トウとエルド
ドラゴンステーキを食べた翌日、朝食を終えた頃、少しだけ困った風にロマネがやってきていた。
館の入口で、俺はロマネに聞く。
「連日で来るのは珍しいな」
今日も何かしらドラゴン料理をご馳走してくれるのか、期待してしまうぞ。
まあ、様子から明らかに違うというのは解っているのだが、とりあえず話を聞くべきだろう。
「これから普通にギルド長としての業務があるのだが……それよりも、重要なことがあってな」
「なんだよ?」
正直、今の俺はロマネの頼みなら何でも聞きそうな気がしてくる。
それほどまでに、昨日のドラゴンステーキが絶品だったからだ。
天使の石より美味かったんじゃないかな。
まあ、嫌な場合は普通に断る気でもいるのだが。
ロマネは、真剣な表情で俺を見て。
「トウとエルドがこの街に来ている、向かってくれないか?」
またこの街にあの二人が来てるのか、五日ぶりの再開になるな。
「何の用なんだ?」
「来た理由は解るのだが……ソウマを呼んで欲しいという理由が私にも解らないんだ」
どうもロマネはそこまで焦っている様子でもないし、近くに来る用事が何かあったから、話がしたいだけかもしれないな。
俺がそう考えていると、ロマネが話を続ける。
「……詳しくは、二人から聞いてくれないか?」
「わかった」
ロマネは完全に俺とトウ達の連絡役として使われているな。
この館の場所を教える気はないから、これからも頼りにするけれど。
エルドは見た感じ男気溢れているし、トウはスキルがアレだとしても美形だからな、絶対に、そんなことはどう考えてもありえないとは思うが、平凡な見た目な俺は万一が怖いのだ。
宿は前と同じであり、俺はトウとエルドが待つ部屋へと向かった。
俺の姿を見て安堵するトウと、豪快な笑みを浮かべるエルド。
いきなりダンジョンに行こうということはなさそうだな。
そして、俺達は椅子に座り、トウが告げる。
「今日、ヒメナラちゃんとデートをすることになった」
キリッと告げたその一言に、俺は動揺を隠しきれず、叫ぶ。
「マジか!!」
「我も驚いておる。内気なこいつにここまでの度胸があるとは!」
――本当か?
トウの妄想なんじゃないだろうな。
トウはそれはもうウキウキとしていた。
「六日前、ソウマと共にダンジョンに行く前の日だな、この街を案内された時に約束した。向こうから誘ってきてくれてな、今日ならお互い空いていたし、ヒメナラちゃんに今日確認もした。用意があると言って今から一時間後に待ち合わせをしている」
「マジでぇ!?」
「我も驚いておる、こいつに春が来るとはな!」
なんかさっきと同じ流れになったけど、驚いたのだから仕方ないじゃないか。
そういやダンジョンに行く前、最高だったって言ってたな、そういうことかよ。
ちょっと気になったことがあったので、俺はトウに聞いた。
「……トウって、何歳だっけ?」
「……28だけど、愛に年齢は関係ない、そうだろ?」
自信満々に言ってくるな、端麗な顔で言うと説得力があるぜ。
確か、ヒメナラが16だったか……?
あいつ、同い年の俺が同い年のローファと戯れててもロリコンって言ってくるんだけど。
人類最強の称号があり、美形ならセーフってことか?
――クソが。
いやいや、今の俺は友の恋を応援しなければならない。
俺には三人も嫁が居るのだ、余裕を持たねばな、うん。
……あれ?
俺は気付いた事がある。
「なんで俺呼ばれたんだよ?」
いらないだろ。
「不安だからだよ!」
「全く理解できぬ! お互い好意があるのなら、即刻まぐわればよいではないか!」
よくねぇだろ。
俺だってまだだぞ、ふざけんなよ。
その発言を聞いて全力で俺に縋るかのような眼差しを向けるトウと、ドヤ顔なエルド。
トウはそんなエルドを眺めて。
「……と、いうことなんだ」
ああ、だから俺を呼んだのか。
人の見た目をしているけれど、エルドは長年を生きてるドラゴンだものな。
それにしては、「内気」だの「春が来た」だの言ってたけど。
案外、トウの為に人間のことを学ぼうとしていたんじゃないだろうか。
「我も人間の恋とやらを調べてきたが、やはりまぐわればよいとなるのだが……」
どうやら、俺の想像通りで、龍帝は真剣に悩んでいる。
俺だってよく解らないから、とりあえず本音をぶちまけた。
「呼ばれても……俺は頑張れよとしか言えないぞ」
「我もだ!」
よくよく考えたら俺って、デートは基本的に相手に任せてる気がするな。
一緒に買物行ったりはするが……あれ?
なんか密着したり、イチャイチャしたりはするが、それ以外で、俺から何かしたっけ?
僅かに悩む素振りを見せると、トウは俺達に向かって不安げに笑う。
「それだけでも物凄く嬉しい。だけど……不安だからデートを見てて欲しいんだよ」
「……はぁ?」
友とはいえ、他人のデートを眺めるのか。
俺はちょっと嫌だな。
「よかろう! 困った時は我とソウマがコッソリとアドバイスすればいいのだな!!」
俺と反して、エルドはノリノリだ。
案外こういうことを、やってみたかったのかもしれない。
でもこの龍帝、さっき「まぐわればよい」って断言したんだよな。
これはトウが俺を呼ぶのも、無理はないだろう。
「……まあ、エルドが余計なことをしないか、見ておくよ」
「余計なことだと!? 我はトウの助けになろうと!」
「嬉しいけど、まあ見ててくれるだけでいいって……ソウマ、頼む」
トウは今、内心ではバクバクなのだろう。
俺だって追放される前は、どこかの誰かと恋愛したいな~とか考えたりしていたのものだ。
気持ちは解るし、応援したいので、俺は大きく頷き、デートを尾行することにした。
こうして待ち合わせ時間より早くやってきたトウは、ヒメナラとデートを始めた。
ヒメナラは服装から違う、まず装備品がやけに高そうなネックレスだ。
ステータスを上げる効果もあるようで、普通の装備品だが、オシャレをしてきたということに、俺は驚きを隠せないでいた。
今のヒメナラは服もオシャレな水色のワンピースで、魔力に装備の補正が一切ないあたり、新装備というわけでもないのだろう。
俺達はコソコソと遠くで尾行している。
結構離れているが、二人の姿はよく見えた。
エルドが結構目立つので、ローブを被せることにしていた。
これなら、大きい獣人ということになるだろう。
獣人は珍しいのだが、だからこそローブで隠しているということで通る。
セレスの天眼は便利そうだなと、こうして尾行をすると思ってしまうな。
よくよく考えてみれば、トウって魂喰らいのことあるから、喋れないんじゃないか?
デートは買物から始まっている。不安になったのだが、ヒメナラはトウと結構普通に会話をしていた。
店員との会話は全部ヒメナラがやっているが、ヒメナラとトウは普通に話しているように見える。
呼び方も、「ヒメナラちゃん」と「トウさん」から、「ヒメナラ」と「トウ」に変わってるしな、いい雰囲気だと思う。
だからこそ、俺は普通に会話をしていることが、気になってしまう。
「……どういうことだ?」
「ああ、前に街を案内されたとき、ヒメナラとやらが言ってたぞ、私はあまりそのスキルの効果を受けないみたいって」
トウがヒメナラを好きだと思っているから、無意識化で魂喰らいが制御できているという話か。
セレスからそれを言えば魂喰らいのことをトウが意識するから、魂喰らいの効果をヒメナラが受けるのではないかと聞いていたので俺からは言えないでいたのだが、ヒメナラ本人は普通にトウに言っていたのか。
トウはどこかぎこちなく、普通に口数も少ないのだが、二人は楽しそうだった。
特に普通のデートだからか、俺達は暇だ。
「暇だな」
エルドがそう言葉を漏らす。
全くもってその通りだ。
だから、俺はエルドに聞くことにした。
「そうだな……そういや、エルドはトウとどうやって知り合ったんだ?」
スコアに名前が載っている龍帝と、こうして普通に会話ができるとはな。
まあ、追放される前までは、スコアも、龍帝の存在すら知らなかったわけだが。
俺の発言に少し驚いた表情を浮かべながらも、エルドは嬉々として応えてくれる。
「ふっ……我は人と龍の関係を人間側から知るべく、Sランク冒険者になった。ある程度増えたドラゴンを狩るのは当然だろう、狩られた方が弱者だったからだ。我等の生活圏に乗り込んできた人間には容赦をせん。しかし人の住む場所に乗り込んで人を喰らうことは禁止させた」
それは前にも聞いたが、そういえば、気になったこともあった。
「災害を出す龍もいたけど?」
「最初からその龍いた場所に、後から人間が住んだからそうなる。一応命令で距離を離したのだが、ある程度は覚悟すべきだろう……我は時々、海神龍がやられた後、この街にやって来たりもしておる」
「……そうなのか?」
初耳だった。
エルドは続ける。
「うむ。海神龍は五大迷宮から魔族が出てきた際、生物界を守る役割も持っておった。地・火・木・天の龍もだ。この下位五神龍、今では三神龍だが、五大迷宮の近くに住み着き、五大迷宮によって人間に生じる被害を抑える役割を我が与えていた」
結局、五大迷宮が人間に利益が出るダンジョンでもあったから、その周辺に人が住むことになったわけだが。
木神龍は五大迷宮の一つである樹海に住んでるらしいし、そういう役割があったということか。
「海神龍が倒されたからな、このキリテアの街は平和な街でもあるが、五大迷宮が近くにある場所としては一番防衛能力が低くなっておる。なので、時々見に来て、すぐ王都に戻ってきているということだ」
散歩感覚で、この街を見守ってくれていたのか。
「ここのギルドで一番強いのがロマネだからな。いや、彼女も十分強いのだが……」
ちょっと気になったので、俺は聞いく。
「俺達が海神龍倒したのって、マズかったのか?」
「まさか。地と海は災害を起すのだから仕方がないだろ、倒された弱者が悪いが、我も生物界を守る龍帝。地神龍の場所は王都が近いからSランク冒険者達が集結しておる。ここだけ、ちょっと気になっただけだ。我が飛べばすぐだからな、そこまで気にせんでよい」
いつもならエルドの言葉の音量はかなり大きいのだが、尾行中なので小声で会話をしてくれている。
抑えても普通の音量ぐらいなのだが、トウとヒメナラは気付いていないようだ。
「話がそれたな。我はSランク冒険者になったが、当然、我は龍帝だ。持ち前の威圧感のせいか、誰も我に関わろうとはしてくれなかった」
それは……仕方がない気もする。
ステータスが明らかにぶっ飛んでいるからな。
俺も、最初にトウとの戦いを止めてくれた件がなければ、警戒しまくりだっただろう。
「12年位前か。トウのやつがSランクになったばかりの頃、我は挨拶に向かった。スコアに名前があった存在でな、気になったというのもある」
ここ十年でスコアの変動はトウとエルドが入れ替わっただけだったか。
「トウって、そんな前からスコアに名前が入ってたんだな」
「恐らく、セイラーンがトウを自分よりも強いと認めたからだろう。それも12年位前だ。その前は確か……エルフの名が入っておったかな?」
エルドは龍の話を時々してくるも、スコアの話になったのは、これが初だな。
普通に気になり、俺は質問する。
「倒すか認めたら、スコアが上がるのか?」
「うむ。しかし8位以上でなければならぬがな。我は今のソウマよりセイラーンの方が強いかも知れぬと思っておるから、ソウマをスコアに載せることはできぬ」
「いやいやいやいや、載りたくないから」
ああ、会話の流れ的に、俺がスコアに名前を載せたいって思ったのか。
それはシャレになってないぞ!?
そこまで目立ったら、何が起きてもおかしくはないからな。
エルドは話を続ける。
「当時のトウはそれはもう暗かった。そしてその理由はすぐに我の身体の影響から解ったがな」
「魂喰らいか」
「うむ。トウは我に会話をしようとしてこなかったが、我は積極的に会話をした」
「なんでだ?」
「我を恐れなかったからだ。むしろ悪いと感じていた……解るか? この龍帝エルドが、人間に遠慮されたのだぞ!」
ちょっと力が籠もった発言になったので、俺は周囲を眺める。ヒメナラ達は気付いてないな。
そのことをエルドは嬉々としながら話す。
「……七年前、少しショックを受けた事があったのだが、その時、トウは我に言った。「なんか俺の方がお前より強い気がするから、勝負しようぜ」とな」
「ショックを受けてる時に、叩きのめそうとしたのか……」
唖然としている俺を見て、エルドは首を左右に振う。
「違う。よく戦わないかと我が誘っていたからだ。戦うことで、我を励まそうとしていたのだろう……トウの強さは知っていたが、我が敗北を認めるほどの強さとは想定してなかった……喜んでスコアの順位を渡した。それで更に、奴は怒っておったが……」
奴って誰だ?
更にってことは、エルドがショックを受ける理由にもなった奴ということなのか?
俺が聞こうとした瞬間、エルドがピクリと、何かに反応した。
トウとヒメナラはショッピングを楽しんでいるが、エルドは人混みを指差して。
「……あの者、さっきから二人を尾行しておる」
「どの者だよ?」
俺は今まで気付かなかったが、エルドは解っていたのか。
気配の消し方、人の間に紛れるのが巧いのだろう、全く解らなかった。
何度かその男をエルドが指差し、説明を入れることで、俺もその男を把握する。
ヒメナラのストーカーだったりするのだろうか?
トウとヒメナラははカフェに入り、二人はテーブルに座り、その尾行している男はカウンター席に座っていた。
俺達も二人と、謎の男が見えるテーブル席に座り、適当に注文して様子を見る。
一人でカウンターに座っているその男を、俺は神眼で確認した。
ミザン
軽業師
HP6830
MP2300
攻撃620
防御680+30
速度1684+330
魔力650
把握2140
スキル・窃盗・把握強化
なるほど。
こいつが昨日ロマネの言ってた盗賊か。




