助言
それから、1週間。1か月。3か月。進展はなかった。そろそろ年の瀬というころには、さすがに学校の連中には心配が伝染していたりもしたが、当方はだるさを除いては今のところ特に問題はないので暇だな、と思いながらけん玉をして過ごしていた。
あとは病院内にも、少しずつ知り合いができていった。別に自分は急を要する病人ではないので、常に点滴がついてるわけでも車いすなわけでもない。ふらふらと病院内を探検して、将棋を一緒にやる爺さんや一緒に折り紙を折る幼女や一緒にけん玉をやるおじさんなど、パーティを増やしていた。
年が明けて、家族が新年挨拶に来て、先生はこの1年でしっかりと~なんて話を進めていた。本人の 体調は上向いているので、その点を推して行きましょうというところだ。家族も自分も少し安心した。
看護師さんともよく話すので、さすがに院内に勤めている人の話は出ないが患者さんの話をよく聞くようになった。中でも看護師さん方が口をそろえて困っているという雰囲気なのが、自分と同じ年位の女の子で、心臓に病を抱えている子だという。どうしても手術を受けるのが怖いといって、進展がないそうだ。だが、病気は待ってはくれない。刻々と、彼女は病気にむしばまれているという。怖い話みたいだな。「今度話をしてみようかな。」というと、看護師さんは病室を教えてくれた。ガバガバだなこの病院。
次の検査が終わったら、行ってみよう。
そして次の検査が終わり、妙に容体が芳しくない。だるさが戻ってきた。まあ、長い目でという話もあったし、こんな時もあるさ。例の病室へ行ってみようかな。
その病室へ向かうと、何やら豪華な階だった。すっげ。聞いていた号室の前に立って、ノックをする。
だが待て、これって結構不信では?知らない男が急に部屋をノックして、入ってまず何を言えばいいんだ?同じ患者です~なんて不謹慎だし、身の上から自己紹介してもなんかおかしいし…でももうノックしちゃったよ~何やってんだこりゃ…などと考え、とりあえず今回はなかったことにして、帰ろう。そんなことを館得ていると、後方から声がかかった。
「あの、」
少し驚いたが、ここは平静を装って
「ああ、俺は東。よろしくね。」
とってつけたように返答をした。続けて「俺もここで入院してるんだ。今はまあ、他、探検中?暇でさ。」
と取り繕うことにした。
話を聞いてみると、噂の例の子だ。どうやら本当に手術をするのが怖いらしい。まあ、手術が怖くない人なんていないよね。俺も怖いよ。そんな話をして、彼女の定期検査の時間が来たので戻ることにした。
「あれ、そういえば君、名前は?」
「私は倉橋和って言います。またお話聞いてくださいね。」
今日はまた俯瞰で見るタイプの夢を見た。下校中か?夕方っぽいセピアカラーで自分と姉と怜と、今日あった倉橋さんがなぜか並んで歩いている。まあ夢だし、並ぶこともあるわな。
「姉ちゃんさん、大学はもう決まったんすか?」
怜がいう。
「センター試験の出来は良かったから、これで結果待ちだよ。2月にはいれば合否がぼちぼちわかってくると思う!」
「キャンパスライフっすよ、いいですね~」
「怜君だって勉強頑張ればそこそこキャンパスライフできるっしょー。悠と一緒の大学行きなよ!」
「悠ちゃんも頭悪くないからな~。そこまではちょっとね。」
夢の中の自分が答える。
「怜だって学校さぼんなきゃいけるだろ。」
「って悠ちゃんだって俺と一緒にさぼってるじゃんね!なんでやねん!」
そんなやり取りを見て、クスクスと笑う倉橋さん。夢の中とはいえナチュラルに溶け込んでるなあ。
ああ、いいなあ。元気なら、こんな生活も、できたのかもしれない。
起きた。朝。眠い。だるい。あれ?ちょっと待ちな。これはちょっとまずい感じの奴じゃね?
たまらずナースコールに手を伸ばす、まずい。届けやコラ!
起きたら、管だらけになっていた。丸1日はこうしていたようだ。姉が隣で寝ている。あー、びっくりした。ベタな奴、来たな。本当にあんな感じになるんだな。姉を起こす。
「おはよう、姉ちゃん。」
「お、おおおおお!大丈夫!?心配したよーほんとにもう!」泣きながらそういう姉の頭をなで、ごめんごめんとつぶやいた。そして、ふと思い出した。
「そういえばこんな時期だけど、姉ちゃん受験は?」
少し間をおいた。この間の置き方は、真面目に話をするにあたって脳内でカンペを作っているときの間だ。
「んー、とりあえず私は1年浪人することにしたよ。もう1年勉強ができれば、もっといいところに行けるかもって思って。それで、とりあえず、浪人。ニート?ふっふっふっ。」
特に含みはないように思えた。本当は自分のことで勉強どころではなかったと思われる。俺を本人のせいだと声を荒げたり不幸を嘆いたりしないのがこの姉の出来たところだ。差金、実際にそう考えていないので、新しい道を前向きに進めるタイプだ。うらやましい。
姉にお礼を言い、今度はプリン買ってくるから一緒に食べようねと、機嫌よさげに帰っていった。自分の状況も伝えられたから、すっきりしているんだろな。すまない。姉ちゃん。
とりあえず管がなくなるまで、安静だな、こりゃ。
翌日、容体もとい体調が悪くなくなってきたなというタイミングで、主治医がやってきた。両親もいる。
「悠さん。よく聞いてください。あなたの容体は、正直かなりよろしくありません。」
まあ、そんな気はしていたよ。それで、いつか死ぬんですか?そう聞くと
「余命、というには少し違いますが、1年以降の生存確率はかなり低くなります。」
喰いしばったように、先生は告げた。まあ、そんな気はしていたよ。
「わかりました。」
わかったってなんだ!と両親が大声で怒鳴り、泣く。やめてくれよ。怒鳴りたいのも、泣きたいのも俺だろう。
先生や看護師が落ちつけながら、話は終わった。そうかー。1年くらいで死んじまうのか俺は。
夕方姉と怜が駆け込んできて、もう目の前の俺は死んでいるのでは?というくらいに泣いてた。すごい泣いてた。怜もうちの両親から直接聞いたようだ。信頼のできる幼馴染枠を無事守ったんだな、こいつは。
二人が帰って、俺は考えた。ここはひとつ前向きにいないとな。とはいえ怖いものは怖い。俺だって初めての人生だ。一回きりの人生。いつか死ぬとはいえ、それが迫ってきてるというと怖いに決まってる。でも前向きに。何かできるとは~何かできることは~。
一休さんのようなポーズで考えたふりをしていると、ドアがノックされた。どうぞというと、一人の女性が入ってきた。
「東さん…大丈夫ですか?」
入ってきたのは倉橋さんだった。「大丈夫も何も、そういうことが起こりうるのが病院でしょ」心配しないでと伝えるも、倉橋さんはとてもおどけてみていられるような顔ではなかった。
「わ、私は」
そういえば、この子は手術が怖いと言っていたな。
「手術を受ければ治るかもしれないんでしょう?だったらさ、がんばって手術しようよ。俺も応援するからさ。」
そういうと
「で、でも手術は怖いです。」
押し問答だな。しかたない。
「俺は、つい最近まで健康健全優良児だった。なのに、ある日風邪が長引いて、そして今日のことだけどついに来年くらいには死ぬって言われちゃったよ。」
あくまでおどける調子を崩さずに言った。言ったつもりだ。
「俺はどうやら手術や投薬でどうにかなるわけでもないみたいで、あとはゆっくり死ぬまで待つだけだ。でも倉橋さんは違うでしょう。手術をして、治る見込みがあるのなら、それは絶対に頑張ろうよ。」
倉橋さんは目を潤わせた。いかん、言い過ぎた。そりゃそうだ。つい最近会った奴が、俺はもう死ぬけどお前は生きろよって、捉え方によってはストーカーの死ぬ死ぬ詐欺みたいなもんだ。まあ恋人ではないけど。
「私も、どろくしてみます!」
なんて言っているのわからない。たぶん努力するって言ったんだろうか。
「いつでも話し相手になるよ。俺は倉橋さんの病気は治せないけど、話し相手くらいにはなれる。」
倉橋さんは泣きながら「ありがとう」と言い残して、部屋を去った。心配してきてくれたのに、なんだろう。申し訳ないことをしたかな。