15、夏の休暇
「涼しい……」
ハヤトが目を覚まして、外を見ると湖が見えた。
昼になれば気温もあがるだろうが、朝はひんやりと涼しい。窓を開けると、緑の多い場所特有の、濃厚な空気を感じてハヤトは深く息を吸った。
ハヤトはベッドからおりると、電気ケトルのスイッチを入れてシャワーを浴びた。パソコンを立ち上げメールを見ながらコーヒーを飲んで一息つく。
夏期休暇がはじまり、ニコラスの言う通りハヤトは湖畔の部屋で寝泊まりをするようになった。
エレンの家に行くのはデータを取りに行くときだけなので、週に二、三回くらいですんだ。他の時間は殆どエレンと二人で過ごしている。
覚悟していた通り、エレンの家事能力は壊滅的だった。
洗濯をさせれば洗剤をいれなかったり、入れすぎたりする。衣類も分別しないので、シルクのワンピースにホックがひっかかり破れたり、色がうつったりと散々だ。
エレンが掃除をすれば何かを壊す。食事をつくれば味が無いか、塩が濃すぎるかの両極端なので、ハヤトは味付けは各自テーブルでするように決めた。
「洗ったり切ったりは出来るんだけどな。なぜ味付けだけ酷いのか……」
絶対に性交渉はしないという約束で、エレンはよくこの部屋に寝泊まりをしていた。今日も隣の部屋のベッドで寝ている。
「空きっ腹にコーヒーは胃に染みる……」
朝の調理はエレン担当にしていたので、勝手に食べると怒られる。
エレンが怒るので食事を我慢していたが、ハヤトの空腹は限界だった。ハヤトは腹の虫に負けて林檎をむいて食べていた。するとエレンが起きてきて文句を言う。
「朝の食卓は私の仕事なのです」
「林檎くらいで文句言わないでよ、本当に腹が減っているんだ」
ハヤトが言うと、エレンは小走りで冷蔵庫の扉を開けた。そしてバケットと昨日の夜の余りのサラダを出してくる。
エレンはたどたどしくバケットを切って、バターとハムと塩を食卓に並べた。
エレンの仕事は主に並べる事だった。下準備は夜にハヤトがしているのだが、エレンは気にしてないようだ。
ハヤトがバケットにバターを塗って、レタスとトマトとハムをのせてかぶりつくと、エレンも真似をするが、具材がこぼれて困っていた。
「そーいう時はパンを薄くして間に挟むといいよ」
ハヤトはテーブルで切り込みを入れたバケットを作り、具材を挟んでエレンに渡した。
「はい、このほうが食べやすいです」
……笑顔でバケットをかじる若奥様かわいいです、結婚はまだしていないけれど。
ハヤトは笑顔でエレンを見ていた。
「今日は何をしようか? 何かしてみたいことはある?」
「ハヤトと一緒にいます」
答えになっていないよ。とハヤトは思うが、その笑顔があまりにも可愛くて胸が苦しい。
照れ隠しにハヤトは食卓から立ちあがり、窓辺においてあるソファーに移動する。するとエレンもついてきて、不思議と距離をあけて座った。
あれ? 今日は遠いな。何時もは肩が触れるくらい近くに座るのに。とハヤトは思って、エレンを見ると、エレンはポンポンと自分の膝を叩いた。
……どうやら頭を乗せろと言っているらしい。
ハヤトは観念して、エレンの膝に頭を乗せる。するとエレンは微笑んで、ハヤトの頭を撫でていた。
いつまでもよしよしと撫でられていると眠くなる。ハヤトは二度寝をしては時間の無駄になると新聞を手にした。
「エレン、これ、楽しい?」
ハヤトが聞くと、エレンは「はい」と言って笑う。
……わからん。
昴の面倒を見たときから、エレンに母性本能が芽生えたらしく、暇があれば俺を寝かせにかかってくる。その目的と真意はいつになっても分からないままだった。
「不思議なのですが、こうしてハヤトに触っているとリラックスするのです」
「この場合、普通は俺がリラックスするものだと思うのだけど、何故不思議だと思うの?」
エレンは手を止めてうーんと考える。
「座ったり立ったりして触れると、リラックスとは程遠い気持ちになります。これはそうなりません」
……要領を得ないな。
ハヤトはためしに起き上がり、じっとエレンを見た。するとエレンの顔が見るからに真っ赤になる。
「この状態で近いと顔が熱くなります。緊張するのです。それに……」
「それに?」
ハヤトはエレンの手に触れて、指をからめて少し握る。
「……ドキドキします」
ハヤトはエレンに顔を寄せて、軽く唇を合わせた。エレンの手がピクリと震える。
ハヤトは少し離れて、エレンをじっと見て笑う。
「可愛い」
エレンは泣きそうな顔をして、じっとハヤトを見た。
「キスするのは嫌い? 嫌ならやめるけど」
「き、緊張して倒れそうになりますが、嫌ではないです。むしろ……」
ハヤトはエレンの言葉を遮って、もう一度口付けをした。二回目は少し長かったので、エレンが目を回してハヤトの肩に頭を預けた。
ハヤトはエレンの頭をそっと撫でた。
「不思議だよね。ダンスで触れても全然平気なのに、こう二人きりだと緊張する」
エレンは何も言わずに頷いた。その振動がハヤトの体に伝わってくる。
「しかし男女の接触においては、キスは序の口なんだよなぁ……」
「こ、これ以上ドキドキすると、私は死んでしまうので、それは止めましょう」
ハヤトはエレンが可愛いくてクスッと笑う。
「長く付き合っていれば、いつか慣れるかもねぇ。俺は全然慣れないけど」
エレンはハヤトの背中に手を回す。
「こうしてくっついているのは好きなのです」
「俺も好きだよ。でもまあこれだと何も出来ない。掃除もしなくてはいけないし、適当に離れてね」
「ではあと少しだけ」
二人はしばらくの間、二人きりの時間を楽しんだ。
ハヤトの勉強や書類整理は午前中や夜にする事として、午後は散歩がてら町に買い物に行くことにしていた。
エレンは何を見ても驚いて感心するので、ハヤトはエレンを可愛いと、守るべきものだと強く思う。
ハヤトは常に周りの場を和ます事に留意していたが、これからはこの人を守ることで生きていこうと決心した。
「サーウレーティフィー、ホロウ、ベネー……」
湖畔をエレンと歩きながら、ハヤトは音声の女がよく口にする祈りのような言葉が口を出た。
「主の祈りですね、ハヤトは神を信じないのに変ですよ」
「えっ? これって、宗教の祈りなの?」
ハヤトは驚いてエレンに聞く。
「あ、そういえば変な言葉ですね。でも意味は多分、『天にいる我らが神よ、私の願いを聞いてください』みたいなものだと思います」
「うぇーな、さー? は?」
「神様、何処にいますか?」
……何でエレンはこの言葉を知っているのだろう? もしかて、この音声の出所はエレン関係なのでは?
ハヤトは唸りながら歩いていると人にぶつかった。驚いて顔を上げると、別邸のバトラーが立っていた。
「すみません、よそ見をしていました」
「いえ、お元気そうで何よりです。食事を満足にされてないのかと心配しましたが、お二人ともおかわりないですね」
「えっ? ご飯食べるお金くらいはありますよ? 俺は節約癖がありますが、三食きっちり食べるんで」
ハヤトが笑うと、バトラーはエレンに聞こえないように小声で言う。
「いえ、エレン様が作られると味が食べ物の枠を越えるのでその辺の心配です」
「ああ、なるほど」
ハヤトはポンと手を叩き、バトラーに耳打ちする。
「味はテーブルでおのおのするようにしています。最近エレンはサラダをレモンだけで食べてます」
「味はないほうが好きなご様子。それは発見ですね」
バトラーとハヤトが二人で話をしているので、だんだんエレンの周りの空気がどんよりしてくる。
バトラーはハヤトをエレンに返して、エレンに話す。
「エレン様、今日の晩餐は本宅でいかがですかと、ご予定を聞きに参りした。伯爵と、ニコラスさまもご一緒です」
バトラーは帽子を取り礼儀正しく言ったが、エレンもにこやかに答えた。
「はい、お断りいたします」
……えーっ?
ハヤトは笑顔で見つめあう二人をどうするべきか慌てて見ていた。
「エレン? 君は初めに、伯爵に声を掛けて貰うために行動していたね? その伯爵からのお誘いだよ? 断っていいのかい?」
「だって今日は、湖でとれた魚を調理するとハヤトは言っておりました。そのほうが大事ですから」
「まだ魚は買ってないから、明日でいいんだよ?」
「どうして?」
ハヤトが聞くと、エレンは首を傾げる。
「よく考えたら俺、晩餐に着ていく服とか持ってないわ。エレンだけでも行ってきなよ」
「行きません」
頑なに拒否をするエレンにハヤトはおののく。
バトラーは鞄から封筒を出してエレンに渡した。
「エレン様。伯爵は本宅で貴女にお会いしたいと申されました。こんな機会はもう二度と無いかもしれません」
エレンは封筒をあけずにただ見ていた。バトラーはハヤトに言う。
「服は別宅にいらして頂ければ用意いたします。まあ、ハヤト様はニコラス様の子どもの頃のものになりますが。もし来られるなら、一刻前にはいらしてください」
そう言ってバトラーは車に乗って坂を上がっていった。エレンは湖を見たまま、しばらく立ち止まっていた。ハヤトは背中からそっと近寄り声を掛ける。
「エレン、どうして行きたくないのか教えてくれる?」
エレンは黙って首を横に振る。
「分かった。なら夕飯は家で取ろう。俺はデータの入れ換えをしてくるから、これから本宅に行ってくるけど、エレンはどうする? アパートにいる?」
「え……それは今日でないといけませんか?」
「ちょっと伯爵に聞きたいことがあるのでね」
「それは私と関係のある話ですか?」
ハヤトは首を横に振る。
「今やっている仕事の話だよ」
エレンはしばらく考えていた。
「私もついて行きます。伯爵はハヤトを狙っているので、危険があるので」
「そんな気配は無いよ? 伯爵は君の母親にしか興味が無いようだ」
「ついて行きます。私が本宅に入れるのなら、ずっと見張っていられますので、何かあれば伯爵を叩きます」
……前は会いたかった筈の父親が、退治すべき相手になってないか?
ハヤトは苦笑いしながら、エレンに手を伸ばした。
「じゃあ、これから二人で行こうか」
エレンはハヤトの手をがしっとつかんだ。
晩餐に出るつもりは無かったので、ラフな服装のまま本宅に入ると、使用人一同が二人を見に出てきた。
「エレンさま、お久しぶりです。乳母のアニーです。すっかり大きくなられて…」
エレンと使用人が話をしている傍ら、ハヤトは奥の部屋に入る。既に変換したディスクをラベルをつけて棚に並べ、今日持って帰るデータをバッグに入れた。
そうしていたら、入口から人が入って来たので振り向くと伯爵だった。
「エレンを連れて来たようだな。今日は泊まるのか?」
「いえ、これを取りに来ただけです。エレンは晩餐の招待を断っておりましたよ」
「成る程」
ハヤトはうーんと考えて話を切り出してみた。
「あの異国の言葉ですが、もしかしたらエレンが翻訳出来るのかもしれません」
「あの音声をエレンに聞かせたのか?」
「いえ、散歩中にうっかり口に出したら、難なく翻訳されました。フレイが言う、サーという名称はどうも神を示す言葉のようです」
伯爵は無表情のまま言う。
「だとしてもエレンに、あの音声を聞かせる気は無い」
……あ、そうなの。内容の解明よりも秘匿のほうが重要なのね。
「他に何か分かった事はあるか?」
「えっとですね。頻繁に出るラセスというのは打ち消しを意味するようです。なので、サーラセスなら神の不在、ハイメラセスなら家が無い。体が無いなら、ボメラセス。どうも、フレイと呼ばれる少女は、家も体も無いようですよ」
「それは、幽体だということか」
「そして迷子ですね。フレイが自分で言っているので間違いは無いかと」
「迷子か……」
伯爵はしばらく考えて、ハヤトを自室に招いた。伯爵は私室のさらに奥の部屋に入り、そこにあるパソコンをつける。
伯爵が開いたファイルには動画が詰め込められていて、それを開くと写真の部屋の黒髪の女が動いてしゃべっていた。
「あれは、音声だけではなく、映像もあるのか。しかし、イヤに不鮮明だな。画面全体にモザイクがかかっているみたいだ……」
ハヤトは画面サイズを小さくして、モザイクのブロックを小さくしてみる。
その映像には、東京で見た高層ビルのような高さの巨大な樹木がうつっていて、その根本にエレンの母親が座っているようだ。
「なんだこの樹……こんなに巨大な樹木がこの世界にあるのか?」
ハヤトが食い入るように映像を見ていると、その樹木の部屋の入口から、七色に輝く透明な鱗を纏った巨大なヘビが現れた。
「うわ……なんだこれ。特撮? CG?」
ハヤトが独り言を言うと、伯爵は「分からん」と答えた。
「分かる事は、この女が何百年もその樹木の下にいて、そこから動かないというだけだ。迷子というなら、迷っているようだな」
「何百年って、どこで分かります? 年代がわかる情報ありますっけ?」
ハヤトが覗くと、ハヤトは他のデータを再生した。
「どうもこの施設には、人が出入りするようだ。その人が、いくつも世代交代しているので百年は経過していると推測した」
ハヤトはボリボリと頭をかいた。
「映像があるなら早く言ってよ、ガラスみたいな音をずっと不思議に思っていたけど、このヘビが動いた音じゃん……」
「すまんな。そこまでお前を信用していなかった。この映像を見ると、作り事だと作業がなおざりになると思った」
……成る程。確かに実在する女の声の分析よりも、映画作品の翻訳のほうが気が抜けるね。
「なんか、この女が誘拐されて、帰る家がなく困っているのかとあせっていたよ。幽霊で、こんなファンタジー世界にいるなら助けようがないじゃん」
そう言うと、伯爵はハヤトの頭を杖で小突く。
「お前は助けようと思ったのか?」
「そりゃ思うよ。だってこの女エレンみたいだから。ずっと一人で、出られないとこのセシルという女? にぼやいてるだけだからね」
伯爵は画面に手を触れ、じっと画面に映る女を見ていた。
「……連れ戻せたら良いのだがな」
「戻すって、伯爵の奥方は死んでいるよ? 伯爵は奥さまの死亡を確認したんだよね?」
「妻は墓地に埋葬した。今思えば冷凍保存をすれば良かった」
……この伯爵、死体を動かす気がありそうだ。
ハヤトはゾンビ映画を思い出して苦笑した。
「ここまで明かしたついでに、データの出所も言ってしまおうか。このデータは、死人が見ている夢を映像にしたものだよ」
「……は?」
「心肺停止した、子どもの脳が見ている夢だ」
「え、夢を映像に出来るの? いや、脳? 脳って何だ?」
「献体された子どもの脳が出す微弱電波を解析したら、この映像が現れたと聞くが、私も詳細は知らない」
「……ふ、ふーん」
ハヤトはその言葉が全部理解できなかったので、判断を保留して記憶のたなにしまった。
「なんだ? 私が妻のことで嘘を言うと思うか?」
「知りませんよ、そこまで伯爵に詳しいわけではないので。あと俺は、この目で確認するまで情報は単なる言葉の羅列として宙に投げておくので、今それを信じる事を強要しないでください」
判断を保留すると言われて、伯爵は息を吐き出すように笑った。
「こっちは打ち明けるのに結構勇気が必要だったのだがな。イエスでもノーでもない、保留と言われて気が抜けたわ」
「いえ、だって今の映像が作り物でなかったら大変な発見だし、逆に作り物ならどうやってあの精巧なヘビを動かしているのかが気になりますね。まあ、嘘でも誠でもどっちでも俺はかまわないです」
「頭が固いと思っていたが、柔軟性がありすぎて逆に固く見えるようだ」
伯爵は笑って、ハヤトの頭をグリグリと撫でる。
「ええいやめい! 父も娘を人を撫でまわして。俺を撫でても頭はよくならんぞ?」
ハヤトが伯爵から逃げていたら、廊下からエレンの声が聞こえてきた。
「ハヤト? どこ?」
「あ、そういえばエレンを廊下に置いてきぼりにしてた。じゃあ、帰るわ。またな」
ハヤトがバックを持って廊下に出ると、裾の長めのワンピースを着たエレンがハヤトに駆け寄ってきた。
「おお、どこの姫君だって感じでとても良く似合ってるね、しかしディナーのお誘いは断ったと思っていたよ、着替えたと言うことは、食べていくのかな?」
「ハヤトがいない間に着せられました。どうやらバトラーは、ディナーの招待を断ったことをまだ告げてないようです」
「成る程ね。で、どうする? 食べていく? それとも帰って何か作る? エレンの好きにしていいよ」
エレンはどうするかきめあぐねて、しばらく動けずにいた。エレンがずっとハヤトの後ろを見ているので、振り向くと伯爵が立っていた。
「そうしていると妹のマリーが若返ったようだ。よく似合うよエレン。今日はもう帰るのか?」
エレンは何も答えずじっと父親を見ていた。
ハヤトはフーッと息を吐くと、エレンの肩を抱いた。
「何か言いたいことがあるのなら言いなさい。君が伯爵と話をする機会は二度とないかもしれないよ」
「……っ」
エレンは息をするのも忘れていたようで、そっと息を吸って、あの深呼吸を数回した。
「はっ、伯爵は、今まで私をいないものとしてありなさいと命じました。だから私はそう振る舞っていました。だからずっと私は貴方にとって、い、らない子どもなのだと思っており、ました…。なのに何故今になって、ハヤトが現れて、どこか母に似た人が現れたとたん、私を人として扱うのですか? そこまでしてハヤトが欲しいですか?」
エレンは息も絶え絶えに思いを吐ききり、はぁと肩を落とすのでハヤトは支えた。伯爵は何も言わずにじっとエレンを見ていた。
伯爵はフーッと大きく息を吐いて、フッと笑った。
「いないものとして振る舞えという言葉がそもそもの間違いだったな……すまないことをした」
それを聞くと、下を向いて目を閉じていたエレンが、ゆっくりと顔を上げる。
「ずっと、妻が死んだ理由を考えていたんだ……」
伯爵は、悲しそうに目を細めて、じっとエレンを見た。
「生死の土壇場で、あいつが自分の命よりも赤子の生存を選んだ事をずっと呪っていたよ。長い間私は誤解をしていた。本当に憎むべきなのは、医療に従事しながら妻を助けられなかった私自身だった。長い間お前を苦しめてすまない。もうこの罪は消えないが、お前たちの幸せを応援する形で償って行こうと思っている」
じっと伯爵を見ているエレンの目に涙がうかぶのをハヤトは見ていた。
「お前はもう自由だ。好きにしていい。まあ、ハヤトはまだ学生だし、十八になるまでは支援したいので出ていかないでほしいが、これからは出来る限りの償いをしていくつもりだ」
エレンの頬に涙が流れるのを見て、ハヤトはエレンの背中をそっと押した。
バランスを失ったエレンはよろよろと伯爵の方に歩き、伯爵に抱きしめられた。
「ずっと不義理をしてすまないね、もう隠れるのはやめにして、これからはお前の幸せを見つけなさい」
エレンの頭に、伯爵の大きな手が触れるのを感じて、今までエレンがずっと無いものとして封じてきた気持ちがドッと外に溢れだした。
エレンは堰を切ったように涙を流し、赤子のように大きな声をあげて気がすむまで泣いていた。
伯爵はエレンが泣いている間、ずっとその頭を撫でていた。