ダンジョン
翌日、朝っぱらからロマネがやってきていた。
朝食の最中に大部屋に入ってきたので、俺達は食べながらロマネの話を聞くことにした。
「ソウマ、単刀直入で言う、トウ達と一緒にダンジョンに潜る気はあるか?」
「……はぁ?」
あるわけねぇだろ。
「どういうことだよ」
トウ達ってことは、エルドも居るだろう。
俺に対してトウが「俺はエルドとお前しか友達が居ないからな。ようやく友から、友達になった……」と言っていたことは三ケ月経っても覚えている。
あの二人がダンジョンに行くってことは、相当な難易度だろう、危険でしかない。
しかし、いきなり断るのもどうかと思い、俺はロマネから理由を聞こうとしていた。
そして、ロマネが語りだす。
「ああ、実はな、レヴィキ地帯を知っているか?」
「確か……オーロラが有名な所だろ?」
ここ三ケ月で行こうと考えていたのだが、かなり距離があるのでまだ行けないでいた物凄く寒い地帯だ。
この時点で行く気は起きなくなっている。
日帰りじゃないのなら、行きたくないからな。
「詳しいな、それでだ。あそこはかなり強力なモンスターが居るし、護衛でAランクの冒険者を何人かつけてオーロラを見る人が居るのだが」
今はそこまで大災害が起こっていたりしていないので、そういう依頼もあると聞く。
「最近Aランクの冒険者が、リーダーを含めて一人以外再起不能になったらしい。無力な依頼者には何も危害を加えず、金品を奪ったりもしない。パーティの一人だけは手を下さず、ほとんど半死半生の冒険者達を連れて帰れるように言ってくるらしい」
「なんだよそれ……」
盗賊ということでもなさそうだが、Aランククラスでもやられるから、Sランククラスが出張る必要があったということなのか。
「加減はしましたとその敵は言ったらしいが、死者が一人出たからな、エルドがその近くにダンジョンがあるからそれが原因の可能性があると言ったらしく、そこからトウと二人で調査を請け負ったということだ」
つまり、Aランク冒険者を倒した存在は、ダンジョン外から出たモンスターということなのか?
「……なら、二人でいいんじゃないか?」
「エルドが、どうせやるなら三人がいいって」
完全に友達と遊びに行く感覚だな。
まあ、あいつらの強さ的に、苦戦することはないだろうけど。
エルドには助けてもらった恩もあるし、トウにも色々と技術を教わっている。
一応、ロマネに聞いておこう。
「断わることって、できるんだよな?」
「ああ、無理なら二人で行くと言っていた。あの二人はソウマが来るのを楽しみに待ってたけどな」
そんなこと言わないでくれよ。
断りにくくなるだろ。
一応、俺は理由を語ることとする。
「……日帰りならともかく、二日もここから出たくないんだよ」
正直、それが本心だった。
レヴィキ地帯は飛行魔道具を使って最大速で飛ばしても片道で丸一日ぐらいかかるはずだ。
ダンジョン攻略は三人ならすぐだろう、しかし、生きと帰りで二日はちょっとな……。
「ああ、それなら大丈夫だ」
「はぁ?」
アッサリと、ロマネは続ける。
「エルドが龍化して飛ぶと言っていてな。王都からここまで数十分で着くほどの速度だ、レヴィキも数時間で着くと言っている。日帰りで帰って来られるだろう」
「それはとてつもなく早いな!!」
どんな速度が出ているというのか。
というか、普通に乗りたい。
世界最強規模のドラゴンに乗れるとか、二度とないかもしれない。
最悪、ヤバい相手なら瞬間移動のことを話せばいいだろうし、それなら、行ってもいいんじゃないだろうか。
セレス達はロマネと後からやってきたヒメナラと共に特訓を行なっていて、俺はちょっと軽率な行動かなと思いながらも、ロマネに教えられたトウ達の待っているという宿へと向かう。
教えられた部屋の扉を開ければ、なんだか満足げのトウと、俺を見て歓喜の表情を浮かべるエルドの姿があった。
「久しぶりだな」
トウは俺を見かけると、すぐに口元を緩めて手を挙げてくる。
「ああ、なんか楽しそうだな」
「昨日はヒメナラちゃんに街を案内されていたからな、しかも結構会話をしてくれるんだ。最高だったよ!」
テンションたけぇ。
ミーアから聞いた話によると、ヒメナラは魂喰らいの影響を受けていないんだったか。
恐らく無意識化で好きな者には干渉されなくしているのではないかとセレスが推測していたが、それを教えたら意識してしまうから影響を受けるかもしれないとも言っていたいな。
言ってやりたいが、教えない方がいいのだろう。
そして、俺の肩に衝撃が走る。エルドが強く叩いてきたようだ。
「おお! ここ三ケ月で少し強くなったか! どうだ? 我と戦うか?」
「どうだじゃねぇよ。戦わないって」
まだ俺と戦うことを、諦めていなかったのか。
エルドは、かなり楽し気だ。
「今から行けば、ダンジョンを攻略した頃合いにオーロラまで見れる! 最高の日帰り旅行になるぞ!」
「ダンジョンの中解ってるのか?」
「我はダンジョンに一度入れば大体解る! 一階層の広いダンジョンだが、モンスターは大したことないからな!」
流石は龍帝だな、そんなことまで解るのか。
なんだか急かしてくるエルドを先頭に、俺達はキリテアの街から大きく離れていく。
そして、龍の姿に変化した、いや、元に戻ったというべきエルドを見て、俺は唖然とした。
友の凄い所を自慢したいと言わんばかりに、トウが満足げな表情を浮かべて。
「凄いだろ?」
「ああ……これが、世界最強のドラゴンか……」
黒と金に煌めいた翼、灼熱の獰猛な瞳。
人が数十人規模で余裕で乗れる広大な背に乗り、俺達は空を飛んだ。
ゴツゴツとしている背びれに掴まっているが、物凄い衝撃が俺を襲った。
そして、どうやらレヴィキ地帯に来たようだ。
物凄い速度であり、時間までもが切り替わる景色に酔いそうになっている。
数時間というロマネの発言は本当のようだが、もはやこの地点が何時なのかも解らない。
周囲は暗い、まだ日が出ていないのか。
不思議な感覚であり、俺は放心状態になりつつあった。
「俺も、最初エルドの背に乗った時は、こんな気分だったよ。最高に心地よくてな」
「ああ……ある程度ステータスないと、地獄のような気もするけど」
昔の俺だったら、確実に景色を楽しむとかできずに、衝撃で意識が飛んでいただろうな。
ステータス値が高い事もあって、吹雪いていても特に気にならない。
なんだか景色が暗く感じる、雪で囲まれていてよく解らない空間に下ろされた俺達だが、先頭を歩くエルドに着いて行けば、大穴が見えた。
他は雪で埋まっているというのに、そこの広大な穴だけは、底が見えない程に深い。
「なんだこれ……」
「ダンジョンの入口だ! ここから入るぞ!」
そう人型に戻って雄々しく言うエルドに対し、俺はトウを見る。
トウもその大穴に驚いていたが、ふぅと嘆息していた。
一応聞いておこう。
「……本当にダンジョンなのか?」
「多分な、俺も、こんな形のダンジョンは初めて見るが」
そして、俺達はエルドを先頭に、穴へと飛び込んでいく。
結構な浮遊感を感じながらも着地すると、まるで洞窟のような入口が見えた。
上を見上げると、全く外が見えない。
壁を使って登ろうと思えば登れるが、エルドに乗って帰るのがよさそうだな。
ダンジョンへと入る。
周囲がかなり暗くなっていき、俺は物凄く少量の魔力で光魔法を使うことで周囲を照らす。
そうすると、モンスターが見えた。
角を生やした不細工な小鬼であり、見た目こそアレだが、ステータスは2000~3000ぐらいだ。
普通に考えて、これはかなりの強さになる。それが十組ぐらいの集団で獲物だと好機の眼を浮かべて、俺達に襲い掛かってくる。
「ふむ、このダンジョンは広い一階層のダンジョンのようだ。様々な通路に分かれているが、一番奥がゴールだな!」
「龍帝になるとそんなことも解るのか」
「便利だな」
エルド、俺、トウの順で会話をしている。
この間に俺とトウが剣を二回振って両断。エルドは握り拳を作り、三回ぐらい腕を上下させると、拳の拳圧か、飛びかかろうとした子鬼達の四肢が弾け飛ぶ。
会話をしている間に、グループデビルと名のついたモンスターは全滅していた。
「しかし……この程度のモンスターのダンジョンで、Aランクの冒険者が全滅するレベルの敵が外に出るものなのなのか?」
気になったので聞けば、トウとエルドが応えてくれる。
「ダンジョンの外に出ると、そこに住んでいたモンスターは少し弱体化される。だから知性がなければ出ようとも思わない……しかし、冒険者を襲った者は普通に喋れるらしいし、かなり強いことが推測できる」
「このダンジョンは魔界と繋がっているタイプのダンジョンだからな! 恐らく魔族がやって来たのだろう。しかしルードヴァンが人間に被害を出すなと警告しているはずだが……その魔族は頭が弱いのか、命知らずなのか、会ってみなければ解らぬな!!」
「魔界ってこの世界にあるんだろ? ならトランスポイントみたいなものなのか?」
「それに近いが……上の世界は瞬間移動が結構軽くできるようだ!」
そういや、中級天使ロニキュスも、平然と瞬間移動してたな。
この会話中に、俺とトウは襲い掛かろうとしてきた巨大蝙蝠、ダークバットの群れを切撃ちで葬っている。
霊山が異常だっただけで、普通はこうなるよなあ。
完全に友達と喋りながら遊んでいる感覚だ。
モンスターはダンジョンで生まれた存在で、魔族は魔界の生物だったっけな。
大体モンスターで一括りにされるのが普通だが、エルド達は分けているようだ。
「その魔族って、ここの核を破壊したら来れなくなるんだよな? なら、怒るんじゃないか?」
「まずルールを破っておるのはその魔族だ! まあ、危害を加えないという制限だけで、魔族が下の世界である生物界にやってくるのは自由なのだがな!」
「俺も何人か魔族と会ったことある。そこまで悪い奴じゃなさそうだったけど、スキルのせいか、俺とは関わりたくなさそうだったな……」
なんだか落ち込んでいるトウを、俺は励ます。
「気にするなよ。なんかルードヴァンって、世界を脅かす大魔王ってイメージだったけど、実際は逆のことしてるんだな」
「まあ、本人にしてみれば、ソウマのさっき言ったイメージの方が、人間同士の争いを抑止したり、色々都合がいいようだぞ?」
「そういうもんか」
ダンジョンの入口が底知れぬ大穴だったこともあり、誰もダンジョンだと思っていないのだろう。
やたらモンスターが多いのだが、俺達は全く気にすることなく、平然と倒して先へと進んでいた。
分かれ道が大量にあったのだが、エルドは全く迷うことなく先へと進む。
道中、トウとヒメナラについての会話やら、トウが俺の切撃ちを見てアドバイスやら、エルドのドラゴン達の生態についての話やらを聞いたりして、俺達は巨大な門に到着した。
恐らくは、ボス部屋だろう。
多分、二時間もかかってないぞ。
談笑が楽しかったこともあって、本当にあっという間だった。
「この先のボス部屋のモンスターを倒すか、倒さなくても、ダンジョンの核である迷宮核を壊せば終わりなんだよな?」
俺は一応、今までのダンジョンの常識を、二人に聞いてみる。
エルドは大きく頷き。
「うむ。核を破壊した瞬間に全員がダンジョンの外、あの大穴に出るからな。ボスを倒さなくとも、それで終わりだが、ここまで来たんだ、ちゃんと倒そうではないか!」
「このダンジョンのモンスター的に、ボスもそこまで強くなさそうだしな、綺麗に決めるか!」
「エルド、ソウマ、油断は禁物だぞ」
といっても、トラップの類も、トウとエルドはS級冒険者もあって、難無く突破している。
俺は絶対に要らなかった気もするのだが、会話が楽しかったし、いいだろう。
そして、俺達は広大な扉を開けた。
物凄く広い大部屋で、そこの二割ぐらいを占める質量を持ったゴーレムが、背後の巨大な結晶を守っている。
ガーディアンゴーレム。
ステータスは5000ぐらいで、モンスターとしては海神龍並みの強さだ。
そんなことを思っている間に、俺とトウの切撃ちが炸裂し、一気に半壊する。
修復作業なのか、損傷した箇所をギチギチ音を鳴らしながら修復に入ろうとした間に、エルドの拳がゴーレムの中心に直撃。その衝撃か、ガーディアンゴーレムは粉々に砕け散た。
「呆気ねぇ」
思わず、俺がそう呟いた瞬間。
――周囲に、異変が起きた。
「……なっッッ!?」
シュィィィンと、空間が切り替わった音が鳴り響く。
すると、俺の隣に居たはずの、トウと、ゴーレムを殴り飛ばすために前に出ていたエルドの姿が消えたのだ。
まだ迷宮核は壊していない。
赤くい輝きの結晶が、見えて――。
その結晶から飛び出したかのように、一人の少年が、その結晶から姿を現した。
跳躍力が高すぎたからか、俺の後方へと飛んでいて、変な感覚を受ける。
直勘から鞘から刀を抜けば、刃がぶつかり合った。
少年が腰の鞘から刀を抜き、横薙ぎの攻撃を仕掛けてきたようだ。物凄い速度、物凄い威力であり、俺は全力で受け止めている。
すると、一気に力が抜けたかのような感覚を受けた。その少年が後方へと下がったからだ。
目の前に居る少年は、俺より頭1つ分ぐらい低い、小柄な雰囲気の少年だった。
瞳は完全な黒一色であり、左頬に奇妙な赤い紋章が浮かんでいる。
服装も簡素な、赤シャツに黒ズボンというあまりにもシンプルなものだが、それでも威圧感を感じた。
禍々しい漆黒の刃をした刀を腰の鞘へと戻しているが、明らかに今までの存在とは次元が違う。
……なんだ、こいつは?
「いやーお強いですね。僕は感激しました! ただの人間なのにここまで強い人たちがいるなんて!」
手拍子を鳴らしながら、少年は楽しそうだ。
そして、俺は体中に寒気が走る。
……どうしてこうなった?
ラバード・ギラリク
鬼人
HP577000
MP10900
攻撃23500+700
防御20800
速度22000+250
魔力3400
把握4000
スキル・鬼・身体強化・戦闘領域
ステータスの偏りっぷりも気になるが、まず気になるのは種族の所だ。
鬼人。
確かに、ねじ曲がったかのような、小さな黒い角が二本、頭に生えている。
恐らくは魔界の存在だろう。
「眼力スキル持ちですね。正面を見て警戒する癖、気をつけた方がいいですよ」
一発で俺がステータスを見たことを理解したのか。
MP・魔力・把握は圧倒的に俺が勝っているが、他でギリギリ何とかなりそうなのは攻撃ぐらいで、防御と速度はかなり差があるな。
会話ができることが幸いだと、俺はラバードに聞く。
「……俺の友達をどうした?」
自分のステータスを知られても恐れない俺に興味を持ったのか、ラバードは真っ黒な眼を輝かせ。
「ダンジョンの力を借りて、このダンジョンのどこかに飛ばしました。結構離しましたけど、多分すぐにここに戻ってきますね。だからその前に……」
そう言って、ラバードは鞘から抜いた刀を向けてくる。
「ダンジョンのボスとして、他の人達が帰ってくる前に、まず貴方を殺しましょう」
「ボスはさっき倒したはずだけどな……」
やってられるか。
俺は瞬間移動を発動し、ダンジョンの入口まで逃げようとしていた。
流石に置いて帰るのはどうかと思う、3対1ならなんとかなるだろう。
とりあえず、発言通りならトウとエルドがここにやってくるだろうし、ちょっと待ってから瞬間移動でここに戻ってくれば何とか……。
――瞬間移動が、発動しない。
どういうことだよと、俺は遠回しにラバードに聞く。
「……逃げるってのは、アリかな?」
「無理です。僕のスキル戦闘領域は、一定空間で僕が解除するまで出られない空間を創る能力です。外部から入ることはできますけど、僕が解除するか死ぬまで出ることはできません」
「そうなのか」
後ろ手に剣を持ち、鞘から引いて戻す。
背後の迷宮核を破壊する為に迫った切撃ちの斬撃は、直撃する寸前で弾け飛んだ。
内心舌打ちをしていると、それを見て、ラバードが歓喜の声をあげる。
「おおっ、頭いいですね! 迷宮核を破壊すればダンジョンのルールで人間は皆入り口に飛んでましたけど、僕の方が上手でした! ギリギリ迷宮核に干渉されないように、戦闘領域を張っていたのです!」
跳躍で俺の背後に飛んだのは、持ち前のスキルで迷宮核を防御する為の策だったってことか。
だとすれば、戦闘の領域というだけあって、かなりの広範囲だと推測ができる。
結構迂闊だったなと考えながらも、俺はこの状況をどうするべきか、思案していた。




