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ショートショート12月~

わりきれる物語、割りきれない物語、私はただその存在を知らしめたい。

作者: たかさば

「・・・ただいま。」


久しぶりに帰ってきた俺の部屋。

…相変わらず何もモノがない。


懐かしいベッドに、寝転がった。

…目の前には、懐かしい天井の風景。


「ああ・・・かえって来た。」


俺は、目を閉じ、ここに帰ってきた実感を、しみじみと噛み締めた。




およそ・・・80年前。

俺は、異世界へと旅立った。


お決まりのトラック激突パターンに、お決まりのチート獲得。


時折顔を出す、ご都合主義ど真ん中の神さまとの交流。


とにかく突っ走るタイプの暴走魔王に、業突く張りの権力者。


軽口を叩ける仲間に、いつも言い争いの絶えない仲間に、こいつほんとに仲間なのかよってくらいコミュニケーション取れないやつ。


エロイ展開にもって行きたかった女子に、エロイ事した女子に、微塵もエロスを感じたくない女子。


仲間から敵になったやつに、敵から仲間になったやつに、仲間にならなかった大勢の命を持つものたち(モブ)


俺の味方として生まれてきた子供達。


異世界の常識を身につけながら、俺は自身の常識を捨てきれず、異世界に新たな常識をいくつも放り込んだ。


お決まりの食料改革、お決まりの学び舎システム、お決まりの理想論。


すべての生有る者たちは平等です、それいいね。

すべての生有る者たちは平等に生きています、そうその通り。

すべての生有る者たちは平等に生きていなければならないのです、そうだけど。


平等という謳い文句に乗っかった、働きたくないものたちの暴走に巻き込まれたり。

平等という謳い文句に乗っかった、平等を仕切る立場に溺れたやつに目をつけられたり。


結局世界を混沌に陥れた魔王を消滅させたところで、世界ってのは平和にならなかったんだ。

結局人間ってのは、悪を身近に置かないと安心できないんだ。

結局なんだかんだと自分の正義を主張したくて、どこかに悪を見つけずにはいられないんだ。


人ってのは、実に悪だなあ。


人ってのは、実にめんどくさいなあ。


人ってのは、実に腹立たしい存在だなあ。


やけに俺の周りに敵が現れるようになり、俺はいつしか孤独になった。

やけに俺の周りに敵が現れなくなり、俺はたった一人で命を終えた。



終えた、はずだったのに。



18歳、高校の卒業式の帰り道。

俺は暴走したトラックにはねられて、世界を渡ったんだ。


毎日バイト三昧、生きていくだけで精一杯の日々から開放され、チートの恩恵に与かった。

実家を追い出されて、孤独しか知らない日々から開放され、仲間を得た。

多数に埋もれて、自分の意見がどこにも届かない日々から開放され、発言は認められるようになった。


俺は、俺のできることを、俺なりにがんばって、俺のしたいようにやってきた。


20歳を越えて、仲間を得た。

25歳を越えて、家族を得た。

30歳を越えて、ゆるぎない名声を得たはずだった。


35歳を越えて、敵が増え。

40歳を越えて、仲間が減り。

45歳を越えて、孤独になり。


50歳を越えてからは、ただ孤独に耐える日々が続いた。


55歳、たった一人で山に篭る日々が始まった。

60歳、たった一人で燃え盛る山から逃げ出した。

65歳、たった一人で洞窟に篭る日々が始まった。

70歳、たった一人で崩れる洞窟から逃げ出した。

75歳、たった一人で浮かぶ島に篭る日々が始まった。

80歳、たった一人で墜落する浮かぶ島から逃げ出した。

85歳、たった一人で異空間に篭る日々が始まった。

90歳、たった一人で崩壊した異空間から逃げ出した。


95歳になったとき、枯れ枝のような俺の体は屈強な体を持つものによって捕獲された。


捕獲されたというのに、俺は。


久々の人との交流に、夢を見ていたのだ。


交流は存在せず、後れを取った。

交流は存在せず、撃沈した。


力に縛られ、身動きすることすら儘ならず。

陣に縛られ、言葉を発することすら儘ならず。

理に縛られ、思考を広げることすら儘ならず。


100歳になることは叶わず、魔力の枯渇と共に命も枯渇し、朽ち果てるはずだった。


俺の亡骸が世界の器になった。

俺の亡骸を使って世界を回す事になった。


俺は、朽ちることすらできず、異世界で恥をさらし続けることになったのだ。


世界の器となった俺は、存在を神に変えた。

神に変わらざるを得なかった。


俺の器が世界であるならば、俺の器に入っていた俺の魂が神になるのは必然であったのだ。


俺は、神になってしまったのだ。


神になった俺は世界を消した。


俺の生きた世界を消した。

俺の仲間がいた世界を消した。

俺の敵がいた世界を消した。

俺が愛した人たちのいた世界を消した。


俺の知らない人たちを消した。

俺の知らない、悪いやつらを消した。

俺の知らない、いい人たちを消した。

俺の知らない、俺を知らない人たちを消した。


俺は、すべてを消して、無に還るはずだった。




・・・存在というのは。

無に返すことを、よしとしないのかもしれない。


世界が消えてしまうことは、おそらく、とてつもない、不都合が出るのだ。


不都合が起きてしまうことを良しとしない存在が、俺の生きた道筋を無に返した。


俺は、異世界に行くことはなく、この平和な世界で、これから生きてゆくのだ。

俺の生きた異世界は、俺が登場することなく、混沌の時代が続くのだ。




…ずいぶん昔に見慣れた、懐かしい天井をぼんやりと見つめながら思ったのは。


この平和な世界で、俺は平和に生きてゆけるのだろうかという事だった。


俺の知る、俺の歴史は、俺に平和な人生を送らせてはくれないだろう。

俺の知る、異世界の常識が、俺に平和な人生を送らせてはくれないだろう。


俺がかつて、異世界で自身の知識を使い世界を変えたように。

俺は、この世界で異世界の知識を使い世界を変えることもできるのだ。


だが、世界を変えたところで。


また、俺は、世界を消してしまうことになるのではないか。


解らない。

分からない。

わからない。


わかりたくないと思った。

わかる必要はないと思った。


だが。


俺は、どこで自分の道を誤ったのか、振り返ることが必要だと思ったのだ。


俺は、どこで間違えたのだろうか。

俺は、違う道を歩めたのかもしれない。

俺は、道筋を確かめるべきだ。


俺は、誰もいない自分の部屋で、たった一人で、文字を書き始めた。


俺は、自分の生きた道筋を、文字にすることにしたのだ。


文字は、やがて文章になり、物語になった。


物語は、長く続いた。


俺がこの部屋に戻ってくるところで、物語は終わった。


この部屋に戻った瞬間、俺の異世界転生のすべては消滅したのだ。

俺の異世界転生の物語の顛末は、世界が消滅したところで終わる、それでいい。




すべて書き終わった今、俺の体は枯れ枝のようになっている。


時間の流れを止める魔法は、己の中か己の外、どちらか一方の時間しか止める事ができない。

俺は、この平和な世界の時間の流れを止め、ただひたすらに文字を綴っていたのだ。

時間の流れないこの平和な世界の小さなアパートの一室で、俺の体は老いていった。


書き終えた物語を、はじめから読み返してみる。


…ずいぶん、長い、物語だ。

…ずいぶん、身勝手な、物語だ。

…ずいぶん、報われない、物語だ。


…時折、涙が出る、物語だ。

…時折、諦めざるを得ない、物語だ。

…時折、怒りが湧き出る、物語だ。


最後のページにたどり着いたとき、俺は立ち上がる気力すらむしり取られてしまった。


それほどまでに、この物語は、俺の物語は。


むなしさを残した。

無気力を生んだ。


俺に、残された時間は、ほとんど、ない。

俺に、残されたのは、この、かつての、物語だけだ。


この物語が繰り返されぬよう、願おうと、思うのだ。


俺の物語は、物語の世界にするべきだ。

俺の物語は、俺が生きた歴史の記録として残すべきではない。


俺がすべてを忘れたら、この物語は、ただの物語になれるのだ。


俺が、すべてを、忘れたら。




俺の書いた、俺の物語は、俺にとっては目を背けたくなるものだったが、誰かにとっては得るものがあるかもしれない。


・・・この物語を、平和な世界の片隅に、そっと残してゆこう。


いつか、生まれた俺が、物語を目にすることがあるかもしれない。

いつか、生まれた俺が、何かを思うかもしれない。

いつか、生まれた俺が、何かを得るかもしれない。


333333333文字の物語。




平和な世界で、平凡に生きる、いつかの自分に思いを馳せて。


俺は、魂から、刻まれたものを根こそぎ消しさり。


目を、閉じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] あら、いつのまにか壮大な物語に発展しているパターン。 序盤は普通だったのに。気が付いたら神ですよ。 神、いや作家。いや錯覚……(笑)。<ーププぅ!
[良い点] ぴったり3,333文字! すごいです!! 途中の出世ぶりにはビックリしましたが、にも関わらずメンタルはどんどん不幸になっていくところが、もう……(涙) けど物語を書いたことで主人公も少し…
[良い点] 安定のパワー。ありがとうございます。 [気になる点] 億かぁ。なろう小説の総文字数くらいかもしれない。 [一言] へたれめ。 謎宗教や催眠音波で全人類を洗脳してやれば平和になるかですよw …
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