聖神龍
その場にいた全員が、突如空から現出した聖神龍に驚愕している最中。
ラバードが、モニカに向かって漆黒の刀を伸ばした。
「くッ――ッッ!?」
それを超感覚で察知し、モニカが態勢を崩すことで核だけは避けようとした。
刃が、モニカの喉元へと迫り。
その間に割って入ったローファの稲妻を纏った魔纏刃による大剣が、ラバードの漆黒の刃による攻撃を防ぐ。
突きを魔纏刃で強度を高めた大剣で受け止めてローファが正面を睨み、睨まれたラバードは笑みを浮かべる。
「この中だと――貴方が一番強そうだ!!」
ラバードの興味がモニカからローファへと移り、突きの態勢から刃をズラし、即座に切払いを行う。
攻撃の先はローファではなく、その前で盾となっていた大剣の刃であり、受けた衝撃によってローファは大橋の右側に弾き飛ばされる。
衝撃によって小柄なローファの身体は宙を舞うが、風魔法を駆使し、両の脚を突き出すことで、無理矢理地面を引きずる形でズザザザと音を響かせながら踏み止まり、皆が居る場所に向かって叫ぶ。
「っッッ……この人は、私が相手をします!」
ラバードが大剣を突き出して構えるローファに迫り、ローファが逃げるかのように追ってくるラバードと距離を取りつつ、セレス達から離れていく。
セレスとミーアでは見るからに接近戦を行なうラバードの存在は脅威であり、だからこそ分断すべきだという判断を行なったのだろう
セレスは、ラバードのステータスを、神眼で確認することができた。
ラバード・ギラリク
鬼人
HP577600
MP10900
攻撃23620+700
防御20840
速度22070+250
魔力3400
把握4000
スキル・鬼・身体強化・戦闘領域
ステータスに偏りがあるのは他の魔族を見て理解はできるが、ラバードの偏りはその中でも常軌を逸している。
身体能力では完全にローファを上回っているが、ローファが魔力を巧く扱えば、互角に戦えるはずだ。
上空で聖神龍が、咆哮をあげた。
これからの戦いに巻き込まれたくないからか、橋の途中で止まり、様子を見ている魔族も居る。
本能のままに向かってくる魔族は少数であり、モニカとルードヴァンでも止めることができていた。
現状、最も脅威となるのは鬼人ラバード・聖神龍バルフトの二体だ。
そうセレスは判断し、モニカとミーアに伝える。
「モニカは魔族を足止めせよ……わらわ達はこのバルフトを撃破する!」
神龍の力が脅威なのは、先程の龍帝エルドが放ったドラゴンブレスで理解できた。
流石に同じ規模の攻撃を仕掛けてくる可能性は低そうだが、この場でこれの相手ができるのはローファ、ミーア、セレスだけだろう。
モニカはMPが、ルードヴァンはステータスの問題がある。
他の魔族を担当してもらうのがベストだと、セレスは判断し。
「……それがよさそうね」
モニカに目をやると大きく頷き、ルードヴァンも前方の魔族に警戒を強めている。
セレスの発言を聞いたミーアが、キッと決意した表情で聖神龍を睨み。
「わ、わかったわ!!」
聖神龍との戦いが、始まろうとしていた。
聖神龍を即座に倒し、ローファの援護に回る。
状況からそれ以外にないとミーアも悟り、前衛を務めようとしたセレスの後ろに立つ。
「――師匠、私も戦います!!」
慌てた様子でロマネがそう告げるが、セレスは首を左右に振って。
「自らよりも強い龍を相手にする場合……わらわは何と! お前に教えた!!」
「――ッッ!?」
その叫び声を聞いたロマネが委縮し、固まる。
ロマネを放置してセレスが海上へと飛び、ミーアも後に続く。
水上を浮く特訓は、魔力を扱う特訓の一つに入っていたので、ミーアも海上に浮かび、バルフトを見上げた。
「……この神龍、随分と悠長ね」
ミーアが空中で踊るかのように肉体を動かすバルフトに対しての感想を述べ、セレスが説明する。
「恐らく……自らの得意とするフィールドではないからじゃろう。雷の加護から、恐らくは空に住まう神龍じゃと推測できるからの、ああすることで身体を適応させておる……来るぞ!!」
バルフトは静止し、真っ先に倒すべき存在はセレスとミーアだと見定めたようで、じっと双眸で睨みながらも、キュィィィィンと口から空気を吸い込む動作を起こす。
大気が振動し、その光景にミーアは冷や汗を浮かべながら、セレスに質問した。
「ね、ねぇ、ロマネになんて教えたの?」
「……自らより遥かに強い敵とは戦うな、じゃったかのう?」
惚けた感じで語るセレスに、ミーアは呆れたような反応を見せる。
「……今から私達は遙かに強い敵と、戦うんだけど」
「遥かにではない……僅かにじゃ!」
その会話と同時、膨大な雷の閃光がバルフトの口から放たれ、二人に迫る。
口の動作から攻撃を読んでいたセレスとミーアは難無く回避し、その雷が海上に直撃することでバチバチと電気が弾けて、それが消えずに残っている。
膨大な魔力による雷閃であり、それに聖魔力が加わっていることを聖者のミーアは理解し、戦慄するしかない。
セレスの結界魔法による強化があったとしても、直撃したら消し炭になっていたからだ。
「あの電流に肉体が触れれば硬直するのじゃ! かすることも許されぬぞ!」
「かなりキツいわね!!」
水上からセレスの不可視の結界に足場を変えることで、セレスとミーアは空中に静止しているかのようであり、それは伸ばすことで自由自在な足場になる。
「でも……あのリアッケとかいうのよりは楽そうね!」
「魔力と攻撃が怖いぐらいじゃからの!!」
瞬殺されないだけマシという程度だが。
二人でこの聖神龍を相手にするのは辛いと、お互いが理解していた。
バルフトは雷と聖魔力を合わせた砲撃を口から連射し、それをセレスとミーアが回避するも、閃光の規模が膨大で必死に回避するしかなく、攻めることが出来ない。
セレスは白い球を浮かせて、それでミーアの身体を補足し、丁度いいタイミングで結界の足場を作り、伸ばすことでスムーズな空中移動ができている。
セレスとミーアは空中を自由自在に動き回っているようにも見えるが、それはセレスの結界魔法による高等技術が成せる技だ。
白い球はセレスが魔力で作り出した眼球の天眼スキルによるものであり、その補助もあって、ミーアの移動場所に結界の足場を作っているのだが、ミーアはそこまで把握できていない。
ミーアの着地点に結界を張りつつ、バルフトの口から放たれし五発もの稲妻を纏った光の閃光が終わり、その隙を突いてセレスは結界魔法を体内に纏い、それによって強化された手刀で肉を抉ろうとするも、当然のように弾かれてしまう。
「つッッ!?」
その瞬間、バチバチとセレスの肉体に電流が走った。
バルフトがの身体に稲妻が走っていたからであり、それは結界が弾いているも、セレスは悲痛な声を漏らすしかない。
聖魔力に稲妻を纏わせた閃光が、再度バルフトの口からセレス目掛けて放たれる。
口を開く一瞬の隙があり、そこからセレスは風魔法で肉体を動かすことで何とか回避するが、聖神龍はその巨大な肉体を曲げた。
回避されることを理解した上で、回避方向を予測しての追撃。
肉体を曲げる事によって鞭のように滑らか、かつ鋭い巨大な一撃が、幼女姿のセレスに直撃した。
「――セレスッ!?」
結界魔法の盾を張ることで防御こそできていたが、そは砕かれ、結界魔法で強化していた身体も吹き飛ばされ、大橋に叩きつけられている。
「ぐっ……ぅぅぅ……」
セレスは蹌踉めきながらも起き上がろうとすれば、眼前にバルフトの獰猛な牙が見えた。
その瞬間、バルフトの頭部に向かって、大爆撃が炸裂する。
攻撃を受けた際、倒れれば確実に仕留めに来ると予測したセレスの大魔道スキルによる爆撃魔法、更に氷の槍を発生させて連射する。
バルフトに対して爆撃魔法を使ったのはこれが初だったこともあり、ダメージは僅かで徐々に回復しているも、いきなり目元で膨大な衝撃を受けたこともあってか大きくよろめき、氷の槍で動きが僅かに硬直する。
幼女姿のセレスはミーアの元へと向かい回復薬を飲もうとするも、その間に向かって、聖と雷の魔力を複合した閃光が飛んでくる。
ギリギリのところで回避できるも、回復薬を飲む暇はない。
ミーアの聖魔弾を受けてセレスは僅かに回復し、迫る巨躯による強烈な突撃を避けるも、そこからバルフトは身体を曲げることでミーアを狙い、セレスが結界の盾で弾く。
その反動を利用し、バルフトはセレスに牙を向けて飛びかかる。
獰猛な牙が、前方に張ったセレスの結界による盾を噛み砕き、更に加速。
頭部に向かってセレスが風の刃を発生させることで肉を削ぎ、バルフトは僅かに怯み、その隙に距離を取ろうとした。
しかし、バルフトは全身を駆使し、長い胴体をを振り回す。
それによる鞭のような一撃が直撃し、未だに雷がバリバリと響いている大海原にセレスの矮躯が叩きつけられた。
セレスは意識を結界魔法の足場作成と身体強化、更に防御に回し、そこから大魔道スキルで攻撃を行っていた。
丁度いいタイミングで足場を作る為に天眼スキルも使用しているので、実質片目でバルフトの攻撃を処理しなければならない。
そこから攻撃を仕掛けるのだから隙は発生し、だからこそバルフトはセレスを狙っていた。
セレスはバルフトの胴体に殴打され、水上の電流を身体に纏った結界で弾きながらも受けたのか、何度も肉体を振動させている。
「――セレスッ!!」
ミーアが悲痛の叫びをあげて、ハッと気付く。
結界の足場が消えていない。
ならセレスの意識は、まだ途切れてはいない。
回復を行なう為に結界の足場を蹴り飛ばすことでセレスの下へ向かおうとするも、それを阻止する為か、バルフトはセレスとミーアの間に入り、ミーアが回復薬を取り出そうとすれば、即座に胴体を振り回して攻撃に出てくる。
風の刃が削ったバルフトの肉が聖魔力で回復していく、数十秒もすれば完治するだろう。
(こんなの……どうすればいいの!?)
ミーアがバルフトの攻撃を回避するも、かすめて肉を抉り、稲妻を受けて僅かに怯みつつも聖魔力で修復すると。
「ま、まだじゃ……まだ戦える……」
セレスがふらつきながらも低空で立ち、ミーアは安堵した。
その隙を、バルフトが狙う。
身体を曲げることで向きを切り替え、加速することで空気を裂くような音を響かせる。
(――避けられない!?)
バルフトの牙が、稲妻を受け、安堵したことで僅かに硬直したミーアに迫る。
その瞬間――小さな爆撃が、聖神龍の眼球に直撃し、僅かに怯むことで、ミーアはギリギリのところで回避に成功した。
白い眼球が浮き、結界魔法の足場に乗ることで空に立つヒメナラが、聖神龍の動きを予測し、眼球に向かって爆撃魔法を仕掛けたからだ。
「私の全力の爆撃魔法でも……この程度……」
悔し気な声を漏らすヒメナラを睨み、バルフトが今まで眼中になかったヒメナラに向かい、咆哮をあげる。
その衝撃によってヒメナラが硬直し、閃光を放とうとした瞬間。
「つッッ! ミーアは槍の形状の聖魔弾を全力で創り、待機せよ!!」
幼女姿のセレスが結界魔法で強化された手刀で、帯電しているバルフトに乗り、肉を削いでいく。
身体の上に乗られたことで驚愕したのか閃光が僅かにずれ、口から血を流し、電流を浴びて痙攣しながらも叫んだセレスの大魔道による風によって、ヒメナラは飛ばされることで何とか閃光を避ける。
「ぜぇ、モンスターの解体をしておるとな、何度か攻撃すれば弱所が解るのじゃ!」
セレスが叫び声をあげると、聖神龍は全力で宙を舞うことで振り落とす為に動いた。
落下しながらも空中で結界魔法による足場を作りつつ、セレスが叫ぶ。
「斬撃魔法!」
魔力で刃を発生させ、それを敵に放つことで切り刻む大魔道スキルによる斬撃魔法。
爆撃魔法の方が威力が高いから今まで使わなかった魔法だが、今はこちらの方がいいと、セレスは判断した。
上空から先ほど肉を抉った箇所に魔力の刃を直撃させ、バルフトが悲鳴を漏らす。
「今じゃ! ミーアァッッ!!」
ミーアは僅かな時間で創り上げた全力の聖魔力による槍を、バルフトに目掛け、斬撃魔法が直撃した場所に向かって放つ。
風を裂き、尋常ではない速度で聖神龍にトドメを刺すべく、その閃光のような聖魔力の槍が、襲いかかろうとした。
その聖魔弾を――身体を捻じらせることで、紙一重でバルフトが回避する。
「なっ――ッッ!?」
驚愕しながらも、回避できた理由を、ミーアは察することができていた。
相手は半天使を得た龍だ。
ミーアがバルフトの閃光を回避できたように、聖魔力を察知できたとしても何らおかしくなく、強化状態のミーアによる全力の攻撃だからこそ、体制を崩してでも回避してきた。
「終わりじゃ――」
そんなセレスの言葉が聞こえ、ミーアが絶望の表情を浮かべて。
その最中――聖神龍に向かって、ロマネが空を全速力で駆け出し。
「――聖神龍よ!!」
セレスが叫びを終え、結界魔法の足場を走り抜け、白い眼球と共にやって来たロマネが、ミーアの槍と化した聖魔弾を自らの刀で受け止める。
聖魔弾は敵と認識した者にダメージを、味方と認識した者に強化を与える魔法攻撃だ。
ミーアは当然、ロマネを味方だと認識している。
ロマネはそこから自らより膨大な聖魔力を、魔纏刃によって加護を断ち切る刃に籠め――叫ぶ。
「対龍斬ァァァ――ッッ!!」
龍に対して絶対の威力を出す、ロマネの一族が扱える戦技スキル。
自分より強い龍と戦う時は、どこか一部を負傷させ、そこに対龍斬を叩き込め。
それが師匠セレスの教えであり、ロマネはその教えを今まで守ってきていた。
ソウマと戦った海神龍を思い返す。
あの時、仕留めたのは完全にソウマによるものだった。
そして今、ロマネは。
ミーアの聖魔力によって聖神龍を無防備な状態にし、更に自らの刃を強化してくれた。
セレスの結界魔法を纏うことで強化され、更に斬撃魔法で弱所を示してくれた。
ここで決められないのなら――ドラゴンスレイヤー失格だ。
ロマネは――聖神龍を真っ二つに両断した。
セレスとロマネがすぐさま迫り、再生を始めようとするバルフトを迅速に解体していく。
そして息の根が止まり、その証として神々しく輝いた結晶体、龍核が現れ――
「――私達の勝利だ」
それをマジックバッグに入れて、全身を震わせながらロマネが勝利を宣言する。
それをセレスは満足げに聞きながら、ミーアと共に急いで大橋へ向かう。




