第一話 結界術師になる
序章
第一話 結界術師になる
「それでは、あなたへ天職を授けましょう」
頭に声が響くと共に、俺の頭上から光が降ってくる。
「あなたの天職は結界術師のようです」
村の神父からそう告げられ、俺の職業は結界術師となった。
俺はクロウ。フェスティナ大陸の北、フスト王国の東にある小さな村、ナディス村の村人だ。ただの村人なので、性はない。そして、今日は俺の十五歳の誕生日でもあった。この大陸では皆、十五歳になると村や町の教会で天職のお告げを授かる。天職とは神から授けられた職業であり、これを授けられなかった者は無職となる。職業は下級職と上級職が存在し、上級職へ至るためにはレベルを上げる必要がある。
「「結界術師!?」」
俺と教会にお手伝いに来ていた女性の声が重なった。
「嘘でしょ…。こんな田舎の村に特殊職の者が」
「俺も木こりになって、家を継ぐと思っていました…」
特殊職とは下級職や上級職といった括りが存在しない職業で、その名の通り少し特殊な職業だ。一般的な職業とは違い、かなり特殊なスキルや魔法を取得することが可能である。勇者も特殊職であり、昔から勇者パーティーに所属する者の大半はこの特殊職であると言われている。
現在の勇者パーティーも四人の内三人は特殊職であり、世界中で特殊職の者を探していた。
「あなたは特殊職に選ばれましたので、明日の朝に王都へと向かっていただきます」
俺の驚きを気にもせず、神父からそう告げられる。そこで勇者のパーティーに所属することになるのだろう。そして、勇者と共に魔王を討つ旅に出るのだ。
「わかりました! すぐに出立の準備をしてまいります」
神父に早口で答え、教会を出る。
「やったぜ!!」
全力で村の中を駆ける。周囲の人が何事かとこちらを奇異な目で見てくるが、一切気にしない。
勇者とは、誰もが一度は憧れる職業である。俺もその一人だったのだ。勇者にはなれなかったが、パーティーに入ることができるというだけでテンションが上がっても仕方がないではないか。
余談だが、俺のレベルはたったの2だった。レベルはステータス魔法と呼ばれる魔法で見ることができる。これは、基本的にシスターや神父といった職業の者が扱える魔法である。
この村には時々、ゴブリンといった小物の魔物が現れる。そのため王都から駐在の兵が来ているのだが、その者達はレベル10程度であった。ゴブリンは魔物の中でも雑魚に含まれる。体は小さく子供くらいであり、力も強くない。ただの農民でも一対一なら勝てる程度なのだ。そのため、駐在の兵もレベルは低い。
「ただいま」
返事はない。父は明るいうちは山へ、三つ下の妹は学校へ行っている。天職を授かる十五歳までは学校で最低限の知識を学ぶことになっている。そして、母はすでにいない。二年前に病気で亡くなってしまった。家に帰っても誰もいないのはわかっていたが、今日だけはいてくれてもいいだろうと思ってしまう。早く家族に結界術師になったことを伝えたいのだ。
「先に準備するか…」
話したい気持ちを抑え、この村を出るための準備を始めるのだった。
「クロウ! 飯だぞ!」
「えっ!? わかった!」
俺が部屋を出てリビングへと向かうと、熊にしか見えない体つきの男と細身で金髪の小さな女の子が椅子に座っている。父のダルと妹のウリィだ。準備に夢中になっていて、二人が帰ったことに気付かなかった。二人の前にあるテーブルには、質素な料理が並んでいた。
「さっさと座れ!」
「お兄ちゃん。今日はお肉なかったよ…」
「うるせえ! 文句があるのならウリィは食うな!」
妹が幼さが残る顔で不満を言う。それを聞き、父が妹を睨みつけた。もともと強面な顔が、さらに凶悪になった。
「仕方がないだろう。我慢しよう」
「え~。お肉食べたいよう…」
山が近くにあるためか、村には木こりが沢山いる。そのため、木こりという職業は儲けが少ないのだ。偶然見つけた獣が狩れた時だけ、我が家では肉が食べられる。そのため、テーブルに乗っている料理は山菜ばかりであった。
「それより、天職はどうだったんだ? どうせお前も木こりだろ?」
「私も気になる。お兄ちゃんずっと部屋に篭ってたから聞けなかったんだ。もしかして、無職だったから部屋に引き篭もってたとか?」
俺が妹を窘めていると、父がそう尋ねてきた。それに妹も便乗して笑いながら尋ねてくる。
やっと言える。俺はずっとこの瞬間を楽しみにしていたのだ。大げさに手を広げ、アピールしながら叫ぶ。
「結界術師だ!」
「何を言ってるんだお前は…。帰りに頭でも打ったか?」
「お兄ちゃん、頭大丈夫?」
「…。あれ?」
二人が心配だという表情で俺を見る。心底驚くと予想していたが、全く異なる反応だ。予想外の言葉を受け、少し呆然としてしまう。
「「「…」」」
微妙な空気が流れ、口を開くことが躊躇われる。リビングに静寂が訪れた。手を広げた格好で固まった俺の背中に冷汗が伝う。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
妹の言葉が静寂を破る。首を傾げながら俺を見る妹に感謝だ。
「本当に…」
再び結界術師になったことを説明する。今度はアピール等はせず、真剣な表情のままで。
「まさか、本当に結界術師になったなんて…」
「凄い!」
「最初からこうしておけばよかった」
現在、リビングには三種の表情があった。父の驚愕した表情と妹の感心した表情、そして疲れ果てた俺だ。説明を始めてから、すでに一時間は経過していた。どれだけ説明しても信じてもらえず、最後は結界を張って実演することによって事なきを得た。結局は実演するのが一番手っ取り早かったのである。
「明日村を出て、王都へ向かう」
「おう」
「いってらっしゃい!」
特殊職であったことが誇らしいのであろう。俺が王都へ行くと説明すると、快く許可が出た。少しは寂しがってくれてもよいのでは…。そう思うが、心底嬉しそうな二人の表情に何も言えなくなってしまった。
「それじゃあ、行ってきます」
「頑張ってこい!」
「応援してるからね!」
翌日、二人の声援を背に受けながら家を後にする。
昨夜はあれからいろいろとあった。父が祝いだと言って、家に少量だけあった酒を出したからだ。この大陸では、天職を得られるようになる十五歳までは酒を飲むことを禁止されてる。そのため、妹は飲めなかったが雰囲気は楽しめたようだ。父が酔っ払い、祝いだと言って夜の山に獣を狩りに行こうとした時は焦った。必死に止めようとしたが、木こりを何年も続けて筋肉達磨となり、獣も狩ってレベルの上がった父に力で勝てる訳もない。妹も空気に酔ったのか、一切止めようとしてくれなかった。結界術師は特殊職だが、前衛職ではないのだ。レベルが高かったとしても、父を止められたかどうか…。
俺が向かったのは村の出口ではなく、広場の方だった。
「待っていましたよ」
広場には一台の馬車が止まっており、そこには御者のおじさんと教会のシスターがいた。
「私は御者を務めさせていただくダウといいます。王都までよろしくお願いします」
「教会からの書状です。失くさないでくださいね」
御者の名前を聞き、王都から駐在として派遣された兵だったことを思い出す。道中は魔物が出る可能性があるため、護衛も兼ねているのだろう。ずいぶん優しそうな人だ。シスターが俺に書状を差し出す。王都に入るには身分を証明するものが必要となる。こんな片田舎で証明書を持っているものは村長か教会の者くらいである。そのため、今回はこの書状が証明書の代わりとなる。
「ダウさん、よろしくお願いします」
「それじゃあ行きますよ」
俺が荷台に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き始めた。
一日で王都に着ける距離ではない。なので、夜までに途中にある町に辿り着く必要があった。町の名前はヨースという。小さな町だが、それでもナディス村の三倍くらいの広さがある。
途中、四匹のゴブリンに襲われたが、ダウさんがあっという間に倒してしまった。俺の出る幕など全くとなかった。レベル9の戦士であるダウさんにとって、ゴブリン如き敵ではない。
「ここいらで一度、休みを挿みましょう」
ダウさんが馬車を止め、荷台に座る俺に言った。そこには小川があり、馬車を置ける少し広いスペースがあった。馬を休めるためだ。
「村を出たことがないということは、馬車は初めてですよね。大丈夫ですか?」
「はい。特に酔うこともないし、問題ありません」
初めての馬車の旅にしては、疲労がなかった。まあ、ただ荷台で座ってるだけなのだが。強いて挙げるとするなら、ずっと固い床に座っているためお尻が痛いくらいだ。
「これが最後の休憩です。この後はヨースまで休まずに向かいます。トラブルが起きなければですが」
「ははは…」
馬に水をあげ、笑いながら言う。冗談で言っているのだろうが、そういうのをフラグと言うのだ。こういった時は決まって何かが起きる。俺が苦笑いを浮かべていると、馬が突然小川の方を向いた。
「ヒヒーン!!」
突然立ち上がり、小川から離れるように歩き出す。
「下がってください!」
それと同時にダウさんが小川の方に注意を向け、剣を構えて立ち上がる。俺は彼の指示に従い、すぐさま後ろに下がる。
「グウッ!!」
小川の奥から現れたのは、二頭のオークだった。二足歩行の豚のようで、でっぷりとした体格をしており、腕も足もダウさんの二倍はある。その二匹が小川を渡ってこちらに来ようとしていた。フラグの回収が早すぎる。せめて町に向かっている時に来いよ!
「ダウさん。大丈夫ですか?」
「まあ、任せてください」
俺の心配をよそに、彼は2頭のオークを油断なく見つめている。遂にオークはこちらへとやって来た。
「フグッ!」
鼻を鳴らしながらダウさんに敵意をぶつける。そして、一頭のオークが腕を振るう。
ダウさんがオークの拳を躱す。拳が空を切り、離れている俺にまで風圧が来た。彼は躱すと同時に空を切った腕を斬りつける。
「フゴッ!」
「浅かったですか」
咄嗟にオークが後ろへと下がる。腕には切り傷があるが、致命傷には程遠い。ダウさんは追撃せずに、眼前に剣を構えた。
「フガ!!」
もう一頭のオークがダウさんに拳を叩き付ける。それを彼は剣で受け止めた。拳が剣にめり込み、彼には届かない。
「さすがに骨までは斬れませんか…」
そう言いながら剣を横に振るうと、血と一緒にオークの太い指が数本飛んだ。
「フグアッ!?」
指を飛ばされた拳を咄嗟に引き戻す。
「筋力強化」
ダウさんはスキルで自信を強化し、オークの体を袈裟懸けに斬る。脚力も強化された彼は、もう一頭のオークに肉薄する。
「はっ!!」
咄嗟のことで反応できなかったオークは、気合の込められた一閃で首と胴体が分けられた。
「ふう…」
ダウさんは一息つき、何事もなかったかのように剣に付いた血を小川で洗い流す。
「ざっとこんなものですよ」
「ははは…」
彼が笑みを浮かべこちらを見る。ただ後ろで突っ立っていた俺は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
初めての投稿です。これから少しずつ作品を挙げたり修正を行ったり等もしていこうと思います。
あらすじは作品が進むと共に増えるかもしれません。
よろしくお願いします。