聞こえると共に、ドサッと何かが倒れる音が響いた。
「どうしたの!?」
セラさんが慌てて部屋を出る。そこには、勇者に言い包められた受付嬢が倒れていた。
空間認識で聞き耳を立てていることには気付いていたが、まさか倒れるとは思わなかった。罪の意識に苛まれ、呼吸困難にでも陥ったのであろう。彼女は浅い呼吸を繰り返していた。
「手伝って!」
セラさんが彼女の状態を確認しながら、切羽詰まった表情で言った。
「俺が運ぶ」
倒れている彼女を、できるだけ揺らさないように慎重に背負う。魔術師系の職業とはいえ、レベルがかなり上がった俺には女性一人を背負うことなど容易い。
俺が背負うのを確認した後、セラさんが先導を始める。俺はゆっくりと慎重に、だができるだけ早く彼女の後を追った。
「…」
町の診療所まで運び医者の診察が終わるまで待っている間、その場は静寂に包まれていた。
「運んでいただいてありがとうございます」
セラさんがこの場の沈黙を破る。視線は心配そうに寝かされている受付嬢へと向いていたが、次の言葉が出るときにはこちらを見ていた。
「クロウさん…雰囲気変わりましたか?」
気まずそうに、そしてこちらを労わるように尋ねてきた。だが、どのようなことでも聞く覚悟があるのだと目を見ればわかる。俺の雰囲気が変わったのが、神殿跡地から帰って来てからだからだろう。彼女は原因を確信しているのだ。
それでも、少しでも俺の負担を軽くしようと口に出させようとしてくれている。彼女とは冒険者になる時からの付き合いだが、言ってしまえばそれだけだ。特別親しい間柄でもなく、今回のことも彼女に責任があるわけではない。
彼女の人格がそうさせているのだろう。ここまでの気持ちを見せられては軽く流すことはできない。それではあまりにも彼女に失礼だからだ。
「俺は変わったんだ。死んだんだよ。…いや、自分で殺したんだ。誰も守れない、弱い自分を」
一瞬悲痛な表情をした彼女だが、口を開けようとして止める。
「彼女は大丈夫だな。少し休ませておけば直に目を覚ますだろう」
「よかった…。ありがとうございました」
医者の言葉で俺たちの会話が途切れる。彼女の無事を確認した後、まだ仕事があるからとセラさんはギルドへと戻っていった。
先ほど彼女が何を言おうとしていたのか、俺にはわからなかった。
「昨日はご迷惑をおかけしました」
ギルドに顔を出すと、昨日倒れた受付嬢が俺を見つけると頭を下げる。まだ少し体調が悪そうだったが、倒れそうなほどではなかった。
「セラさんはどこ?」
「先輩は…その…」
彼女は言い難そうだったが、相手が俺ということで話し始める。
ギルド職員が皆出勤し始めても、セラさんは出勤してこなかった。おかしいと思い始めたところで、彼女の机に手紙が置かれていることに気付く。
内容は王都へ行くというものだったそうだ。勇者パーティーがギルド内で行った脅迫行為。俺から聞いた四天王デルダとの戦いの顛末。その全ての詳細な情報を伝えるために一人で向かったという。
昨日俺の話を聞いて止めた言葉。正確な答えは彼女しかわからないが、恐らくは別れの言葉であろう。この町を出て行くというだけではない、覚悟を秘めた言葉。
全てを伝えるということは、勇者パーティーのことを悪く言うということ。信じてもらえないか、最悪の場合は死罪ということもあり得る。
「先輩…」
話し終えた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。俺と同じ考えに至ったのだろう。恐らく、ギルド職員全員がこのことを知っている。だが、皆が仕事を続けていた。薄情な訳ではない。歯を食いしばり、それでも冒険者相手にする時には、決してその表情を見せない。
皆が仕事を続けていられるのは、セラさんが残したメッセージが理由だ。メッセージと言っても言葉ではない。
彼女は残っていた仕事を終わらせ、自分の引継ぎをメモに残して任せ、翌日もスムーズにギルド運営が続けられるように準備をして出て行ったのだ。診療所で俺と別れてからギルドに戻り、それら全てを行ったのだろう。
「セラさんらしいな」
つい笑みが浮かんでしまう。彼女が一人、ギルド内で作業をしている姿が簡単に思い浮かんだ。
「この国を出るって伝えたかったのに…残念だな」
「えっ!? 出て行かれるのですか!」
俺の呟きが聞こえたのか、受付嬢が驚愕の声を上げる。
勇者ミカエルとそのパーティーはクソだ。そして、勇者至上主義のこの国もクソだ。なので俺はフェスティナ大陸の南、ウェンデルト王国を目指す。この町からだと、神秘の森を南に抜ければいいだけなので都合がいい。
彼女に俺の考えを伝える。聞きたそうにしていたから話した訳ではない。もしセラさんがチナに帰って来た場合、彼女に伝えてくれる人がいないからだ。
「先輩が帰ってきたら伝えておきますね」
俺の意図を汲み取ってくれたようだ。
「ん? 何だ?」
彼女と話していると、不意に服の袖を引っ張られた。視線を向けるとそこにはウリィより少し小さい、十歳くらいだろうか? の少女がいる。驚いたことに、少女は犬獣人だった。亜人が王都以外の町にいるのは珍しい。
犬人族のようで、肩の辺りで切り揃えられた茶髪からはぴょこんと小さな耳が飛び出ている。お尻の辺りには、同じ色のふさふさとした尻尾が元気なさ気に垂れ下がっていた。
「テトは?」
「テトさんは、二日前にこのサーシャちゃんを連れてきた冒険者です」
俺が疑問を浮かべたところで受付嬢が言う。それだけでわかってしまった。サーシャという少女を連れてきたテトという冒険者は、昨日の戦いで死んでしまったのだろう。
彼女が言うには、冒険者見習いとしてテトとチナに来たらしい。
冒険者見習いとは、天職を授かる前に仕事を得るためのシステムの一つだ。主に十五歳になる前にどうしてもお金が必要になった者がなる。
主な仕事は冒険者の雑用だ。見返りとして、申し訳程度の給金を得ることができる。安い労働力を得ることができると、冒険者の間でもよく使われていた。
昔は冒険者の手伝いをすることによって経験を得ることが目的だったという。また、見習いの命を保証する必要が出てくるため、冒険者側も真剣に教えていたようだ。
彼女は荷物持ちをしていたらしいので、前者だろう。亜人である彼女が選ばれたのは王都だからか、亜人なら使い捨てても問題ないと思ったからか…。
「テトさんは恐らく…」
彼女はサーシャに説明を始める。死んだなどと子供に言うのは酷なので、用事ができて別の町に行った等と言っていたが…。
「私どうしたら…」
捨てられたと思ったのか、サーシャは大きな瞳に涙を浮かべた。
「えっとその…」
受付嬢が彼女の涙を見て慌て始める。そして、助けてという風に俺を見た。それに釣られ、サーシャの潤んだ瞳が俺を見る。何故俺を見る…。
「一緒に来るか?」
俺の言葉を聞き、彼女は頷いた。王都以外で、助けてくれる人もなしに亜人が無事に生活できるとは思えない。放っておけなかった。
「ありがとうございます」
頭を下げながら言ったサーシャの言葉は暗く、笑みを浮かべた表情は無理をしているのがわかる。信じていた冒険者がいなくなったのばかりなのだから仕方がないか…。
「荷物持ちでは役に立てます!」
力強く宣言した彼女は、俺の表情を窺いながら反応を待っている。捨てられないために、自分が役に立つことを一生懸命アピールしているのだ。
「荷物持ちは任せた。期待しているぞ」
頼られたことが嬉しいのか、期待されたことが嬉しいのか。彼女の尻尾が持ち上がり、少しだが左右に揺れる。
俺はサーシャという新たな仲間を加え、今度こそ命を賭けてでも必ず守ると心に誓った。
序章が終わりました。
次回から一章が始まります。
よろしくお願いします。
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