革命
俺がスコアに名前が載った衝撃的な出来事から翌日の朝。
昨日から考えていたことを、俺は三人に話していた。
「今日は俺が家事とか全部するから」
「「えっ?」」
俺がそう皆に告げると、ミーアとセレスは不安げな表情を浮かべていた。
なんだよ。俺だって四ケ月、まあ結構遊んでたりしたけど、そんな顔されると傷つくんだけど。
嬉しい反応をしてくれたのは、それを聞いて微笑んでくれたローファだけだ。
「なぜじゃ?」
「昨日の事で皆疲れてるだろと思ってな。俺だけ全快だしさ、皆に休んで欲しいんだよ」
といっても、見るからに疲れていそうなのは限界点薬を使った反動を受けているミーアぐらいなのだが。
エルフの里の回復薬で全快しているし、疲労もかなり抜けているのだろう。
家事にしても毎日皆でやっているけれど、流石に今日は全快な俺一人でやるべきだと思ってしまう。
「……大丈夫?」
不安げに、ミーアが聞いてきた。
「心配性だな、大丈夫だって」
あんまり信用がなさそうな気がする。
ここで活躍すれば、その評価が激変することとなるだろう。
「朝食だって俺が用意しただろ?」
「簡単なやつよ、昼と夕方はどうするの?」
「それも何とかするさ、洗濯も買物もだな」
「むむむ……私が結構キツいのは本当だし……ありがと、今日はゆっくりしてるわ」
不調そうなミーアは、少し不安げに、俺にお礼を言った。
常に綺麗になっているミーアの長い黒髪に、少し寝癖が見える。
いつも一番張り切って家事をしているし、こういう時は休んで欲しかった。
「それじゃ、わらわはちょっと、出かけてくるのじゃ」
「ああ、行ってらっしゃい」
そう言って館の入口で美少女姿のセレスを見送り、俺は風呂場の脱衣所に向かうと、ローファもとてとてと着いて来たので、俺は言う。
「ローファも、休んでていいぞ?」
「いえ! 私は元気です! ソウマ様のお手伝いがしたいです!!」
物凄く元気よく言ってくれたので、結局、俺とローファで家事をすることになった。
セレスは用事があるらしく、何処かに向かっている。
ロマネの元とか、色々な所に行くらしく、夕方には帰ってくるようだ。
そして、昨日スコアを見た後、不安定になった精神を落ち着かせようとしていた時に、セレスが言ったことを思い出す。
「その……ソウマとしては、挨拶を終えて結婚した事になっておるはずなのじゃが……特訓前に孕むと支障がでるからの、後二カ月は、その……待ってくれぬか?」
美少女姿で顔を赤らめながら、具体的な説明を躊躇っているセレスがとても可愛かったな。
結構申し訳無さそうなセレスの提案を、俺は受け入れることにしていた。
もう最大の問題だったエルフの里に挨拶が終わったからな、二ケ月ぐらい待つさ。
でも……その発言を昨日ではなく今日だったのなら、もう手遅れになっていたかもしれない。
そう思ってしまったのは、昨日の夜、いつも通りローファと一緒に寝ようとした時の事にある。
昨日の夜のローファは、それはもう積極的だった。
寝る前に寝間着を崩して肌を際どく見せながら、顔を紅潮させながら、切なげに俺の名を呼んで服に手をかけてきたからな。
セレスに言われたことを教えると、物凄くしょんぼりしていたが、それに発情した俺は色々と撫でたりしまくっていた。
とてつもなく幸せな夜で、色んな意味で危ない夜だった。
俺達は洗濯を始める。
三人の下着、特にミーアと美少女姿のセレスのを見て俺がドキドキしていると、それをローファがじっと見つめてくる。
白くて清楚そうに見えるも、リボンによる装飾の攻撃力が高いミーア、藍色の、しっかりとした下着がセレスだろうと、俺は勝手に推測しつつ。
「せ、洗濯するのだから、見えてしまっても仕方がないじゃないか」
そう言い訳をしながら、俺達は洗濯を続ける。
水魔法と風魔法と火魔法を巧い事調整する人も居るらしいが、俺達は館に備えていた魔道具を使っている。
後は干すだけなのだが、セレスの結界があるので近付かなければ見えず、盗られる心配もない。
盗る奴が居たら全力で殺すまでのことだ。
掃除はセレスの館は汚れることがないらしく、ゴミもあまり出さないので全く問題はなかった。
ローファのお陰で問題無く昼食を終えて、俺はローファと手を繋ぎながら買い物へと向かう。
なんだかこうしてのんびりすることが久々な気がしてくるのは、昨日が壮絶過ぎたからなのだろう。
「でも……」
俺、スコアに名前が載ったんだよな……。
魔界天界を含む全世界の強者ランキング、九の生命を名前が記された紙であるスコア。
その序列九位に、九天命と称される存在に、俺はなった。
昨日スコアにソウマと名前が浮かび上がったのを知ってから、俺は何度もその紙を凝視してしまっている。
今では数分に一度確認してしまうから、今では机の上にスコアの紙を置いているほどだ。
自慢したいように見えてしまうかも知れないが、実際は何かの間違いで変わってないかを願っていた。
特に肉体に何か影響があった訳でもないのだが、未だに信じられない。
確かに、九位に名前があったセイラーンを倒したのだから、セイラーンの座に俺がつくのは当然だろう。
俺のことを知っているトウとエルドには、次に会ったときに説明するとしても、モニカは絶対気付くよな……。
もしかしたら、普通に俺の元へやって来るのかもしれない。
そうなれば、事情を説明するべきだろうな。
今回の件は、天界が下の世界に干渉してきているのだ。
もしかしたらその件について、モニカなら何か知っているのかもしれない。
今の所全く解っていないのだが、そうなると何が起きているのか、理解できるかもしれないな。
ローファは俺に全身を使ってしなだれかかりながら、俺達はゆっくりと街中を歩いていた。
身体を左右に震わせて、その感触をニコニコとお互い、楽しんでいた。
ローファの表情は幸せの絶頂といった風であり、俺も満面の笑みを浮かべるしかない。
再確認するように、俺はローファに聞いてみる。
「……結婚、したんだよな」
「そうですね……私は今、とてつもなく幸せです」
「ああ、俺もだよ」
全身が幸せに包まれたかのような気分だった。
ローファと結婚した後、ミーアとセレスも結婚する。
だから、村長夫妻に挨拶が終わった時点で、俺達の中では全員と結婚したこととなるはずだ。
しかし、日常に変化がないからか、実感は沸かなかった。
結婚式を挙げるべきなのかと思うが、俺達はそういうのを気にしてないからな。
でも、やりたいと思ってしまうのは仕方のない事だろう。
他の三人はどうなのだろうかと、俺は聞くことができないでいる。
特訓が終わった後に、聞いてみることにしよう。
俺とローファは手を繋ぐ。
指を絡めさせながら街を歩き、のんびりと買物を終え、二人で楽しく夕方の料理を作る。
そして夜、俺はローファと唇を交わしながら、世界に願っていた。
――この日々が終わらないでいて欲しい。
そう願いつつも、スコア序列九位という立場のせいで、俺は不安になるしかない。
――――――――
天界の最も高い塔、その最上階にある、広大で何もない、真っ白な部屋。
その中心にある神々しい白い椅子に、トクシーラは座っていた。
そこにやって来るはアルダ、テニフィス、クレン。
アルダを先頭に、少し下がって左右にテニフィスとクレンが跪き、アルダが語る。
「報告致します……リアッケは人間と組み、エルフの里を襲撃した様です」
跪いてそう告げるアルダに、テニフィスは僅かに反応したが、すぐに冷静となっていた。
「リアッケ君が何を企んでいたのか、即座に調査させていたけど――」
発言しながら身体を揺らしたから、白銀の煌びやかに輝く短い髪が揺れる。
優美にして12、3歳ぐらいにしか見えない小柄な少年だが、世界序列二位の力を持つ大天使長は、椅子から動かずに、不満げな表情を浮かべながらアルダを眺めている。
その瞬間――
トクシーラが、ピクリと、何かに気付き。
「なんのつもりかな……テニフィス君?」
トクシーラが不快そうな声を漏らすも、テニフィスは吐き捨てるように告げる。
「――貴方には失望しました」
跪いていた状態から起き上がりつつ、テニフィスは敵意をもった瞳をトクシーラに向け、そして右の指を二本突き出している。
「選ばれし上級天使が持つ神技能・決闘を発動。対象は貴方とアルダ様です。これでもう、アルダ様の視界から、貴方は離れる事が出来ません」
テニフィスの宣言を聞きながら、アルダが跪いていた状態から起き上がり、邪悪な笑みを浮かべて、
「決闘のスキルは規格外。本来ならスキルでは対処不可能である世界の力を持ってしても、この状況から逃げられなくなる……天使が持つ天界を瞬間移動する力も、これで使えない」
楽しげに、勝ち誇ったように語る。
「……なんの、つもりだい?」
今まで一度も焦りを見せなかったトクシーラが、初めて焦りを見せた。
椅子から起き上がり、アルダを見上げる形となる。
敵意を持った眼差しで見つめられながらも、アルダは余裕を見せて。
「それはこっちの台詞だよ。貴方は、いや、貴様はなんのつもりで、この天界に足を踏み込んだ?」
アルダは端麗な顔が大きく崩れながら、トクシーラを眺めている。
「踏み込んだ。か……」
何かを悟ったかのように、トクシーラが呟き、それを眺めているクレンは未だに跪いたままで動かない。
できれば嘘であって欲しいことを願っているも、反応からアルダの発言が真実だったのだと推測してか、全身を小刻みに震わせ、俯いていた。
テニフィスがそれを横目で悲しげに眺めながらも、アルダは告げる。
「まさか天使を取り込むことで、この天界のトップに君臨するとはね……」
そして右腕を前方にかざし、アルダは手の先に存在するトクシーラへ宣言した。
「貴方の正体は――大魔王ルードヴァンだ」
クレンは俯き、全身を震わせる。
テニフィスは敵意を持った鋭い眼光を、今まで従ってきた大天使長に向ける。
そして、楽しげな笑みを浮かべて宣言したアルダを、トクシーラは無表情で眺めていた。




