10、遊園地に行こう!
「都会のゆうえんちだー!」
遊園地の最寄り駅につくと、目の前にきらびやかなゲートが一行を出迎えた。
事前に駅で買ったチケットをもらって、奇声を上げて走っていく昴を、隼人はダッシュで追いかけて捕獲した。置いていかれたエレンは戸惑いながら走り、ゲートをくぐると「ようこそ」と歓迎される。
執事は旅の疲れが出ているらしく、駅で別れて、近くにあるホテルで留守番をすることになった。
妹を捕まえてエレンの所に戻って来た隼人は、道中購入したスニーカーをエレンに差し出した。
『エレンの靴だと疲れるよ、ここはとても広いんだ』
エレンが隼人と昴の靴を見ると、確かに走りやすそうなものだったので、エレンは素直に靴と靴下を履き替えた。
隼人はエレンの靴をリュックにいれると、入り口の店に寄って帽子を買う。
『あ、帽子はあります。大丈夫です』
断るエレンに、隼人は笑ってウサギの耳のカチューシャをつける。
『あら、日よけではないですね。耳を生やすための飾り……?』
エレンは鏡を見て納得する。小さな昴は猫の耳と、大きなリボンを頭につけていた。昴はニッと歯を見せて笑い、兄に向かってポーズを取る。その姿がとても可愛らしかったので、エレンは写真におさめた。
『決まったら買うよ、ちなみに仮装はドレスコードだからね』
そう言う隼人に、エレンは黒いウサギの耳と黒の蝶ネクタイを見せて笑う。
『ドレスコードですよ』
自分で言った手前、イヤだとは言えずに隼人はそれを購入した。
「広いな……」
意気込んで遠くの遊園地まで来たものの、初めて来た場所だったので、隼人はどこに行けばいいのか悩んで、その辺のスタッフから情報を集めた。
『昴が小さいので、早くて怖い乗り物には乗れませんが、大丈夫ですか?』
『怖いのは嫌ですよ』
そういって笑うエレンは、本当に美しくて隼人はぼうっとその顔を見ていた。それに昴が素早くツッコミを入れる。
「はやにぃ! そーゆーのは並んでいる間に出来るからね! ゴーよ、プリンセス、レッツゴー!」
昴の先導で、手当たり次第にすいているアトラクションを回るが、すいていてもどこも見ごたえがあって楽しかった。
「夢の国すげぇ……」
隼人は初めて見る別世界に感動して昴を抱き上げる。昴は兄の背中から頭によじ登り、肩に座ると喜んではしゃいでいた。
『ほらエレン』
空いた手をエレンに向けると、エレンは照れて隼人と手を繋いだ。
それを見た妹が、頭の上で笑う。
「君たちは新婚さんみたいだねぇ。ういういしいぞ」
「アホ、人が多いから迷子対策だよ」
妹は隼人の頭の上でキャハハと笑った。
昴がメリーゴーランドに乗りたいと言うので、隼人はベンチで見ていることにする。するとエレンも隼人と一緒にベンチに座った。
『あれ、空いてるように見えて三十分は待つよ、待つの平気? 何か買ってこようか?』
『食べ物はありますよ』
エレンは笑って、大きなケースに入ったポップコーンを差し出す。隼人はひとつ摘まむと、懐かしいと言って笑った。
二人は並んで座り、列を待つ昴を見ていた。
ガヤガヤとざわめく声と、遊具から流れる音楽を聞きながら、ふたりはしばらく黙っていた。隼人はフゥと息を吐いて呟くように言う。
『ごめん……あれからずっと会いに行っていなくて』
エレンはゆっくりと頷いた。
『バトラーから、父と隼人が喧嘩をしたと聞きました。実際は来なくて良かったです。私の父はロクデナシなので』
ろくでなしは日本語だったので、隼人が吹き出す。
『受験が終わるまで。を理由にしていたんだけど、終わってもやはり伯爵は許せないよ。だから俺はもう君の家には行かない』
エレンは何も言わず、ゆっくりと頷いた。
心は陰鬱としているのに、目に入る風景は穏やかで、目の前を通りすぎる人はみんな笑っている。隼人はこの場所でエレンに暗い顔をさせてしまい、申し訳なく思った。
『こんな所まで追ってきてスミマセン。驚いたでしょう……迷惑ではないですか?』
『迷惑かどうかは、妹を見てあげてよ。近くの遊園地じゃあの笑顔は見られなかったね』
見ている兄に気がついた昴が、ふざけて指でハートマークを作る。
妹を見て、あははと笑う隼人はまぶしくて、エレンは目を細めた。
『ここ、お金がかかるんだよ。宿泊もつくと特にね。家の稼ぎでは連れて来られないので、エレンが来てくれてたすかるよ、ありがと』
『どういたしまして』
エレンがそのまま黙るので、隼人はエレンの手を握った。
『伯爵から、喧嘩の理由を聞いた?』
エレンはイイエと首を横に振った。隼人は自嘲する。
『俺が子どもなだけだよ。起きてしまったことは、変えようがないとわかっているんだけどね』
『それは、私が母を殺した事と関係がありますか?』
隼人はエレンの手をギュッと握る。
『君は誰も殺してはいない。それだけはハッキリと言えるよ。君を産んだのは君の母親の切なる願いで、そこには何の罪も無い、エレン、君の誕生は祝福されている、間違っているのは伯爵なんだ』
何も言わずに目を伏せるエレンを見て、隼人は自分の言葉がエレンに届いていないと感じた。
『エレン、昴を見てやって』
順番が来たらしい昴が、馬に乗って二人に手を振っていた。
『あっ……』
エレンは急いで写真を取る。
『ね、何で写真取ってるの? それ誰のカメラ?』
『バトラーがそういったものだと言って、駅でこれを購入しました』
『あ、使い捨てカメラか……』
隼人はエレンからカメラを受けとると、ウサギの耳をつけているエレンをパチリと写した。
『あっ! なんてことを』
エレンは慌てて目に浮いていた涙を拭う。
『じゃあ次は予告をして撮るから、わらって、わらってー』
『いえ、私は撮影しますので!』
カメラを取り返そうとするエレンを、隼人は笑ってもう一枚撮影した。それを見たエレンは、頬を膨らまして怒る。
隼人はゴメンと謝りエレンにカメラを返すと、エレンはよろしい。と笑った。
メリーゴーランドから降りてきた昴がニヤニヤして隼人をつつく。
「君たち、仲いいねぇ……」
エレンが首を傾げるが、隼人は翻訳しなかった。
三人は人の流れについて行き、話題のアトラクションの列に並ぶ。
長蛇の列も三人でいると気にならなかった。
エレンは隼人と昴の会話を聞いているだけだったが、教えたがりの昴と、聞きたがりのエレンは良い組み合わせだった。
エレンは並びながら何を見ても感心して写真を撮るので、カメラはあっという間に使いきった。
「もー、植木とか撮っているからだよー」
昴が言うと、不満げな口調を察してエレンはソーリーと言う。隼人は妹の頭をペシッとはたいた。
「エレンのカメラでエレンが何を撮ろうと昴が文句を言うことではないよ」
「ふーんだ、ツーショットを撮ってあげようと思ってたのにさ」
昴がふてくされるので、その会話をエレンに解説したらエレンは笑って昴を撫でた。
「スバルは、やさしい、かわいい、です、よ」
「兄ちゃん! かわいいて! かわいい。やば、うれしい。もう死んでもいい……」
謎の感動をしている昴に、エレンはポップコーンを差し出した。
「あーん」
昴は躊躇せずにエレンが差し出すものを口に入れる。そして美味しいと喜んだ。
「よかったなぁ、昴」
二人の様子をニヤニヤして見ていると、エレンが真顔で隼人にポップコーンを向けてきた。
「げっ……」
……映画の悪夢再来。
隼人がどうするかためらっていると、エレンは無理矢理隼人の口にポップコーンを押し込んだ。
『美味しいでしょう、隼人。私これがしたくてポップコーンを買ったの』
『食べ物は自分が食べる目的で買ってくれ』
『あら、隼人も私と昴の為に色々買ってきたわ。私はそれを返しているだけ。悪くない』
『理詰めでぐうのねもでないよ……』
隼人が真っ赤になって横を向くと、隣の列の外人カップルが二人を見てウインクをした。
『がんばれよ、坊主!』
……英語圏の方に付き合いたてのカップルだと認識されました。
隼人は開き直って、知り合いがいないからいいやと、昴と同じようにエレンにも接した。
日がくれて、植え込みの隙間でパレードを待っている頃には、昴は疲れて寝てしまった。
シートの上に座っているエレンに、昴は膝枕をしてもらい、スウスウと寝息をたてている。隼人は寒そうだと、薄い毛布を買ってきて昴にかけた。
『エレンは寒くない? 大丈夫?』
エレンは昴の頭を撫でながら頷く。
『妹、かわいいですね。私、隼人の気持ち分かりました』
『えっ、何が?』
エレンはじっと隼人を見る。
『あなたが、妹のように私に接していたこと』
スウと、周りの雑音が消えて、隼人は呆然としてエレンを見る。
『ゴメン』
エレンは妹を撫でながら、フフッと笑った。
『悪いことはひとつもないです。きっと、スバルがいなかったら、あなたは私にかまわなかったし、私もあなたを認識しなかったでしょう』
『ごめん、意味が分からない』
エレンはキョトンとして、うーんと悩む。
『ハヤトが分からないはレアケースですね。言葉にしにくいこと、確かにありました』
……ダンスの話だな。と隼人は笑った。
『男女の恋愛と、家族愛は違うそうです。バトラーが言いました。ハヤトは私に家族愛を向けていたとも言われました』
『そうだね』
隼人は肯定する。
『妹がエレンの状況だったら、どんなに悲しむだろうといつも思っていたよ』
『ハヤトが私に向ける笑顔が優しいので、私はあなたなら、私の罪を打ち明けても大丈夫だと思いました。でも実際は違いました……』
『逃げ出して本当にすまない、でも伯爵に辟易しただけで、エレンに怒っているわけではないんだ。君のママが死んだのはエレンのせいじゃない。エレンは何も悪くない。それだけは本当に分かって欲しいよ』
エレンは首を横に振る。呪いが解けないのはあんな所にいるからだと、隼人は思った。
『エレン、君はシノザキになる気はないかい?』
『えっ、名前を変える事ですか?』
隼人は笑う。
『変わるのは名前だけじゃないよ。国籍も、住所も、環境も全く変わります。貧乏になります』
『貧乏……』
『俺はエレンに、スバルのいるあの家に入らないかと聞いているよ』
エレンはパチパチと瞬きをした。
『私、ハヤトの妹になれますか? それは良い話です』
それを聞いて隼人は困って笑う。
『エレンの保護者をうちの親にするのは無理だよ。妹ではなくて、俺の奥さんにならないかと言っている』
『ワイフ?』
『そう、妻だ、ワイフで正解』
エレンが呆けているので、隼人は補足する。
『でも、親の許可なく結婚するには、十八才を待たないといけないよ。日本に来るなら、俺は日本で働いていないとエレンの国籍をうつせないと思う。調べてないけど、たぶんね』
『はぁ……』
『俺が逃げ出したのは、エレンではなく伯爵のせいだよ。伯爵の無神経さと思惑に乗りたくないだけなので、エレンのせいではないと理解してね』
隼人には、伯爵が、伯爵と似ているもの全てを憎んでいるとは言えなかった。
『問題はね、せっかく入れた大学を蹴って日本で働くのは心と懐が痛いなーってこと。でも今から働かないと、エレンを養うことは出来ないからね。君はシノザキでも、伯爵の家でも好きな方で待っていてくれたら助かるよ』
未来の算段をする隼人の頭を、エレンは撫でる。
『君も、スバルにするように俺に接していないかい?』
『だってかわいいのだもの、仕方が無いことです』
そう言って笑うエレンが綺麗なので、隼人は黙って撫でられながらエレンの顔を見ていた。
『前にエレンは俺に、どうして気持ちに蓋をするかと聞いたね?』
『はい、気になったので聞きました』
『それはね、エレンが綺麗なので、妹だと理由をつけてその気持ちに蓋をしていました』
エレンは分からないと首を傾げる。
『初めて見たときに思ったのだけど、この人は何て綺麗なのだろうと。目を開けて、話してくれたらどんなに素敵なのだろうと思って、執拗にエレンの言葉を引き出していました』
『執拗に……』
『繰り返し、何度でも聞いたね? 今何を思っている? 何がほしい? と……』
エレンは頷く。
『私の声を待っていてくれたのは、ハヤトが最初の人でしたよ』
『それは無いよ。バトラーだってニコラス様だって、使用人だって君の声を聞きたいよ。だって君は心の中まで美しいから』
そう言うと、エレンはわずかに首を横に振った。
『美しくないです。私の心の中は汚い気持ちで一杯です。それを言わないために、私は口を開きませんでした』
『それはないな』
『あります。こう、モヤモヤドロドロした気持ちは沢山あります!』
隼人は笑って座り直す。
『問題なければ教えてよそれ』
『わらわないですか? 怒るのもダメですよ?』
『はいはい、どうぞ』
エレンは昴の頭を撫でながらポツリと言う。
『私もハヤトの肩に座りたい』
それを聞いた隼人は、飲んでいたジュースを吹き出した。ゲホゲホとむせる隼人の背中をエレンは撫でる。
『ゴメン、多分無理。スバルの重さで限界』
『ええ、分かっていますよ。私が大きいのがくやしいのです』
隼人は困った顔をして、うーんと頭を抱えた。
『困るのも禁止すればよかった……』
『君に困っているのではないよ、俺は俺に困っている』
『分かりません。私はいつも、ハヤトが誰かになにかをしているのをみて、うらやましいと妬んでいるのです。ギリシャ神話で言うと、ヘラです。恨み担当……。私はハヤトが誰にも優しくしないように、いつも呪っていますよ』
エレンが、手を組んで祈るように言うので、隼人は腹を抱えて笑う。
『それって、スバルもダメ? 俺はもうスバルに触らないほうがいいかな?』
『スバルはかわいいので特例にしましょう、私もスバルを撫でたいです』
『それは良かった』
隼人は笑って昴を撫でようとして、方向を変更してエレンを撫でた。
『かわいいかわいい』
昴にするようにエレンを撫でたが、エレンの顔が見るまに真っ赤に染まっていくので隼人は焦って手をどかした。
『ご、ごめんなさい。スバルさんのようにされるのは、思っていたよりもずっと恥ずかしい事でした!』
『その反応が一番困るよ……』
そう言って、隼人が背中を丸めて笑うので、エレンが困っていたら、膝の上の昴が突然しゃべった。
「早くちゅーしろよこのへたれ兄ぃ……」
隼人は真顔になり、手を開いて昴の顔をベチリとはたいた。
「ぎゃんっ!」
昴はぴょん! と、飛び起きて、叩かれた顔を手でさすった。
『ハヤトひどい……』
エレンが抗議するので、隼人はふんと横を向いた。
『妹が口汚い言葉を言うので罰しただけです』
エレンは真っ直ぐに隼人を見て言う。
「はやくちゅーしなさ、この……れ?」
隼人は両手でエレンの両頬をパチンと挟んだ。
『いたい……』
横を見ると、妹が毛布の上に寝転がって、ニヤニヤと二人を見ていた。
「昴、今の言葉を姫が城で言ったらどう思う?」
そう言うと、昴は慌ててエレンにその言葉だめ忘れろとすがりついた。
エレンは首を傾げて聞く。
『英語ではどんな意味が?』
『Please kiss me early!』
隼人はエレンの顔が赤くなるのを笑って見ていた。
「パレード来たよ!」
昴が歓声を上げて、目の前を通るきらびやかに光り輝く遊園地のキャラクターに、ブンブンと手を振る。
『キラキラですね、まぶしい……』
色とりどりの電飾が、エレンの瞳に映っているのを隼人は見た。
『見ましたか? 今、ハヤトのお耳と同じウサギが私に手を振りましたよ!』
エレンが頬を紅潮させて振り向くので、隼人はその顔に口を寄せた。
周りが皆パレードの喧騒に目を奪われているなかで、隼人だけはじっとエレンの横顔に見とれていた。
唇が触れたのは一瞬の事だったが、気持ちは通じたようで、その後二人は黙ってパレードを見ていた。
花火を見終えて、興奮しながらホテルに戻ると、執事と共に夕食をとった。
『バトラー、旅に出たときは一緒にご飯食べてくれませんでした。だから私、ハヤトの真似をして、辛抱強く言い聞かせました』
『脅迫……?』
隼人が執事に会釈をすると、執事は苦笑した。
部屋は兄妹と、エレン、バトラーは別だったが、昴がエレンにくっついて行ったので、隼人は妹が寝たら部屋に連れて帰ろうと、妹捕獲に乗り出したらバトラーもついてきた。
四人いたので、昴がバッグからトランプを出してポーカーをしたら、バトラーが独り勝ちをした。
昴がひどく悔しがるので、ババ抜きや大富豪に切り替えたらバトラーの知らない遊び方だったようで、昴が勝った。
後で聞いたら、昴に気をつかってわざと負けたらしい。
隼人はトランプ発祥の国の人と真剣勝負をするのはやめようと心に刻んだ。
昴が寝るまで、エレンの寝室の隣でバトラーと雑談をしていた。寝室が静かになったので確認したら、二人とも寝ていたけれど、昴がエレンにからみついていてはずれなかったので、隼人は妹の捕獲を諦めて、一人部屋で枕を抱いて寝た。
実在しない都会のゆうえんちですよ
ちーばくんの県じゃないですよ(ゲフンゲフン)