わりきれる物語、割りきれない物語、私はただその存在を知らしめたい。
「・・・ただいま。」
久しぶりに帰ってきた俺の部屋。
…相変わらず何もモノがない。
懐かしいベッドに、寝転がった。
…目の前には、懐かしい天井の風景。
「ああ・・・かえって来た。」
俺は、目を閉じ、ここに帰ってきた実感を、しみじみと噛み締めた。
およそ・・・80年前。
俺は、異世界へと旅立った。
お決まりのトラック激突パターンに、お決まりのチート獲得。
時折顔を出す、ご都合主義ど真ん中の神さまとの交流。
とにかく突っ走るタイプの暴走魔王に、業突く張りの権力者。
軽口を叩ける仲間に、いつも言い争いの絶えない仲間に、こいつほんとに仲間なのかよってくらいコミュニケーション取れないやつ。
エロイ展開にもって行きたかった女子に、エロイ事した女子に、微塵もエロスを感じたくない女子。
仲間から敵になったやつに、敵から仲間になったやつに、仲間にならなかった大勢の命を持つものたち。
俺の味方として生まれてきた子供達。
異世界の常識を身につけながら、俺は自身の常識を捨てきれず、異世界に新たな常識をいくつも放り込んだ。
お決まりの食料改革、お決まりの学び舎システム、お決まりの理想論。
すべての生有る者たちは平等です、それいいね。
すべての生有る者たちは平等に生きています、そうその通り。
すべての生有る者たちは平等に生きていなければならないのです、そうだけど。
平等という謳い文句に乗っかった、働きたくないものたちの暴走に巻き込まれたり。
平等という謳い文句に乗っかった、平等を仕切る立場に溺れたやつに目をつけられたり。
結局世界を混沌に陥れた魔王を消滅させたところで、世界ってのは平和にならなかったんだ。
結局人間ってのは、悪を身近に置かないと安心できないんだ。
結局なんだかんだと自分の正義を主張したくて、どこかに悪を見つけずにはいられないんだ。
人ってのは、実に悪だなあ。
人ってのは、実にめんどくさいなあ。
人ってのは、実に腹立たしい存在だなあ。
やけに俺の周りに敵が現れるようになり、俺はいつしか孤独になった。
やけに俺の周りに敵が現れなくなり、俺はたった一人で命を終えた。
終えた、はずだったのに。
18歳、高校の卒業式の帰り道。
俺は暴走したトラックにはねられて、世界を渡ったんだ。
毎日バイト三昧、生きていくだけで精一杯の日々から開放され、チートの恩恵に与かった。
実家を追い出されて、孤独しか知らない日々から開放され、仲間を得た。
多数に埋もれて、自分の意見がどこにも届かない日々から開放され、発言は認められるようになった。
俺は、俺のできることを、俺なりにがんばって、俺のしたいようにやってきた。
20歳を越えて、仲間を得た。
25歳を越えて、家族を得た。
30歳を越えて、ゆるぎない名声を得たはずだった。
35歳を越えて、敵が増え。
40歳を越えて、仲間が減り。
45歳を越えて、孤独になり。
50歳を越えてからは、ただ孤独に耐える日々が続いた。
55歳、たった一人で山に篭る日々が始まった。
60歳、たった一人で燃え盛る山から逃げ出した。
65歳、たった一人で洞窟に篭る日々が始まった。
70歳、たった一人で崩れる洞窟から逃げ出した。
75歳、たった一人で浮かぶ島に篭る日々が始まった。
80歳、たった一人で墜落する浮かぶ島から逃げ出した。
85歳、たった一人で異空間に篭る日々が始まった。
90歳、たった一人で崩壊した異空間から逃げ出した。
95歳になったとき、枯れ枝のような俺の体は屈強な体を持つものによって捕獲された。
捕獲されたというのに、俺は。
久々の人との交流に、夢を見ていたのだ。
交流は存在せず、後れを取った。
交流は存在せず、撃沈した。
力に縛られ、身動きすることすら儘ならず。
陣に縛られ、言葉を発することすら儘ならず。
理に縛られ、思考を広げることすら儘ならず。
100歳になることは叶わず、魔力の枯渇と共に命も枯渇し、朽ち果てるはずだった。
俺の亡骸が世界の器になった。
俺の亡骸を使って世界を回す事になった。
俺は、朽ちることすらできず、異世界で恥をさらし続けることになったのだ。
世界の器となった俺は、存在を神に変えた。
神に変わらざるを得なかった。
俺の器が世界であるならば、俺の器に入っていた俺の魂が神になるのは必然であったのだ。
俺は、神になってしまったのだ。
神になった俺は世界を消した。
俺の生きた世界を消した。
俺の仲間がいた世界を消した。
俺の敵がいた世界を消した。
俺が愛した人たちのいた世界を消した。
俺の知らない人たちを消した。
俺の知らない、悪いやつらを消した。
俺の知らない、いい人たちを消した。
俺の知らない、俺を知らない人たちを消した。
俺は、すべてを消して、無に還るはずだった。
・・・存在というのは。
無に返すことを、よしとしないのかもしれない。
世界が消えてしまうことは、おそらく、とてつもない、不都合が出るのだ。
不都合が起きてしまうことを良しとしない存在が、俺の生きた道筋を無に返した。
俺は、異世界に行くことはなく、この平和な世界で、これから生きてゆくのだ。
俺の生きた異世界は、俺が登場することなく、混沌の時代が続くのだ。
…ずいぶん昔に見慣れた、懐かしい天井をぼんやりと見つめながら思ったのは。
この平和な世界で、俺は平和に生きてゆけるのだろうかという事だった。
俺の知る、俺の歴史は、俺に平和な人生を送らせてはくれないだろう。
俺の知る、異世界の常識が、俺に平和な人生を送らせてはくれないだろう。
俺がかつて、異世界で自身の知識を使い世界を変えたように。
俺は、この世界で異世界の知識を使い世界を変えることもできるのだ。
だが、世界を変えたところで。
また、俺は、世界を消してしまうことになるのではないか。
解らない。
分からない。
わからない。
わかりたくないと思った。
わかる必要はないと思った。
だが。
俺は、どこで自分の道を誤ったのか、振り返ることが必要だと思ったのだ。
俺は、どこで間違えたのだろうか。
俺は、違う道を歩めたのかもしれない。
俺は、道筋を確かめるべきだ。
俺は、誰もいない自分の部屋で、たった一人で、文字を書き始めた。
俺は、自分の生きた道筋を、文字にすることにしたのだ。
文字は、やがて文章になり、物語になった。
物語は、長く続いた。
俺がこの部屋に戻ってくるところで、物語は終わった。
この部屋に戻った瞬間、俺の異世界転生のすべては消滅したのだ。
俺の異世界転生の物語の顛末は、世界が消滅したところで終わる、それでいい。
すべて書き終わった今、俺の体は枯れ枝のようになっている。
時間の流れを止める魔法は、己の中か己の外、どちらか一方の時間しか止める事ができない。
俺は、この平和な世界の時間の流れを止め、ただひたすらに文字を綴っていたのだ。
時間の流れないこの平和な世界の小さなアパートの一室で、俺の体は老いていった。
書き終えた物語を、はじめから読み返してみる。
…ずいぶん、長い、物語だ。
…ずいぶん、身勝手な、物語だ。
…ずいぶん、報われない、物語だ。
…時折、涙が出る、物語だ。
…時折、諦めざるを得ない、物語だ。
…時折、怒りが湧き出る、物語だ。
最後のページにたどり着いたとき、俺は立ち上がる気力すらむしり取られてしまった。
それほどまでに、この物語は、俺の物語は。
むなしさを残した。
無気力を生んだ。
俺に、残された時間は、ほとんど、ない。
俺に、残されたのは、この、かつての、物語だけだ。
この物語が繰り返されぬよう、願おうと、思うのだ。
俺の物語は、物語の世界にするべきだ。
俺の物語は、俺が生きた歴史の記録として残すべきではない。
俺がすべてを忘れたら、この物語は、ただの物語になれるのだ。
俺が、すべてを、忘れたら。
俺の書いた、俺の物語は、俺にとっては目を背けたくなるものだったが、誰かにとっては得るものがあるかもしれない。
・・・この物語を、平和な世界の片隅に、そっと残してゆこう。
いつか、生まれた俺が、物語を目にすることがあるかもしれない。
いつか、生まれた俺が、何かを思うかもしれない。
いつか、生まれた俺が、何かを得るかもしれない。
333333333文字の物語。
平和な世界で、平凡に生きる、いつかの自分に思いを馳せて。
俺は、魂から、刻まれたものを根こそぎ消しさり。
目を、閉じた。