ローファと模擬戦
昼食を終えて数分後、猫の姿となったローファを堪能した後で、服が動きやすい魔法剣士の装備に変わる。
それを残念に思うが、流石になんの装備補正もない猫状態で戦わせるわけにはいかないからな。
館から出た俺達は、モンスターが出ない、人気が一切ない草原でローファと向かい合う。
戦う前に一応、ローファのステータスを確認しておこう。
ローファ・エタニア
魔法剣士
HP107400
MP89420
攻撃9040+530
防御8590+390
速度10050+140
魔力9360+200
把握9000
スキル・精霊の加護・魔力覚醒
三ヶ月修行をしてこうなるのか、師匠がいいのもあると思うが、そういえばセレスも驚いていたな。
最初に石を喰らった俺を遙かに上回るステータスだ。
スキルが魔力変換から覚醒にもなっているが、セレスに比べると一ランク落ちている。
というか、スキルのランクは上げられることができるのだろうか。
とりあえずはと、俺は最初に説明をする。
「やる前に言っておく。俺とローファじゃステータス差は倍以上あるからな。ローファは全力で攻撃して構わない」
その発言に、僅かばかり驚くローファ。
「えっ……でも、流石にそれは……」
どうやら寸止めか、峰で攻撃する気だったのだろう。
さっきまでの勢いはどうしたのか、おずおずと少し脅えている。
「ステータス差は5倍以上までなら勝てるかもしれないとセレスさんから聞いてますし、私が本気でやってしまうと、大変なことになってしまうかもしれません」
「大丈夫だって、首、心臓部を狙わない限りはなんとかなるから、俺も軽く反撃するぞ、本気で来い」
「で、ですが……」
かなり遠慮しているローファに、俺は一つ思いつく。
躊躇いがちなローファに、俺は言う。
「俺の隣で立って戦いたいんだろ? なら、俺を認めさせてみろ」
それは、ローファが言っていたことだ。
ハッとした表情を見せたかと思えば、それはすぐにキッと引き締まる。
「……解りました。本気で、行かせてもらいます!」
強く決意したローファが、両刃剣の鞘を強く意識することで、鞘が消滅する。
いや、これは剣と一体になるらしい。
両刃の魔法剣。
セレスが所持していた装備でもかなり美しい装飾がされている。
それを前に突き出して突撃するローファはとても絵になった。
いや、ローファは本気で、俺と戦いたいんだ。
余計な思考は捨てて、全力で対処するべきか。
ローファの矮躯も相まって巨大に見える両刃から繰り出される突きを、腰の鞘から引き抜いた刀で俺は受け止める。
魔法剣士の剣技スキルである魔纏刃は、ロマネが海神龍の攻撃する瞬間に使っていたスキルのようだ。
ロマネの時は知らなかったのでロマネのスキルかと思っていたのだが、セレスが教えてくれた。
魔力値を減らし、それを攻撃値にして攻撃する剣技スキル。
その瞬間の攻撃値は、俺の防御値とほとんど同じだ。
魔法剣士は魔力で身体全体を強化している。
魔纏刃は刃に魔力を集中させるから、他が脆い。
俺はローファの剣による衝撃を受けながらも、後方に僅かに下がるぐらいに抑え、腕力で弾き飛ばした。
「いい威力だ!」
俺の評価に微笑みながらも、ローファの意識は戦いに向いている。
上に高く吹き飛ばされながらも、ローファは俺に向かって両刃の大剣を横薙ぎに振う。
当然、俺とローファには距離が結構あったが、ローファはそこから攻撃に出ていた。
「魔閃!」
叫びと同時、刃から、黄色い、魔力で出来た稲妻のような刃が、俺に向かって迫る。
魔法剣技スキル「魔閃」これも自分の好きな名前をつける流儀があるらしいが、俺に合わせたのか。
切撃ちで相殺するのがベストだが、切撃ちは加減間違えて直撃したら大ダメージ間違いないからなあ。
「……切撃ち」
ある程度意識を弱めながら、俺は切撃ちを放つ。
トウから教わったことを試してもいる。
斬撃を狭くすることにより、威力と精度を増す技術。
成功し、細い槍のような閃光が、稲妻の刃に直撃して空気に混ざるようにして消えた。
瞬時、ローファが俺の前方に接近する。
「つっッ!?」
普通に虚を突かれた。
これは加速線、一度だけ好きな体勢、好きな方向に加速するスキル。
ローファが覚えていたのを知っていたが、驚いたのは方向だ。
この方向なら、切撃ちを全力で放っていたとしても、ローファは魔閃を打ち破った俺の遠距離斬撃を回避しながら俺に迫ることができていただろう。
「そこまで計算して動いたのか!」
俺は驚愕したと同時。
「――魔纏雷撃!」
ローファは雷魔法を刻んだとも聞いていた。
その最大威力である天雷撃に魔纏刃を組み合わせたのか。
恐らく、これがローファの最強技なのだろう。
ローファは自らの肉体に電流を纏わせている。
これで更に身体能力を強化しているのが、よく解った。
攻撃は斜めから振り下ろされる前に、刃に向かっての魔力の放出によって直勘スキルで気付いている。
瞬間移動で背後に迫り、峰打ちを叩き込むことも、今の俺ならできただろう。
しかし、俺は戦特化を発動し、ローファ最大の一撃を、受け止める。
「いい一撃だ!! だけど……俺も強くなってるのさ!」
トウと戦う前なら、攻撃に瞬間移動で回避することによる対処も考えていなかったし、普通に喰らって負けていたかもしれない。
ここまで強くなっていたローファに驚くが、俺もここ三ヶ月で色々と強くなっている。
ステータスを強化した俺は、そのまま力で振り下ろしを弾き飛ばす。
それによって高らかに飛んだローファは驚愕し、受け身を取れずに地面に叩きつけ、慌てて起き上がろうとした所に、俺は接近して自らの刃を向けた。
ローファはそれを見て、シュンと項垂れる。
――勝負ありだ。
「わ、私の負けです……ありがとう、ございました……」
ローファは涙目になっていた。
三ヶ月間の特訓で、俺に並べるのではないかと思っていたのかもしれない。
そんなローファの青くサラサラとした髪を撫でながら、俺は説明をした。
「三ヶ月前の俺だったら、普通にさっきの攻撃を受けて終わってた。これはお世辞とかじゃない。ローファは無茶苦茶強くなっているさ」
正直、ステータス差で舐めていたというのもある。
それを反省しながら、俺は続けた。
「……この戦いはかなり参考になった。ステータス差が倍差あっても、負けたくない、勝ちたいと決意して食らいつけば、戦いになるんだって……ローファは本当に、強くなったよ」
ステータスを見て、最初はどうかと思ったのだが、戦ってよかったと今では思う。
「はい……ありがとう、ありがとう、ございますぅっ!」
ローファは泣きながら、俺に抱きついていた。
結局、戦いは数分もかからずに終わったので、普段着になったローファと共に、買い出しに出ている。
「ソウマ様、ちょっと気になることがあったのですが」
「なんだい?」
色々と購入した買い出しの帰り、ローファが訊ねてきた。
さっきまでは買物についての会話が主だったが、今はちょっと雰囲気が違った。
「ミーアさんとセレスさんの猫の服はありませんでしたけど、どこに置いているんですか?」
俺はピクリと固まってしまい、おずおずと正直に告げた。
「正直、あの二人は着てくれるか解らないんだよな……」
ぶっちゃけ、ローファですら着せる前は大丈夫か心配だった。
買った時は着た姿を想像してしまったので気にならなかったが、ローファは頼めば着てくれるだろうという希望から着せたのだ。
あの二人が着てくれるかは本当に解らない。
どんな反応をされるかも解らないので、買うのは止めていた。
「ソウマ様は着て欲しいと思っているんですか?」
可愛らしく小首を傾げながら、ローファが聞いてくる。
「まあ、そうだな……着て欲しいけど、なんて言われるか解らないからな……」
本当になにを言われるのか、想像がつかないぞ。
それを聞きながらふんふんと頷いて、ローファは微笑む。
「ソウマ様が頼めば、お二人なら着てくれると思いますよ」
ローファが言うとそんな気がしてくるぞ。
いいタイミングを見計らって、それとなく聞いてみようと、俺は決意した。
でも、本人の顔を見たら、言えなくなるんだろうなあ……。
夕食は俺とローファがたどたどしくも何とか食べられる料理が出来て安堵する。
寝る時に丁度暑かったこともあり、ローファは子猫状態で一緒に寝ようとしたのだが、あまりにも装飾の毛が邪魔過ぎたので断念していた。
翌日は午前はメイド服、猫衣装の毛で少し酷くなったベッドのシーツを必死に洗ったりもしている。
午後は子猫姿で俺とローファはのんびりとしていた。
昼食終わったらいきなり着替えて「ソウマ様と一緒に居たいにゃ~♡」なんて言われたら、もう遊ぶ以外にないだろう。
週に1、2度ぐらいの割合でやってくるロマネとヒメナラから貰った駒を動かすゲームやらカードやらで遊びながら、一日が過ぎていく。
この二日間は、俺にとって非常に満足できる日々だった。
セレスは特訓をする際、これから半年から一年ぐらいすれば、ステータスが完成されると言っていた。
その通りなら、後三ヶ月から九ヶ月すれば、こんな日々が送れるのか。
その日が来るのを、俺は今か今かと待ちわびるしかないだろう。
そして、翌日、ミーアとセレスが修行に出て三日目、朝食を終えた俺はローファと手を繋ぎながら、セレスの杖をギュッと握る。
二日会っていないだけで、俺はかなりミーアとセレスに会いたくなっていた。
ローファも同じ気持ちなのか、結構ソワソワとしている。
「ソウマ様、そろそろ時間ですね」
「ああ、それじゃ、行くか!」
トランスポイントは便利だが回数制限がある以上、気軽に使うことはできない。
俺はセレスを強く意識して、ローファと共に館から瞬間移動をしていた。
――そして数秒後、俺は驚愕することとなる。
俺の目の前には端麗としている美幼女姿のセレス、そして僅かに動揺しているミーアが見えた。
トランスポイントによる瞬間移動は、成功した。
「二日ぶりじゃの、会いたかったぞ」
「えっと、まあ、なんていうかさ……」
「……どうした?」
淡々としているセレスとは違い、何かを言いにくそうにしているミーアが気がかりで、俺は辺りを見渡す。
どうやらどこかの一室らしい。
大聖堂というだけあって、かなり清楚で煌びやかな空間が見え……。
周囲を見ていたら、なんか、とんでもないモノが見えた。
「な、なんだ……?」
反射的にローファに眼をやると、彼女もそれを眺め、ポカンと口を開けている。
俺達が瞬間移動した一室に人間は俺、ローファ、ミーア、セレス。
そして、もう一人存在していた。
そこには、まるで白銀の孔雀のような、ど派手な女性が存在していたのだ。
まるで「バァーン!!」という効果音が背後から浮かぶかのように、白く、銀が煌めいた衣装を纏っている。
この人が大魔王ルードヴァンと言われたら、信じてしまう程の存在感だ。
そして、その存在は、優美に一礼した。
いや、衣装がデカ過ぎるからか、一礼しただけで風圧を感じる程だ。
「初めましてぇ、私は美の化身、ミキレースちゃんよぉぉぉん」
「は、はぁ……ど、どうも……」
妙に語尾が長ったるい感じになっている。自らを美の化身とつけ、自らの名前にちゃんをつける物凄い威圧感を持った熟女に近い美女に対し、俺は動揺を隠すことができないでいた。




