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17、風邪っ引き

 

 長い夏の休暇も終わり、学校も新しい年度が始まる。内容もより専門的になり、ハヤトの勉強時間は増加した。

 近頃は週末も倒れるように寝ていたので、あまりエレンには会えていなかった。

 会いたい気持ちはあるけれど、バスで一時間以上かかるので体が動かない。そうして気が付くと冬が来て、一年が終わろうとしていた。


 ハヤトは体が頑丈なほうだったが、寒さに負けて熱を出して、ホストファミリーに面倒をかけていた。


 ……独り暮らしだったら死んでいたな。


 ハヤトは作って貰ったポリッジを部屋で食べながら、電気毛布にくるまってあたたまっていた。


 このまま学位を取得して医者になろうとしても、日本国籍のハヤトは難民とほぼ大差ない立場なので就労ビザをとるのは難しいだろう。

 就職するなら日本で探すべきかな……。

 ハヤトは祖母に送って貰った半纏を着てパソコンを見ていたら、皿を下げに来たホストマムに怒られてベッドに入る。


 ……結婚するにしても、家に人がいた方がいいな。


 ハヤトはボーッとエレンの事を考えていたら、マムがまた部屋をノックした。


「ハヤト、ガールフレンドが見舞いに来たよ」

「えっ?」


 ハヤトは慌てて部屋を飛びだそうとしたら、部屋の外にエレンが立っていた。


「メリークリスマス、ハヤト」

「えっ? どうやってここに来たの? 住所教えてたっけ?」

「父が存じておりました」


 ……履歴書か。なるほど。


「交通手段は? バス?」

「いいえ? 車ですよ」


 ……送って貰ったらしい。そして外で待っているらしい。


 ハヤトが息を吐くと、ホストマムと目があった。ハヤトの彼女を見に、ホストファミリー全員が顔を出している。


「エレン、風邪がうつるからもう帰りなさい」

「どうして? 私は予定が無いので風邪を引いてもいいですよ?」


 久しぶりに聞く、エレンの間の抜けた返事を聞いて、おかしくて笑ってしまう。


「お見舞いついでに、年始を家で過ごさないかと聞きに来ました」

「俺は風邪を引いているのですが……」

「兄も父も、医術の心得がありますよ? 風邪なら家で寝ていればいい」


 頑として引かないエレンに、何と言って帰って貰うかを考えていたら、マムがハヤトの部屋に入り荷物をバッグに詰め始めた。


「ちょ、断ろうと思ってんのに!」

「家も年末年始は出掛けるから、あんたを一人にしていくのを気がかりに思っていたんだ。ハヤトは見ていないと徹夜するしね。いい話だよ、ゆっくりしておいで」

「いや、マム、誘われている場所は、全然ゆっくりできないので」


 ……体力、気力が弱っている時には伯爵に会いたくない。


「ゆっくりさせます。必ず寝かせます」


 ニコニコしながら言うエレンを、ハヤトは困って見ていたら、毛布を体に巻き付けられてバッグと一緒に出荷された。

 ハヤトの声にならない悲鳴は車のエンジンの音にかき消された。




 エレンの住む別邸に発送されたハヤトは、別邸の客間に寝かせられた。

 ハヤトの熱は下がっていたが、移動でぶり返したらしく、ハヤトの熱は上がっていた。

 様子を見に来たニコラスが、診察をしつつ失笑する。ハヤトはバツが悪くてニコラスをにらんだ。


「ロード、これ拉致でしょう、人権侵害ですよ」

「こっちでは風邪では医者にかからないからね、エレンが心配してのことだよ」

「えっ何で? 保険で無料診療の国なのに……」

「病院にかかるのが大変なんだよ。予約待っている間に風邪は治ってしまうから」

「でも……んがっ!」


 鼻に綿棒を突っ込まれて、鼻はむせる。

 ニコラスはしばらく白い容器を見ていたが、「単なる上気道炎だな。あたたかくしてお休み」と言って部屋を出ていった。

 ハヤトは熱でもうろうとしたので、素直に眠る事にした。


 しばらくうとうとして、目を開けると、エレンが心配そうにハヤトを見ていた。エレンは水差しを出してくるので大人しく飲んだ。

 ハヤトは腕にチクリと痛みを感じたので、寝巻きの袖をめくってみると、腕の内側に小さな絆創膏が貼ってあった。どうやら寝ている間に薬を打たれたらしい。

 エレンは心配そうな顔をして、ハヤトの額を触る。


「熱が下がりませんね。お薬飲みましょうか?」


 エレンが湯気の立つコップを差し出すので、熱さを確認してぐいとあおると、喉がカッと熱くなった。味は甘いがこの匂いは……。


「エレン? これ薬? 酒だろう?」


 アルコールの匂いにハヤトがむせると、エレンは「薬です」と真面目な顔をして言う。


 ……日本の卵酒のようなものなのかもしれない。


 ハヤトは力なく笑うと、また眠りに落ちた。



 謎の酒のおかげか、注射のおかげか、次に目が覚めたときは起き上がれるようになっていた。

 何か食べ物を貰おうと厨房を覗くと、エレンの部屋つきメイドがいた。声をかけるとポリッジを出してくれる。厨房の机でひとりポリッジを食べているとメイドが向かいに座って笑った。


「君が寝込んでいる間のエレン様は面白かったよ。ウイスキーなめてビックリしてた」

「あ、やっぱりあれ酒だったのか。薬と言われたから驚いたよ」

「エレン様が、ハヤトはレモンを食べないかと言って、ウイスキーにしたんだよ。日本人は風邪のときは何をのむの?」

「飲み物は同じだな。柑橘類か米で出来た酒に卵を入れたりする」

「エッグノッグみたいに?」


 そうそう。とハヤトは頷いて皿を流しに置く。


「ポリッジも、オートミールじゃなくてライスなんだ。たまに食べたくなるよ、ライスのポリッジ」

「じゃあ今度ライスを買っといてあげる。また熱を出しなよ。エレン様が喜ぶから」

「お断りするよ」


 ハヤトがニッコリ笑うと、メイドも笑う。しかし次の瞬間メイドは真顔になり厨房奥に走り去った。


「……?」


 メイドが見ていた方向を見ると、エレンが走って近付いて来ていた。


「ハヤト! 部屋にいないから探しました。死んだのかと思った!」

「風邪くらいで俺は死なないよ。お腹が減っただけ」


 そう言うと、エレンが笑って何を食べるか聞いてきたので、既に食べたと言うと不機嫌になった。


「なんでそんな事で怒るかな?」

「だって、食べさせたかった。ハヤトずーっと寝ていたからそれ出来なかった」


 ……ポップコーンといい、何故エレンは俺に物を食べさせたがるのか?


 二人で厨房で話していたら、使用人が集まって来たので邪魔になるから部屋に移動した。


「そういえば目が覚めた時に、腕に注射の痕があったけど何が知ってる? 点滴とか受けてた?」


 エレンはさあ? と首を傾げる。

 ハヤトは袖をまくって腕を見ると、絆創膏は無かったが針の痕は残っていた。


「よく考えると、風邪で血管に注射しないと思うんだよね? だから脱水して点滴うけたのかなと?」

「分かりません。私は知りません」


 ……頻繁に様子を見ていたと思われるエレンに気がつかれずに点滴を打つのは難しそうだ。


「おや、もう寝込むのは店じまいかい? 残念だったね、エレン」

「はい」


 ニコラスが部屋に入って来たので、ハヤトは注射について聞く。すると伯爵が心配して血液検査までしたという。鼻の綿棒はインフルエンザの検査だったんだろう。おそらく。


「白血球の数値に異常は無かったけどね、珍しい血液型だと驚いていたよ」

「O型って珍しいかな? 日本ではよくいるけど」

「O型はいるよ。特に家には多い。問題はRh式だね。家はみんなマイナスなので、ハヤトはプラスで違うんだ」

「へー」


 それを聞いたエレンはニコニコと笑う。


「私はプラスなのですよ、ハヤトと同じです」


 ……いや、Rh式はプラスの人のほうが多いのでは。とハヤトは思うが口には出さなかった。


 ニコラスはエレンの頭を撫でる。


「エレンの母親がハヤトと同じ血液型だからね。プラスのほうが優勢遺伝だからそうなるのだね。良かったね」

「はい、同じならハヤトが怪我をしても血液をあげられますので」


 ……あ、そんなメリットがあるのか。


 では、この家でエレンが怪我をしたら血をあげようとハヤトは思った。




 ハヤトは久々にエレンの家に来たので、本館の写真の部屋に行く。データ移行はほぼ終了し、ラベル貼りが残っていただけなのでその場で終わらせた。


「おお、終わった……」


 伯爵に報告に行くかと部屋に行くと、電話をしているようで話し声が聞こえた。

 耳をたてると、病院の話のようで、プラスが、抗体がとか言っていた。

 ハヤトはドアをノックするのもためらわれ、部屋の外で電話が終わるのを待っていたら、伯爵がドアから出てきた。


 伯爵はハヤトを見てしばらく驚いていたが、「元気か」と聞いてきたので「お陰さまで」と答えた。


「何か用か?」

「あ、風邪の治療のお礼と、データ移行終了の報告です」

「容態を見たのは息子だ。礼はあっちに言え」

「でも伯爵が血液検査までしていたと聞きましたよ」


 ハヤトはゆっくりと歩く伯爵についていく。


「血液に異常は無いな。健康体だ」

「風邪をひいていましたけどね。連れてこられて助かりました。ここに来なかったら下宿の家族のホリデーの邪魔をしていた」


 伯爵は、ハヤトを連れて写真の部屋に入り、ハヤトの仕事をざっと確認した。


「これの謝礼をするから、この銀行に口座を作っておけ」

「へっ? 現金でいいですけど」

「現金の出し入れは手間だ。あっても問題なかろう? 作っとけ」


 ……面倒だけど報酬を得るためならしかながないか。


 ハヤトは心のメモに、伯爵の言う銀行を覚える。


「あと、バイトのほうの話なのですが……」

「なんだ」


 報告するハヤトの顔が真っ赤になる。


「幽霊だった彼女が実体を得たらしく、しかも王様といちゃついているのでとても作業がしにくいです。正直見たくないです。その、情事の部分は消します? 残します?」

「……残せ」


 ……うわぁ。このご老人は変態だ。


 ハヤトは持ってきていた該当データの入っているディスクを伯爵に渡した。


「伯爵は、奥様が他の男性と寝ているのを見てもなんともないのです?」

「まだ見てないからなんとも言えんが、こちらからではどうとも出来まい? 過去の事の可能性だってあるしな。生きているならそれくらいはするだろう」

「……うわぁ」


 ハヤトの顔が赤いので、伯爵はハヤトの頭をグシャグシャと撫でる。


「何だ、お前女の経験が無いのか? ひと夏エレンといて、手しかつないでないのか?」

「婚前交渉はしませんよ? 避妊の確率と堕胎の危険性を危惧しております。異形成とかも怖いし。それに何か問題が?」

「無いな」


 伯爵は笑いながら写真の部屋を出ていった。


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