ゆめうつつ
朝起きると、すごく嫌な汗をかいていた。おそらく寝苦しかったのだろう。おそらくというのは寝ているときに何かしら夢を見ても朝起きると覚えていないためだ。確かおとといもそんな感じだったな。ひとまずリビングに降りて朝食を食べる。
「姉ちゃんは?」
「今日は部活だからって、もう行ったわよ。」
はいよー、と返事をして、身支度を済ませて
「いってきまーす」
いつものように登校した。
途中で、怜と落ち合ういつもの通りまで来た。奴はもう待っていたようだ。紙パックのジュースを飲みながら
「おーおはよう。今日は何するべ。」
「そうだな、今日は特段やることないしなあ。」
「残りのテストは返ってくる!」
「嫌なイベントを発するなよ。いやだなあ。」
「あ、今日はこんなものを持ってきたぜ。面白そうだろ?」
「けん玉じゃん…」
けん玉なんてつまんねーよーなどと話しながら、教室までついた。
そのあとは、普通にテストが返ってきて、うるさいクラスはよりうるさくなりながら、続けて授業を始める科目もあるし、自習という名の自由時間にする教員もいるし、よくあるテスト明けの1日だ。
放課後。テストは散々だった。俺も怜もそうだったので、傷のなめあいである。
「そういえば、倉橋さんは休みなのか?」
そう聞くと、怜は「んー?休みなんじゃね?」と生返事で返してくるので
「登校2日目から休みなんてなあ。テストは受けてたみたいだけど。」
「んー?ちょいちょい。」
怜が尋ねる。
「さっきから珍しく気にしてるけど」
「別に熱心にはなってないぞ!?転校してすぐだからどうしたんだろうって思っただけだ。」
怜ははえーと息をついて
「その倉橋さんってのは誰さ。」
俺はこいつもなかなかひどい冗談をいうもんだと「何言ってんだ。昨日転校生が来ただろう。」と特に面白い突込みでもなく普通に返すと
「転校生なんて来てねーだろがい!何真顔で変な嘘ついてんのさ~。悠ちゃん珍しい~。」
転校生が来たの覚えてないのか!?と勢い余っていうと、クラス内からも返答が返ってきた。
「転校生なんてきてないじゃん。」「悠君もうエイプリルフールは終わったよ?」「東の頭がおかしくなった…」と様々だ。
クラス全員が壮大なドッキリを仕掛けている可能性も捨てきれないが、本気の顔、というか隠している顔をしていない。嘘をつくと顔が赤くなるあいつも、ニヤケ面になるそいつもみんな普通の顔だ。
まずい、落ち着け。夢なのか?初日二日目に感じた違和感は本物なのか?どちらにしても今の状況としては芳しくない。とりあえず冗談だったことにしてこの場をやり過ごそう。
「いや、転校生来たらいいなって。な?よくない?」
たしかになー!と盛り上がる。話題提供者となれたようだ。クラスのはじかれ者でなくてよかったと心から感じた瞬間である。
しかしおかしい。転校生は、確かに来たよな?昨日。
これはいよいよ、何かおかしなことに巻き込まれたのかもしれない。いや、この二日間は夢だった可能性も捨てきれないが、連日夢だったのかもと考えている自分にも辟易する。この物語の主人公は、いったい誰なんだろう。俺?まさかな。
帰りは怜の持ってきたけん玉で遊びながら帰った。ていうか、改まって考えるがなんでけん玉なんだよ。
「なんでけん玉なんだよ。もっとあっただろう。ゲームとか。」
「けん玉をクラスで流行らせたい。それだけだ。」
カッコつけて言うな。かっこよくない。
「よーし、じゃあ明日からもけん玉頑張ってはやらせていこうぜ!」
怜はそう残して、そこの曲がり角を曲がった。
そのあとは何ということなく帰宅した。夕飯はカレーうどんだった。遅くに部活から帰った姉が何やら盛り上がっていたが、疲れのせいか頭には入ってこなかった。
翌日、目が覚めて、やたらすっきり起きていたので朝食を摂り、姉と登校した。思わず俺は姉にこの一件を話してみた。
「昨日変なことがあってな。昨日姉ちゃんは部活だったろ?だから直接話してないんだけど。昨日1日は転校生がいなかったんだよ。」
「何?休んでたってこと?」
違う、そうじゃない。
「俺だけが転校生の子のことを認識していて、クラスのほかの連中は全く知らなかったんだよ。怜もその反応でさ。夢でも見てるのかと思ったよ。」
姉はゆっくりと考えたふりをして、書けてもいないのに眼鏡を上げる動作をして
「私は名探偵なんだが、私の推理によると…おそらく君は夢を見てそれを錯覚しているのではないかな?」
つまり、と姉は続けて
「悠はずいぶんとリアルな夢を見て、現実と区別がつかなくなってしまったんだね。大丈夫。この世界はきっと現実だよ。安心したまえ、ワトソン君。」
ふっふっふと言いながら、姉の名推理タイムは終わった。
つまり最初から転校生などいなかった…?
「それで、転校生の子はどうなの?相変わらずかわいい?倉橋ちゃんだっけ?」
「姉ちゃん転校生のこと覚えてるの?」
姉は笑いながら
「当たり前でしょ。かわいいし、頭もいいし。返ってきたテストの点数全部満点だったみたいだし。」
すごいな、転校生。って、そうではない。
「ほら見ろ。こちらの世界が現実なのだよ。ワトソン君。」
そういって昇降口に差し掛かった。
おはよーと教室に入ると、普通にいた。転校生いた。めっちゃいる。一人しかいないけど。席に着くと彼女がやってきて。
「おはようございます。」
と丁寧にあいさつをしてくれた。
「あ、おはよう。」
できるだけ普通に接してみないと俺が変な奴みたいだから、と逆に取り繕う感じになってしまっていないか不安に思いつつも平凡な挨拶をした。何か言うことはあるかなと探していると
「おっはよー!和ちゃんもおはよう!」
「おはようございます。」
「今日もかわいいね!」
そう怜が続けると、ありがとうございますとお礼を言って、席に戻っていった。
「なんで悠ちゃんのところに行ったんだ?まさか気があるのでは…?」
わなわなと震えながら、次の瞬間にはくそー!と叫んで教室の外へ出て行ってしまった。なんなんだ。
授業が始まった。
放課後になっても、怜は姿を見せなかった。さぼったな。すると後ろから「あの、少しいいですか?」と声がかかったので振り返ってみると彼女がいた。
「よかったら、その、一緒に下校を付き合ってもらえますか?」
「かえるぞー!わが弟よ!」
なんて?誰かがすごい勢いでかぶさってきた。ひどいタイミングだ。
「ちょっとまってね。」
俺はそういうと、入口の迷惑な奴を手招きした。ヅカヅカと入ってきたのはおなじみ姉である。
「今日は駄菓子屋によって行こうよ。あ、転校生ちゃんも来る?」
「迷惑だろう。」
「いえ、ご一緒させてください!」
元気な声色でそう発声するは倉橋さん。なんでだ。そしてなんで駄菓子屋なんだ。確かにイ〇ンとかないけどさ。
「いえーい!じゃあ一緒に帰りましょ。今日はブタメンを食べるわ。」
そんなしなくてもいい宣言をしながら、うるさいのを追い出すように教室を出た。
下校中、駄菓子屋に寄り道をして、帰路についている。
「私、駄菓子屋さんは初めてです。面白いところですね。」
倉橋さんはそう言いながらモロッコヨーグルをちびちびと食べていた。姉は
「駄菓子屋さんに行ったことがないなんて…さてはあなた、お嬢様ね!しかも都会の!都会のお嬢様だー!」
そんなことはないですと微笑みながら「でも、こういうのは初めてなんです」と嬉しそうに続けた。
「楽しかったなら何よりだよ。こんなうるさいのがいてすまなかったね。」
「いえ、そんなことはないです!うれしいです。」
何してもうれしいのかなーこの子は。幸せな子だ。などと考えつつふらふら歩いていると、
「ニヤニヤ」
姉がニヤニヤしていた。なんでニヤニヤしてるの、この人。
日もだいぶ暮れてきたので、解散とした。倉橋さんは駄菓子屋まで迎えが来るそうだ。
「いやあ、いい子だねー転校生ちゃんは。」
「ほんとだねー。それに比べて姉ちゃんときたらねー。」
「なんだよ。なんか悪いところあるか?」
「それより今日の夕飯はなんだろうね。」
そう聞くと、姉は
「たしか…今日はカレーじゃない?ママが言ってたよ。」
えっ…ええ…
「昨日カレーうどん食ったじゃない。またカレーになるの?しかもカレーライス。カレーやり直しなの?なんで?」
カレーに飽きた俺は悪態をついた。
「何言ってるの。今月まだカレー食べてないじゃん。学食の話?」
変なのーと笑いながら、姉は先を歩く。
なにかおかしいよなあ。相変わらず。カレー飽きたなあ…
夕飯は、カレーライスだった。