19、父の悲願
エレンは朝も早いうちから冬の林を歩いていた。
そこは坂のない平らな場所で、広葉樹が等間隔に並んでいた。まだ日は昇る気配は無い。
エレンは伯爵に借りたペンライトで足元を照らしながら、前を歩く人に付いていった。
あの夜、ハヤトが何者かに襲われた夜、エレンは気がつくと真っ先に隣に寝ているハヤトを確認した。
ハヤトはいつも通りに寝ていて、やはり起きる気配が無かった。
エレンはベッドを飛び下りると、急いで自室に走り、寒くないように服を着替えて本宅に向かう。
まだ外は暗く、使用人も寝ているので、今すぐに本宅に入る手段は無いだろう。エレンはどうしようかと辺りを見回すと、ドン! と空気を震わせる物音がしたのでその方向に走った。
そこは車庫前の移動スペースで、父の車を運転手が磨いていた。音は扉を閉めた音のようだ。
「伯爵はどこにいますか?」
エレンは挨拶も無しに運転手に詰め寄ると、まだ家にいると言った。エレンは本宅に行くべきか悩んで、そのまま車の後部座席に乗り込んだ。
「エレン様、困ります、降りてください」
運転手が慌てるが、ここにいたら確実に父に会えるし、移動中話も出来る。降りる降りないでしばらく運転手と言い合っていたら、足音がして伯爵が車の外から冷たい目でエレンを見ていた。
「何をしている。お前は部屋に戻りなさい」
伯爵が立ったまま冷ややかな目でエレンに命じるが、エレンは首を振った。
「話がありますので」
伯爵は頷くと、エレンの隣に座る。どうするべきか悩む運転手に、伯爵は言う。
「時間が惜しい、車を出せ」
そして車は発車し、まだ夜が明けぬうちに、エレンと伯爵はどこかに向かった。
「話を聞こう、手短に」
伯爵が前を向いたまま言うので、エレンは緊張しながら話を切り出した。
「昨夜、ハヤトの寝室に誰かが侵入しました」
「客人は客間に寝ていた筈だ。どうしてお前がそれを分かる?」
「私はハヤトと寝ていましたので分かります」
何の躊躇もなく同衾していた事を親に話す娘を、伯爵は幼いと思った。
「ハヤトは眠りの浅い人です。物音がしたら起きます。なのに、昨夜は人が上に乗っていても起きませんでした、これは異常なこと」
「客は病気だった筈だ、病人が深く寝入っていても不思議はない。それに、お前の見たという人影も、単に使用人が毛布をかけ直していた可能性もある」
「そんなことはありません」
「何故そう思う?」
「その人は私に手をかけましたので。危害を加えるつもりは無かったようでなんともないですが、私はその人の手を爪でひっかきました」
「夢だろう。家はセキュリティサービスで守られている。外部から人は入ってこられない」
エレンはこくりと頷いた。
そして、そっと手を伸ばし、手袋をしている父親の手に触れる。
「本人の同意がなく体に触れるのは犯罪だと調べました。私は昨夜からこの手を洗っていないのです。ヤードにかけこんで、調べて貰うことも考えましたが、本人に聞いた方が早いし、何をしていたのか聞きたいと思いまして」
伯爵は黙って娘を見た。エレンは目をそらさずにまっすぐ伯爵を睨み付けていた。
「昨夜ニコラスに渡した薬が間違っていたかもしれないと思いだし、容器を確認したところ違っていた。だからハヤトの容態を見た。お前が起きて殴りかかってきたから押さえた。残念だな、事実は以外とつまらないものだ」
「ハヤトが起きなかったのは、その薬のせいですか? それはおかしいです。このようなことがあったのは二度目なので、薬のミスでは納得しません」
「ほう? 一度目はいつにあった? 何故その時に聞かなかった?」
「一度目は夏です。本宅で晩餐に誘われた日です。何の証拠も無いので聞きようがありませんでした。ハヤトが本宅に泊まると何かが起きるようです。私は伯爵のせいだと思います」
娘の、私情を挟まない淡々とした報告が滑稽で、伯爵はつい笑ってしまいそうになる。
「検査をしている。と言えば納得するか?」
「検査とは? 血液検査ですか?」
「それは風邪で寝込んでいた時にしたな。他にも遺伝子の異常は無いかを調べていたよ。彼は全く問題ない健康的な男性だね」
なんとなくハヤトを誉められた気がして頬が緩むが、伯爵のその話は違うとエレンは思った。
「検査なら、本人の同意を得て行うべきです。正当な理由があればハヤトは同意します」
「エレン、婚前の身辺調査は当人の分からぬところでするべきなのだよ?」
「……?」
エレンは首を傾げた。婚前とは結婚前の事だ。伯爵がハヤトを調べたのは、私と結婚するせいなのだろうか?
伯爵はふぅと息を吐いて流れる景色を見る。
「彼に犯罪履歴はないか、何故遠い国で一人で生きているのか、また、親族の経歴や、親族に遺伝性の病気や犯罪者がいないのかも調べたな。彼は全く問題の無い良い青年だと思う」
……また誉められた。やはりハヤトは父から見ても素晴らしい人なのだ。
「喜ぶなよエレン。逆に家はどうだ? 家のように汚れた人間に、真っ白な彼を巻き込んでいいと思うか?」
「……意味がわかりません」
話しているうちに、車はどこかの広い場所に止まり、ドアが開いた。伯爵が降りるのでエレンも降りる。
「エレン、この車で家に帰りなさい」
伯爵が止めるのを、エレンは振り切った。
「話が途中ですので、側に控えて、伯爵のお時間があきしだい、続きを伺います」
父娘でしばらく見つめあっていたが、先に伯爵が折れた。話はエレンに小さなライトを渡す。
「まだ暗い、地面をこれで照らして転ばないように気を付けなさい」
伯爵がスイッチをいれると、部分的に明るくなった。エレンはライトを持って深く頷いた。
「帰りは夜になる。帰る前に連絡するからまた来てくれ」
伯爵が運転手に告げると、車は夜の中、家に帰って行った。
「行くぞ。ついてこい」
伯爵が杖をつきながら夜道を進むので、エレンは伯爵の足元をライトで照らしつつ付いていった。
長かった夜は明け、東の空から太陽が顔を出した。周りがあかるくなって、エレンは以前にここには来たことがあることに気がついた。
「ここは学校ですね、前に試験で利用しました」
「今から行くのは学院ではないがな」
伯爵は、林の奥を進み、古い礼拝堂を抜けて、地下の研究施設に入った。
周りの風景が突然病院のようになり、臭いもアルコールと薬品がまじったものなので、エレンは怖いと思った。
「手を洗え、そして靴を履き替えてこれをつけろ」
伯爵はコートと手袋を脱いで、手を洗い、白衣を着込み、白い帽子とマスクをつけるので、エレンも真似をした。
伯爵の手の甲には、やはりエレンのつけた爪の傷があった。
「着替えたな。コートはそこに入れる。ついてこい」
エレンは伯爵が行く方向についていく。
伯爵はエレベーターを使い、地下七階に下りる。
エレベーターの扉が開くと、向かいの部屋から白衣を来た黒眼鏡の男性が出てきた。伯爵はその人に銀色の固そうなケースを渡していた。
男性は部屋に入って行くと、伯爵は方向を変えて奥に進む。
伯爵は狭い厨房に入り、慣れた手付きで飲み物をいれた。
「お前は何か飲むか?」
エレンが首を振るので、伯爵は紅茶とお湯をカップにいれてお盆に置き、エレンに持たせた。
「時間がかかる。暫く部屋で話を聞こう」
伯爵が杖を付きながら行く方向に、エレンはお茶が溢れないようにそっと付いていった。
ついた部屋にはソファーと簡易ベッドがおいてある休憩室のようだった。
伯爵は帽子とマスクをとると、つえを立て掛けて、沈むようにソファーに座った。
エレンはどうしようか悩んで、伯爵の向かいの椅子に座りじっと伯爵を見た。
伯爵は少し起き上がると、茶を飲んで深く息を吐いた。
「ここはどこですか? ここが伯爵の勤める会社ですか?」
「いや、ここは研究施設だよ。実験をしたり、薬や遺伝子を研究する場所だ。遺伝子とは生き物の設計図のことだ」
「設計図……」
エレンはよくわからなくて困惑する。
「先程は運転手がいたから、ちゃんと話が出来なかった。ここなら好きに話していいぞ」
エレンは伯爵が話を聞いてくれそうなので、どれから聞こうか焦る。
「伯爵は先程はハヤトの何かを調べたと言っていました。昨夜のあれはなんだったのですか? 伯爵はハヤトに酷いことをしていましたよね?」
いきなり核心をつかれたようで、伯爵はニヤリと笑った。
「先程は、遺伝子は設計図と言ったね。昨夜私がハヤトから取ったのは、人間の種だ」
「種?」
「以前に採取したものはどれも着床しなかった、それはRh値に原因があったと判明した。もう残りの数は限られているから、ミスは出来ない。ただでさえ望みは薄いからな」
エレンは、父親が何を話しているのかが全く分からなかった。
「伯爵は、ハヤトの子どもが欲しいですか?」
「お前は何もしらんのに核心をつくな。そうだな。半分はそうだ」
「ではもう半分は?」
エレンが聞くと、伯爵はニヤリと笑った。
「お前の母親だ」
「母は死んだと聞きました。母は生きていますか?」
「魂はな」
エレンは全然意味が分からなかった。ここにハヤトがいたら教えてくれるのに。
エレンはとまどって、伯爵に運ばされたお湯を飲んだ。あたりまえだが、何の味もしない沸かした水だった。
「今の時代、女の持つ卵と、男の持つ種は冷凍保存出来るんだよ。お前の母は結婚した後に卵子を保存した。それを用いてハヤトとフレイの娘を作ろうとしているのが、昨夜の全貌だ」
「……意味がわかりません」
「どこが? 何が分からない?」
エレンはつまらなそうな顔で伯爵を見た。
「伯爵は母を求めています。フレイとハヤトの娘は母とは別人です。あなたは母では無いと認識した後にその娘を捨てるでしょう」
それを聞いて伯爵はハハハと笑う。
「確かに。確かにそうだよエレン。それが真実だ。ハヤトがフレイに似ているからといって、フレイが甦るわけではないよ。正論だ。ぐうの音もでないよ!」
エレンは腹を抱えて笑う実の父親を冷たい目で見ていた。そんなことの為に、ハヤトを襲ったなら許しがたいことだ。
「ハヤトに無断でこんな真似をせずとも、私とハヤトが子を作れば、なかには母に似た人間もいるのではないでしょうか? 事実ハヤトは祖母に似ているらしいですし。それよりも、ハヤトに無断でこれをしたことの説明を求めます」
伯爵は笑うのをやめて、紅茶を一気に飲んだ。
「前提としてはこれだよ。エレン、俺は俺の事を好きではない」
「……それで?」
そんなことは聞いていないとエレン思った。それより早く説明をしろと。
伯爵は吹き出しそうになる口を隠して話を続けた。
「私の血は濃すぎるようだ。それは同族結婚を繰り返したせいもあるかもしれんが、我が親族には似たような奴しかいない。ここに、フレイという異分子を加えたらどうなるかを見てみたら、黒髪という優勢遺伝を越えて、我が一族の顔を持って生まれた。お前が生まれたたときは心底絶望したよ。俺の汚れた血は薄めるくらいじゃどうにもならんと」
……私が嫌われた理由は、母を殺した事だけでは無かったようだ。
「そんな理由でずっとお前を遠ざけていたが、フレイは唯一お前にフレイの痕跡を残していたよ、聞きたいか?」
何故か興奮ぎみに語る父を、エレンは心底どうでもよいと思って、無表情のまま見ていた。
「血液型だよ。フレイもハヤトも私もお前も同じO型だが、別の型が違っていたんだ。私やニコラスはD抗原を持たないが、フレイとハヤト、エレンは陽性だ」
「…………」
もう相づちを打つのも面倒だった。早くハヤトの顔が見たい。そして父のしたことを謝りたい。
「……D抗原を持つ子は、母体が陰性だと不一致を起こしてしまうんだ、これは薬で回避できるものだが、そうならないように配慮すべき事だ」
そこまで言うと伯爵は、深く息を吐いてエレンを見た。
「エレン、私は、私の血を引いていないフレイの娘が欲しい。その為なら何を差し出しても惜しくはないと思っている」
「ならそうすればいい。ハヤトを巻き込むのは間違い」
「どうして? あんなにフレイに似ている黒髪の男が他にいるというのか?」
「何度でも言う。それで望む顔の子どもが生まれたてとしても、それは母ではない。新しい命。そしてそれは伯爵のおもちゃでもない」
エレンはため息をついて言う。
「ハヤトの遺伝子を持つなら、その子どもはハヤトのもの。伯爵は関与してはならない」
「そんなもの、本人が知らなければ知りようが無いさ」
……それがハヤトに無断の理由か!
エレンは飲んでいたコップを、乱暴に机に置いた。すると水が跳ねて机を濡らした。
「伯爵の子どもは私にとって妹になります。それはハヤトにしてみても同様。ハヤトは家族をとても深く愛します。なのでそんなのすぐに分かります。私も言いますから」
伯爵はさも、おかしそうに肩を揺らした。
「フレイさえ産まれれば、お前らの命などどうでもいいわ」
伯爵がポロリと口にした言葉を、エレンは聞き逃さなかった。この人の邪魔をしたら、殺されるのではないだろうか?
「フレイに似た子どもが手に入れば、ハヤトを殺しますか?」
「そうとは言っていない。私からフレイを奪い取る人間を排除するのはやむを得ないとは思うがな」
エレンはじっと伯爵の目を見た。伯爵の決意は揺るぎ無いもののようで、逆らうと殺されるのではという気がしてくる。
……そういえば、ここに来ることを誰にも言っていなかった。私がここで消えても、ここにいることは誰にもわからないだろう。
エレンは、何も考えずにここに来た自分を呪った。
「エレン、ハヤトはとても良い人間だ」
「はい、よい人です」
「才能もあり、それを開花させる努力も出来る。それに彼は周りを明るくする。彼がいるだけで、淀んでいた我が家に春風が吹き込んだね。使用人も親族もみんな彼に笑わされていた」
「……はい、その通りです」
「しかし、彼が真っ白で清貧な善意の塊でいられるのも今だけだ。うちの親族は、金と権力を用いて彼をこちらがわに染め上げるよ。あれだけ何でもこなすのだから、彼はすぐにうちのトップにのしあがる。人の上に立ち、人を処分する彼は善意を保ち続けられるかな?」
エレンはどんと机を拳で叩いた。
「人の命をおもちゃにするような悪党は伯爵だけです! 兄はとても優しいので! ハヤトも優しいまま変わりません! それに私は家から出ていきますので!」
エレンが反論しても、伯爵は笑顔を崩さなかった。
「ニコラスが優しいだけの無能な男だと言うのは周囲にばれてるからな。誰もあいつには期待をしていないよ」
――ドン!
エレンはまた机を叩いた。机は無言で抗議するのに便利だと思った。
「その点ハヤトは違うよ。あれはなんでもこなすからな、すぐに金も集まるよ。そして金を持つ優しい人間には、無能な亡者どもがたかりにくるものだ。ハヤトはそれを足蹴にできるかな?」
「蹴りません。助けるべき人は助けるのがハヤトです」
「ハヤトは一人しかいないのに? 何千人もの亡者がたかったら、彼は見捨てられるかな?」
見捨てないだろうなとエレンは思った。事実誰が見ても悪者の父さえハヤトは親切にする。
エレンが黙るので、伯爵は暫く娘を見ていた。
「馬鹿な女。お前は本当に一部しか見ていないな。昨夜、ハヤトに眠る薬を飲ませたのはニコラスだというのに」
そういえば、昨夜ハヤトが飲んでいたサプリメントの瓶を今朝見なかった。あの事だろうか?
「エレン、フレイの再生にはニコラスも協力をしている。ニコラスはハヤトをうちに雇用し、お前を使って縛り付け、好きに利用しているよ。あの善人の顔で言えば誰も疑わないからな。血だって精子だって採取出来るし、必要ならば薬も使う」
唯一信じていた兄までもが、この狂った父親に利用されていた事に、エレンは絶望した。そして、母に似ているハヤトとこの父親を結びつけているのはまぎれもない自分なのだ。
「夏にハヤトから種を取ったのは兄ですか? なら、どうして昨夜は伯爵でしたか?」
エレンの言葉を聞くと、伯爵は顔を歪めて笑った。エレンはその顔を見て心の底から震えた。
「お前は本当に、余計な事に気がつくな……」
聞いてはダメだと思った。
どうしてそんなことを聞いてしまったのだろう? エレンは震えて、耳を手でふさぐ。
父は笑って、怯える娘に話し聞かせた。
「最愛の妻に似ている男がいて、その男が言うんだ。女と寝たことは無いと、寝る気はないと、顔を赤らめてな。その清らかな彼はどんなだろうと、どんな声をあげるのだろうと私が思う事に何の不思議があろう?」
エレンが耳をどんなに塞いでも、狂っている父の声は耳に届いて、その内容はエレンの心を引き裂いた。
「お前だって思うだろ? あいつに触れていたいと。まあ私の場合は単に妻の代わりにしただけだが、お前も私のようにあいつに執着しているではないか。あいつが他の女に優しくするのをお前は許せるか? あいつが自分の前から消える日を想像できるか? それがどんなに苦しいか、お前には分かるか?」
「わかりません、わかりません」
エレンは耳をふさぎ、泣きながら首を左右にふり続けた。
「お願いです、もうやめてください、ハヤトを解放してください……」
泣いて首を振る娘を、伯爵は冷ややかな目で見ていた。
「うちにハヤトを縛り付けているのはお前だ、エレン」
「では逃がします。解放します! すぐに!」
泣きわめくエレンに、伯爵は耳打ちする。
「なら、お前も解放しよう」
「えっ?」
伯爵が何を言ったのか理解できずにエレンは顔を上げた。
「生活していけるだけの持参金をつけて、お前を家から切り離してやる。親族もお前の扱いを困っているからな。結婚して海外に行ってくれるのなら助かるよ」
「そ……それは、ハヤトと結婚して、家から出ていけという事ですか?」
伯爵は頷く。
「ハヤトとは元からそういった約束をとりつけてある。ただあいつが学生だから実行されていないだけだ」
「では、伯爵はもう二度とハヤトに触れませんか? 約束しますか?」
それを言うと、伯爵は吹き出して笑った。
「そこにこだわるな」
「許しませんので、それは絶対に許されないことなので!」
エレンが言うと、伯爵はまた笑ったので、エレンはむくれて伯爵を見た。
「まあ、出ていくついでにお前もフレイの再生に協力してくれよ」
「またそれを、それは意味がないと言っているのに」
「お前もハヤトと死別したら分かるさ。似たものを追い求めたくなる気持ちがな。ちなみにお前の母に似ている人間はいないので、ハヤトでがまんするのもありだな」
「それは無し。協力とはどのような内容ですか?」
エレンが聞くと、伯爵はうっすら微笑みを浮かべて話をはじめた。
「ここに来たときに、血液型の話をしただろう? 今、フレイとハヤトの子の受精を進めても、それを受け入れる女がいないんだ。日本にはRh+の女は多いが、日本では代理出産が認められていない」
「……それで?」
「お前の体を貸せ。お前の誕生によって失った命を、お前が産め」
エレンは、父が何を言ったのかが理解できずに、呆然と父を見ていた。
「たとえ産まれても、お前の手元からはいなくなるが、それでもハヤトの血を引いた子どもには変わりがない」
「……っ」
エレンは息をするのも忘れて父を見ていたが、ハヤトの名前が出てはじめて息をするのを思い出した。
「わ、私に、そんなことが出来ると思いますか? 母の再生とか、それは実現可能な事ですか……?」
「着床する確率は低いよ。卵子の数にはかぎりがあるし、かなり年数も経過しているからな。しかし、僅かでも可能性があるなら私はあきらめない」
「…………」
「私が動けるうちにやらないと、産まれても意味がないからな」
意気揚々と語る父の声をエレンは、どこか遠くで見知らぬ人が語っているように思えた。いや、そうだと思いたかった。
父の死別した妻への異常な愛は、私がハヤトを求める気持ちとどこが違うのだろうと、いや。同じだろうとエレンは考えていた。
「ハヤトに話して決めます」
「それはダメだ。ハヤトに認知されると面倒になるから、エレンの腹から産むなら、ハヤトとは一~二年ほど会わないで貰いたい」
「それは……」
……無理だと思った。今少しの間でも離れているのが辛いのに、一年も会えないなんて。
「実際あいつも、大学が忙しくなる頃だろ? 実習にはいればエレンにかまけている暇は無いさ。それに、ハヤトが卒業する頃には事は済んでいる」
何を根拠に、何を信じればこの人のように狂えるのだろうとエレンは思った。
むしろ、狂ってしまった方が、楽かもしれない。それか前のように無いものとして心を殺していれば。
「…………」
それでも、やはりハヤトに会えないのは辛いし耐えられないと思う。
エレンの頬を涙が伝って手の甲に落ちた。
「はじめはお前の中にある、フレイの血を期待してお前を手放せずにいたよ。しかし、お前がフレイに似た男をつれてきて考えが変わった。似ているだけでもいいのだと、本人である必要は無いと。実際血を引いているだけのお前は愛せなかったしな。よりフレイの容姿に近づけるためなら、私は何を失ってもいいと思うよ。私は一刻でも早く二人の子どもを見てみたいんだ」
……ああ、ハヤトをこの人に知り合わせたのも、この人に縛り付けているのも全て私なのだ。
エレンは遠くなる意識を手放すと、真っ暗な闇がエレンを優しく飲み込んだ。
エレンは意識を失い、その場で倒れた。