天使最強対人間最強
唖然としている俺とトウに対し、テニフィスが告げる。
「許可がなければ、罰として君の肉体はダメージを受けていた……これがオレの持つ神技能の決闘。一対一、逃亡不可の戦闘を行い、他者の介入を許さない」
このステータスで一対一を要求してくるのは驚異でしかないな。
大階段の前に立ちふさがるテニフィスが、再び宣言した。
「消費したHPMPを今回復するといい……時間を掛けると困るのは君達の方だろう、オレには何も関係がないからな」
その発言通り、全く攻撃する気配がないテニフィスが、階段の前で立ち止まっている。
「……ソウマ、奴の言う通り、回復しておこう」
そう告げて、テキパキとトウのマジックバッグから出した回復薬を、俺達は飲む。
干渉は不可らしいが、回復薬を与えたりすることはできるみたいだな。
試しに俺の回復薬の瓶を一つトウに与えたら、ちゃんと飲むことができたからだ。
回復しながら、俺はトウに聞いた。
「こうなったら俺が上に行って、ファウスと戦うべきだろうな……」
「ああ――今のお前と俺は同じぐらいの強さだ。俺もこの天使とやらを倒して、すぐに駆けつける」
昨日の時点でトウのステータスを上回っているのだが、言わないでおこう。
トウは自信満々に言ってくるが、テニフィスとステータス差が激しすぎる。
不安になりながら、俺はトウに聞いた。
「……勝てるのか?」
「勝つさ。さっき殺されていたって言ってたのは冗談だ……俺は人類最強――寡黙剣士トウだぞ?」
その発言に、テニフィスがピクリと僅かに身体を動かした。
数十秒程度の休息を終えて、俺は大階段を登ろうとする。
テニフィスは何も言わず、横を通る俺を無視していた。
「トウ、勝てよ!」
その言葉を受けてトウは笑みを浮かべる。
本当にすぐに勝って、俺の戦いに参加して欲しいからな。
俺は大階段を駆け上がり、ファウスの待つ決戦場へと向かった。
side・トウ
――今日、ここで死ぬ。
眼前のテニフィスと、トウの差は圧倒的だった。
エルドとは違う、エルドは力任せに戦っていただけで対処がしやすかったが、眼前の剣士は殺気を研ぎ澄ましている。
剣士としての勘か、圧倒的な力の差を、感じる以外にない。
テニフィスと名乗る天使が、トウを眺めながら。
「君が人類最強なのか。オレはさっきのソウマとやらが人類最強だと思っていたが……確かに、名前の通りなら、スコアの順位からトウ、君が最強となるのか」
スコア序列三位のテニフィスが、序列五位のトウに対し、優美に一礼する。
「オレは天使最強を誇るテニフィス」
ルードヴァンの記憶から教えられた序列二位のアルダは神らしいから、天使としては最強となるのだろう。
「光栄だな。人類最強で頂点取った気分になっていたが、天使最強が相手とは……俺に相応しい相手だぜ!」
トウは虚栄を張りながら、目の前に居るテニフィスに意識を集中させる。
瞬間、腰のホルダーの回復薬が、瓶ごと粉々になって行く。
驚愕すると、テニフィスが無表情で説明をした。
「ファウスの戦いが始まったか。君のマジックバッグ、そして城内の回復薬はこれで無駄となった……素材があるのなら、調合して回復薬を創れば問題なく使えるがな」
つまり、この一瞬で回復アイテムが全部パーになったが、今から創ったり持ってくる分はセーフということか。
とはいえ、トウには調合スキルがないし、調合している隙にやられるだろう。
「随分悠長に待っているんだな」
警戒心を強めながらトウが告げると、テニフィスが眼鏡のブリッジを上げて。
「その方が君にとって都合がいいのではないか? 命を捨ててまで時間を稼ぐ気なのだろう? オレはアルダ様の命に従うが、ファウスの助けはしたくないのさ」
「……なら、暫く待ってくれるのか?」
もし待つと言ったとしてもトウは戦う気でいたが、テニフィスは首を左右に振るう。
膨大な聖魔力が、城内の空気をを振動させていく。
今までが全力ではなく、更に強まったということに、トウは驚愕するしかない。
「命令には従うし、オレは戦う為に生まれた天使――手は一切抜かん!!」
天使と人間の頂点同士の戦闘が、始まろうとしている。
圧倒的なプレッシャーを堪えながらも、トウは眼前の剣士に驚愕するしかない。
(これ程かよ……絶対に勝てないが、足掻くだけ足掻くとするか!)
テニフィスが、白銀に輝く刃を、トウに向けて。
トウは銀の刃を、鞘から抜き、テニフィスに向ける。
「――始めよう」
「来な!!」
トウが叫んだと同時、テニフィスが動く。
ただ接近してから繰り出される横薙ぎの攻撃だというのに、それをトウは咄嗟の二重加速によって、全力で回避した。
――速過ぎる!?
テニフィスの尋常ではない速度に、トウは二重加速を使うことでギリギリの回避しかできていない。
加速して回避する最中、トウがテニフィス目掛けて六連の刃である連続斬撃を放つ。
振下ろしから追加で同じ威力の斬撃を他方向から敵に向かって発生させる戦技スキルにより、トウは常軌を逸した六連の刃をテニフィスに繰り出していた。
「戦技か」
その個所と同じタイミングで、テニフィスは剣を振り回す。
「――くッッ!!」
振り下ろしを含めて、六連全ての攻撃全てが軽々と弾き飛ばされ、弾かれた事によって膨大な衝撃がトウに襲いかかる。
それによる僅かな硬直、そこを狙ったテニフィスの左腕から突き出された掌底の突きが、トウの肩に直撃し。
――トウの左肩骨は、粉々に砕け散っていた。
「がぁぁぁァ――ッ!?」
ただの一方的な蹂躙。
そう例えるのが一番だろう、成す術もなく、トウは悲痛の叫びを上げて肉体を転がし、必死に起き上がろうとする。
魂喰らいのスキルでテニフィスの魂は取り込んでいるはずだ。
相手が強ければ強い程効果を増すこのスキルによって肉体は急激に回復しているが、それでも追い付いていない。
「奇妙なスキルだ」
テニフィスがそう告げながら、トドメとして繰り出された振り下ろしの一撃を、トウは刀を背後に突きだして刻閃斬のスキルを発動し、後方に加速することによってギリギリの所で回避する。
本来は突撃に使うスキルを回避にしなければならないことに歯がみしつつ、閃光となっていた状態を解除してトウは咄嗟に刃を鞘に戻すことで戦技である納咆哮を発動。
これは魂喰らいと連動することから、部屋全体に響く咆哮を受けた相手は怯みながら弱体化する。
テニフィスは初めて受けた体験からか、僅かに怯んだ。
刻閃斬によってトウとテニフィスには距離がある。
(――ここしかない!!)
戦闘開始時から使うことを意識していた自らの最強技。
極識斬撃を、テニフィスに放つ。
魂喰らいのスキルでテニフィスを取り込んだことにより、左肩は動く程度に回復しているが、テニフィスが左腕を使って押し飛ばしただけで骨が砕け散った。
天地の差があり、トウがそれを覆せる方法は、これしかない。
――短期決戦。
最大の技を繰り出すしか、トウに勝機はない。
「決まれ――」
声と共に、トウ右腕で刃を振るい、自らの力を全て注ぎ込み、膨大な刀から発生した衝撃波が、一瞬でテニフィスに迫る。
――テニフィスは、それを刃で受け止めた。
「違う……」
信じられない光景を、トウは目の当たりにする。
右手で持つ刀の刃で受け止め、左手を峰にやって、膨大な衝撃を受け止めている。
「格が……違いすぎるッッ!!」
極識斬撃を実戦で使ったのは三度だが、相殺しようとも、回避するわけでもなく、普通に受け止める。
それは一度も見たことがない対処方であり、トウは叫ぶ以外にない。
極識斬撃はステータス以上の破壊力を秘めた一撃だ。
発動後はステータスが弱体化し、MPが0になる為、動けるも戦闘はできなくなるという欠陥もある。
そこまでの欠点だからこそ、剣士が扱う戦技の中でも、最強を誇る一撃となっていた。
それをテニフィスが一切動じることなく受け止めていることが、トウは全く解せないでいた。
そして、トウに限界が訪れる。
「これは……無理だ――」
刀を振り下ろし、持てる力全てを出し尽くしたトウは、全身を床に叩きつけた。
自らの最大技――極識斬撃による一撃は――テニフィスを数秒静止させただけだった。
「口ではそう言うも、死ぬまで負けは認めぬか……流石は人類最強だ。君の存在――トウという名を、オレは一生忘れない」
それは光栄だと言いたかったが、トウは声を出す力すら、残ってはいない。
――後は死ぬだけか。
そう、トウは覚悟を決める。
しかし、テニフィスによる刃は、トウに届かない。
一人の大男が、壁になるかのように、トウの前に立ち塞がったからかだ。
それを見て、刀を止めたテニフィスが呟く。
「君はオレの決闘で命拾いをしたな……あのドラゴン、敗れたのか」
その割って入った存在を眺め、驚いた表情をテニフィスが浮かべながら、盾となった大男は告げる。
「いや……レグロラの方が、強かった……我が姑息で、卑怯で、醜いだけだ……」
「…………エル、ド」
所々の肉が裂け、血を流し、息を切らしている。
ボロボロに成り果てているエルドを、起き上がることができないトウは、見上げるようにして眺めるしかできなかった。
ふぅと テニフィスが嘆息しながら、眼鏡を左の指で上げて。
「今、オレは決闘のスキルを発動している……忠告しよう。エルドとやら、君は階段を登るか、ここで戦いが終わるのを見学するか、城から出ていくかを選べ」
そうテニフィスが宣告するも、エルドは雄々しい叫び声をあげて。
「どれも断る! 我はトウと共に――」
その発言と同時にエルドの全身は一瞬で引き裂かれたかのように血を噴出し、叫びを最後まで上げることなく床に身体を叩きつける。
トウの横に転がるエルドが、腕をトウに伸ばす。
「ト、トウ……これ――」
その声は、テニフィスの宣言で掻き消え、聞こえているのは隣に居るトウだけだった。
「愚かな……君に今、罰を与えた……普通死ぬはずだが、あのドラゴンを倒す程だ。何とか耐えたが……次はない」
「エ……エル――」
エルドが、トウに小声で何かを呟いたと同時。
テニフィスが、血を噴出して倒れているエルドを掴み、軽くトウの後方へと放り投げた。
トウは床を眺め、テニフィスはそんなトウを見下ろして。
「邪魔者は消えた。愚かな龍だ……階段を登れば壁ぐらいにはなれただろうに……」
「愚かだと……」
テニフィスは、驚愕の表情を浮かべるしかなかった。
その発言を聞いたトウが、殺意の塊のような表情を浮かべて起き上がったからだ
「一体、何が……」
理解が追いついていないという反応をテニフィスが見せている最中、立ち上がったトウが、雄々しく叫ぶ。
「黙れ……エルドは俺の親友だ! それを愚かだとほざくことは! 俺が許さない!!」
アレだけボロボロだったトウが、立ち上がって吼えている。
「どういう――」
テニフィスは思考を巡らせようとするが、全く理解が出来ていない。
回復道具はファウスが消した。
この状況下で復活するのは、不可能なはずだった。
そして――トウの身体から湧き出た力によって、テニフィスは理解した。
聖魔力が――トウの身体から湧き出ている。
これができる方法は、一つだけあった。
――聖刻。
そして、エルド経由でトウがそれを砕いたのだとすれば。
「あのドラゴンに渡した聖刻を、何故君が所持している!?」
テニフィスが狼狽えた叫びをあげると、トウが咆える。
「お前が愚かだと告げた親友がくれたのさ!!」
テニフィスが先程レグロラを強化する為に渡した強化用の聖刻。
本来、それはレグロラが使うはずの物だ。
しかしレグロラは使わず、勝利したエルドに渡していた。
聖刻が魔族・天使以外の存在を一度限定で強化し、全快させる効果があるとレグロラから教えられたエルドは、自らに使わず、死ぬ寸前だったトウに渡す。
テニフィスは、エルドとレグロラの関係を知らなかった。
ただファウスと契約している龍、魔族ではないから聖刻を渡しただけであり、それがこの事態を招く。
半天使の力を得たトウが、刃をテニフィスに突きつける。
「俺の名はトウ、人類最強の称を持ち――貴様を殺す存在だ!」
「急に強気になるか……いいだろう! オレは天使最強の称を持つテニフィス――貴様を殺す存在だ!」
ただ無感情に戦っていたテニフィスが、初めて笑みをこぼしながら、トウに宣言した。
自らの体内に宿る聖魔力、そして湧き出てくる力を実感しながらテニフィスを見定め、トウは思う。
――これでも、勝てる気がしないとはな。
それでもやるしかない。
「さっきよりマシか!!」
二人が距離を詰め、刀を振るう。
天使最強と人間最強が刃を交え、衝撃を引き起こして交錯した。




