ドラゴンステーキ
あの最高の猫祭りから二日後。
昼になる少し前、館にロマネとヒメナラがやってきていた。
天眼によってセレスが確認したので、俺が扉まで向かうことにする。
扉を開けて、俺は二人をじっと眺めていた。
長身で鎧を纏い、赤髪のセミロングな大人びた麗人のロマネ。
黒マントをつけた白い制服のような服装をした、黒髪短髪のおかっぱが非常に似合う小柄な美少女ヒメナラ。
その二人を眺めて、俺は真剣に思う。
(――この二人も猫の姿にならないかな)
ロマネは気品ある感じになりそうだし、ローファが動の子猫だとしたら、ヒメナラは静の子猫になれるだろう。
そんな俺を見た二人の反応は、別々だ。
「なんだ、随分と機嫌が良さそうだな」
「絶対……ロクでもないこと考えてる……」
楽しげなロマネと、明らかに俺に対してドン引きしているヒメナラ。
「そ、そんなこと、あるわけないじゃないか」
ロクでもなくはないからな。
素晴らしいことを考えている。
大部屋に案内して、別室で特訓をしていたセレス達三人もやって来ていた。
俺の左右にローファとミーア、そしてテーブルを挟んで正面にロマネ、その左右にセレスとヒメナラ。
ロマネがくるとこの並びにしようと、セレスが提案した。
大体セレスが話を聞くから、ロマネの正面にセレスが一番いいと思うのだが、セレス的にはこの館の主が俺だからとのことだ。
ロマネの隣で、美幼女姿のセレスが聞く。
「今日はミーアの薬を試したり、魔法陣による特訓を受けるか?」
いつもやっている事だし、俺はもうそれをしてもステータスが上昇しないので、暇で外に行ってぶらぶらして瞬間移動の範囲を広げたり、モンスターを倒したり、適当に趣味を持とうとしたりと、それはもう適当に楽しく過ごしていた。
セレスの言葉を聞き、ロマネは軽く頷き。
「今日は用事があるので、その後でお願いします。先に話したいことがありまして……」
「なにかあったのか?」
俺がそう聞く、ローファは俺に身体全体を使って幸せそうに擦り寄ってきているので、発言によってセレスから俺に視線を変えたヒメナラがちょっと嫌悪感を持った瞳でじっと見てきた。
俺が微笑みながらローファの柔らかな頭を優しく撫でていたこともあるのだろう。
別にいいだろ、見せつけても。
歳だって同じだし、ヒメナラがよく言うロリコンではないぞ。
それをヒメナラ本人に言ったらなんて返ってくるか解らないから言わないけどさ。
すぐ特訓の続きをする予定だったのだが、話をするとなったので、セレスとミーアが飲み物を持ってきていた。
ヒメナラはコーヒー、他は全員紅茶が行きわたり、紅茶を口にしてロマネが話を始める。
「最近、キリテアの街に盗賊が出現しています」
「……盗賊か」
普通に盗みを働く者だが、大抵は外で冒険者や行商人を相手にしたりする者が大半だ。
ギルドがある街に出没するというのは珍しく、俺に向かってロマネは続ける。
「ああ、単独犯のようでな。強い冒険者の装備を盗んでいるようだ……恐らく固有スキルの窃盗が使えるのだろう。すぐに気付くが、逃げ足が速くてな、昨日も出現した」
「窃盗スキルなんてあるのか?」
俺が固有スキルをあまり詳しくないというのもあるが、初耳だ。
疑問に対し、答えたのはセレスだった。
「うむ、装備を空けることで、扱う者の把握値の2倍より下の把握値を持つ人間に対して意識して発動することで装備を奪える……Aランクのレアスキルじゃ」
そして、ロマネが補足した。
「範囲は短いから接近する必要があるも、触れずに相手の装備を奪えるというのが強い。どうやらある程度奪う装備の調整ができるようでな、武器防具ではなく装飾品を奪うから、すぐに気付けないというのもある」
ギルドに登録した冒険者は高価な物はマジックバックに入れているから奪われる心配はない。
触れて持主が許可を出した人間にしか開ける事ができないというのもあり、盗賊達は脅しはするが、いきなり殺したりはできないらしい。
強い冒険者の装備品ならある程度は金になる。
捕まれば死刑か奴隷化か、まあロクな人生を送れないだろう。
「それで、わらわ達はその盗賊を対処しろということなのか?」
紅茶を半分ほど飲んでいたセレスが聞く。
街で被害が出ているのだし、助けるのは別に構わないのだが、まず盗賊とやらを見つけることができるのだろうか。
それを聞いて、ロマネは「いえ」と軽く首を振り、嘆息する。
「できればそうして欲しいのですが、私達も調査をしているもあまり情報がありません……街に来る時には気をつけて欲しいと、伝えに来ただけです」
「なるほど、解ったのじゃ……それで、話はそれだけか?」
結構長話になるかと思ったのだが、ただの連絡だったか。
俺としてはこうして五人の女性とティータイムできるだけで至福なのだが。
そしてロマネが、ここからが本題だと、真剣な表情を浮かべる。
「それもありますが……今日の昼食はまだですよね?」
なんだよ、催促かよ。
俺が呆れた面を浮かべたのを見て、ロマネがハッとする。
「ちが、違う! そう見えたかもしれないけど、今日の用事に、ソウマ達を誘おうとしたんだ!」
なんか嫌な予感がするな。
顔に出ていたのか、ロマネは微笑んで。
「ソウマが危惧していることは何もない。この時期、ここから離れた場所にドラゴンが生息するようになっていてな、昼はそのドラゴンの肉でバーベキューをしないかということだ!」
「ドラゴンでバーベキューするのかよ」
季節が変わると生息場所が変わるドラゴンも居ると聞いている。
数が増えすぎると人間が困るのである程度討伐するクエストが出たりするのだが、もうそんな時期か。
料理できるロマネが全く想像できないでいると、ヒメナラが呟いた。
「ロマネのドラゴン焼きは絶品」
眼を輝かせている。
今まで見てきた中でも特にテンションが高いヒメナラだ。
「そ、そんなに美味いのか……」
「子供の頃から美味かったのー」
どうやらセレスは食べたことがあるらしく、昔を思い出しているのかしみじみとしている。
そんなセレスの発言を聞いて、ロマネはグッと両手を力強く握り、気合いを入れていた。
「あの頃は半人前でしたが、今は完璧なドラゴン焼きを作れます!」
「へぇ」
それは魅力的だな。
お昼はドラゴンで決定だ。
キリテアの街から少し離れた館から、かなり離れた草原に、確かにドラゴンは存在していた。
普通のドラゴンって感じのドラゴンだ。名前もレッドドラゴンと特に変わった所はない。
小さく感じてしまうが、それはドラゴン状態のエルドを見たからだろう。
普通に俺達よりも大きい全長だし、ステータスは大体1000ぐらいある、Bランク級のドラゴンがうろうろとしていた。
もうこんなことを考えている間に、ロマネが数体のドラゴンを撃退して、他のドラゴンは逃げ去っている。
クエストならこれでクリアだろう、後は俺達はドラゴンの肉が食べて終わりか。
俺は結構ドラゴンと戦う気満々だったのだが、ロマネが私がやるから、見てればいいからと結構強めに言われてしまう。
なんかこだわりがあるのだろうか、今日の彼女はとにかくやる気に満ちている。
いや、海神龍をやり合った時も、こんな獰猛な笑みを浮かべていたような気もするな。
ロマネ、ステータスはセレスの修行で結構上がっているので動きの鋭さは段違いだが、扱う技や行動はあまり変わっていない。
自らの一族の技術を会得することはできていると、セレスが感心している。
「すげぇな」
「うむ……やつはドラゴン料理人にでもなりたいのかの?」
「ロマネ、最近色々と溜まってたから」
ストレス発散をしているというのか、物凄く鬼気迫る勢いで、ドラゴンを解体していく。
何が楽しいのか全く解らないが、ロマネは楽しげに素材と肉を分け、解体作業を終えた。
数体あったレッドドラゴンが、鮮やかに解体されている姿に、俺達は呆然と眺めるしかない。
そして、解体を終えて、驚く俺達を見たロマネは、物凄いドヤ顔を向けてきた。
俺達に驚かれていることがそこまで嬉しいのだろうか。
ミーアとローファは無言でロマネの動作を凝視していた。
こういう素材を分けるのは冒険者の頃にもやってたし、もう必要無いかもしれないけれど、覚えておいて損はないものな。
そして、バーベキューが始まる。
野菜や焼く道具はロマネのマジックバックから出てきていた。
俺達は適当に野菜を焼いていき、ロマネだけはドラゴンの肉を焼いていく。
焼けた野菜の串と一緒に刺すように小型の焼けている肉を持ってきて、刺すタイミングを指定してきたりと、ロマネは完全にこのバーベキューの支配者となっていた。
――実食。
「美味い!!」
「美味すぎるのじゃ!」
「ロマネさん、料理が物凄く上手だったんですね!」
「料理には自信があったんだけど、砕け散りそうになるほどよ」
仕切るだけはあって、串に刺したドラゴンの焼肉は信じられないほどに美味かった。
「おいしぃぃっ♡」
ヒメナラも凄く蕩けきった顔を浮かべている。誰だお前はと言いたくなるほどに表情が変化しているぞ。
そんなことは置いておけるほどに、この肉は、ドラゴンの見方が変わってくるレベルで美味い。
次にエルドと会うときは気をつけなければならないかもしれない。
絶対に龍帝をそんな目でみるつもりは一切ないのだが、そう感じさせるほどの美味さが、そこにはあった。
「はははっ! その串の肉はまだ前座! ここからが本番だッ!!」
俺達の絶賛の声を聞いて、ロマネは満面の笑みを浮かべている。
誰かに食べて欲しかったのだろうか、物凄く幸せそうな顔だ。
そして、見た目から物凄く美味そうなドラゴンステーキが、俺達の目の前に現れる。
厚みもあり、脂が凄い。
何からなにまで完璧というしかない程のステーキだ。
いや、俺はそこまでステーキに詳しくないから完璧かどうか解らないけど、今まで食ったステーキとは次元が違うのは、普通に解ってしまうほどだぞ。
厚いし硬いかと思えば、口の中に入れた瞬間溶けるかの如く柔らかい。
これ、ロマネの焼き方も凄いんだけど、レッドドラゴンの中でも最も美味い部分を俺達に出しているのもありそうだな。
残りの肉はマジックバックに入れていたが、どうするのだろうか。
ちょっと気になったりしたが、俺は目の前のステーキに意識を集中させるしかなくなってしまう。
最高の昼食だった、ロマネに感謝するしかない。
皆から絶賛されている彼女は、それはもう心地よさそうだ。
後片付けを終え、絶好調のロマネは夕方まで特訓をして、そのまま楽しげにヒメナラと街に帰っていった。
翌日、昨日はあそこまで何度もドヤ顔を浮かべていたロマネが、少しだけ困った表情を浮かべて館へとやって来た。
そんな顔されたら、何だって引き受けるしかないなと、俺は決意していた。




