始動
あれから、二週間が経った。
俺が石喰らいの力を入手して四ケ月ほど経ったある日の夜、セレスと俺は館の大部屋で二人きりとなっていた。
話があると、ローファは先に俺の部屋へ、ミーアも寝室に戻っている。
反応から見て、ローファとミーアはこれからの会話を知っていそうだったな。
そして、セレスが真剣な表情で、俺に告げた。
「二人には先に伝えたのじゃが……後二ケ月もすれば、わらわが二人に教えられる特訓の過程が全て終わる」
――遂にか。
俺の全身を高揚感が襲う、とうとうこの時が来たか。
そう言われたが、俺は気になったことができた。
「……確か、半年から一年位かかるって言ってなかったっけ? 最速で終わったのか?」
俺の隣に座るセレスは紅茶を口にしながら、軽く頷いた。
「うむ。ミーアの調合によるステータス強化薬の力もあるがの」
俺が一緒に素材を取りに行ったりもしていた。俺が試しても全く効果がなかったが、普通に効果があったんだな。
セレス・キャレス
大賢者
HP53800
MP143000
攻撃5070
防御5480+350
速度5050
魔力13400
把握9530
スキル・身体時間操作・魔力強化・神眼・天眼・魔力覚醒
その効果もあってか、セレスもあれからかなり強くなっていた。
ローファはもうセレスを追い抜いていて、ミーアも限界点薬を使ってからステータスがかなり上昇しているので、後二ケ月するとセレスに届きそうである。
セレスはローファのステータスに関しては気にしていないのだが、ミーアに関しては、「わらわもミーア位の歳に鍛えておけば……」と、少し嫉妬混じりなことも言っていたりする。
期待に胸を膨らませながら、俺は質問した。
「修行が終わると、どうするんだ?」
どうなるも何も俺の中では決まっているのだが、一応聞いておこう。
「ソウマが言ったのじゃぞ? ローファの両親に挨拶して、わ、わらわ達と、そ、そのけけ、結婚するとな……」
途中で慌てふためき、ニヘラっと笑みを浮かべて、「でへへへ」と最後に満面の笑みを浮かべる美少女姿のセレス。
とてつもない可愛さだ。
四ケ月経っても全く飽きる気がしてこない、一生愛する自信があるぞ。
このふにゃふにゃになった状態を見られたくないから、俺と二人きりになっていたんじゃないだろうか。
現に、いつもはキリッと端麗な表情を浮かべるセレスだが、今では俺の隣に来て、しなだれかかっている。
風呂あがりなので物凄く良い香りが俺の鼻を突く。俺も同じ風呂に入ったことが信じられない程の香りだ。
すりすりと身体を迫らせてきて、柔らかい双丘やら二の腕、太股と、感触が何もかも凄い。
そんな俺の反応を見て満足げなりながら、セレスは語った。
「詳しくは明日話すが……これからエルフの里に行くこととなるのじゃから、わらわが知っている限りのことを、話そうと思ってな」
「……なら、明日でも良かったんじゃないか?」
「偶には、こうして甘えたかったのじゃ……」
そう言いながら顔を赤らめるセレスに、俺はドキドキとするしかない。
膝枕の時以来だものなと、俺はセレスと二人でこうしていちゃついていた。
そして翌日、俺とローファとミーアは、大部屋のソファーで並んで座る。
真正面に黒いスーツを着た、なぜか眼鏡をかけて、綺麗な姿勢で立ってビシッと決めている、最近だとかなり珍しい美女状態のセレスが居た。
どこから持ってきたのか、セレスの背後には黒板まである。
なんか、冒険者になったばかりの頃、ギルドの説明をしてくれた講師を思い出すな。
「そういえば……あの本に教師と生徒関係の本とか……あったわね……」
ミーアが何かぶつぶつと言っているが、その意味が俺には解らない。
ローファはこうして学ぶことがなかったからか、キラキラとした瞳をセレスに向け、セレスはそれを受けてニマニマとしている。
「今日は助手のローファも交えて、エルフの里について話そうと思う!」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「私も手伝いますね!」
隣のローファが、楽しげに手を挙げていた。
俺はエルフの里は全く知らないし、ミーアも少し程度だろう。
学ぶ場だからか、ここでのミーアは丁重だった。
ローファは住んでいたのだから知っていて当然か、セレスがどこまで知っているのか気になるな。
「話すとは言ったも、わらわは辿り着いたことがないのじゃ……というのもな、位置は大体解っておるも、見えなくする結界のようなものが張られておるのじゃ」
ならその教師姿は、ただ見せつけたかっただけなのだろうか、中々に好みだが。
この館も、近づかないと見れない結界が張ってあるんだったか。
コホンと咳払いをしつつ、セレスが話を続けた。
「昔、それでも一度興味本位で行ったことはあるも、エルフの里が何とか見える様になった時、一人のエルフの民が空を飛んで現れ、警告を出してきたのじゃ「理由なき者の干渉を私達は認めない。去らない場合、貴様は魔族とエルフを敵に回すこととなるだろう」とな」
「エルフか……」
俺は、隣のローファを眺めた。
ローファは別に耳が尖っているとか、そういう文献にあったエルフとはかけ離れている。
見つめていることにキョトンとしながら首を傾げる仕草が愛らしく、セレスがそれに気づき。
「うむ、ハーフエルフはエルフの要素がほとんどなくなるのじゃ。わらわが見たエルフは、文献通りのエルフじゃったの。ステータスは確か……魔力は4000ぐらいで、他は1500ぐらいのはずじゃ」
ローファはハーフエルフだったからか補正を感じられなかったのだが、セレスの発言通りなら、大賢者のようななステータスの伸び方なのだろうか。
ギルドならAランククラスの実力者だな。
そしてセレスは、ローファをじっと見つめ。
「わらわもこれぐらいしか知らぬのじゃ、ローファよ、詳しく教えてくれぬか?」
「はっ、はい!!」
ローファはかなり緊張している。
ぎこちなくセレスの隣に立つ姿が可愛い、癒されるしかないぜ。
「えっと……エルフは少数が村で暮らしていて、それがいっぱいあります! 三分の一ぐらいはエルフの最精長様であるフィリックス様の魔法実験場のようで、一部の精鋭のエルフしか入れません」
たどたどしくも、しっかりとローファが説明してくれた。
俺達はローファの過去のこともあって、エルフの里については聞けないでいた。
しかし、そろそろ挨拶するのなら聞いておくべきだろうと、ローファの許可を貰って、今聞いている。
セレスも初耳だったようで興味津々で聞いていたが、フィリックスという言葉を聞いて、ハッと何かを気付いたような表情を浮かべた。
「フィリックス……もしや、フィリックス・エルフィンではないじゃろうか?」
「はい! エルフィン様と呼んではいけないと言われていたので、それで合っています!」
その言葉を聞き、セレスは驚いたような反応を見せる。
「知っているのか?」
俺が聞くと、セレスは頷き。
「うむ……フィリックス・エルフィンは、トウがスコアに載る前、スコアに載っていた存在じゃ……まさかエルフの長だったとはの……」
そういえば、エルドもそんなことを言ってたっけ。
「あのさ、答えたくないのなら答えないで欲しいんだけど、ローファは、どこに住んでたの?」
おずおずと、ミーアが聞くと、ローファは笑顔で応える。
「はい! 私は外れの小さな村で暮らしていました。両親が居ないエルフの住むところで、皆で楽しく暮らしていました! そこで鍛えて里を守る戦士になったり、魔法の研究をしたり、作物を育てたりしています」
そういう所は普通に俺達と変わらないようだ。
しかし、外から向かうと警告されるのなら、ローファはどうやって人攫いに合ったんだ?
そのことを俺達が言いづらそうにしていると、ローファが応えてくれる。
「私は、他の村に行くおつかいを頼まれていました。その時に、急に誰かが私を眠らせてきて、気付けばエルフの里から出ていました……どうしてそうなったのか、全く解りません」
そこで、俺は少し気になったことを聞く。
「俺と会った時、両親に挨拶するって言ってたけど、両親が居ない所で住んでいたのか?」
ローファがその孤児院を経営している夫婦の娘だったとかなのか?
でも、ハーフエルフは忌み子として扱われるってセレスが言ってたな。
なら、人間はエルフの里で暮らせないのではないのか?
それを聞くと、ローファがシュンと項垂れて。
「ごめんなさい……私にとって村長の夫婦が両親だと思っていたので、あの時はそう言ってしまいました……二人に挨拶をしたかったというのは本当です」
ローファは、村長を両親だと思い、俺が神眼で見るまでハーフエルフだということも解っていなかったっけ。
あれからローファに対してエルフの話題はしなかったから、ローファが両親の事を気付いていても、話すことはなかったということか。
「謝る必要はない、ローファにとって村長が両親なら、結婚すると挨拶するのは当然だ」
理由もあるし、それを拒まれたら仕方がない、そう伝えておいてくれと連絡して、結婚するしかないだろう。
できればその村長の夫婦をローファに会わせたいのだが、エルフの里に入れるのだろうか?
警告を出してくるエルフの民とらやに、村長夫妻を呼んできてもらうというのもアリか。
まあ、二ヶ月後、エルフの里に向かって、その警告をするエルフに聞くことにすればいいかと、俺は考えていた。
――――三日後。
とある一隻の魔法船は、三人を乗せて大海原を高速で進む。
一人は後方で待機していて、背丈にかなりの差がある二人組は船首で前方の景色を眺めていた。
矮躯の方、黒髪短髪、非常に眼付きの悪い青年が、楽しげに呟く。
「エルフの里ってのは、見えてからも結構距離があるもんだな」
「随分ご機嫌だな、まっ、俺もなんだけどよぉ」
応えたのはその隣に居る巨躯の方であり、胴くらいまで背丈の差があり、まるで子供と大人だ。
実際は白く、スラッとした鎧で全身を纏った大人が巨大なだけであり、小柄な青年はそこそこ小さい程度だろう。
二人が談笑していると、空から二体の獣人が魔法船の前に現れ、小柄な青年が船に与えていた魔力を止めることによって船が止まる。
目の前に現れたのは犬の獣人と、豚の獣人。
犬は黒いドーベルマンを人にしたようで凛々しいが、豚人は酷く醜く、色もピンクなのが不気味でもあった。
「なんだテメェ等?」
不愉快そうに青年が聞けば、犬の獣人が応える。
「我等はこの里を守る魔界の精鋭、三魔士が一体、名をドルフと言う」
そして、豚の獣人が続く。
「俺はゲルガダル。此方も聞くが、ここから先に向かう前、警告を出したエルフが居たはずだ……貴様等、その者をどうした?」
ふっと呆れ気味に、小柄な青年が呟く。
「三魔士なのに一体いねぇじゃねぇか……おい、聞かれてるぞ?」
「ああ……そのエルフは食っちまった。結構美味かったなぁ。そのエルフは最期に考えてたぜ……三魔士でも、トップ以外は俺達に勝てないってよ。つまりお前等、戦力にカウントされてねーのな!」
その発言に、ドルフとゲルガダルはカッとなり、鋭い牙と歯を向ける。
「戯言を……」
「ぶち殺ッッ!?」
言葉を終えるよりも速く、空を飛んでいた二体の獣人は、驚愕することとなる。
物凄い速度で鎧が飛翔し、右腕を振り抜くことでゲルガダルの鼻っ面を殴り飛ばしたからだ。
「――よく解ってるじゃねぇか」
それを見る小柄な青年は楽しげであり、鎧はゲルガダルに向かって語りだす。
「この豚はお前が嫌いそうな楽器だからな……俺の名はセイラーン。今からお前を食っちまう存在だ!」
セイラーンと名乗った鎧は、吹き飛んでいったゲルガダルの元に、水上を滑るかのような動きで迫る。
「セッッ……セイラーンだと!?」
ドルフはセイラーンという単語を知っていて、驚愕するしかない。
世界最強の九の生命が記されたスコア。
そこに名を示す「序列九位」セイラーン。
存在こそ初めて見るが、まさかこんな鎧で全身を覆った存在だったとは。
その発言が真実なら――勝てる気がしない。
勝てる可能性があるとすればエルフの里で待機していたドルフとゲルガダルではない。
魔界に居る三魔士のリーダーだけであり、エルフの民は正しかった。
そう察したドルフが魔界へ一目散に逃げ、応援を呼ぼうとした瞬間。
「がっ、がああああああっッッッ!!!?」
痛覚に有り得ない程の刺激を一瞬で受け、絶叫をあげた。
バイオリンの弓のような道具を、いつの間にか間合いを詰めてきた青年が、弓毛の部分をドルフの毛皮に当ててきたからだ。
それだけなのに、信じられない程の激痛が、ドルフの全身を襲う。
「キャインキャインって鳴かねぇのか、まあまあな音色だな」
侮辱されていることの怒りよりも、今までにない程の激痛に、悲鳴を漏らす以外はなにもできない。
「さっきのエルフはあいつが食う必要があったからな、軽くしか演奏できなかったが……お前は最期まで奏でて構わない……だろ、鎧?」
楽しげに、セイラーンが応える。
「ああ! 大体のことは豚が知ってたからな、それで十分よ。音楽家クラジの演奏だ、心して聞けよ。自分自身を楽器としたレクイエムを奏でて貰えるだなんて、一生に一度あるかないかだからなぁ!」
いつの間にか船に戻っていたセイラーンが、楽しげに叫びながら手を振るう。
鎧の中身が見えるが、そこには何も存在していないことに驚愕し、激痛に絶叫するしかないドルフ。
ゲルガダルの姿は、どこにも存在していなかった。
「魔族でも所詮は犬畜生だな、30点ってとこだ。断末魔も大して心に響かねぇ」
演奏を終えたクラジが船に戻り、退屈そうにセイラーンに声をかける。
「まあいいじゃねぇか、前菜だ前菜。ここからメインディッシュの、美形なエルフの王様を鳴らせるんだからよ!」
「そうだったな、お前は食ったから、エルフの長とやらの御尊顔を知ったのか……」
「ああ、お前好みの楽器だったぜぇ」
そう楽しげにセイラーンが告げると、クラジは表情を朗らかにする。
「嗚呼……それはさぞ美しいのだろうな……そいつがこれからどんな音を奏でるのか、心底楽しみたぜ」
「違いねぇ……俺はエルフ共のフルコースだ! ははっ! はははははは!!」
クラジは悦に入り、それを見てセイラーンは楽しげに笑う。
すると、後方で待機していた一人の少年にも見える青年が二人の元にやって来て、前に見えるエルフの里を指差す。
早く行けというジェスチャーなのだろう、それを受けて、止まっていた魔法船が進行を始めた。
まるで部下扱いなその動作を見て、クラジは苛立ち気に告げる。
「チッ、丁重に頼めや」
「いや、クラジが喋るなって言ったんだぞ……これは最高だな! この事がギルドにバレても、全部コイツのせいにできるんだからなぁ!!」
そう叫び、無言の男を指差して陽気に叫ぶセイラーンに対し、クラジも楽しげな笑みを浮かべ。
「まったくだ、なぁ――寡黙剣士よぉ!」
黒と銀が混じった短髪の、端麗な顔をした青年は、無表情のまま、無言で後方へと向かった。
――――同時刻
俺達がエルフの里の話をして三日が経つ。
朝食を終えて、特訓を始めようとしたその時、館に異変が起きていた。
「えっ?」
「なんじゃ!?」
突如ローファが光ったかと思えば、少し距離を置いて、凜々しい、エルフのような女性が現れたからだ。
尖った耳、長い金髪、ローファと同じエメラルドグリーンの色をした、切れ長な綺麗な瞳。
背丈はミーアより少し低い程度で、そんな容姿を見ると、エルフだとしか思えない。
リリカ・ネルティ
エルフ
HP30700
MP33900
攻撃3400
防御3220+180
速度4280+220
魔力6030+360
把握2900
スキル・精霊の加護・全強化
普通にエルフだった。
ステーテスをとりあえず確認するも、全く意味が解らないででいると、ネルティが動く。
そのエルフの美女は、周りを一切気にせず、驚愕しているローファに対し、全身を使って頭を下げたのだ。
「ローファ・エタニア様……私達を救って下さい!!」
「……ど、どういう、ことですか?」
俺達と同じ気持ちなのだろう、いきなり頼まれたローファも、驚愕するしかない。
一から十まで全く意味が解らない。
とにかく、俺はいきなりローファに頼み込むエルフに、苛立ちを覚えるしかなかった。




