モニカの驚愕
今回と次回は魔界の話になります。
side・モニカ
魔界の中心地に立つ、壮大にして低級の魔族は近づくことすらできない大魔王城。
そこの一室で、金髪の腰まで伸びたポニーテイルの美女モニカは怒っていた。
目の前には正座して頭を下げる鬼の少年、ラバードの姿がある。
理由は、三日前、この少年が起こした事にある。
魔族が生物界に移動できるダンジョンを使い、生物界に降りる。
それは構わない。
しかし、それは生物界で人間に危害を加えるなという、ルードヴァンのルールを守れば、の話だ。
腕を組んで仁王立ちの姿勢で、モニカはなんとか怒りを抑えながら、ラバードに聞く。
「……三ケ月前、私が言ったこと、忘れたの?」
天界と魔界の戦力を集めた会議の後で、色々と会議中の言動に問題があったラバードをモニカは呼び出して、忠告していた。
その忠告の一つに、生物界の事も含まれている。
しかし、まさか三ケ月で破ってくるとは、モニカも想定外だった。
「まさかまさか! 覚えていますよモニカさん!」
ラバードは何で呼び出しを喰らったのかも理解できていないようだ。
敬語で話してくる魔族は珍しいのだが、煽られているようにも聞こえてピキピキとしてしまう。
モニカは、冷淡にラバードに聞いた。
「……言ってみなさいよ」
「生物界に危害を加えない。ほら覚えてた!」
「覚えてるだけじゃ意味がないのよ!!」
モニカは床を怒りで踏みつけ、地響きを引き起こす。
おおーという喜びを含めた驚きの反応に、モニカは更に怒りを増す。
(ファウスの部下はこんな奴等ばかりだ!!)
これでも話を聞いてくるだけ、ラバードはマシな部類ではあるのだが。
流石に申し訳なくなったのか、鬼の少年は言い訳を始めた。
「いやいや、正当防衛ですって。私はオーロラを見に行きました。すると人間が見えました。私は挨拶をしました」
三日前にダンジョンを破壊される理由だったか。
主に魔族に原因がある場合のダンジョンコアの破壊は報告する義務があり、ラバードによる報告があった。
そこからダークアイはモニカにラバードのしでかしたことを簡単に、それはもう楽しげに説明してきたのだが、ちっとも楽しくはない。
確か、オーロラを観に行ったら、冒険者が居て、攻撃されたから反撃したんだっけ。
ダークアイが話していることから、これは真実だが、モニカは一応聞く。
「挨拶って……どういう風に?」
「確か……「僕より弱い人間の皆さん、こんにちわ!」です。事実しか言っていません。そしたらいきなり怒って、こいつ鬼だ。倒せば儲かるぞって言って」
きっかけを作ったのはお前自身じゃないかと言いたくなるが、確かに仕掛けたのは向こうからか。
「攻撃されたら反撃するのは当然です。加減はしたんですよ。なら、仕方ないじゃないですか」
確かに、他の頭のおかしい一部の魔族に比べたら、億倍マシだ。
理由があるだけでも許していいということになる。
ラバードの発言に嘘はないが、ラバードが本人が居ない所では師匠と呼んでいるファウスが生物界を観光するように勧めたというのが、モニカは気になった。
確かに、奴はよく、人間界に出歩いていると聞くが、本当にただの観光が目的だったのか。
生物界で人間に危害を加えることは禁止されているが、疑似魔界であるダンジョン内で人間に危害を加えることは禁止されていない。
禁止されていないとはいえ、ダンジョンがある所は生物界だ、普通はやらない。
これは、一部の存在しか知らされていないルールであり、ルールがあったとしても、ダンジョンで人間と戦いたいなんて考える魔族は基本的に存在しないこともあって、今まで変更はなかった。
それを人間に伝えることは禁止されているし、ラバードはそれを守ったという発言にも、嘘はない。
(なにか、目的があるのか……)
外に出て、鬼だからと冒険者たちが狩ろうとして、正当防衛で撃退する。
そうなれば、人間を襲った鬼が出た場所を探して対処するのは当然だ。
そのダンジョンにやって来た人間と戦う。
魔界と人間の通過ポイントを破壊させる。
魔界から生物界に移動できるダンジョンは、五大迷宮とほんの一握りの高難易度ダンジョンしか存在していない。
破棄されたとしても、そもそも魔界は生物界にあるのだから困りはしないが、モニカはどうも気になっていた。
しかし、もうお咎めはこの警告だけと決まったのだから、モニカにできるのは怒る事だけだ。
色々と説教したというのに、ケロっとしているラバードに苛立ちを感じるしかない。
「まったく……それにしても、貴方を倒すって相当ね」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ラバードは起き上がり、目を輝かせた。
「本当ですね!! セイラーンとやらは知りませんけれど、まさかエルドさんとトウさん以外で、私を倒す人間がいるだなんて、想像してませんでしたよ!」
モニカとしてははエルドかトウのどちらかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
報告してきたダークアイの楽しげなにやけ面が、瞼に浮かぶ。
(……まさか、ね)
ラバードは続ける。
「名乗ってはいませんでしたけれど、黒髪の普通そうな人で、剣士で、眼力スキル持ちでしたね。次は勝ち……次はありません!」
うっかり口を滑らせかけて慌てて抑える動作を見せたラバードだが、そんなことは些細なこととなる。
ラバードが説明したことによって、一人の人物を思い出し、モニカの意識が飛びかけた。
(――あいつっッ!?)
――またソウマか。
Sランク冒険者のエルドとトウが解決したと聞いていたのだが、一体全体何があってその二人と関わっているのかが理解できない。
ギルドに入る気はないと言っていたはずだが、どういうことだ。
しかし、ダンジョンに入っても構わないと言ったのは他ならないモニカだ。
軽率な行動は控えてくれと、釘をまだ何本か刺しておけばよかったんじゃないかと、頭を抱えそうになっていた。
今回の件で悪いのはラバードだし、仕方のないことだと、モニカは諦めた。
話が終わったので、ラバードは軽く頭を下げる。
「それじゃ、私は師匠、じゃないや、ファウス様の元に戻りますね!」
ちょっと気になったことがあり、モニカは聞く。
「……あのさ、私の前だと、別に自分のことを僕って呼んでいいのよ?」
「いえいえ! ファウス様とルードヴァン様とモニカさんとレグロラさん。後会議に出てくる大天使共には私で対応します!」
(大天使共って……)
天使相手なら様付けとか敬語で話すのは嫌だということがひしひしと伝わってくる。
モニカはスコアにも名前が乗っているのだが、「様」じゃなくて「さん」なのがちょっと気になった。
実は舐められているんじゃないだろうか?
いや、この少年はいつもこんな感じか。
そして、そのラバードは楽しげに告げる。
「レグロラさんはエルドさんの名前を出したらやたら気にして、時々語尾に「エルドォ!」ってつけて叫ぶのが面白いんですよ」
「それ、絶対に本人の前では言わないでね」
言ってラバードを潰してもらった方がモニカ的にはいい気がするのだが、万が一にもレグロラがやられた時が怖いからだ。
邪神龍レグロラ・アークドラゴン。
龍帝であるエルドをライバル視して、奴と馴れ合いたくないからという理由で魔界に住むことにした。エルドと同じく人に変化できるドラゴンだ。
名前にあるアークドラゴンも自分でつけた辺り、エルドに対抗心があることがよく解る。
エルフの里を守護する三魔士のトップにまで上りつめた、魔族でもトップクラスの精鋭。
ルードヴァンの部下だが、ファウスとも関わり合いがあったのか。
軽い世間話を終えて、ラバードが謝罪し、魔王城から出て行く。
「しっかし、ファウスが師匠ね……」
あの暴虐武人という文字を魔族にしたかのような、魔界ぶっちぎりトップの戦闘狂が、半年も同じ奴を部下にすることができるとは。
人間界に行くだけでハラハラしてしまうのだが、何も起こさない辺り、ルールを違反する気はないようだが、魔界での殺戮は正気か疑うほどだ。
鬼人は父親を殺すまでは自由になれず、ラバードはようやく半年ぐらい前に父親を殺して自由になり、魔族殺しを始めてすぐに、ファウスが倒すことで部下にしていたと、モニカは会議の後で聞いていた。
ファウスは部下を一人か二人作るが、気に障った瞬間に殺す。
偶にある天界との会議の時には、部下を連れてきたりもするが、毎回変わるほどだ。
陽気な性格であるラバードによって性格が少しは穏やかになって欲しいものだとモニカは考えていると、背後から気配を感じた。
ダークアイのモニカの尻に伸びようとしていた手を、右手で払う。
背を丸めて黒いフードで全身が顔以外ほとんど隠れているというのに、尻に伸ばす手だけは俊敏で嫌になる。
「手厳しいのぅ……年寄りは大事にせんか」
「なんで私が悪いみたいになってるのよ!」
「すぐにカッとなるのは何とかした方がいいぞい、まあ、それが出来ないで生き延びたからこそ、ここまでの強さか。ほほっ!」
この大魔王城に住む魔族は、数体しか存在していない。
それも大体が補助系統の魔族であり、ルードヴァンによる「誓」を受けた部下だ。
魔族でも最大戦力であるモニカとダークアイ、そしてルードヴァンだけでも十分すぎる戦力であり、攻め込んで大魔王になろうと企む魔族は誰も存在していない。
この城は主に生物界の確認、魔界の問題とそれの対処がメインとなっている。
ラバードが城から出てすぐこれか、とモニカが考えていれば、ダークアイはほほっと楽しげに。
「……今、四階のルードヴァン様のボス部屋……じゃないか、大広間へ行ってみよ。面白いものが見られるぞ」
「……なによ、それ?」
こいつの面白いは、大体面白くない。
「それは、行ってみてのお楽しみ、じゃ!」
スキルを使い、そこに行った際のモニカの反応を見て楽しむ気満々のにやけ面だった。
それでも、気になることは気になるので、モニカはルードヴァンが居るらしい大広間へと向かう。
階段を上がり、頂上である四階層にやってくる。
そこにあるのは、大魔王と勇者が戦うためのフィールドとして、人間の意識にあるものを作ったらしい大広間だけである。
別にルードヴァンは誰とも戦うつもりはないようだが、雰囲気が大事なのか、四階は大体バトルフィールドになっている。
その大広間の中心地、大魔王の椅子という見るからに威厳の塊のような神々しい椅子に座るルードヴァンの姿が、モニカには見えなかった。
なぜか、本来あるはずの椅子の前に、今までなかった椅子の背が、存在していたからだ。
モニカは、僅かに首を傾げてしまう。
(いつの間に、こんな椅子を創ったのだろうか……)
とりあえず、ルードヴァンの元に、近づいてみる。
「ルードヴァン様?」
背の部分なので、椅子同士で向かい合っている形となる。
こんな物はなかったはずだが、どうして存在しているのかが理解できない。
黒い大魔王の椅子とは正反対の、真っ白な椅子であり、そこに向かったモニカは、その椅子に座る人物を見て、驚愕した。
そこに居るのは、この空間には場違いな、小柄なキラキラとした美少年だった。
「やあ、三ヶ月ぶりだね、モニカさん」
「えええええっっ!?」
優美な印象を持った小柄な美少年、トクシーラの姿を確認し、モニカは驚くしかない。
「な、な、な、な……」
スコア序列2位、天界最強の存在、大天使長トクシーラ。
天界の存在が魔界に来ることは不可能なはずだ。
もし来られたとしても、モニカ達はすぐ解るようになっている。
そのはずだというのに、当然のようにいる大天使長に、モニカは驚くことしかできなかった。




