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頂上奪還

 三体の上級天使を前にして、その先頭に立つアルダにトクシーラは聞いた。

「僕がルードヴァンか……根拠を聞こうか」

 トクシーラが高く柔らかな、明るい声を漏らす。

 表情は無表情だが、いつもの飄々とした顔ではない辺り、どこか焦りが見られた。


 笑みを浮かべてアルダが、楽しげに語る。

「今までの事を示し合わせたまでですよ。第三天使なんて名称をつけたのも貴方だ。確かに貴方が現れた辺りから、天使の思考が大きく変革していましたが、私が所持していた誓の力を、貴方が所持していることもあり……簡潔に述べましょう。貴方が来る前まで大天使長の位置にいた私は、いきなり現れて強さを見せつけ、天界頂上の座を奪ってきた貴方を、最初から疑っていたのですよ」

 長々と語るアルダに、トクシーラは呟く。

「……君は第三天使を受け入れ、僕に大天使長の座を、喜んで譲渡したじゃないか」

 テニフィスに顔をやると、どこか悲し気な瞳を、眼鏡の下から浮かばせている。

 クレンは俯き、テニフィスの正体を信じたくなかったというのが解る。


 アルダは嘆息し、やれやれと言わんばかりに首を左右に振るう。

 馬鹿にしているかのような態度だが、それに対し、誰も何も言えないでいた。

「ルードヴァンの力を備えていた貴方が、私を遥かに凌駕する力を備えていたからですよ。あの時は天界頂上の座を、大人しく渡すしかなかった……クレンが生まれた時点で、テニフィス、クレンと共に戦えば勝つことは可能でしたが、第三天使のクレンは味方になるか怪しく、テニフィスも貴方を信じ切っていた……貴方の、とてつもない強さによってね」

 そして、今この状況で勝ち誇っているのは、他の上級天使全てを味方に出来たからか。


 第二天使であるリアッケは、完全にアルダの指示で動く駒だったようだ。

 テニフィスは誰の誓も受けていないが、トクシーラとアルダを信じ、強さで天界と魔界の抑止力となってくれていた存在だ。

 クレンは第三天使の上級天使だが、トクシーラの誓を拒んでいた。

 純粋に強いテニフィス様に仕えたいと申しがあり、トクシーラはそれを受け入れていたが――クレンも上級天使だ。

 どこかで、トクシーラが天使ではない存在だと、察することができていたのかもしれない。


「貴方が名称をつけた第三天使……言わば全ての世界が平和になるべきという思想の天使は、人間の変化によって自然に誕生していたのでしょう。それが貴方の思考と合わさったこともあり、貴方はその天使の一体を取り込んだ……」

 アルダは、トクシーラが、いや、大魔王ルードヴァンが天界にやってきた理由を解説する。


 そして、トクシーラが小さな口を開いた。

「……それで、構わないではないか」

 トクシーラのその発言に、いつもの飄々とした感じは一切ない。


 決闘のスキルの効果で、虚言は吐けない。

 いや、それが合ったとしても、もうこの状況で、トクシーラは嘘を吐く気はなかった。

「今の世界は平和そのものだ、それを安定し続けることが、悪だというのか?」

「……トクシーラ様」

 テニフィスは、僅かに思い悩む。

 アルダは、トクシーラをじっと眺めて、口を開き。


「私は――神になりたいのですよ」


 アルダが、トクシーラに告げた。

「本来不安定なこの世界を、大魔王の貴方が無理矢理安定させています……だから第三天使が生まれた。これは貴方の計画なのではないですか?」

「僕はそこまで――」

 発言を遮るかのように、アルダが続ける。 

「貴方はそうして天界を支配しようと企んでいた。ならば、貴方が創った平和よりも、私が神となり、生物界の人間を支配する方が、よほど安定して平和な世界となるでしょう」

「貴様、それが目的か!!」

「――天使の総意さ」

 アルダが、語りながらトクシーラへ迫る。


 反射的に、トクシーラが突き出した右手の掌底、そこから放つ聖魔力の砲撃によって、アルダの腹部を貫き、穴を空けることで破壊する。

 迫った瞬間、アルダから何かが来ると察知したからこその攻撃だった。

 アルダは話を全く聞く気がない、そして神になると告げた。

 アルダを倒せば、全てを謝罪し、テニフィスに全権を渡し、天界とは関与しないと告げる。


 それならまだ――


「私が、この時まで待った理由が解らないのか?」

「なっ――!?」

 トクシーラは、掌底、そこからの聖魔力程度でアルダを倒せるとは思っていない。

 そこからアルダが反応できない速度で連撃を叩き込み、修復する肉体が無くなるまで攻撃を行なうつもりだった。

 しかし、トクシーラの肉体は、初撃を叩きつけた場所から、一切動く事ができていない。

「――全てはこの時の為にぃぃッ!!」

 掌底が触れた肉体から膨大な穴が開きながら、アルダが叫ぶ。


「これは――!?」

 トクシーラの肉体が、アルダを貫いた腕から、急激に結晶へと変化していく。

 その肉体を取り込む結晶は肉体へと浸蝕していき、アルダが結晶と化したトクシーラの腕を愛しげに両手で触れて。

「貴方を大天使長の座につかせて泳がせていたのは、この研究もあったのですよ――聖刻で貴方の力を封じ!」

 全身を結晶と化しながら、力を弱めていくトクシーラを、アルダは貫かれている肉体で迫り、力強く抱擁する。

「魔界の長と天界の長は表裏一体――貴方が下級天使だった第三天使を取り込んだ様に、私も貴方を、封印、無力化した後に取り込む!!」

 自分より力量差が遥かにある相手を取り込む方法が、この聖刻だった。


 ――聖刻


 本来、これはアルダが誕生した時から、対魔界を想定した力だ。

 膨大な魔力を持っている生命体は、命を散らせた後、その肉体が魔石になる存在も居る。

 そして、疑似魔界であるダンジョン。

 その力を応用することで、疑似天界を張るための物だった。


 ダンジョンコアである結晶体は魔力があり、その膨大な魔力を持って疑似魔界を展開している。

 そして、結晶体を創る為の魔力を凝縮する力が、強い存在を封印する力にもなった。

 本来自然に発生する魔力から創れるダンジョンコアを、魔力を持った生物を封印し、疑似天界を張る道具へと昇華させた。


 最初の天使、第一天使が魔族に敗北した原因は、天界ではなく力が半減する生物界で戦ったからであり、だからこそアルダは生物界に、疑似の天界を創ろうとした。

 そして、突如現れた自らが真の大天使長だと名乗るトクシーラの存在によって、アルダは力を封印する力だけを制御することを企み、トクシーラを取り込む策へ到達する。


 幸いだったのは、トクシーラが、第三天使が誕生する前から、アルダは聖刻を創ろうとしていたことだった。

 本来は対魔族用だった疑似天界を張る力。

 そして、トクシーラを取り込むことを決意したアルダは、大天使長の座を譲りながらも、トクシーラに気付かれないよう天使の力を、他生物の力を封印する研究を進める。

 天使とは正反対だからか魔族には聖刻が効かず、仲間を試せば誓による信頼が落ちるので、疑似天界と封印する力は、主に生物界の冒険者を利用することとした。


 実験の最中、封印するはずだった冒険者を強化したことから、封印する効果とは真逆の、半天使を与えて強化する力もあると判明。

 これは、ダンジョンコアを砕くと起こる高揚感の派生なのだろうと推測し、アルダは生物界の協力者を強化する為の道具としても用いることとした。

 疑似天界はダンジョンと同じく外部から力を察知できず、それを利用して疑似天界内で研究を行う。

 誓の力で支配した下級、中級の第二天使を使い、トクシーラに対しての情報隠蔽も行った。


 世界の為だと理由をつけて誓の力で大量の天使を操ったアルダの計画が、ようやく達成されようとしていた。


 ようやく、トクシーラの力を封印する聖刻を完成させ、アルダは一気に計画を進めた。

 協力者である冒険者とリアッケを使って始動すれば、もう後には引けない。


 そして――アルダは頂上を奪還した。


 トクシーラの姿は、もうそこには存在しない。

 

 アルダの貫かれた腹部の修復は、完全に終わっていた。

 とてつもない聖魔力を身に宿したアルダは、達成感に包まれていた。


 感極まるアルダは、計画によって大きく変化した左腕を、前に突き出しながら告げる。

「四ケ月前のロニキュスのミスで完成を早めたせいか……完全吸収とはいかなかったようだが……」

 左腕が、神々しい結晶の腕となったアルダを、テニフィスとクレンが眺めている。


 そして真っ白く広大な空間で、アルダは宣言した。

「これで私は――神となった」

 膨大な魔力を湧き上がらせるアルダを、テニフィスは睨む。


 そんなテニフィスを、アルダは薄ら笑いを浮かべて聞いた。

「不服そうだな、私の剣テニフィスよ」

「今までの貴方の行動とこれからの行動……オレとしては……」

「だが、それが私達、奴がいう第二天使だ。君だって、私が神と成ったこと、悪くないと理解できている筈だが?」

 テニフィスは、アルダに跪き。

「オレは、いえ、私は……大天使長に仕える使命を持って生まれた存在――貴方に従います」

「ああ、君は最初からそうだったんだよ。だからトクシーラより、私の方に敬意を持っていた」 

 余裕を持ちながら、アルダが手の平を上空に突き出し、膨大な聖魔力の閃光で塔の屋根を破壊する。


 アルダは、テニフィスとクレンに対し、楽しげに告げる。

「さて、天界に舐めた事をしてくれた大魔王を、この手で滅ぼしてくるとしよう……君達は後から来るといい」

 破壊した部分から、アルダは物凄い勢いで飛翔し、魔界へと侵攻を開始する。


 その場に残された二体の上級天使は、跪いた状態から立ち上がる。

 テニフィスは前進し、アルダが開けた大穴を眺めている。

 全てが真実であり、先日話された計画通り進む事態に茫然としているクレンに、テニフィスは背中を向けたまま告げる。

「クレン、君は好きにしろ……ただし、これからのオレに付き従うことだけは、断じて許さない」

「テニフィス様!! そんな……ならば、私はどうすれば! どう、すれば……」

 それは、クレンにとって、衝撃的な一言だった。

 四肢をついて嘆き、呻き声を漏らしながらも、テニフィスに対して、何も言うことはできないでいる。


 テニフィスは振り向き、顔を上げたクレンに優しく微笑んで。

「――クレン。戦う事しか取り柄のなかったオレに、今まで付き添ってくれたこと……心から感謝する」

 そう告げると、クレンを置き去りに、テニフィスは身体を浮かび上がらせて、飛翔することでアルダの後を追う。

「――テニフィス様!!」

 今までのように付き従うことは、もうできない。

 クレンは嘆きの声を漏らし、立ち尽くすしかなかった。



――――――魔界


 魔王の秘書、スコア序列六位のモニカは、魔王城の中でその存在を察知する。


「な、なんだ、これは――ッッ!?」

 天界から魔界へと向かう存在を察知したモニカは、驚愕を虚空に向けていた。

 基本的に天界の存在が魔界に来ることはない、前のトクシーラが例外過ぎただけだ。


 そして、本来の方法で魔界に乗り込んできた場合、その存在を察知出来た瞬間、大体の力量が把握できるのだが――

「トクシーラ様よりもッ!?」

 まずその力に驚愕、そして他の天使は確認できず、一体なことに更に驚愕。


 そして、その存在が一直線にこの魔王城に向かってくることを、モニカは理解して叫ぶ。

「――単騎で魔王城(ここ)に来ると言うの!?」

 最初から全てが正気ではなかった。


 この魔王城に住まう魔族はモニカとダークアイが主な戦力で後は補助型だが、戦闘になればサポートすることで巨大な戦力となる。

 だからこそ、天使が単騎で攻め込んでくるということが、モニカは全く理解できていない。


 モニカは一目散に、ダークアイの部屋へと向かう。

 奴ならその正体が何なのか、もう理解できているはずだ。

 そして、共にルードヴァンの元に行き、迎撃態勢に入る。


 そう決意し、モニカが勢いよくダークアイの部屋のドアを開けると――


 肉体をバラバラにして、体液をまき散らすダークアイの残骸が、そこにはあった。


 思考が止まり、モニカは、声を出すことすらできなかった。


「――よう」

 部屋の中から、声が響き、モニカはそこに意識を向けた。

 そこにはダークアイの残骸と、一人の男の姿があった。

 窓が開いているのは、ダークアイから放たれた血の匂いを消すためか。

 それは、ダークアイの肉片を蹴り飛ばしながら、不敵に笑う。

 これは、もう、再生することができない、完全に死んでいる。


 その部屋に立っていた男は、木の笠を城内でも被り、鋭い切れ長の眼でモニカを眺めている。

 スラッとした長身の人間の剣士と間違われてもおかしくない存在。


 スコア序列三位、ファウスの姿が、そこにはあった。


 ――ダークアイが、死んだ。

 ファウスによって、殺された。


 モニカとダークアイが交互に持つ事となっていて、この日はダークアイが所持していたルードヴァンのトランスポイントである金の短刀を、ファウスは勢いよく踏みつけることで砕く。

 これでもう、ルードヴァンのトランスポイントは使えない。

「これをコイツが持っててくれてよかったよ、どっちにしろ殺してたがな」

「貴様ァァ――ッッ!!」

 モニカは怒気を極めた表情で眼前を睨み、そこに居るファウスへ殺意を籠めて叫ぶ。


 それを受けたファウスは、ニッと鋭い歯を軽く見せて、

「かかってきな、序列六位(モニカァ)ッ!」

 ファウスは獰猛な笑みを浮かべ、モニカに刃を向けた。

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