夢
「ただいまー」
「はーい、お帰りなさい。今日の夕飯はカレーよ」
「はいよー。ん?」
今日の朝の会話を思い出した。なあなあに返答していたが、確か今日母の帰りは遅いから、冷蔵庫のおかずを温めろと言われていたような…
「母さん、今日遅いんじゃなかったっけ?」
と何の気なしに聞いてみたが
「何言ってるの。特に用事なんかないわよ。ほら早く手を洗ってこーい」
なんか引っかかるなあ。寝ぼけてたかな。手を洗って、冷蔵庫を開けてみたが、おかずと思われる皿はなかった。むろん、食卓にもだ。
「ただいまー!この匂いはカレーじゃん!やったー!」
うるさいのが帰ってきたのでその疑問と思考は一時途切れた。
夜になり、今日あった出来事を振り返っていた。おかしいっちゃおかしいが、特段問題があるわけでもないし、言い訳のように言っていたがおそらくその通りなんだろうな。よし、寝よう。
朝起きると、割にすっきりと起きた。おそらく疲れていたのだろう。気分爽快にてひとまずリビングに降りて朝食を食べる。
「ほら悠、早くいくわよ」
「はいはい」
「「いってきまーす」」
二人玄関を出て、学校へ向かう。
「今日って進級テストよね?」
俺はハッとした。快適に睡眠をとっている場合ではなかったのだ。
「なんで昨日の夜言ってくれなかったの?全然勉強してないよ…」
姉はげらげら笑いながらざまあざまあと続け
「まあ悠なら勉強はそこそこできるんだし余裕じゃんねー」
学校でもそこそこ上位の成績の人間にそんなことを言われても、嫌み以外の何物でもない。携帯を見ると、メールが入っていた。『今日の午後はカラオケでも行こうぜ?』
またカラオケか…。特に返信はせず、校舎に到着した。ベタな予感というか、嫌?な予感が一瞬脳裏をよぎった。
教室に入ると、怜がやや食い気味にとっついてきた。
「メール見たか!?」
俺はため息をつき
「またカラオケ行くのか?昨日さんざ行ったろう」
怜は「ん?」と頭にクエスチョンマークを置いて、
「いやいやいや、転校生だよ!転校生が来るんだぞ!」
嘘だろ。また夢か?疲れが取れていないのか?
「だってお前、カラオケ行くってメールしてきたろ!」
おもむろに携帯を開くも、そんなメールは来ていなかった。その直後に携帯が鳴った。怜からだ。『今日からうちのクラスに転校生がくるらしいぞ!』のメールが着信した。
「昨日もこのやり取りをしたんだよ…」
流石にわなわなしながら怜に言う。
「どういうこと?カラオケ?転校生?」
「どっちもだ。昨日は朝転校生が来るといわれ、学校に行ったらそんな奴は来なかったしカラオケに行った。今日はその逆だ。」
怜は少し考えたふりだけして
「なんかよくわかんないけど、寝ぼけてるんだろう。うん、そうだな」
すると、ドアが開いた。
「今日は転校生を紹介するぞ」
教室からは様々な感想が投げかけられる。喜び、驚き、男か、女か、席はどうする、空いてる席ある?、俺の隣を開ける、ゴリゴリの男だったらどうする、イケメンかな、かわいいかな…
ハードルを上げてやるなよ。そう思った俺だったが、昨日今日と、若干不思議な思いをさせられている根源と相まみえるのだ。どんな奴が俺を惑わせているのか…
入ってきた転校生は…女子だ。しかもかなり、かなりかわいい。俗にいうかわいい。普段感情があまり出ないやつでもワタワタしちゃう感じの、なんかすごくいい感じのかわいい子だ。男子からも女子からも人気が出そうな、そういう感じの子だ。というか、普通の転校生の子だな。昨日今日のことは全く関係なさそうだし、水に流そう。
「倉橋和です。よろしくお願いします」
「倉橋さんとこれから仲良くしてってなー。じゃあ席は…とりあえず窓際の一番後ろの席で頼む」
はい、と言って席に向かう。俺が主人公だったら、俺の隣とか後ろなんだよなあ…出席番号1番。悔しい。
奇しくも前も近辺も女子だった。まあ、安心してこの学校で学生生活を送ってほしい。
担任が「転校生の子に盛り上がるのもいいが、今日はテストだからな。」というと、クラスはまた別の騒ぎ、まさに阿鼻叫喚だ。
各休み時間をはじめ、転校生の周りには人だかりができていた。質問攻めにあうのはさぞ大変だろう。
「悠ちゃんも話しかけに行こうぜ!すごくいい子だったよ!」
うるさい友達ですね…などと思いつつも、その日の放課後に話しかけてみるかということになった。
放課後、テストですでに泣きを見ている連中。むろん、俺もだ。
列の最後方、転校生のほうを見てみると、目が合った。とりあえず、愛想笑いをしてテストのことのほうが現状深刻だな、と少しだけ頭を抱えようとしていると、その後方から声がかかった。転校生だ。
「あの、」
少し驚いたが、ここは平静を装って
「ああ、俺は東。よろしくね」
「よろしくお願いします。あの大丈夫ですか?」
え、なにが?ああ、頭を抱えていたからか。
「て、テストの出来がね、よくなくてね…」
「素直な人ですね」
と、微笑まれた。ぎくしゃくしすぎだろう。あ、当たり前か。
すると教室に戻ってきた怜が飛んできた。
「なになに!?もう仲良くなったの!?」
ガヤガヤとした奴が割って入ってきた。
「改めて、俺の名前は神田怜だよ!よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします。神田さん」
にこりと笑みを浮かべて返答をする彼女だ。
残っていた教室の連中も再び集まってきて、テストの出来を嘆いたり、倉橋さんに質問を浴びせたりと盛り上がってきた。
「悠ーいるー?」
そういって教室の外から大声を張るのは姉だ。周りの連中も小さいころから知ってるやつが多いのでまるで気を遣おうとしない。
「なんかさー転校生が来たらしいじゃん!どれどれ!イケメン?」
お前もか。
「くっ倉橋です。よろしくお願いします。」
先輩に対して、やや怖気づき気味に倉橋さんが答えた。
「女の子かあ!うわーすげーかわいいなーおい!うちの学校で何かあったら私に言いなよ。ぶっ飛ばすから」
「姉貴さあ、やめてくれよ」
静止に入るも
「なんでだよーこんなにかわいい子だぜ?なんかあったら許さんだろう」
そりゃそうなんだが…
「あ、悠。今日は部活がないから帰るけどもう帰るなら一緒に帰ろうよ。怜君も」
「そっすねー、悠ちゃん、もう今日は帰ろうぜー」
そうだな、といい放課後のガヤガヤを残して、下校することにした。
「転校生の子さ、なんか可愛すぎない?」
どんな疑問だ。
「物語に出てくる位ヒロインじゃん。じゃあいったい誰がこの物語の主人公になれるだろうね。」
意味の分からないことを言いなさるな。
「その主人公は…俺ですね。姉ちゃんさん」
怜が親指を突き上げて自らを指した。
「怜君じゃ無理だよー。せいぜい主人公の側近的な感じのにぎやかしだよ。ドラクエなら遊び人。」
「後半のはただの悪口じゃないすか!」
談笑しながら帰路についた。
もう家の前だというところで姉は
「なんかあの子、会ったことあるような無いような…まああんなかわいい子なら覚えてるかー」
「そもそもよそから転校してきたみたいだしね。気のせいでしょ」
といった瞬間、忘れていた昨日今日の夢のような状況を思い出した。美少女転校生というだけですべて水に流したが、外から見ている人間に「不思議」だとか「違和感」みたいなニュアンスが発せられると、何か気になる。何か気になるが、考えても回答の出ないことにエネルギーを使うのも嫌だ。
「絶対仲良くしとけよー、主人公になれるぞ!」
そういって姉は玄関を開けた。
夕飯はカレーうどんだろうと考えていたが、冷蔵庫の煮物を温めて食べるらしい。カレーは跡形もなくなかったので、おそらく日中までで食べ終えたのだろう。特に強い疑問にもならなかったので、そのことは無視した。明日から早速テストが返ってくる。それが今一番の悩みの種だ。よし、寝よう。