元仲間に絡まれる
朝、目が覚めたら魔王の秘書から俺のステータスが異常だと警告され、ハーフエルフの少女を助けたらプロポーズされてメイドにするという、激動の一日。
その一日のクライマックスとでもいうかのように、俺は彼女に絡まれていた。
四人用のテーブルで向かい合おうと思っていたのだが、隣に来るように命令され、俺の隣には、酔っ払っているミーアが居る。
ローファに向こうの席に座るように言ったが、離れているより近くで立っていた方がいいですと言われているので、俺の膝の上に乗せていた。
「ねーねー聞いてよソウマねー」
品行方正、才色兼備、理想的な女性。
一年間そうだと思っていたのが、まさか一日でぶち壊されるとはな。
今のミーアは顔は紅潮して無地の白シャツに下は黒色の長ズボンだ。
法衣を来た姿も大概エロかったが、今の姿も大きな胸がかなり強調されている。
いつも着ている装備であり衣装の法衣はテーブルの上にくしゃくしゃとなって置かれていた。
というか、普段着こんなんなんだな。
「なんですか、ミーア、さん」
「敬語やめてよ! 呼び捨てにしてよ! なによ二人きりの時はよそよそしくなって、普通逆でしょ?」
「そうだね、逆だね、それで、なにがあったんだ?」
反射的に敬語になったのを止めて、とりあえず話を聞くことにしていた。
というか、酒飲むとこんなんになるのか。酒は16歳から飲めるが、俺はあまり飲まない。
ミーアは「聖気が滾りますので」とかなんとか言って飲むのを断っていたが、こうなるのか。
ライトとできてるのか聞いたら殴られるんじゃねぇかな。
「というか、その子誰よ」
こえぇ……。
いつもの澄み切ったライトブルーの眼が、ドブ川の如き濁りだ。
ピッと指さされたローファが、ビクリと震えた。
えっ、今この状況で、ローファ紹介すんの?
パーティ抜けてすぐにハーフエルフの子のご主人様になりましたって言うの?
俺が?
「は、はい、私はローファと言います。ソウマ様にお仕えしていて、ゆくゆくは結婚する予定です!」
「へーそうなんだーえらいえらい」
ローファによる立派な自己紹介だった。
ミーアが満面の笑みでローファの頭をなでて、撫でられた彼女は「えへへ」と笑っている。
そうだよ、俺はこれが見たかったんだよ。
「ソウマ、どういうことよ」
そんで、これは見たくなかったんだよ。
敵意が、いや殺意が、俺の方に向けられている。
背丈がほとんど同じだから真正面でそれを受け止めている。
ローファには見られないように撫でている腕でミーアの顔を隠してくれているのが幸いだ。
ローファは質問されていると思っているのだろう、見上げた先にある俺の焦り顔に疑問を持っていた。
頭が動いたので撫でていた腕を戻すと、あの殺意バリバリの表情から、ちょっとムッとした表情にまで戻っていた。
苛立ち混じりに、ミーアはまくし立てる。
「なに? あたしが今日一日大変だったのに、あんたナンパしてたの? マジで? どう大変だったか教えてあげよっか?」
一人称が私からあたしになってる。
これは酔ってるからなのか、どうなのだろうか?
「関係ないこと考えてんじゃないよ……とりあえず、話すから、聞いてね」
ちょっと涙目になっている所が半端なく可愛い。
解るか?
今まで強気で絡んできた子が、急に弱々しく縋ってくるの。
「聞いてねッッ!!」
「はいッ!!」
ビールジョッキを勢いよくテーブルに叩きつける。今までのミーアからは想像もつかない行動に、俺は驚愕しながら話を真剣に聞くことを決意する。
ミーアが俺が追い出されたのを知ったのは、俺が追い出された翌日、つまりは今日だった。
今日集合と同時にいきなりレインとかいうレイアの弟を紹介されたという。
なにが「レインとミーアはできてる」だよ、できてねーじゃんと思っていたが、それはジェノンがやってくる前に伝えられたらしい。
そして、ジェノンはレインとミーアが付き合っていると思っているから、レインと付き合っているということにしておいて欲しいと言われていた。
いきなりこんなこと言われたら、普通にキレるだろ。でもまだ、ミーアは堪えたらしい。
「リーダーはやたら気を使ってくるの、違うって言っても、「俺もレイアと付き合ってるの隠してたからな」とか言ってさ」
実際は皆知っていたがな。
「そんでリーダーは剣聖スキル発覚したからかやけに上機嫌で、私達はダンジョン行ったわけ。レイラの弟がやけにあたしのこと触ろうとしてたけど、聖気で弾いたわ」
「ダンジョンに行ったのか」
「あたしも生活かかってるからね。もうすぐに抜けるつもりだったけど、抜けたらギルドカードから個人のお金を取り出せなくなるでしょ」
ギルドカードはパーティの金も数値で管理できる。
ギルドで引き下ろせるし、店がギルドと契約していると、カードで取引もできるらしい
しかし、パーティを抜ける場合、下ろさなければ抜けた際にパーティに均等に分けられるという欠点もあった。
だからこそ、パーティから抜けるのならば先に下ろすのが普通だし、除名の権限があるリーダーを信用できないのなら、ギルドの金を即座に下ろす。
しかし、パーティは信頼関係が重要なので、金の扱いが容易くなるギルドカードから必要外の金を下ろすことは基本的にしない。
するとしたら抜ける時であり、これはギルドカードの説明で最初にされているらしい。
でも、それに俺が気付いたのは昨日のことだし、パーティだとミーアとレイアしか知らなかったんじゃないだろうか。
ミーアはその辺ちゃんとしているな。
「いや、ソウマが抜けたからよ。多分、あたしがソウマの立場だったら、同じ目に合ってたんじゃないの、おかわり!!」
そう言いながらミーアが椅子を身体ごと近くに動かし、俺に体を預けてくる。
胸の感触を堪能していると、それを悲しげな眼でローファが見ていることに気付いた。
いや、これは俺とミーアを悲しんでいてくれているのか?
あまりにも差があるおっぱいのことで悲しんでいるのか?
どっちなのか解らず、ジョッキのビールをミーアが飲みだした。
「レインってのはまーまー戦えるんだけど、Cランクぐらいなのよね、でもリーダーは溺愛してるの」
「今まで従われるってことがなかったもんな」
その分の苦労がレイアとミーアに……いや、あいつはレイアも溺愛している。
いつもは俺がその分カバーしていた。
そうなると、今日はミーアが一番割を食っていたということか。
「それでさ、夕方、今日はいったん終わりってことにして解散したの、そしたらレイアの奴、あたしが一人でギルドに入ること想定してたみたいね。待ち伏せしてたわ。抜ける気でしょって」
「それで?」
「ジェノンもやってきてさ、あたしはもうここは嫌だから別のパーティに入るって言ったら「装備を全部置いていけ」ってわけの解らないこと言ってきてさ」
あれ、基本的に抜けるやつ全員に言う気なんだな。
ちゃんとレイアとレインが抜ける時にも言うのか、ちょっと気になる。
「そしたらレイアが「私は寛大だから、その杖と腕輪と指輪を置いていくだけで許してあげるわ」って、おかわり!」
法衣以外の装備全部じゃねぇか。
ただ断ってもジェノンが女性であるミーアに手を出すか解らないから、ちょっと緩くしたってことなのか。
「というか、あいつパーティ除名したら、パーティの金取れないってこと知らねぇんじゃねぇのか?」
「そうっぽいね。レイアが巧いこと言いくるめたんでしょ。リーダーは仲間のことしか考えてないから」
レイアが正しいと思って動いていた末路だな、でも強いし、あの三人でも何とかなるだろう。
「やり合っても痛い目みるだけだし、泣き寝入りしたわ……ギルドもこういうトラブル対処するようにすればいいのにね」
確かにそう思うが、ギルドは事前に説明もしているからな。
ギルドの言い分だと。そんなリーダーと組んだ者が悪い。ということになるのだろう。
「……それで、この子はどういうことかな?」
いつの間にか俺の膝にいたローファをミーアが自分の膝の上に乗せて、撫でながらミーアが聞いてくる。
顔を赤らめながらされるがままだったが、ちょっと驚いてもいるようだ。
俺だってこの状況にビックリだよ。
今日一日のことを説明すると、ジト目で見てくる。
「なんか……とんでもない一日だったのね、でも美人の秘書さんと関われて、こんな子をお嫁さんにできたってことね……」
「そうだな……まあ、昨日よりは楽になれたよ」
「なんで?」
「ミーアが俺に隠し事をしてなかったって解ったからな」
これは昨日から本当に気がかりだったことだ。
安堵した俺はそう言って、8割ぐらい入っていたミーアのジョッキを取る。
「あっ……」
「明らかに飲みすぎだろ、これは俺が貰う」
俺が飲み始めたのを、ミーアは黙って見ていた。
そんな様子を眺めて、ローファが首を上げて、ミーアに聞く。
「あの、ミーアさんは、ソウマ様と結婚なさらないのですか?」
その発言に、俺が吹き出しそうになったが、なんとか堪えることができていた。
状況に慣れてきたとでもいうのかな。
これぐらいじゃ、驚かないぜ。
「そうね……ねぇ、2番でも3番でもいいから、私を貰ってくれませんか?」
「ぶッッ!?」
流石のこれは許容範囲をオーバーし、俺はビールを吐き出した。
なに俺、魅了スキルでも手に入ってるの?
いや違う、ミーアは明らかに酔っている。それだけだ。
「今日一日、ソウマが居ないってだけで何もない気がしたのよ。解る? 寂しかったのよ?」
確かに、リーダーはレイアと関わっていて、レイアもリーダーを利用していた。
そして今日、俺が抜けて、レイアの弟が入ってそれがより酷くなっていた。
いつの間にか、俺はミーアの心の拠り所になっていたのだろう。
「それに、ソウマもあたしと同じだからね……両親が居ないって、昨日知った」
ステータスカードのことか、ミーアのステータスは覚えていないが、神眼で見ればいいな。
ミーア
聖者
HP4599
MP8760
攻撃860
防御950+250
速度1050
魔力1150+100
把握1732
スキル・空間把握・調合
ミーアも俺と同じく、名前だけ、両親の存在が不明であり、拾われた人に名前だけつけられた存在だ。
こういう人間は結構居るらしいが、俺は今日まで知らないし、ミーアも今日まで俺の名前のことは知らなかった。
「同じ境遇で追い出されたって聞いて、心配になった」
「ここに来たのは偶然だけどな」
「ううん。ソウマは追い出されたのならこの街にいたくないだろうし、ここから近くて環境がいいキリテアの街に行くだろうけど、今日は多分移動費を稼ぐだけだと思ってた。それで移動費は稼げるけど時間的に明日になる。それなら野宿はしたくないだろうし、泊まるならレイアが来ないここだって確信があったから」
瞬間移動スキルがなければ、俺が石を喰わず、ステータスカードのまま強さなら、多分そうしていただろう。
普通に日帰りで行ける場所で倒せるだけ敵を狩って、キリテアに行く為の馬車を使う移動費を稼いで、ここに泊まっていたはずだ。
……つまり、俺が来ることを想定して、ここで待機していたってことか。
なんだかちょっぴり重い気がするのだが、気にしないでおこう。
「い、いや、でもいいのか?」
「なにがよ~」
ミーアはローファを抱きしめながら、俺にすり寄ってくる。
ローファの時は華奢過ぎて心配の方が強かったが、ミーアは凄く意識してしまうぞ。
そういえば触れたら聖気で弾くとか言ってたけど、俺はステータスが高いから弾かれないのか?
「さっきも言ったけど、俺はもうダンジョン潜ったりする気はないんだ。ギルドにパーティ登録もしない、ただモンスターを狩って、家手に入れて、のんびり暮らしたいんだ」
ミーアは確か、世のため人のために戦っていますと言っていたからな。
「最高じゃない!! 確かに平和の為に戦ってたし、それは素晴らしいと思っていたわよ。でも、今もう十分平和じゃない。じゃあのんびりしても、いいんじゃないかな?」
今日一日で大分色々ミーアの本心というのが解ってきた気がするな。
「それに、一年パーティやってきたから解るのよ」
俺は君が温厚でおしとやかな性格だと理解していたのをぶち壊されたけどな。とは、流石に言えない。
「のんびりしたいって言っても、目の前で大変なことが起きたら、ソウマは助けようとする。自分の周囲を守れるだけで、あたしは素敵だと思ってるわよ」
現にローファを助けているしな。その助けた彼女を見るとニコニコとしている。
ミーアとなら仲良くやれそうだと考えているのかもしれない。
その後は何度か嘔吐してぐったりしているミーアを部屋に運んだ翌日。
あの法衣を無くすのは俺が嫌だったし、嫁にするのだから料金は全部俺が払っている。
俺とローファは同じ部屋で眠ったが、ミーアは流石に別室の部屋を借りた。
昨日のことは酔っていましたという可能性もあるからな。
甘い声で「ねぇ、一緒に泊まらないの?」と言われたときは躊躇したが、流石に理性はある。
朝食をローファと共に摂っている。
ローファはとにかく何でもガツガツと食べていた。
最初はお金を気にしていたが、ミーアの姿を見て、というかその時の俺の反応を見て、成長したいと思ったのだろうか。
そんなことを考えていると、階段から法衣を来たミーアが降りてきた。
「おはようございます。ソウマさん。昨日は色々と、申し訳ありませんでした」
……おお、元に戻っている。
「ああ、気にしなくていいぞ」
「ふぅ、あー頭痛いわ」
いや、そういう意味じゃないんだけど。
そんな俺の心を読んだのか、ヘラっとミーアが笑って見せた。
今までの温和で暖かな微笑みとは違う、活発そうで明るい満面の笑み。
「結婚するってことはずっと一緒に居るんだし、素でいい? それとも……ソウマさんは、こちらの方が、よろしいでしょうか」
……正直、どっちもアリだ。
俺の気分で変わって欲しいといいたくなってしまうが、彼女に任せるべきだろう。
昨日酔っている時のことから、今まで俺を励ましたりしてくれてたのも本心だと解っている。
俺は水を手渡して、笑みを浮かべた。
「好きにしろよ……それで、結婚、なんだけど……とりあえず家買って、色々済ませてからにしようぜ」
ローファよりも先に、ミーアと結婚するという気持ちには、なれない。
とりあえず、一緒に居てくれるということが、今の俺には最高に嬉しかった。
装備も購入し、万全の状態にして、瞬間移動も使い、半日程俺達は歩いている。
キリテアの街が、見えてきた。