降臨
ラバードを撃破したローファは、腰に差した全部の回復薬を意識のないネルティに浴びせている。
飲ませるのが一番いいのだが、意識がない以上、効果が落ちるもかけるしかない。
すると、聖神龍との戦いを終えたセレス達が、ローファの元へとやって来た。
「ミーアさん!! ネルティさんが!!」
「なんでネルティが……すぐ治すわ!!」
突如現れたネルティに驚きつつも、ミーアが聖魔力、そして回復薬を調合して、何とか回復していく。
それを眺めつつ、セレスは海聖神殿に目をやる。
聖神龍による攻撃の巻き添えを避ける為に待機していた魔族達も侵攻を始めていた。
「ローファ、わらわ達は再び魔族と戦うべきなのじゃが……いけるか?」
セレスは疲労困憊になっているモニカと、弱っている魔族から魔力を取り込みつつ、漆黒の閃光を放ちながら戦っているルードヴァンを確認する。
援護に行かなければ持たないだろう、ローファもそれを理解して、大きく頷いた。
「はい! 行きます!!」
そう告げて、二人は戦場に向かおうとした瞬間。
今まで冒険者を蹴散らし、橋を渡ってキリテアの街に向かおうとしていた魔族達の動きが、激変した。
なぜか、海神神殿へと、魔族達が引き返していったからだ。
モニカの攻撃から逃げるようにも見えるそれだが、数の有利は圧倒的に魔族側にあり、逃げることが理解できない。
大橋の中央部分でローファ達は魔族を呆然と見届けるしかなく、セレスが呟いた。
「な、なぜじゃ……」
その呟きに応えたのは、ルードヴァンだった。
「――始まったからだろう」
ルードヴァンの正体を知るセレス、ローファ、ミーア、ロマネ、ヒメナラ、モニカだけが、ルードヴァンに注目し、他の冒険者は魔族の帰還に安堵している。
「ファウスの奴が誓によって全魔族を魔界に戻したのだろう……恐らく、他の生物界でも、同じように魔族が引き返しているはずだ」
そう断言するルードヴァンに、セレスは首を傾げるしかない。
「一体、どうしてなのじゃ?」
ルードヴァンは、海聖神殿の入口を眺めながら。
「魔族の存在で焦り、挑戦者が短期決戦をとることに対する配慮だろう……恐らくファウスがそれを、ソウマ達に話しているはず……」
つまりは、ソウマ達は無事魔王城に到着し、大魔王との戦闘が始まったという事か。
そのことに皆が安堵して、ローファとセレスはネルティの元へと向かった。
「意識は戻ってないけど、もう大丈夫よ」
聖魔力と調合した薬を与えることで、ネルティの両腕も元に戻っていることに、ローファはほっとしていた。
「よ、よかったです……」
「うむ、今の内に回復しておくべきじゃろう、ミーアは全快薬を調合してくれぬか? そしてローファ、少し話しておくことがある……」
ミーアは言われた通りにマジックバッグから素材を出して一つしか作れない全快薬を作り、ローファがセレスの話を聞いている。
そんな三人を眺めながら、ロマネはルードヴァンに聞いた。
「決着がつくまでは……大丈夫ということでしょうか?」
「そう考えるのが妥当だが――」
「だが、なんですか?」
ロマネが首を傾げていると、ルードヴァンは顎に指をなぞらせ、細く薄い眉を歪ませて僅かに悩んでいるかのような表情を見せている。
「速過ぎる……いや、ラバードがこっちにやって来た。レグロラを三対一で倒し、ファウスの元に到着したということなのか……だが、三対一でもあのレグロラをすぐに倒せるとは……」
ルードヴァンが、言葉を最後まで述べる前に。
「な、なによあれは……」
大聖者のミーアが真っ先に気付き、唖然とした声を漏らす。
空が――光り輝いている。
真っ先に皆が聖神龍バルフトの降臨を思い出したが、それよりも神々しい光が、まるで幕のように下りてきて、そこから多数の存在が一瞬で出現した。
前衛のように顔が真っ白で何もない、巨大な鎧を纏った大男のような存在が、白い翼を生やして二十体ほど宙を浮いている。
その後方、十体程の白く発光した様々な姿をした翼を生やした存在、こちらはしっかりと人間の顔立ちなのだが、眼に光はなく、ただ従っているだけのように見える。
「前衛に下級天使、後衛の中級天使……間を開けているのは――」
海神神殿の上空に天使の集団が現れ、ルードヴァンがその説明を行なった瞬間。
その天使達の中心に――神が降臨した。
スラッとした長身、銀髪を腰まで伸ばした。神聖な白銀に輝く聖者の服を纏った、端麗の表情を見せる美少年にして神となったアルダが、白銀に輝く左腕を見せつけて。
「聖神龍が倒されたので様子を見に来れば……なるほど、この戦力ならば、やられてもおかしくはないか」
アルダは両の腕を広げて、自らの存在を誇示してくる。
左腕は結晶体であり、ローファ達は見覚えがあった。
フェリックスを閉じ込めていた結晶が腕の形になったようで、戦慄するしかない。
「初めまして、私が人間達を支配する神――アルダと申します」
神々しく輝くアルダが、凛々しい声で宣言する。
ルードヴァンが、歯ぎしりをさせて。
「アルダッッ……!?」
「ルードヴァン!? いや、その残滓か……」
ルードヴァンの発言を受けたアルダは驚いた表情を浮かべて、すぐさま蔑んだかのような瞳を向けた。
「矮小な力だ。そうして惨めに生き延びることに何の意味がある……まったく、ファウスが戦闘を始めたのでね。一番楽に攻め落とせるはずの此処で聖神龍がやられたから確認にきたらこれか……あの大魔王が終わらせるまでに、ここ間引きを私達が行なうとしよう」
「もうこの世界は疑似天界となっておる……なら、あの鎧のような下級天使達は一体のステータス平均値が10000、中級天使は15000とルードヴァンが説明していたのじゃ……」
神眼でも天使はステータスが一切見えないからか、圧倒的な戦力差を眺めたセレスが、呆然と膝をついて項垂れている。
下級天使が二十体、中級天使は十体ほど浮かんでいる。
下級天使でもSランクスキルの天使を所持し、聖魔力を使いこなす。
これでも天界が持つ戦力の一部であり、アルダはこれで十分だと判断したのだろう。
天使だけでも脅威だというのに、そこに神と名乗るアルダが現れた。
天使の集団によるとてつもない程の聖魔力を、大橋に居た皆が体感している。
ルードヴァン以外の全員が、目の前のどうしようもない光景に、立ち尽くすしかなかった。
ルードヴァンだけはどうやら別の事に意識が向かっていた様で、叫び声を上げる。
「――テニフィスは何処だ!?」
「魔王城でファウスの護衛をしてますよ」
「なッッ!?」
ルードヴァンが驚愕した表情を見せ、アルダが歓喜の声を出す。
「あはははは! 貴方には予想外でしたか! ファウスを誰かが倒せば魔族が止まり、私の人間に対する支配力を下げるつもりだったのでしょう……それが貴方のできる最期の嫌がらせだったのかもしれませんが、私は万一に備えたのですよ……神となった私に護衛など不要ですからね!」
ルードヴァンがアルダを倒すという可能性は、一切考慮していないのだろう。
勝ち誇るアルダを眺めたルードヴァンが、四肢を大橋に叩きつける。
「そ、そうか……我の誤算だ……三対一で倒していけば勝機はあったが……テニフィスが居ると決闘によって一人は絶対に削られておる……二対一でファウスは無理だ。これでは……アルダの野望を阻止できぬ……」
「例えファウスを撃破して魔族を退かせたとしても、天使によって恐怖で支配するだけ、貴方がやろうとしたのは嫌がらせ程度にしかなりませんが……目障りだよルードヴァン。そして、その声を聞いた者共よ!!」
アルダが、殺気を周囲に向けて、下級天使が左右に分かれることで、アルダの道を作る。
接近しようとはせずに、アルダは右の腕、広げた掌を、ただ一番近かったからという理由からセレスに向けた。
――全滅する。
アルダの右手が発光して、物凄い勢いで光の閃光がセレスに迫る。
その速度からセレスは回避できず、直撃しようとした瞬間。
迫る聖魔力による閃光の横を叩くかのように、聖魔力の閃光が直撃した。
それでも威力が殺しきれず閃光が迫るも、セレスには直撃していない。
そこに居たセレス以外の全員が、アルダが放った閃光を対処しようとした者の方へ目をやった。
そして、セレスは正面に現れた存在を凝視する。
鎧を纏っているかのような髪も一切ない白い頭をした大男がセレスの盾となり、別の鎧の大男が、アルダの閃光に対して閃光を放っていた。
両方とも――下級天使だった。
なぜ天使がセレスを助けたのかを理解できたのは、ルードヴァンとアルダだけであり。
ルードヴァンは驚愕表情を浮かべて。
アルダは狼狽えはじめ、激昂しながら叫ぶ。
「クレン……貴様ァァッッ!!」
上空、アルダと対峙するかのように、小規模な天使の集団が現れる。
第三天使を引き連れた小柄で優美な金髪短髪の少年、腰に二つのタンバリンを装着したクレンが、距離を取りながらも、距離はあるもアルダと向かい合っていた。
「ク、クレン……」
アルダ以外で真っ先に声をあげたのは、信じられないと言わんばかりの反応をするルードヴァンだった。
怒気を強めながら、アルダは再び張り裂けんばかりの叫び声をあげる。
「太鼓持ちの分際で! テニフィスは私の駒だ! そのテニフィスの駒である貴様がァ! 何故私の邪魔をするッッ!?」
「僕がトクシーラ様が言う第三天使だというのもあるのだろう……それもあるが、テニフィス様を大魔王に仕えさせたことが、僕は許せない!!」
それは、紛れもないクレンの本心であり、アルダは睨みを強めている。
「トクシーラ様ね……貴様は単に私が気に食わなかっただけじゃないのか……まあいい」
クレンは十五体ほどの下級天使を大橋の中央に展開し、五体ほどしか居ない中級天使を上空に備えている。二つのタンバリンを一つずつ片手に備え、振ることで強化している。
周辺の音を聞き取れる味方に対しての強化を行なう支援のスキル。
普通の強化魔法とは比べものにならない力を持ち、天界と魔界のパワーバランスを崩壊させることが可能なスキル。
それを確認し、一呼吸入れて冷静になったアルダが、クレンを蔑んだ瞳で見つめて。
「少々、取り乱したな……これも想定内の事とはいえ、こうなるとはな……第二天使でも、同じ天使を攻撃するという命令は受けつけないが、それは第三天使も同じ……なら、私がクレンを破壊する!!」
アルダが掌をクレンに突きつけて、閃光を放つ。
下級天使が瞬間移動で盾となって防御した。
支援の力で強化されているとはいえ、セレスを庇った天使も修復しつつあるが、まだ動けていない。
下級天使の盾で何とか回避したが、第三天使は数が少ない。
アルダの閃光は速過ぎて掌を見ることで初撃は回避できそうだが、回避の隙を突いた追撃を回避することはできないだろう、ステータス差から直撃しただけで半壊、即座に二度目が来れば、聖魔力で修復する前に砕け散る可能性が高い。
瞬間移動で回避すれば支援の力が消え、その隙に橋に居るルードヴァン、モニカ、人間達が狙われる。
「支援で強化した下級天使、結構本気で放った聖閃を受けて壊れないか……だが二発程度で消える。クレン、貴様はこの世界最後の希望にでもなったつもりだろうが、貴様を消せば全てが終わりだ。この世界は神によって支配される!」
「この世界の平穏を守るために、私達は戦う!」
クレンはそう宣言するが、誓の力がない為、第三天使全てを動かすことができていない。
ほんの一握りの戦力で、しかも相手が天使だから攻撃することを躊躇っている。だからこそ相手の誓で動く第二天使が攻撃していないが、硬直しているのは下級と中級天使だけだ。
クレンが閃光を放つも、アルダはそれに対して閃光を飛ばすだけでそれを貫いてくる。
僅かに鈍ったことで回避ができ、続けて放たれる閃光も回避するが、そこからの閃光は下級天使を盾にして何とか防いでいる。
見るからに絶対的なステータスがあるも、クレンは諦めず、アルダに攻撃を仕掛けていた。
――――――
――しばらく前に遡る。
瞬間移動を行い、エルフの里に到着した。
龍形態となったエルドに乗り、とてつもない速度で魔界へと駆けていく。
「色々と驚いたものだ!!」
エルドが叫び、前に乗った時よりも尋常ではないほどに速いエルドに食らいつきながら、トウが俺達に話しかけてくる。
「まずスコアにソウマの名前が載ってて、更に魔族が生物界を襲うらしく、ルードヴァンが味方で……一体何なんだろうな」
「ああ……お前等、最新のスコアを見たか?」
それを聞いて、僅かにトウが頷く。
とにかく、俺は気になったことを口にする
「レグロラ・アークドラゴンってのは」
真っ先に気になったレグロラという存在。
恐らくエルドの関係者で、これからの敵になるとルードヴァンが告げたこともあり、エルドに聞こうとした瞬間、上から声が響く。
「今、魔界に入った――ソウマ、トウ、これは我の我儘なのだが……レグロラとは、一対一で戦わせてくれぬか? ステータスは我が圧倒しておる。一瞬で片をつけて、すぐに援護に向かう。これは龍の問題だ、だから……頼む」
エルドと最初に会ったとき、俺達に言っていたことを思い出す。
海神龍の3,4倍のステータス。つまりは15000から20000ぐらいのステータスだということだ。
大体25000から30000のエルドなら問題はないか。
「……龍なのに人間に協力してくれるってだけで有難いんだ。それぐらい聞くさ、なっ」
俺がそう考えていると、トウが聞いてきたので、軽く頷いて。
「ああ、でも勝ったら、すぐに援護に来てくれよ」
「感謝する。再会するのは七年ぶりだが、そこまで強くはなっていないはずだ!」
俺達にとって七年は長いが、龍にとって短いのだろう。
エルドがレグロラを圧倒している間に俺とトウがラバードを撃破し、三対一でファウスを倒す。
ファウスの強さが解らないが、俺達三人なら勝てるだろう、勝ってみせるさ。
朝日が登っているも周囲は薄暗い、もう魔界に入っているようだが、景色の移り変わりが速過ぎて何がなんだか解っていない。
エルフの里から移動してまだ数分ぐらいで、エルドの速度がゆっくりになっていく。
とてつもない速度だったが、減速したことから、目的地である魔王城に到着するのだろう。
前方に目をやると、周囲は広大な平地で、その中心地にとてつもない巨城が見える。
ルードヴァンに送られた記憶にある、これが魔王城か。
そして、その魔王城の真上に、一体の獰猛そうな龍が待機していた。
まるで魔王城を守護するかのようで、それは俺達と目が合った。
エルドと同じほどの漆黒の巨躯を持ち、まるでノコギリのような鋭い背びれが見える。
灼熱の塊の如き紅く煌めいた双眸、とてつもない威圧感を放つ黒龍を神眼で確認した。
エルドはさっき、圧倒してすぐ援護に行くって言ってたけど……。
レグロラ・アークドラゴン
帝龍
HP567000
MP314000
攻撃31700
防御26000
速度22500
魔力24100
把握12700
スキル・帝龍・闇の加護・全耐性・人体変化
――無理じゃね?
HPは圧倒しているも、他はほとんど互角、負けてるステータスもあるんだけど。
声に出そうとしたが、それよりも先にエルドが声を漏らす。
「ま、まさか……ここまでとは……」
唖然とした呻き声が、俺達の前から聞こえた。
「……だが、それでも一対一でやらせて欲しい」
そう頼んできたと同時。
漆黒の龍が、紅眼の双眸で俺達を捉えて――
とてつもない程のスピードでレグロラが突撃した。
回避しようとしたエルドだが肉体をかすめることで血が噴き出し、黒龍が巨大な口を開き、鋭い牙を見せつけながら。
「人間など乗せておるから反応ができんのだエルドォォーーッッ!!」
「レグロラァーッッ!!」
巨城の上空で、二体の龍が激突した。
「うぉっ!?」
俺とトウは、振り落とされないように全力でエルドにしがみつくしかない。
「さっき言ったように我がレグロラの相手をする! お前達は降りてくれ!!」
「ソウマ! 行くぞ!!」
トウの言葉と同時に、俺達はエルドの背から飛び降りる。
落下の最中、俺とトウは同時に切撃ちを放ち、最上階に穴を空けようとした。
一番手っ取り早い手段を取りたかったのだが、斬撃が屋根に直撃したと同時に弾き飛ばされ、傷一つない。
「……中から入るしか、ないようだ」
「そうみたいだな」
居るとしてもラバードだけだったか、悪いが二対一で瞬殺する。
エルドの援護は期待しない方がいいだろう、ラバードを倒し、すぐにファウスを二対一でやるしかない。
二重加速で着地し、俺とトウは魔王城へと駆け抜けていく。
エルドのレグロラの叫びが、後方から響いた。
俺達は魔王城の門を通り、最上階を目指す。




