ミーアと眠る
大聖堂の街ジャリアに向かってから翌日。
俺達は朝食をとりながら、セレスが今日からの予定を話す。
「今から三日間、わらわはローファと共に霊山というSランクモンスターが生息しとる場所へ向かう」
三日前と同じく、俺は途中まで瞬間移動で連れて行き、三日目はミーアとトランスポイントで移動らしい。
「……俺が行ったら、また何かしらSランク冒険者が居るってことはないだろうな」
「ないない! あの女と会ったのも偶然じゃったからの!」
「……街に行ったらミキレースさんの銅像があってね、驚いたわ」
銅像があったのか、それはビックリだが、称えられてるみたいだし、あの人は銅像映えしそうな見た目だったな。
ミーアは少し元気がなさそうで、それは大聖堂の修行に疲れているからではないのだろう。
というか、Sランクモンスターが生息しているのか。
「……それって大丈夫なのか?」
「わらわとローファのステータスなら問題はないし、トランスポイントもある。心配は無用じゃ」
胸を張る。美少女姿のセレスはそれだけで物凄い上下運動を見せるので、視線が動かざるを得ない。
二日間キャンプとなるが、ローファは「大丈夫です!」と頷いていた。
奴隷時代のことを考えると、結界で守られたテントを張れるだけでも天地の差だろう。
「行ってくるのじゃ」
「それではミーアさん! 行ってきます」
「うん……気をつけてね」
そう言って、ミーアを残して、俺は瞬間移動をする。
瞬間移動を行ない、向かう先を指差して、そこをローファが眺めている間に、前の様にセレスがやってくる。
セレスは美幼女姿になっているので、美幼女が二人ということだ。
美幼女二人で歩くというのは、別の意味で危険なんじゃないかとハラハラしてくるぜ。
いや、ステータス的に大丈夫に決まっているのだが。
大丈夫だとは思っているのだが、一応言っておこう。
「セレス、危なくなったらすぐに戻ってこいよ」
「わかっておるって……今回、天眼は全部持ってきた。念の為じゃ、あと、ミーアがちょっと心配での、半天使のことで、ショックを受けておるのかもしれない」
「ああ……」
あれから、ミーアは元気がない気がする。
ローファには気付かれないように振舞っているが、俺は一年ぐらいパーティで共に活動してきた仲だ。
セレスは普通に気付いたのだろう。
俺は頷き、セレスは微笑みながら、ローファと二人で霊山とやらに向かっていた。
色々と心配になってはいたが、俺は何度か瞬間移動を使い、館に戻ってくる。
「ただいま」
「おかえり。それじゃ、今日はどうしよっか?」
今日から、俺はミーアと二日間、二人っきりだ。
ローファの時は猫コスチュームを着せるという目的があったが、今回は特にない。
なので、俺は一度別の部屋に行き、鉄でできた浅い長方形の盆の上に、大量に乗せた酒の瓶を持ってきて、提案する。
「ちょっと……」
「今までローファが居たから酒を飲んでなかっただろ、今日ぐらいは飲もうぜ」
「まったく……そうね、ありがと」
そう言って今さっき適当に大量に買って、瞬間移動で別の部屋に置いていた酒を見せれば、ミーアは呆れたような、それでいて微笑みながら、グラスを一つとって、俺と乾杯した。
数分後、俺達は本音で話し合うことができている。
「だからさー俺はもっと三人とイチャイチャしたいわけなんだよ!」
「私もよ!!」
思い出したのは石喰らいスキルが発覚して追放された日の翌日の夜の事だ。
あの時のミーアはかなり本音で話せていたと思うし、だからこそ酒を飲もうということになった。
若干気分が高揚しているが、酔うことはなさそうだ。
これも全耐性スキルとやらか。
しかし、昂っているものは昂っている。
自制はすべきだと考えてはいるが、持ちこたえることができるのだろうか。
ミーアが俺に身体を預けてきた。
バサッと、俺の頬に長い黒髪がかすめ、いい匂いにドキリとしてしまう。
「ソウマはさー半天使スキル持っちゃったのよねー私より、強くなったったのよねー」
そう嘆きながら、俺に身体を摺り寄せてくる。
更にいい匂いがして、更に胸の柔らかい感触にドキドキとするしかない。
この調子でいくと、俺も酒の力で行くところまで行きそうだが、ローファが先だと皆が納得している。
大丈夫、耐えてみせる。恐らく、多分。
ミーアがこんなことになっているのは、推測だが、ステータスのせいだろう。
少しだけ頬が赤くなっているミーアのステータスを、確認してみることにしていた。
ミーア
大聖者
HP21000
MP52000
攻撃1890
防御2120+400
速度2430+120
魔力6590+510
把握3400
スキル・空間把握・調合
ローファがおかしかっただけだが、鍛えはじめて三ヶ月でこれは十分強いと思うしかない。
調合の特訓で自らの身体を強化しているというのもあり、セレス的にはこれでもかなり凄いようだ。
この時点で今のロマネを追い抜いているし、普通にAランク冒険者ぐらいの力だろう。
なので、俺は正直に告げる。
「いや、ミーアは強いよ」
「嘘ね。上剣士で半天使なソウマの方が、あたしよりも聖魔法が使えるんでしょ?」
なんでミキレースとセレスはそういうことをミーアに言ったのだろうか。
いや、これは俺がもしも使った時に、ショックを受けるのを避けたのだろう。
もしも戦闘になった時、俺がミーアよりも精度が高い聖魔法を使えば、ミーアはそこでショックを受けるかもしれない。
そうなるよりも先に、今ショックを受けさせ、受け入れされる目論見があったのかもな。
だけど、俺達はもう、戦う気はない。
そうだ。戦う気はないのに、どうして特訓をしている?
どうして、俺は当然の様に、ステータスを上げようと、技術を磨き上げようとしてるんだ?
そう黙りながら葛藤していた俺を見て、セレスが俺の肩に手をやって、力を籠める。
なんの抵抗もせずに、俺はされるがまま、ミーアの腹部に身体を預けることになっていた。
頭上に柔らかな、そして重量のある感触を受けて顔が赤くなってしまうが、それは見えていないはずだ。
「……ソウマは今、悩んでるでしょ? あたしが落ち込んだから、もう戦わなくてもいいと、強くならなくてもいいって……」
「……ああ」
「でも、この世界は何が起きてもおかしくないのよ。三ケ月前だって、結局ソウマはトウやエルドと戦った……ソウマの今のステータスだと、何が起きてもおかしくない。関わらないつもりでも、誰かに狙われたり、緊急事態でロマネ達が助けを求めてくるかもしれない」
全て可能性だが、そうなった時に困りたくはない。
「それにね。あたし達は強くなることが当然だと思って今まで戦って生きてきた。もうそうなったらさ、戦わないって思っていても、強くなるしかないって思っちゃうのよ」
……その通りだろう。
俺はミーアがショックを受けたから、それを放棄しようとしていたが、実際できるのか解らない。
暇といいながらもモンスターと戦っていたり、遠征に出ていたのだから、それぐらい解っていたはずだ。
だけど、ミーアの悲し気な表情を、見たくはなかった。
「俺は……どうしたら、いいと思う?」
「好きにしたらいいと言うしかないわ、それはあたしの言葉よ……ソウマが聖魔法をあたしよりも使いこなせるのなら、あたしはどうしたらいいのかなぁ……」
ミーアは震えながら、俺を抱きしめていた。
三ケ月前も似たようなことががあったな。
俺はあの時はミーアが必要だと言ったが、今回はステータスが、半天使というスキルが、ミーアは不要だと伝えてしまうかのようだ。
なんて言えばいい……ただ居てくれるだけでいいと、言えばいいのか。
何かがあって戦いに行くとき、ローファとセレスならなんとかなる相手だったから着いて行き、ミーアは待っていてくれということになったら、ミーアはどうなる。
名残惜しいが、俺はミーアの抱擁から抜け出し、彼女の柔らかい肩を掴む。
ビクリとしながらも、酒のせいもあって顔を赤らめているミーア。
「俺は半天使の力に、依存しない」
「……えっ?」
そうだよと、俺は閃いていた。
ただ単に、普通の事を言えばいい。思っていることを、言えばいいんだ。
「ミキレースさんにも言われたけど、俺は剣士だ。前衛で戦うしかできない。それはミーアだって解ってるだろ?」
「う、うん」
俺と一緒だった一年間を見て、すぐに納得ができたのだろう。
「今さっき、俺達四人で何かと戦ったらどうなるのか、考えてみたんだけどさ……」
頷いたのを見て、俺は続けた。
「俺が前衛で暴れながら後衛のサポートって、普通に考えたら無理だって!!」
ただでさえ、一対一の時は前方の敵に意識が行くのだ。
複数戦でも、俺は特攻するしかできない。今までそうして生きてきたし、それが正しいのだから変えるつもりはない。
「だから、俺は自分の回復解毒、背後から声がしたら適当に範囲回復、後は聖光ぶっ放すぐらいしかできない……ミーアはヒーラーとして、後衛として必要なんだ」
「でも、あたしは三人に比べてステータスが……」
「そういうのはカバーしながら戦う、今までやってきたことじゃないか」
今まで、俺達がパーティを組んで一年間、そうして戦ってきていた。
全体を見るセレスも居る。回復をしながら、聖光でサポートして戦うだけでも、十分なステータスだ。
「……うん、そうだね、そうだったね……」
俺と同じく、ステータスの数値やらスキルやらで、そのことを忘れていたのだろう。
さっきまでの元気のなさが嘘のように、俺達は笑いだす。
それからは夕方まで、修行の愚痴やら俺の趣味やらの会話となっていた。
そして夕食時、食事はいつもならミーアが主導で俺が手伝いぐらいだったのだが、今日は逆でやることになっている。
俺が調理をしていると、ミーアが珍しく色々と注意してきた。「ちゃんと測りなさい!」とか「時間を気にして!」とかだ。
色々と反省しながらもしっかりを覚えていきながらも、気になってしまう。
「急にどうしてこんなことを……」
「いつもはローファが居るからね、注意されたりしてるの、見られたくないでしょ?」
会話の時にミーアとセレスが居ない時、ローファと二人で料理したことも話していたし、そのこともあってなのか。
それから家事について色々と話を聞きながら、俺は眠りに着こうとした時である。
ミーアが俺の部屋に入ってきたのだ。
服もいつもと違う、黒いキャミソールのようだが、透けて白い下着が見えていた。
眠る前だと言うのに、意識が一瞬で覚醒してしまったぞ。
「ねぇ……ローファも居ないことだし、今日と明日はあたしと一緒に寝ましょ」
まだ酔っているのか、そう言ったと同時、俺の布団に入ってくるミーア。
「あ、ああ……」
ローファはその小柄な体つきから気にすることはあまりなかったが、これは凄まじいな。
寝転がっていると、柔らかい感触が俺に迫る、おっぱいどころではない、全てだ。
果たして眠ることができるのだろうか。
「……最初はさ、お風呂も一緒に入ろうかと思ってんだけど……多分、そうなったら、ね」
「まっ、まあ、そうだな……うん」
この館には十人ぐらいが入れそうなかなりの大きい風呂があり、男と女で分かれて入っている。
俺はいつも通り一人だったので気にしなかったのだが、そうか、風呂も入ろうかと思っていたのか。
もしそうなっていたら、ローファに申し訳がない状況になっていた気がするぜ。
色々と自らを押さえつけながら、俺は吐息がかかる距離でミーアと話をした。
ミキレースさんから教えてもらった体内に聖魔力を巡らす修業が役に立った。
体の血液が冷めるような感覚になるから、冷静になれるというもんだぜ。
距離が近いから視えているのか感じているのか解らないが、ミーアからは「下手ねー」と言われていたが、この状況だと別の意味に聞こえてダブルショックだ。
ミキレースは言っていた。「職は上剣士だしぃ、半天使補正でもこれ以上は聖魔力を使い熟せないかもぉぉ」と言われている。
まあ、基本的に使わない予定なのだが、まさかこんな形で役に立つとは思っていなかった。
翌日、なんとか眠りにつけた俺は、全耐性もあってか特に二日酔いもない。
ミーアが心配だったのだが、調合した薬で問題ないようで、それを俺も飲んでいた。
しかし、起きたら無防備なミーアがすやすやと眠っていたのには、よく自制ができたと自分でも驚いてしまうな。
「今日はさ、試したいことがあるのよ」
俺が主導の朝食(65点らしい)を終えて、真剣な眼差しでミーアが言った。
流石にローファのように模擬戦をしたいということはないだろう。
「なにをしたいんだ?」
「限界点薬の実験、ソウマにも協力してもらうから」
そう言って、ただのリュックサックから、数種類の調合の材料を見せてきた。
「だ、大丈夫なのか……?」
確か限界点薬って、副作用で飲んだ後に一日寝込むって聞いていたが。
不安げな俺だったが、ミーアは満面の笑みで。
「ソウマが協力してくれるなら、大丈夫よ!」
そう言われるが、本当に大丈夫なのだろうか。
不安になりつつも、俺はミーアの実験に付き合うことにしていた。




