11、遊園地で踊ろう!
エレンが日本に遊びに来て二日目の朝、ハヤトは朝目が覚めてバトラーの部屋をノックすると、職業柄か既に起きて活動していた。
『妹に着替えを渡したいのですが』
バトラーは髭の手入れをしていた手を止めて、エレンの部屋のノックをして中に入っていった。
『お二人ともまだ寝ておられました。着替えは足元に置いてきました』
ハヤトは礼を告げて二人が起きるのを待っていたが、九時を過ぎても起きないのでドアの前で『遊園地、もう開いてるぞ』と呼び掛けると昴が急いで出てきた。
エレンはよっぽど疲れたのか起きる気配がない。ハヤトはバトラーから携帯電話を渡されて、二人で行ってこいと送り出された。
「今日は、昨日乗れなかったの全部のる!」
「それ並ぶやつばっかじゃん、三つにしぼれ」
パークの入り口にキャラクターが点在し、写真撮影を受け付けていたので、使い捨てのカメラを買って写真を撮っていたら、昴が声を掛けられた。
「えっ? 昴ちゃんじゃない? 偶然!」
振り向くと、昴の友達とその家族がいたので、ハヤトは挨拶をして昴と一緒に写真に入って貰った。
その子の父親と並んで写真を撮っていると、顔の事を誉められたので苦笑して流した。
「俺撮りますから、皆さん並んでください」
他所の家族に混じっても、大口を開けて笑う昴がハヤトは眩しく思えた。
……写真うつりがかわいいやつは、焼き増しして手元に置こう。
ハヤトは帰りの現像の算段をつけた。
「アトラクション、並ばないでいいのですか?」
ハヤトが聞くと、父親が大丈夫と胸を叩いた。
どうも、並ばずに整理券を取るシステムがあるらしい。その家族はここに何度も来ているようで、ハヤトは色々教えて貰った。
「ちなみに、並ばないでゆっくり座っていられるものってあります?」
ミュージカルやショーなどは移動がないと教えて貰う。しかしメインのショーの整理券は配布が終わっているらしく、常設の日に何度も開演するものを教えて貰った。
話を聞いていた昴がふくれて言う。
「隼人お疲れモードなの? 私並ぶよ! 何時間でも!」
「こっちは時差で死んでるんだよ。勘弁してくれよ……」
隼人は元気がありあまっている妹を見ないようにしていたら、入口からエレンが入ってきた。
『ハヤト!』
エレンが走ってくるので、ハヤトはハラハラしていたら、昴に過保護と笑われる。
「えー、昴ちゃん、お兄さん達のデートに紛れ込んでるの? じゃまものじゃない?」
晶子ちゃんの女の子っぽい指摘が胸に刺さって、ハヤトは冷や汗をかく。
「お兄さんたち、遠くからきたのでしょ? 昴ちゃんがじゃましたらかわいそうだよ!」
「えー、だって昴のほうがはやにいには会えないもの、昴ゆうせんでしょ!」
……昴ごめん、俺それ選べない。
隼人は冷や汗をかきながら、昴を見ていると、昴が折れた。
「ふん! 私、劇とか嫌だし! 乗り物乗るし!」
「じゃあ一緒にいこ、昴ちゃん!」
昴が友達家族についていく事になったので、隼人はさっき借りた携帯電話を昴に渡す。
「ランチ食べたら帰るからな? 土産は帰りがてら買うから」
と言って、昴の財布にお金を入れる。ジュース代金くらいだけどね。
跳び跳ねて手を振る昴を、隼人はカメラで一枚撮った。
『いいのですか? 妹さんと別れて』
『だって、あいつ何時間でも並ぶと言うから、俺は今眠い……』
『あら、夜眠れませんでした?』
『昴が気になっていたら夜が明けていました』
エレンはベンチを指して、座りますか? 寝ますか? と聞く。
『劇を見ているときに寝ようと思います、移動しましょう』
ゲートの外から二人を見ていたバトラーに、エレンは手を振った。
二人は入口の土産屋や、アートショップを冷やかしていた。エレンは写真屋で足を止める。そこにはキャラクターの仮装や、古い時代のドレスなどを着た客の写真が並んでいた。
『ドレスはパーティーを思い出しますね』
『あの白いドレスはよく似合っていましたね。おかげでダンスに気合が入りました』
『私の衣装と、ハヤトの気合いは関係がありますか?』
エレンが首を傾げるので、隼人は頷く。
『ほら、ダンスって、見る側からの美を探求するじゃないですか。体の動きとか、このドレスはこの角度で回ると綺麗。とか。なので、綺麗なエレンをどうしたらもっと綺麗にみせられるかを考えると、気合が入りますね』
さらっと綺麗と言われて、エレンは照れる。
『わ、私、体を動かす事ばかりを考えていて、見た側からの視線を気にしたことはありませんでした。ダンス、奥が深いですね』
『肉体表現ですからねぇ。太っても、筋肉がつきすぎても駄目だし体の調整も難しい……』
『そこまで考えてますの?』
エレンが驚くのでハヤトは苦笑した。
『好きなんで。ダンス。今でも成長期に夜更かしして、身長の伸びをさまたげたのを後悔しています。俺はもっと大きくなりたかった』
『ハヤト、大きくなってますよ、私に追い付いてます』
『でも、エレンがヒール履いたら抜かされる』
『そのときは、隼人もヒールを……』
二人で顔を見合わせてクスクス笑う。
『踊りたいですねぇ……』
エレンがしみじみと言うので、隼人は頷いた。
写真屋さんのショーウインドウの前で、二人はしばらく話していたら、声を掛けられる。
「あ、いたいた、探しましたよ!」
背中からエレンの肩を捕まれたので、隼人はその手をパンとはたくと、声を掛けた人が目を丸くして驚いた。
「あっ、あれ? 今日のショーに出る人ですよね?」
「……この人日本語分かりませんよ、人違いです」
威嚇しなが隼人が言うと、スタッフは平謝りした。
「間違えてすみません、今日のショーダンサーがまだ来ていなくて!」
「ダンス?」
ダンスと聞いて、隼人の目が光るのをエレンは見逃さなかった。
そのスタッフの話を聞くと、今日のショーのバックダンサーが遅刻してまだついていないらしい。
「どんな踊りですか?」
隼人が聞くと、舞踏会でメインキャラクターの後でワルツを踊るモブだと言う。
『どうしました? トラブルですか?』
『ショーでワルツを踊る人が足りないらしい』
『隼人は人をたすけますか? 私は踊りたいです』
率直に言われて、隼人は笑う。
『仰せのままに』
スタッフと交渉し、数あわせの目立たない位置で、躍りも簡単な構成にして貰い、ハヤトとエレンはダンスに参加することにした。
衣装を着せて貰った隼人は、他のダンサーに接触し、曲を聞かせてもらい、立ち位置や踊りの構成を聞く。今回は舞踏会のように、目立つわけには行かない。周囲に埋没出来るよう、ステップと構成を頭に叩き込んだ。
周りのスタッフがおお……。とどよめくので、振り向くと着替えを終えたエレンが立っていた。
地毛の一部をアップにして、残りの髪を巻いて顔の横に足らし、肩の露出したグリーンのドレスを着ていた。エレンの高い背と、美しく整った顔は周囲から浮いていた。
「目立つな……」
隼人が苦笑すると、「仮面があるから大丈夫」とスタッフに仮面を手渡される。隼人は目だけ隠れるきらびやかな仮面を被って鏡の前に立つ。エレンはハヤトを見て、クスクス笑っていた。
リハーサルを終えて、バックステージから二人並んでショーを見ていた。ショーは日本語なので内容はわからないのに、エレンの頬が緩んでいるのを見て、隼人はあきれた。
『緊張しませんか?』
『たのしいですよ、隼人がいますから』
エレンは頬を染めてフフッと微笑む。その顔がかわいくて、隼人の頬も緩んだ。
……俺がいれば楽しいらしい。
その一言が隼人の体の中心に染み込んで、内から力が沸いてくる。エレンが喜ぶなら何だってしてあげたい。その為なら俺は誰よりも強くなれる。
隼人は拳を握り、呼吸を整えた。
『今日の目的は、この前とは正反対、周囲に溶け込むことです。周りと息を合わせますよ』
『はい』
エレンは力強い眼差しでステージを見ていた。
メインキャラクターが舞踏会に到着する流れで、ダンサー達は踊りながら舞台にあがる。キャラクターの背後で、色とりどりのダンサーが華麗にワルツを踊って、舞踏会にいることを表現していた。
エレンは全く物怖じせず、舞台に溶け込んでいた。隼人は、この人の度胸は本当に凄いと思う。
……まあ、あのおっかない父親に口答えするんだから度胸はつくか。
いや、ショーに参加出来るなんてもう二度とないかもしれない。しかも相手は自分が世界で一番美しいと思う女性だ。この機会を楽しまないのはもったいない。
隼人は息を吸い込んで止める。
すると隣の赤い衣装のダンサーの心に触れる。
……なんだか今日はテンションあがるわ。
そうだね、ここはとても楽しい。
正面のキャラクターが思う。
……皆、楽しもう! 今日も盛り上がってくれよ!
上々! 望むところだ。
すると会場から、楽しい、綺麗、嬉しい。という想いが高波のように流れ込んできて、隼人は満面の笑顔になった。
周囲に溶け込む、空気に同調するのは、エレンにとっては難なく出来るようで、エレンも周りのテンションに合わせて笑顔になっていた。
……本当、この人は最高だよ!
会場のテンションがMAXになって、観客がキャラクターに拍手と称賛を贈る。その雨のように歓声がふりそそぐ中、隼人達は踊りながら舞台を降りた。
『ハァ、ハァ……』
客から見えない場所にくると、エレンは息を切らして笑っていた。
「おつかれー。飛び入りさんたち上手かったねー。つられてテンションあげちゃった」
「ねー、ずっと踊っていたいって思っちゃった」
他のダンサーが話しかけてくるので、隼人は「お疲れ様」と笑う。エレンが何を話したのかを聞くので、「楽しかった」と翻訳した。
そこで遅刻していたダンサーが到着したので、二人は挨拶をして衣装を返した。
『髪型は崩さないで貰いました。メイクはすごかったので落としましたけど』
『なんか、髪だけお姫さまですね』
『ミスマッチですか?』
隼人が笑うので、エレン少し膨れる。隼人は手を繋いでエレンを引っ張った。
『その髪に合う飾りでも探しましょう』
『はい!』
二人はショップに入り、花の髪飾りとリボンでエレンを飾る。ベンチでルージュを指すと、隼人の前には美しい女性が恥じらい気味に隼人を見ていた。
残ったリボンとアクセサリーを組み合わせてソーイングセットで縫い合わせ、キャラクターのコサージュにしていると、エレンがその手を覗いていた。隼人の膝からソーイングセットが落ちたので、エレンは拾ってまじまじと中身を見る。
『隼人は衣装や化粧に詳しいですね。お裁縫もとてもお上手です』
『アクセサリーや服は妹のせいだね。あいつに何度小物やバッグを作らされたか……』
『バッグも?』
『あー、スクールのバッグです。ランチボックスを入れたり、テキストを入れます』
バッグの形状をジェスチャーで説明していると、エレンが感心していた。
『隼人に出来ないことってありすか?』
『好きな人より大きくはなれませんね』
『……まあ』
エレンが目を丸くして驚く顔が可愛かったので、隼人が顔を寄せると、どこからか昴の声が聞こえた。
『見つけたー! お兄ちゃん達ショーに出てたでしょう!』
昴は人混みから飛び出て、兄に向かって駆け寄って来た。隼人はぱっとエレンから離れて、妹の前に悠然と立つ。
『なんのことかな? ショーは見ていたよ。素敵な舞踏会だったね』
『はやにいが見に行く筈だったのは人魚の話だもん、舞踏会はメインステージだけだよ!』
昴は向きを変えてエレンを指差す。
『あの髪型も! 朝は違ったもん。ぜーったいに出てた!』
『出てないよ?』
あくまでしらばっくれる兄を放置して、昴はエレンの隣に座った。
「エレン? だんす、ういず、はやと?」
昴の必死の英語に、エレンは「シュアー」と答えた。
「シュアーって、なに?」
知らない言葉で返事をされたので、昴は隼人に体当たりする。隼人はみぞおちをさすってうめいた。
「くっ。確かに、もちろん、だよ。全力で体当たりをするのはやめろ……うり坊って呼ぶぞ?」
「なにそれ?」
「前方に突撃するのが得意な動物だ」
「へー」
昴と話していると、昴と行動してくれた家族が近付いて来たので、隼人はペコリと礼をした。
「昴ちゃんのお兄さんダンサーさんでしたか? ショーに出ていましたよね? ビデオで撮影したので、今度昴ちゃんにデータを送る約束をしましたよ」
「……ゲッ」
………まさか、撮影をされていたとか。
昴がビデオを借りて、該当部分をエレンにみせていた。エレンの顔は見るからに赤くなっていったので、昴がからかって、ベンチに座っているエレンによじ登っていた。
隼人は昴の首根っこをつかんで、ビデオを晶子ちゃんの家族に返してお礼をする。
別れ際に、隼人はさっき作っていた熊のコサージュを晶子ちゃんにあげて、その家族とはそこでお別れをした。
「晶子ちゃん、また明日学校で!」
「またね! 昴ちゃん!」
隼人と昴は家族が見えなくなるまで手を振っていたが、姿が消えると昴が隼人の腕にぶら下がる。
「ずるい、晶子ちゃんだけかわいいのあげて! 昴のは?」
隼人はポケットからウサギを出した。
「やった! 昴、ウサギ大好き!」
「人のことをからかったり、よじ登る人にはあげられないかな? こーゆーのはおしとやかなレディがつけるものだし」
隼人が意地悪を言うと、昴は腕から離れてしおしおと大人しくなった。
「昴はおしとやかなレディですよ? はやにい」
「おにいさまだよ、スバルおじょうさま?」
隼人が顔を近付けて言うと、昴はうろたえた。
「お、おに、お、おにいちゃん……」
「うん。ギリギリラインでレディと認定します」
隼人が膝をついてコサージュを昴の胸にくっつけると、昴はくるりと回って優雅にスカートをつまむ。その姿を見て、隼人は眉間をつまんで鼻をすすり上げた。
「……いつかお前も彼氏とか出来るんだよなぁ……くそ、他の男に渡したくない……」
「はやにい、それパパみたいだよ、おじさんくさーい」
隼人は真顔になり、姿勢を正す。
「おじさんではないですよ」
「はやじい」
「やめてください」
久々の遊園地でテンション高くふざける兄妹を、エレンは笑って見ていた。